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戦略と組織への洞察力 |
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評者: 藤田 誠 早稲田大学 商学部 教授 |
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今回紹介の書籍 |
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新訂 孫子 |
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金谷 治=訳注 (岩波文庫) |
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新訳 GMとともに |
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アルフレッド P.スローン, Jr.=著 (ダイヤモンド社) |
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ブランドの経営と会計 |
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バルーク・レブ=著 (東洋経済新報社) |
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| 戦略形成と戦略実行のための組織 |
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経営に関する課題を、あえて二つの領域に分類すれば、「戦略」と「組織」に分けられる。そして、極度に単純化して言えば、経営とは「適切な戦略を立てて、それを実行する組織をつくること」ということになる。
こうした考え方自体は、常識的に納得しやすいものであり、否定する人はいないであろう。しかし、巷に流通しているビジネス関連の本や雑誌、アカデミックな本、論文においても、戦略と組織の両面に目配りしながら、経営を網羅的にとらえる見取図を示してくれるものは非常に少ない。こうした点をまず確認したうえで、本稿では、戦略と組織両面への洞察力を養ってくれる本を紹介したい。
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| 戦略的思考の原点 |
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「戦略」に関しては、日本語でも読める本が数多く出版されており、我々はすでに戦略に関して十分な知識を持っているといえるかもしれない。しかし、戦略論の分野で「分析麻痺」という言葉があるように、データの収集や分析に極度に偏っていては、有効な戦略は生まれないのである。言い換えれば、戦略決定には、データに基づいた分析的思考も必要だが、それと同時に、状況を大所高所から直観的にとらえることも重要である。
戦略決定においては、特に「大局観」、「直観」などが重要である。こうした思考様式あるいは感覚は、人に習って身につくものではないが、それらを刺激する本はある。
その一つが、『孫子』である。本書は、中国古代の「七書」と呼ばれる兵書のなかで最も古く、また格段に優れている。正確な作者はわかっていないが、その文章は、簡潔ながら含蓄に富んでいる。それゆえに、文中に戦略的な思考のエッセンスが凝縮されており、我々の想像力、思考力を大いに刺激してくれるのである。
戦略的洞察力への示唆という面で、この本の最も優れている点は、「用兵の法は、国を全うするを上と為し、国を破るはこれに次ぐ」(敵国を傷つけずに降伏させるのが上策であり、敵国を討ち破るのはそれに劣る、という意味)という一文に端的に示されている。つまり、直接的な戦闘の回避を最上の策としているのである。
こうした発想は兵書としては逆説的ともいえる。しかし、この点こそが、本書が単なる戦争の「戦術論」にとどまらず、国家の統治思想まで包含する広がりと深みを持つ古典として、長く読み継がれている理由であろう。
こうした「全面戦争(競争)を回避する」という発想は、ビジネスの世界でも、「ニッチャー」「すき間ビジネス」などを企業ドメインとして掲げる企業には見られる。しかし、一九九〇年代後半の自動車メーカーの合併・提携競争や、最近まで続いた製薬メーカーのM&A合戦などのグローバルな動きを見ると、一定のルールに沿った全面競争を戦略と勘違いしている経営者が、いかに多いかと思わざるをえない。
本書の第一篇「計篇」(開戦前に「計り考えること」)では、「道」「天」「地」「将」「法」の五つの事柄をよく見極めるべきだとしている。「道」は人民と為政者に一体感をもたらす「政治」、「天」は気候などの自然条件、「地」は地形などの地理的条件、「将」は人材、「法」は軍や官僚組織の秩序を意味している。
これら五つの事柄は、ほぼそのまま企業経営に当てはまる。なかでも「道」とは、企業のトップが示す戦略、方針に沿って、従業員が意欲的・創造的に仕事に取り組む環境をつくることと読み替えられる。これは、「言わずもがな」という観もあるが、最近の日本の大企業経営者の言動を見ていると、こうした経営の基本的な事柄を軽視、あるいは忘れているのではないかと思われる向きも多い。
いま一つ、組織に関して意味深い一節として「三軍の事を知らずして三軍の政を同じうすれば、則ち軍士惑う」(軍隊の事情がわからないのに、主君が将軍と一緒に軍隊を指揮しようとすると、兵士たちは迷う)がある。これは、事業部制、カンパニー制などにより、事業運営上の権限を各事業部・カンパニーに委譲することを是とする考え方である。こうした権限委譲の発想が古代からあったことは興味深い。また、すぐ後で紹介するスローンの本でも、権限委譲の考えが強く打ち出されている点とも符合する。
