ナイアンティック・足立光氏が選ぶ、
マーケティングの本質を理解するための論文

最新の事例や理論が求められるなか、時代を超えて読みつがれる理論がある。『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』(DHBR)の過去の論文には、そのように評価される作品が無数に存在します。ここでは、著名経営者や識者に、おすすめのDHBRの過去論文を紹介していただきます。第12回は、日本マクドナルドのマーケティング本部長として同社のV字回復を牽引し、現在はナイアンティックのシニアディレクターを務める足立光氏により、マーケターが読むべき論文が紹介されます。(構成/加藤年男、写真/鈴木愛子)

  私は一橋大学に在学中、現在はハーバード・ビジネス・スクールで教授を務める竹内弘高先生のゼミに所属していました。ゼミではマーケティングを研究していたのですが、大学院生が日常的にいろいろな情報を共有してくれることもあり、マーケティングに関連する論文が常に身近にありました。そうしたなかで、『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』(DHBR)にも自然と目を通すようになりました。

 私はこれまで、プロクター・アンド・ギャンブル、ヘンケル、マクドナルドなど、マーケティングの現場で働いてきました。そこで以降では、私の仕事に気づきを与えてくれた、マーケティングに関する論文をご紹介します。

マーケティングとは「商売」である

 まず、セオドア・レビットによる「マーケティング近視眼」(HBR1960年発表、DHBR2001年11月号新訳)です。レビットの本は竹内ゼミの必修図書でした。そのため、この論文で記されているコンセプトの概要は、ある程度理解していましたが、現代にも通用する重要な考え方だと思います。

 いまでは当たり前になったものの、製品ありきではなく顧客の立場に立って考えようという内容が、60年も前に書かれたことには驚きます。鉄道会社は鉄道事業ではなく輸送事業であるというドメインの決め方や、顧客は鉄道ではなく輸送手段を求めているという例など、マーケティングの本質が非常にわかりやすく書かれています。

 マーケティングという言葉には定訳がありませんが、私は「商売」そのものだと理解しています。商売とは、収益が上がる事業を継続していくことです。そのためには、どのようなお客様に、どんな価値を提供して、どうやって利益を上げ続けるのかを考えることであり、それはすなわちマーケティングです。レビットが語っているのは、お客様に何を提供するのかであり、これはビジネスパーソン、商売人にとっての基本です。

 私自身、たとえば前職の日本マクドナルドでは、そのことを常に考えていました。実は、マクドナルドはハンバーガー屋ではありません。マクドナルドが売っているのは、家族でいることの楽しさ、何気ないことで生まれる笑い、そして、ちょっとした背徳感だと考えていました。他の多くの外食と同様、マクドナルドのハンバーガーは、美味しくて毎日安心して口にできる高品質なものだけれども、「あっ、また食べてしまった」という軽い罪悪感を感じるものでもあります。お客様がマクドナルドに求めているものは、そうした背徳感でもあるのです。

 私はそのことに気づいてから、商品そのものの魅力を訴求するだけでなく、お客様のそうしたニーズを満たす施策を実施してきました。その発想のやり方は、この論文に書かれている内容に近いものです。

 マーケティングをやっている人、商売をやっている人は、「マーケティング近視眼」を必ず読んだほうがいいと思います。これに代替するものがないくらいの名著です。私のように学生時代に読むのもいいですが、社会人になり、実務をするようになると、本当に仕事の役に立つことがわかります。

自社の競争優位性を見直し続ける

 これはリアルタイムで読みましたが、「日本企業に迫られる時間競争からの脱却」(DHBR1993年11月号)も記憶に残っています。この論文で提起されている問題は、いまとそれほど変わりません。日本企業を題材に、スピード重視や大量生産の弊害をはじめ、現状に甘んじず、常に戦略を見直す必要性が説かれています。すなわち30年近く前から、いま現在、多くの企業で論じられているのと同じ戦略課題が、すでに提起されていたのです。

 製品ではなく課題からものを考え、大量生産に合わせてお客様をつくるのではなく、それを超える製品やビジネスモデルを次から次へとつくる必要がある。日本企業に限ったことではありませんが、すでに成功しているモデルの継続的な成長を目指すのが大事である一方、その競争優位性を常に見直して、時には自社の事業を否定するような新しい可能性も考えておかなければ、いつかは陳腐化して新興勢力にやられてしまう、ということが書かれています。

