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相手を理解し、説得するための交渉学 |
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評者: 田村 次朗 慶應義塾大学 法学部 教授 |
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今回紹介の書籍 |
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MBA クリティカル・シンキング |
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グロービス・マネジメント・インスティテュート=著 (ダイヤモンド社) |
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新版 ハーバード流交渉術 |
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ロジャー・フィッシャー、ウィリアム・ユーリー、ブルース・パットン=著 (TBSブリタニカ) |
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戦略的思考とは何か |
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アビナッシュ・ディキシット、バリー・ネイルバフ=著 (TBSブリタニカ) |
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| コミュニケーション・スキルの鍛え方 |
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ビジネスに必要な能力は日々変化している。しかも組織における「出世・昇進」が中心のキャリア・パスが崩壊しつつあるいま、競争社会を生き抜くための能力やスキルは自分自身で見つけ、鍛えなければならない。では具体的に何を身につければよいのだろうか。
私は、大きく分けて二つの能力が必要だと考える。一つは高度な専門知識である。その専門知識は業務に直結し、現在属する組織のみならず、どこでも通用する知識でなくてはならない。それをキャリアとしてアピールするには、大学院進学、留学や資格取得を目指すのが一般的なアプローチだろう。
そしてもう一つの能力とは、グループ内部の創造性を発揮させるためのマネジメントや、相手と交渉し説得するコミュニケーション・スキルである。
しかし、高度な専門知識の取得には熱心でも、コミュニケーション・スキルの習得には消極的な人が多い。その例外は英語力であろう。ただし、英語力を鍛えるのはあくまでコミュニケーションの前提でしかない。むしろ大切なのは、どのように相手を理解し、相手を説得するか、あるいは相手の意見を聞きそのよい部分を取り入れるかといった、成果につながるコミュニケーション・スキルである。
たとえば、投資銀行と合併のプロジェクトを進める弁護士は、専門の法的問題のみに目を向けていては不十分である。ファイナンスや投資銀行の戦略までをトータルに把握し、組織内部でのコミュニケーションを図って交渉に臨まなければならない。その際、弁護士にとっての高度な専門知識は、プロジェクトの必要条件であっても十分条件ではないのだ。
これは、複雑・多様化するビジネス環境に対応しなければならないビジネス・パーソン一般にも当てはまる。これからは、専門知識とコミュニケーション・スキル双方をバランスよく身につけるためのトレーニングを、日々習慣づける必要があるといえよう。
そこで本稿では、コミュニケーション・スキルを鍛えるうえで非常に効果的な「交渉学」を取り上げる。ここで扱う交渉学は、人間相互のコミュニケーションのうち、何らかの問題解決のための話し合い、意見交換のことである。交渉学とは、どのようにすれば最適な問題解決を導くことができるか、その具体的な方法論について研究する学問領域なのである。
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| 論理的な思考を鍛え直す |
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最近、注目が高まっている論理的思考は、交渉能力を支える重要な要素である。特に(1)自分のプレゼンテーションや交渉戦略を論理的に構築することで「説得力」を高める、(2)交渉相手の交渉姿勢や考え方、交渉プロセスの展開を論理的に推測することによって交渉の「先」を読む、という二つの側面が重要である。
通常、説得力がある説明とは、物語性と視覚性を備えている。
説明が一つのストーリーとして整理されていると聞き手は理解しやすい。私の専門である経済法(独占禁止法)の講義では、「独占」の弊害を抽象的に説明するよりも、マイクロソフト事件を取り上げ、その経緯から説明したほうが学生の関心度、理解度が格段に高まる。法律が現実の事件でどのように使われるのかを、事件の経緯という物語を通じて説明するためである。
さらに、この説明を「図式化」して提示すれば、理解はより深まる。これは人間の認知の構造に関係があるようで、「人間は視覚的なイメージによって論理を理解する」(市川伸一『考えることの科学 推論の認知心理学への招待』中公新書、一九九七年)といわれている。キリスト教の教義を記した壁画を教会に掲げた背景には、文字が読めない大衆を教化するという意図に加えて、視覚的イメージによる説得力を最大限に活用することがあった。