ここで紹介した以外にも、全編が、現実的でありながら詩的な警句に満ちており、文章のお手本にもなる。 |
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| 新訂 孫子 |
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金谷 治=著 岩波文庫 |
2000年発行 定価 525円 (税込) |
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| 現代的戦略思考と組織観の原型 |
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時代は古代から現代に移り、場所も東洋から西洋に変わるが、現代企業経営の戦略思考と組織観の原型を示しているのが、ゼネラルモーターズ(以下GM)会長・CEOを務めたアルフレッド・P・スローン・ジュニアによる『GMとともに』である。本書は、アメリカで六三年に出版されて以来、多くの人々に愛読されてきたロングセラーである。しばらくの間、日本語訳本は絶版になっていたが、本年「新訳」が出版され、再び日本語で読めるようになった。
同書は、基本的にはスローンの自叙伝というスタイルを取っているが、二〇世紀初頭から六〇年代初頭までのGM社史、あるいはアメリカ自動車産業史として読むこともできる。それにも増して、スローンが長年の実務経験で得た知見を深く考察した「経営の理論書」となっていることが興味深い。
一九〇〇年代初頭、自動車産業黎明期における、GMとフォード・モーターの基本戦略の違いはよく知られている。「多様な車種の投入」と「単一(T型フォード)車種の投入」である。歴史的に見れば、その後世界最大の自動車メーカーとなったGMの戦略が正しかったといえよう。もっとも、「多様な車種投入」という戦略は、GMの創設者であるウィリアム・デュラントのものであり、スローンはそのビジョンを忠実に実現したと言うほうが正確である。
また、合併による垂直統合と事業の多角化も、デュラントが敷いた路線である。このように、GMの基本戦略はスローンではなくデュラントが構想したものだが、スローンは、幅広い製品ライン、垂直統合、事業多角化など、現代の企業戦略の基本概念を明確に意識して経営を行っていたのである。
他方、組織面に目を向けると、デュラントは、企業組織を管理する能力に欠けていた。その意味では、デュラントの先見的な戦略をGMという組織において実現・発展させた点に、スローンのより大きな貢献がある。
ところで、GMはデュポンなどと共に、事業部制をいち早く採用したこともよく知られている。これはGMが合併を繰り返して成長したことと関連しているが、そうした事情を背景にスローンが示した組織原則は、「各事業部責任者への全面的な権限委譲」と「本社による全社的コントロール」である。
スローン自身が述べているように、これは一方で事業部への権限委譲(分権化)を推奨し、他方において本社によるコントロール(集権化)を唱えており、一見すると矛盾するように思われる。しかし、「分権か集権か」という二者択一的な発想ではなく、意思決定事項に応じて、「本社と事業部のどちらがより適切な判断を下せるかを見極める」ことが肝要なのである。スローンはこの点について、戦略は本社が決定し、戦略実行に関する決定は事業部が行うべきであると考えていた。
また、全社的なコントロールの面で注目すべき点は、広告、調達、技術などの重要案件に関して、トップ直轄の委員会を設置した点である。GMの事業部は独立性が高いというのが一般的な理解になっているが、こうした各種委員会により、事業部横断的に活動の調整・協調を図っていた点も忘れてはならない。
さらに、独自性の高い事業部をコントロールするため、全社共通の評価尺度として投資回収率(ROI:return on investment)を設定している。今日でこそ、事業部・カンパニーの収益性評価基準を明白に設定する企業は珍しくない。しかし、すでに二〇世紀初頭においてスローンは「事業の目的は資本を用いて利益を上げることである」と明白に意識していたのである。
スローンが経営の一線を退いた後のGMは、財務コントロールの行きすぎなどで組織が硬直化し、日本の自動車メーカーに対して競争優位性を低下させていった。しかし、本書の最終章は「変化と進歩」であり、環境変化への組織的な適応の必要性が強く説かれているのだ。
その点では、スローン退陣後のGMの迷走は、スローン理論が誤っていたというよりは、後継者たちが、彼の理論を十分咀嚼し実践できなかったためと考えるべきであろう。
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| 戦略、組織とリソース |
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以上、古典的な本を二冊紹介したが、最後に最近の本を紹介したい。
ここ一〇年来、「見えざる資産」「知的資本」「知識」などが、戦略、ビジネスを語る場合のキーワードになっている。これは、経営学における「リソース・ベースト・ビュー」(以下RBV)と呼ばれるパラダイムと関連している(ジェイ・B・バーニー「リソース・ベースト・ビュー」『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』二〇〇一年五月号参照)。
RBVの基本命題は「企業が有するリソース・組織能力が、競争優位性を決定する」というものである。このように、RBVは、「企業の競争優位性の探求」という点では戦略論であるが、優位性の源泉を企業組織内部に求める点では組織論である。
