DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー
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日本企業のブランド戦略に何が必要か
評者: 田中 洋 法政大学 経営学部 教授
今回紹介の書籍
信頼の構造
山岸俊男=著 (東京大学出版会)
ザ・ブランド
ナンシー・ケーン=著 (翔泳社)
グローバル企業の組成設計
ジェイ R.ガルプレイス=著 (春秋社)
ブランド問題の本質的困難
 日本の経営者やマーケターの間でブランドに関心が向けられて久しい。日本経済新聞社が二〇〇二年に広告主一五六社を対象に調査を実施したところ、「広告活動上、重視していること」として、「コーポレート・ブランドを高める」(五五・七%)が最上位に上がった。
 このように産業界では、すでに、ブランドへの関心は定着した感がある。
 しかし日本の企業は、ブランドについて、本当の意味でその必要性を認識していないのではないかと思われる。
 たとえば、筆者は「ブランドの次に来るのは何でしょうか」という質問を一九九〇年代から再々受けてきた。このいささか滑稽な質問をする実務家には、所詮ブランドに本質的な関心を持ちえないのかもしれないが、真面目に答えるならば、「ブランドの次に来るものはブランドしかない」のである。
 ブランドが不必要になるとしたら、それは消費者に自由な選択が許されない国家や企業管理が徹底された世界、あるいは資本主義と貨幣が消滅した世界のいずれかしかないだろう。現実の世界では、規制は撤廃の方向に進み、競争は激化し、グローバル化が進展する一方である。
 これは、ブランドがよりいっそう必要とされる方向へと着実に進んでいることを示す。我々は、好むと好まざるとにかかわらず、ブランドに関心を持つことを「強いられている」というほかはない。
 こうした状況にあって、日本の経営者やマーケターはブランドに関心を寄せつつも、実はブランド構築に伴う本質的な困難を避けているように見える。それは、彼らが従来、そのような困難を避けて済ませることが可能であった「幸せな」時代を経験してきたからであろう。
 ブランドという考え方は面倒くさく、社内にコンフリクトを生み出し、容易に失敗してしまうような代物である。しかし、もはや困難に正面から立ち向かわなければならない。
 そのためには、ブランドの本質を理解しなければらないが、とりわけ、日本企業は、ブランドが持つ「安心」と「信頼」の意味の違いを認識することが必要である。

安心のブランドから信頼のブランドへ

 日本企業では、「安心のブランド」と「信頼のブランド」の二つを、ほぼ同じような意味合いで使っていることが多い。しかし、これら二つの概念は、まったく別物である。
 そのことを教えてくれるのが、『信頼の構造』である。本書は社会心理学の立場から、安心と信頼の概念の違いを画期的に転換してみせる。同時にそれはブランド論にとっても重要な含意を持つ。
 本書の基本的メッセージは「集団主義社会は安心を生み出すが信頼を破壊する」という文章に集約される。これまでの日本社会は集団主義社会と呼ばれてきた。社会の構成員同士は信頼で結ばれ、互いに安心して暮らせる社会がある、と信じられてきた。本書はこうした我々の常識に正面から挑戦しようとしている。
 著者の山岸俊男は、「安心」とは、「不確実性が存在しない」状況において有効なものだという。
 マフィア社会においてボスを裏切らない、という人間関係はまさにこの安心関係にほかならない。なぜならば、ボスを裏切った人間はただちに処刑されるという掟がある状況では、だれもボスを裏切ろうとは思わないからだ(=不確実性が存在しない)。
 しかし、それが安心であっても信頼関係でないことは明らかだ。
 逆に信頼が必要とされるのはグローバルなビジネス社会のように、「社会的不確実性が存在する」状況においてである。
 信頼とは、「相手が利己的にふるまえば自分がひどい目にあってしまう状況で、相手が利己的にふるまうことはないだろうと期待すること」である。著者らによる実験の結果、日本は信頼水準が低い社会であり、アメリカは信頼水準が高い社会である、と診断される。これは我々の常識を見事に裏切る結果である。