では、自分の説明のなかに、物語性と視覚性の二要素をどのように取り入れていくべきか。
そこで、論理的思考が重要になる。『MBAクリティカル・シンキング』は、論理展開(演繹法・帰納法)、因果関係、構造化という三つのキーワードを機軸に論理的思考を解説している。
交渉能力の増強に必要な視点を同書から抽出すると、まず最初に、説明には演繹的要素と帰納的要素の二つがあることを常に認識することが重要である。演繹法とはルールを当てはめ、結論を導く「裁判官的」方法論であり、帰納法とは多数の事実から法則やルール、あるいは結論を導き出す「私立探偵的」な方法論である。通常、論理的に考えるには、どちらかの方法論のみを使うわけではない。説明や主張のなかに両者が混在することになる。
しかし、演繹法、帰納法にはそれぞれ「弱点」がある。演繹法では、当てはめるルール自体を絶対視して新しい変化や発見を受け入れられなくなり、思考の硬直化に陥る傾向がある。地動説を主張したガリレオに対し、宗教裁判において半強制的に自説放棄を迫った例などは、当時の天動説こそルールであり規範であると確信して、他の可能性を無視してしまった好例である。
帰納法の場合は、少ないサンプリングから無理な結論を導き出す危険性がある。プロパガンダでは、ひたすら敵の残虐性や非人道性を一般化して、「悪」のイメージを強化しようとする。そのような「安易な一般化」は、誤った帰納法によって生み出される。
これら演繹法、帰納法の弱点は、当然、主張や意見を論理的に展開するうえでの弱点となる。したがって、自分の主張のどの部分に演繹法的、あるいは帰納法的要素が強いかを認識しておけば、論理展開の検証が容易になる。同時にそれは、交渉相手の論理展開を分析するのにも役立つのである。
次に、因果関係を明確に認識させる説明をするには、論理展開を構造化して、視覚的なイメージを相手に喚起させることが必要となる。この点について同書は、「ピラミッド構造」を中心に説明している。
ピラミッド構造とは、自分の論理構造をピラミッドのような三角形型に構築してクリアにし、正確に自分の意見を伝える方法論である。
論理を構成する要素の横のつながりを考えるには、概念や事実を分類・整理することが重要だ。それは、通常「漏れなく、だぶりなく」(MECE)という言葉で表現される。たとえば企業が営業成績の低迷を分析する時、まずは分析の切り口を地域別か顧客の属性別かなど決めなければならない。その際、漏れやだぶりがあると正確な分析はできない。そこで、MECEを使うと正確な概念の整理ができる。
縦の関係では、主張に根拠が存在し、その根拠と主張との間にきちんと因果関係があるか否かが重要となる。たとえば二〇〇二年、日本航空と日本エアシステムの統合をめぐり独禁法との関係が問題となった。このような論争では、まず論者の立場、すなわち統合に賛成か反対か、もしくは別の視点を明確にすることが重要となる。
これがピラミッドの頂点となる上位概念である。そして、その上位概念を支える根拠として、経営統合賛成派であれば日本航空の国際競争力促進や、国内市場での全日本空輸への対抗などを挙げてくるだろうし、慎重派は国内市場の寡占化、特定路線における独占の弊害を指摘することになる。
このような主張や論理を、上位概念から下位概念へと論理的につながりを持つように構築する作業がピラミッド構造を作成する基本的な方法論である。ただし、このピラミッド構造に基づく論理トレーニングは簡単ではない。ぜひ一度、このトレーニングを試されるとよい。日頃いかに論理的に考えることを怠っているかを痛感することになろう。
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| ゲーム理論的交渉術 |
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説得力を高めるには、論理的思考に基づくストーリー構築と、その構造をわかりやすく提示することが重要となる。これは交渉の前提条件であり、交渉学的には、論理的思考は事前準備段階におけるチェック項目として活用される。交渉力とは、説得力のみならず、交渉の「先」を読む能力によって支えられているといえよう。
交渉の先を読み、自分の行動を選択する行動、そして、最終的に目標に到達するための手順全体を「戦略」と呼ぶ。戦略をいかに組み立てるかは、かつては戦争において最も真剣に検討された領域でもあり、戦争を前提とした戦略論である『孫子』やジェミニやクラウゼヴィッツの『戦争論』はいまだに根強い人気がある。
他方、戦略行動をより科学的に分析した「ゲーム理論」は、交渉学の前提となる戦略の策定においてきわめて重要となる。『戦略的思考とは何か』は、豊富な具体例とゲーム理論に基づく解説により、交渉における戦略策定が理解しやすい。また、意思決定のための樹形図を説明ツールとして用いるなど、ゲーム理論的思考を容易に理解できるよう工夫されている。この樹形図は数学的な処理を必要とせず、交渉相手の出方に対する戦略的な意思決定を視覚化できるので非常に有益である。
交渉では、感情的な焦りや相手に対する不満から、その場限りの強引な交渉戦略や、突然交渉打ち切りを示唆するなどして相手の不意を突き、交渉を優位に導こうとする戦略を取ってしまうことがある。私はこれを「不意打ち型」と呼んでいる。
