DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー
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BOOKS in REVIEW
  2005年11月30日掲載 前の掲載> BOOKS in REVIEW一覧
実践的学習能力
評者: 佐藤 剛 長野大学 産業社会学部 教授
今回紹介の書籍
仕事の中での学習
上野直樹=著 (東京大学出版会)
エコロジカル・マインド
三嶋博之=著 (NHKブックス)
経営はロマンだ!
小倉昌男=著 (日経ビジネス人文庫)
ニュートンはなぜ万有引力を発見できたか
 人間は動物のなかでも、もっとも未熟な状態で生まれ、その瞬間から生物として生きる術を学ぶ。成長してからも人間は変化する環境のなかで、生き残っていくためにさらに学習を重ねる。そして、必要な場面において適切な行動を取ることができるという能力を身につける。
 もちろん、ここでの「学習」とは学校などの公的な教育機関で提供される活動にとどまらず、より広義の活動を想定している。
 たとえば、企業組織において、新入社員は上司から指示や助言を受けたり、取引先と交渉したりするなかで経験を積み、的確に業務を遂行できるようなるといわれる。このプロセスは、知識構造が転換し、行動変容が起きたという点から、学習であると考えることができる。
 この学習する能力が人によって違うこともまた事実である。同じ現象に遭遇しても、その現象の解釈の仕方、意味の見出し方は千差万別である。
 いわゆる天才といわれる人物は、まったく違うものの見方をしているといわれる。
 たとえば有名なエピソードとして、ニュートンはリンゴが木から落ちるのを見て、万有引力を発見したことになっている。ニュートンの発見以前にも、数え切れない人たちが、リンゴが落ちるのを見ていたが、その現象に意味を見出したのはニュートンという天才であったと伝えられている。
 このエピソードが真実であったかどうかはいまでは確認する術がない。しかし、ニュートンは実際にこれに近い経験をしたのではないかと考えている。その理由は以下のとおりである。
 ニュートンはリンゴが落ちるという現象から万有引力を発見する以前より、長年にわたり物体の運動について研究を重ねていたことは事実のようである。
 たとえば、ガリレオの天体運動についての文献を読み、研究していたといわれる。多くの書物を読み、実験、思索し、理論の構築を目指していたのであろう。いずれにしろ、新しい運動理論のことで頭がいっぱいだったニュートンが、リンゴが落ちるのを目撃したのである。
 そしてこの現象が引き金となり、それまでの断片的な知識が一度に再整理されたのではないだろうか。
 物理学上の世界的発見は、観察だけから生まれたわけではなく、また思索だけから生まれたわけでもない。つまり、観察と思索の両方が相互に影響を及ぼし合いながら生まれたという仮説が立てられる。
 さらに、この思考パターンは研究者に特有なものであるとは考えにくい。長い間、ある問題を考え続けている時、ふとしたきっかけで、その問題の解決策を思いつくという経験を、多くの人は持っているのではないだろうか。
 そして、「リンゴが木から落ちる」ことをきっかけに問題を解決するというパターンは、ビジネスの世界でもありえるだろう。そこで、この点について次に検討することにする。
小倉昌男の三つのリンゴ
 日本を代表する経営者の一人である、ヤマト運輸の小倉昌男も「リンゴ」を見て、新しい理論すなわちビジネスモデルをつくり出したのではないだろうか。その経緯を『経営はロマンだ!』を元に追ってみることにする。
 この本は二〇〇二年一月一日から『日本経済新聞』に連載された「私の履歴書」をまとめたものである。小倉が宅配ビジネスを日本で初めて開始したこと、そして、そのビジネスを展開するために立ちはだかる障害、たとえば行政による規制を克服したことはつとに有名である。
 しかし一方で、宅配ビジネスをスタートさせるまでの小倉の経営者としての行動は、朝令暮改と表現してもよいものであった。一九六〇年頃から、小倉は営業の責任者として長距離の大口貨物を取り扱う営業戦略を推進していた。そこでは、顧客に対して小口配送の取引は断り、大口配送に取引を集中させた。さらに七一年に社長に就任してからも同じ営業戦略を続けた。
 しかし、大口貨物中心で重量逓減の運賃体系だったために、利益が出なかった。ついに七三年の石油ショック時には大幅なリストラを実施することとなった。その後、七五年の第二次石油ショックはさらに追い討ちをかけ、経営状況はますます悪化した。
 このようななか、大口偏重が経営を圧迫することに気がついた小倉は営業戦略を転換して、小口貨物の顧客の開拓を指示した。しかし、一度断られた経験のある顧客は取引を再開しようとはしなかった。また、社内からも一〇年以上続いた営業戦略を一八〇度転換することに対して、不満や不信の声が上がった。