 このような信頼の概念は、ブランドについても当てはまる。我々はこれまで、不確実性が低い日本のビジネス社会において、互いに裏切らないことを前提とした「安心ブランド」を築くことに心を砕いてきた。「知名度の高いブランドなら安心だ」という意識は、まさに安心レベルのブランド構築なのだ。しかし、不確実性が高い国際ビジネス社会において、安心ブランドは通用しないのである。
 数少ないグローバルに通用するブランドを構築してきたソニーは、まさに一九五〇年代から海外市場での不確実な社会状況をかいくぐって信頼を勝ち取ってきた。信頼を得るためにはその企業の「人間性」を知らなければならないし、その企業の「行動傾向についての知識」がなくてはならない。
 この結果、信頼のブランドを築くためには、まずは自らの行動に一定の「パターン」を確立しなければならないことになる。つまり、どのような状況であっても購買者を裏切らないという品質が保証されていること、あるいは消費者の期待を超える利便が常に提供されることだ。
 さらにそうした行為が一貫してその企業独自の行動パターンになっていること。こうした行動パターンの形成が、結果として消費者にとって信頼に値するブランドという認知を得ることにつながるだろう。
表紙
信頼の構造
山岸俊男=著
東京大学出版会
1998年発行
定価 3,360円 (税込)
未来と過去への気づき
 信頼のブランドであるためには、自社ブランドの過去の行動への認識も必要になってくる。
『ザ・ブランド』は、ハーバード・ビジネススクールの歴史学者であるナンシー・ケーン教授によって書かれた起業家たちのブランド創生物語である。
 本書で取り上げられるブランドは、スターバックス、デルコンピュータ、ウェッジウッド、エスティ・ローダー、ハインツ、マーシャル・フィールドの六つだ。いずれも今日の世界的ブランドであり、それらの誕生の時代背景と創業者について、深い考察と数多くの歴史的事実が行き届いた叙述で整理されている。
 本書に登場するブランドの創設者に共通した特徴は、彼らが当時の数多くいた同業者のなかの平凡な一人にすぎなかったことである。
 一八世紀のイギリスに生きたジョサイア・ウェッジウッドは、陶器産業で知られたスターフォードシャーにおいて、一三〇人の陶工の一人であった。マイケル・デルは八〇年代に数多く登場したパソコン・メーカーのなかの一零細企業の経営者にすぎなかった。
 著者の分析によればこうした成功は次の五つの理由に帰せられる。

 1 自分の製品・サービスについての詳しい知識と経験があった。
 2 自分の誤りを素早く学び、これを修正した。
 3 消費者の要望に応える意味のあるブランドを創出した。
 4 顧客との不断のコミュニケーションにより、学び合うプロセスがあった。
 5 顧客との約束を果たすことのできる組織力があった。

 こうした整理から出発して、学ぶに値するインサイト(洞察)を我々はここからさらに抽出してこなければならない。
 なぜこれらの人々だけが起業に成功し、そのブランドを成功に導くことができたのだろうか。
 ブランド創業者たちは、いずれも急激な経済発展と社会変化の時期に事業を興している。そのような変革期に消費者が何を欲しているかを見抜き、それを実現する努力を怠らなかったのである。
 驚くべきことにウェッジウッドは一七七四年、顧客である貴族を集め、発売を予定しているエトルリアの壺の評価を聞くために、「フォーカス・グループ・インタビュー」を実施している。
 こう考えると、ブランドを成功させるための第一の要件は、消費者が何を求めてどのように変化しつつあるかについての「洞察力」にあるように思われる。未来を予測する力と言ってもいいが、それはけっして「超能力」ではない。未来への変化の兆候を、現在の消費行動のなかから読み取ろうという強い意志を常に持つことによって洞察力は得られる。
 信頼のブランドであるためには、こうした未来への洞察力と並行して、自社ブランドの過去についても透徹した認識を持つことも求められる。なぜなら、自社がこれまで歩んできた歴史的な行動パターンが、消費者によって問われるからだ。