相手の不意を突く奇襲作戦は、織田信長の桶狭間合戦や真珠湾攻撃のように、一見華々しいイメージがある。また、相手を当惑させるので感情的な爽快感がある。しかし、織田信長が奇襲したのは生涯において桶狭間一度であったことを忘れてはならない。つまり、不意打ちや奇襲といった戦術は、安易に選択すべきものではなく、戦略レベルにおいて実施できるか否かが問題となるのだ。とりわけ、感情や自分の勝手な当て推量に基づく奇襲作戦は、結果的に何も生み出さないばかりか、後の交渉に大きな影を落とすことになる。
戦略的思考を学ぶことは、安易な不意打ちや脅しのような戦術に走らず、最終結果に至るプロセスを冷静に認識し、交渉するという基本スタイルを確立することに役立つのである。
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| 不意打ち型交渉とWin‐Win型交渉 |
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説得力を高めるための論理的思考力、交渉戦略の策定の基礎となるゲーム理論的発想法、これらを具体的な交渉能力として統合するための方法論を提供するのが交渉学である。交渉学にはいろいろな「流派」があるが、ロジャー・フィッシャー教授が提唱した「ハーバード流交渉学」は原則立脚型交渉と呼ばれている。
『ハーバード流交渉術』における原則立脚型交渉とは、(1)人と問題を分離する、(2)立場ではなく利害に焦点を合わせる、(3)選択肢を多数用意する、(4)判断基準は客観的な基準を採用するという基本原則に基づく交渉戦略である。そしてこの原則を貫くには、双方に利益をもたらす「Win‐Win型交渉」が最良の選択となる。
一方で、このWin‐Win型交渉は、文化的対立があったり交渉相手が不誠実だと、何ら説得力を持たないとの批判を受けることがある。悪質な相手と対峙する際の戦略としては、楽観的すぎると思われるかもしれない。
もちろん、Win‐Win型交渉は容易には進まない。まず、「あらゆる場面において交渉の余地を必ず検討すること」を、常に意識しなればならないとしている。法廷闘争でも、和解の可能性を常に探る作業は多くの弁護士が必ず意識することである。
このようにWin‐Win型交渉では、いかなる場面でも相手と自分の利益を満足させる選択肢を考案しなければならない。これは、非常に厳しいが創造的な問題解決を目指すプロセスである。そのアプローチは楽観的ではなく、むしろ現実を冷静に見つめ、感情に流されない視点が求められるのである。
そして、このような創造的な問題解決を目指すためには、交渉の事前準備が重要になる。これを当たり前だと考える人が多いようだが、本当に交渉を成功に導く準備をしているのかどうか、ぜひ自問してほしい。
実は交渉中、相手の主張や説明を集中して聞ける時間は驚くほど少ない。自分の話を真剣に何分も聞いてくれるのは、よほどの信頼関係にある人だけであると思って間違いない。
交渉の場では、三〇秒程度でコンパクトに自分の主張を述べることが理想である。交渉相手に的確に自分の説明を伝え、臨機応変な対処によって交渉を有利に展開するには、準備段階で自分の主張や説明内容をパケット化・細分化しておくことが欠かせない作業となる。
しかし、交渉の事前準備の方法論は、あまり意識されないのが実情である。事前準備が不十分な交渉は、Win‐Win型交渉というよりは、その場限りの不意打ち型交渉に陥ってしまう危険性がある。
このように交渉学は、基本的に説得力、戦略思考、そして交渉学特有のスキルを総合的に学習することで、具体的な交渉能力の向上を生み出すことが可能になる。こうした知識やスキルのうえに、具体的なロールプレイなどの学習によって交渉学を立体的に把握できるようになる。
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| 戦略的思考とは何か |
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アビナッシュ・ディキシット、バリー・ネイルバフ=著 TBSブリタニカ |
1991年発行 定価 3,874円 (税込) |
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| 新版 ハーバード流交渉術 |
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ロジャー・フィッシャー、ウィリアム・ユーリー、ブルース・パットン=著 TBSブリタニカ |
1998年発行 定価 1,680円 (税込) |
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評者プロフィール |
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評者: 田村 次朗 慶應義塾大学 法学部 教授 |
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1981年、慶應義塾大学法学部卒業。85年、ハーバード・ロー・スクール修士課程修了。87年、慶應義塾大学大学院法学研究科民事法学専攻博士課程修了。専門は経済法、国際経済法。97年より現職。 |
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