 このような袋小路のなかで、小倉は理想の運送会社とは何かということを自問したという。その答えは「全国どこへでも、どんな量の荷物でも運べる会社」(一一〇ページ)であった。
 しかし、さらに思索を重ねるうちに、この理想の運送会社を放棄することとなった。いくら理想を求めても、それがリアルな現実の世界には適合しないように思えたからであった。その時、小倉は「リンゴが木から落ちる」のを見たのである。
 一つ目のリンゴはd野家の新聞記事であった。d野家は、メニューの品数を絞り込みながらも利益を上げているという内容であった。d野家のビジネスのあり方は運送会社の理想像とは正反対のものであった。
 二つ目のリンゴは、実際に小倉自身が荷物を送ろうとした時に味わった苦労であった。七〇年代に家庭から家庭へ荷物を送るシステムは、国鉄か郵便小包であったが、家庭から小口の荷物を送るためには煩雑な手続きが必要だったのである。
 第三のリンゴは「ジャルパック」であった。その特徴は航空券、ホテルの予約、市内観光、添乗サービスなどがすべてパックになっていて、海外旅行が初めての人でも気軽に出かけることができるという簡便さであった。
 この三個のリンゴを見たことを契機として、まったく新しいビジネスモデルを構築することになったのである。このことは、経営者は執務室の椅子にゆったり腰をかけ、思索を続けながら新しい事業のアイデアを生み出すわけではないことを示している。サービスの種類を限定しても収益を上げられることをd野家の新聞記事から知り、みずから家庭で荷物を送ることの煩わしさを体験し、その煩わしさを解消してくれそうな「パック」という概念を海外旅行で知ったのである。
 これらのことが引き金となり、宅配ビジネスのモデルが生まれたのである。ちょうどニュートンが、リンゴが木から落ちるのを見て、その現象を説明しようと数式化した行為に似ているように思われる。
表紙
経営はロマンだ!
小倉昌男=著
日経ビジネス人文庫
2003年発行
定価 630円 (税込)
学習とは環境とのやり取りである
 これまでの事例を理論的に考えてみよう。
 行為の源泉を、中枢神経ではなく環境のなかに埋め込まれた情報に求める立場を取るのが、生態心理学である。最初の提唱者はジェームス・J・ギブソンである。彼の著作のうち日本語に翻訳された最新のものとして、『直接知覚論の根拠(注1)』がある。しかし、原著が英文でしかも専門的な内容である。
 そこで、直接知覚の考え方を知るために、日本の研究者の本を取り上げることにする。日本でギブソンの生態心理学を基礎として研究を展開している研究者のなかから、知的活動を生態心理学的視点から研究している三嶋博之の『エコロジカル・マインド』をここでは取り上げることにする。表題が示すように、まさに環境とマインド、つまり知的活動を分析対象とした本である。
 まず、三嶋は「知覚」を次のように説明する。
「『知覚』とは、私たちが世界について知ること、認識することである。私たちが環境の中で有能で巧みに振舞うためには、つまり『知性』を発揮するためには、『知覚』はなくてはならないはずだ。『知覚』がなければ環境の変化も、環境に対する自身の行為の効果も知ることができないからだ」(二四ページ)。
 このように、知覚という言葉は認識、心理学用語では認知とほぼ同じ意味で使われている。したがって、環境の変化を知覚するということや、環境に対する自分の行為の結果を知ることは、環境や行為の結果に、自分にとっての意味を見出す活動にほかならない。
 ここで三嶋は、知覚をめぐって五つの主張を展開する。これらの主張の基本は、知覚は環境に埋め込まれた情報とのやり取り、すなわち行為との関係で発達するということである。
 これらの主張のなかで、学習という視点から注目されるのは「知覚―行為循環のプロセスの発達が知覚である」という主張である。知覚し、行為する、さらにその行為を知覚するという循環関係をつくり上げることにより、知覚の能力を向上させることができるというのである。
 この主張を認めると、「学習や発達が中枢神経システムの中での出来事ではなく、環境を能動的に探索する全身の活動そのものであるならば、そこには同じ環境から他者が介入する余地がある。実際、私たちは、他者とともに、あるいはより熟達した他者に導かれて、知覚的な学習を進めることができる」(二一九、二二〇ページ)ことになるからである。
 環境を構成する他者が、環境に埋め込まれた情報の存在や価値を教えることにより、教えられた人間はその価値を発見しやすくなるというのである。