バルーク・レブによる『ブランドの経営と会計』は、邦題からすると「ブランド」だけを論じているように思われる。しかし、その原題はIntangiblesであり、ブランドに限らず、さまざまな「無形のリソース」(インタンジブルズ)が企業の競争優位性の源泉になっていることを、さまざまな数値や事例を用いて論証しており、RBVの問題意識と根っこは同じである。
レブによれば、二〇〇一年三月時点でアメリカ上位五〇〇社の株価純資産倍率は、「六」にまで達している。これは、株価六ドルのうち、貸借対照表上の数値から導き出せるのはわずか一ドルであり、残り五ドルは既存の貸借対照表には記載されていない「インタンジブルズ」によって根拠づけざるをえない、ということになる。
インタンジブルズには、特許、商号などの知的財産だけでなく、企業が組織的に蓄積したノウハウ、ルーティン、プロセスや従業員個々人が保有する知識やスキルといった人的資源なども含まれる。こうした企業の組織面や人的側面は、従来から経営者・経営学者の関心の的であったが、会計・財務の実務家、研究者も、こうした側面に関心を持つようになった点が、最近の傾向といえよう。
レブは、会計・財務論の研究者である。ゆえに本書は、「貸借対照表で説明できない株価の五ドル分」を説明できる情報として、企業はどのような情報を開示すべきかという視点が強い。違う言い方をすれば、本書は、「投資家・債権者の意思決定にとって有用な情報は何か」「投資家・債権者に有用な情報を企業に開示させるには、どのような政策・制度が構築されるべきか」という観点が強い。したがって、「経営者は、いかにしてインタンジブルズを管理すべきか」という発想は、前面には出ていない。
事の是非はともかくとして、日本の経営者も、「株主重視」の姿勢を取らざるをえないことは間違いない。その場合、従来の制度会計上要求される情報にとどまらず、企業の将来性を示す「インタンジブルズ」の情報を自主的に開示することは、IR戦略の観点からも望ましいことである。
本書のなかで、経営者の立場から見て最も参考になるのは、「バリュー・チェーン・スコアボード」である。このスコアボードでは、インタンジブルズを測定する場合に想定されうる具体的な項目・指標が列挙されている。たとえばバイオテクノロジー企業では、R&D投資額、戦略提携の数、ライセンス供与した特許数、特許のライセンス料、新製品の売上高構成比、新製品の予想市場規模などだ。
具体的に示されている項目はさほど目新しいものはないが、こうした網羅的かつ具体的な概念図は意外に少ない。そうした点では、自社の「インタンジブルズ・マネジメント」を構想する際の下敷きになるであろう。
ところで、RBVの諸研究でもレブの本でも、リソースと組織能力を混同しているという共通の問題点がある。リソースに組織能力を含めるか否かはどのような視点・目的で両者を考えるかによる。すなわち、買収候補の企業を評価する場合には、リソースに組織能力を含めることは問題なかろう。
しかし、経営者が自社の「強みと弱み」を考える場合には、両者は峻別すべきである。たとえば「ブランド」は、過去の企業努力によって築かれた一種のリソースである。それに対して、ブランド・マネジメント力は、ブランドというリソースを維持・発展させる組織能力である。
このように、リソースは「もの」にたとえられるのに対して、組織能力は「こと」と理解する必要がある。この点は、RBV、インタンジブルズ関連の本を読む時に注意したほうがよい。
以上の三冊を読んだだけで、「戦略と組織を含めた経営の全体像」がすっきりとわかった、ということにはならないであろう。そもそも、スローンも前掲書で、「経営を言葉にすることのもどかしさ」を語っている。経営とは人間の行為であり、スポーツなどと同様、本質的には言葉で説明しつくすことは不可能である。それでもなお、良書というものは、経営という人間行為に何らかのヒントを与えてくれるものである。
そうした態度で読むならば、ここで紹介した三冊は、「戦略と組織を統合した経営の全体像」を洞察したいと願う読者に、立場に応じた示唆を与えてくれるにちがいない。
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| 新訳 GMとともに |
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アルフレッド P.スローン, Jr.=著 有賀裕子=訳 ダイヤモンド社 |
2003年発行 定価 5,250円 (税込) |
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| ブランドの経営と会計 |
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バルーク・レブ=著 広瀬義州、桜井久勝=監訳 東洋経済新報社 |
2002年発行 定価 3,150円 (税込) |
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評者プロフィール |
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評者: 藤田 誠 早稲田大学 商学部 教授 |
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1962年生まれ。91年早稲田大学大学院博士後期課程単位取得。同年早稲田大学商学部専任講師、同助教授を経て98年より現職。著書に『経営学のエッセンス』(税務経理協会)、『経営学の論点整理』(共著、中央経済社)、『組織のイメージと理論』(共著、創成社)などがある。 |
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