 ハワード・シュルツとそのスタッフとが創り出してきたスターバックス・ブランドとは、自分たちが実現したい夢と現実の消費者の要望とを、社内の議論によって解決していく過程から生まれたものであった。
 自分たちの行動パターンがそのような過程から生まれたことを認識することによって未来への洞察がさらに生きてくるのである。
グローバル・ブランドは複雑さに立ち向かう
 顧客に信頼される行動パターンを形成することは容易ではない。そのためには、企業の組織もブランドを軸に編成し直すことが必要である。
 ブランドを組織としていかに位置づけるかを考えるうえで参考になるのが、『グローバル企業の組織設計』である。ブランドがグローバルな規模で信頼を得るためには、グローバルで統一され、一貫性のある戦略を取ることが求められている。これは組織デザインの次元に新たな軸を加えることになり、組織はさらに複雑になる。
 著者の基本的な問いかけは、「現代のグローバルな事業活動につきまとう複雑な多次元性をどのようにして管理するのか」である。
 そして、その解答は明快だ。企業は複雑さを複雑さとして管理できる能力を身につけることによって、こうした困難を克服する。しかしそこに至る過程は簡単ではない。
 国際企業が管理すべき企業の主な次元とは、普通「事業」「地域」「機能」の三つである。しかし、今日のグローバル企業にとって、これら三次元だけが組織デザインの基本ではなくなった。ほかにも、顧客、チャネル、プロセスなど、さまざまな次元が存在する。
 ブランドは、これらグローバル企業の複雑さを、さらに増加させるもう一つの次元である。
 ネスレの事例で見てみよう。ネスレは九二年まで、国別の収益センターと強力な本社組織からできていた。戦略単位の中心は、地域別事業であった。これは各国の食品・飲料への好みが異なる異質な市場であるためだ。
 しかし九二年以降、こうした組織を変革するに至った。その原因は、国際的買収による製品ラインの多角化、プライベート・ブランドへの対応、カルフールなどの国際的小売業者への対応などさまざまあるが、なかでもグローバル・ブランドを形成する必要性は最大のものだった。
 このような環境の変化に対応し、ネスレでは本社(本部)を事業単位と地域別収益センターとの二本立てに再編した。従来の本社の機能別組織は事業単位の組織へ、また国別単位から地域別(ゾーン)へと権限は委譲された。簡単に言えば、ネスレは国別から「地域別構造の軸が支配する事業別と地域別のマトリックス」へと、より複雑な組織体制に移行したことになる。
 グローバル・ブランドを形成しようとする日本企業は、ネスレのように複雑性を恐れず、必要なものとして管理しなくてはならない。著者のガルブレイスの言葉を借りて言えば、それは「必要な複雑性」なのである。
 それは、グローバル・ブランドを形成するには、世界各地で同じような行動パターンが必要だからである。世界中どこへ行っても同じ行動パターンが形成されてこそ、信頼のブランドが形成されるのだ。
 結局、いま日本企業で求められる本質的な困難とは、「信頼ブランド」を構築することにある。不確実性の高いグローバル市場で、競争優位を発揮するのは、ブランドの「安心」感より「信頼」性だからだ。そのためには、ブランドに対する深い洞察と共に、組織行動をも変化させることが求められることになる。
表紙
ザ・ブランド
ナンシー・ケーン=著
翔泳社
2001年発行
定価 2,625円 (税込)
表紙
グローバル企業の組織設計
ジェイ R.ガルブレイス=著
春秋社
2001年発行
定価 2,940円 (税込)
評者プロフィール
評者: 田中 洋  法政大学 経営学部 教授
慶應義塾大学大学院商学研究科後期博士課程単位修了、1975年、電通入社。84年、南イリノイ大学大学院ジャーナリズム研究科修士(MA)取得。電通本社マーケティング局マーケティング・ディレクターを経て退社。96年城西大学経済学部助教授、98年より現職。著書に『企業を高めるブランド戦略』(講談社現代新書、2002年)がある。
この書評は下記の号に掲載されたものです。
表紙
2003年2月号 定価 2,000円(税込)
特集:プロジェクト・マネジメント
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