 先に紹介した小倉は宅配ビジネスを始める前に、実は本業の運輸業に加え日本航空の販売代理店も営んでいた。販売代理店の研修会に小倉自身が参加し、商品の特徴について勉強している。つまり、普通の旅行客に比べ、はるかに詳しく日本航空のジャルパックを知っていたのである。しかも、実際にジャルパックを利用している。研修会へ参加することにより、ジャルパックの価値を発見し、その価値を宅配ビジネスに応用できたのである。
 このように生態心理学の視点からは、学習とは、環境とのやり取りであるということができる。環境に埋め込まれた情報を探索し、より適切な行動を取ることが学習であるといえる。
ビジネス現場での学習も環境とのやりとりである
 それでは、日々変化する経営環境のなかで、どのように行動すべきかについて悩んでいるビジネスマンは、いかに具体的な学習活動を実践すればよいのであろうか。
 この質問に直接答えることのできる研究成果は、いまのところないように思われる。ビジネスマンの有効な学習方法は、その職種や企業組織によって違うかもしれないし、そもそも一般化できるものなのかどうかも定かではない。ただし、研究テーマとしては重要であるし、いくつかの先駆的な研究は存在する。
 たとえば、日本語に翻訳されたものとしては『プランと状況的行為(注2)』や『状況に埋め込まれた学習(注3)』などがある。そして、これらの研究を含み、より仕事の現場での学習ということに焦点を当てて、包括的に分析している本として、『仕事の中での学習』がある。
 ビジネスの現場では、その業務の流れを鳥のように俯瞰できる人間はいない。多くの企業組織においては、一人ひとりが自分の担当の業務目標を達成しようとしているだけである。たとえ、最高経営責任者であっても、新製品の開発をめぐって、研究者がどのような仕事をしているかということなど、知る由がないだろう。
 しかし、それぞれの業務の結果が集積され、組織は目標を達成し、存続しているのである。このことを上野はみずから調査したトヨタの生産現場から説明する。
 エンジニアは生産ラインを設計し、オペレーターは担当の機械操作に専念するというフォード型の生産スタイルと比較して、トヨタの生産方式では、エンジニアとオペレーターは一緒になって効率のよい生産ラインを考え、オペレーターも特定の機械操作だけではなく、多様な機械操作の習熟を目指すという。そして、後者の場合、エンジニアはオペレーターの作業を知り、オペレーターはエンジニアの作業を知ることにより、各自が行為を調整し、最終的に生産ライン全体の生産性が向上することになる。
 この意味で、トヨタにおいて学習とは、単に担当の作業に習熟するということにとどまらず、担当者の相互のやり取り、すなわち相手の行為を知覚し、みずからの行動を修正するという循環関係を意味することになる。
 評者はこの循環関係を成立させるための条件として、@直接、現場の状況を確認しながら問題を把握することA相手の抱えている問題状況を把握することB問題状況を確認できたら、解決策を実行することCその解決策の有効性を評価しさらに改善すること、といった一連のプロセスを、文書ではなく、会話を通じて実行することであると考える。
 つまり、会話のやり取りのなかで、即時的に自分の考え方を修正したり、逆に相手に新しい考え方を提示したりすることによって、相互に新しい知識構造をつくり上げることができるのではないだろうか。
 上野の主張から読み取れることは、学習には「教え込まれる」というプロセスだけではなく、学習する主体が、他者や道具とやり取りをすることも含まれるということである。この意味で、実践的な学習能力を身につけるということは、環境と循環関係を成立させること、つまり、環境に働きかけると同時に、働きかけの結果としての新たな環境に適応できるように、行為を変容させるという循環関係を成立させることであるといえよう。
表紙
エコロジカル・マインド
三嶋博之=著
NHKブックス
2000年発行
定価 966円 (税込)
表紙
仕事の中での学習
上野直樹=著
東京大学出版会
1999年発行
定価 2,835円 (税込)
評者プロフィール
評者: 佐藤 剛  長野大学 産業社会学部 教授
1981年早稲田大学社会科学部卒業、83年同大学大学院政治学研究科修士課程修了(政治学修士)。2002年慶應義塾大学大学院経営管理研究科博士課程修了(経営学博士)。長野大学産業社会学部講師、助教授を経て、2004年現職。専攻は組織行動学。論文として、「現代組織における部下の自律的行動の意義」「マネジャーの仕事と部下の行動との関係についての一考察」などがある。現在、組織メンバーに自律的な行動を促しながら、いかに組織全体としての目標達成するかというテーマに取り組んでいる。
この書評は下記の号に掲載されたものです。
表紙
2005年2月号 定価 2,200円(税込)
特集:マーケティングの新しい「P」
目次 この本を購入
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