 マクドナルドもかつて、その罠にはまっていました。飲食店でありながらキャラクターがピエロであることはその象徴ですが、マクドナルドは、いたずらっ子のような、ちょっと楽しいブランドであることが競争優位であり、他のファストフードチェーンとの差別化ポイントとなっていました。ところが、そのポジショニングがいつしか忘れられてしまい、真面目な訴求が多くなっていました。

 そこで私は、お客様が何のためにマクドナルドに来るのかを考え、マクドナルドのブランドに合致するものは何かも検討したうえで、それに合わせた商品を提供するよう心がけました。「裏メニュー」というような茶目っ気のある新製品を出したり、「ポケモンGO」とのコラボレーションを実施したりしたのもそのためです。

 私は、マクドナルドで何か新しいことをしたわけではありません。昔からお客様に愛されていたマクドナルド本来の姿に戻すことで、競争優位を取り戻しただけなのです。

 ただし、この論文の根本的な問題意識には賛同し、普遍的だと思う反面、鵜呑みにすべきではないと感じる主張もあります。それは、CRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)を重視しすぎている点です。

 この論文の中では、いまはなくなりましたが、秋葉原の第一家電が取り上げられています。たとえば家電を配達したとき、お客様の家にある他の家電の使用年数をチェックして、保証期間が切れる前のタイミングで接触して購買を即すことなどが賞賛されています。これは、いまネットを通じて行われている顧客データを活用したCRMと同じコンセプトを、リアルでやっているわけです。

 かつては、日本の百貨店や生命保険会社も同じことをやっていましたよね。百貨店は自社でポイントカードを発行することで、お客様が何をどのように買ったかを把握していたし、外商に至っては家族構成も把握していました。生保レディーたちは、顧客と友人のように親密に付き合うことで家族に入り込み、子どもの誕生日にはプレゼントもあげて、その信頼関係をもとに保険を売り込んでいました。

 ところが、第一家電は企業としての生命を終え、百貨店に当時の勢いなど見る影もなくなり、保険会社は営業に苦労しています。このモデルは短期的には有効かもしれませんが、それだけをやっても継続的な競争優位とはならないことが明白なのです。それなのに、相変わらずデータ・ベース・マーケティングでのCRMばかりを重視する会社が増えている。それは当時の第一家電がやっていたことをネットに置き換えただけのことで、新しい話ではありません。

 私はそもそも、CRMは幻想だと思っています。なぜなら、ネット上で消費者の購買行動をデータ分析し、それに合わせて商品やサービスを提案することで、経営にインパクトがあるレベルの戦略を打ち立て、継続的に成功している会社を見たことがないからです。

 顧客の購買行動をベースに、提供するクーポンの内容を変え、その使用率を90%以上にしたというドラッグストア手法などはあります。そうした取り組み自体は素晴らしいのですが、それは経営的な戦略というよりむしろ、現場での改善に近いものです。

 また、アマゾンやアスクルのようなインターネット通販会社のように、オペレーションで改善を重ねて、それを突き詰めることが差別化になる会社もあるでしょう。ただ、そうしたデータに基づいた改善活動を一般の会社がやっても、わずかなコストダウンになるだけで、いずれ行き詰まると考えていますし、実際に行き詰まっています。

 現場の改善をやるにこしたことはありませんが、改善によるコスト削減には限界があり、そもそも、それはマーケティングではありません。かつてのデルのように、圧倒的なローコストモデルを構築した会社にはかなわないのです。少なくとも、効率を追うだけではマーケティングとは呼べないし、継続的な競争優位にはならないことは明らかでしょう。この論文を読むことで、そのことに気づけると思います。

顧客はどんなニーズを満たしたいのか

 より実践的に、お客様が何を求めているのか、何の解決を望んでいるかをセグメントごとに考えるときに参考になったのが、クレイトン・クリステンセンが書いた「セグメンテーションという悪弊」(DHBR2006年6月号)です。顧客の属性をただ細分化することの限界については、マーケターとして実務を行ううえで感じたことでもあり、この主張には共感しました。

 この論文の中でも触れられていますが、レビットによる「消費者は4分の1インチ径のドリルを買いたいのではない。彼らがほしいのは4分の1インチの穴だ」という格言は、とても本質的だと思います。マーケターはセグメンテーションするではなく、レビットが「ドリルの穴」と言い、クリステンセンが「ジョブ」と表現する、お客様が解決したいこと、満たしたいニーズに目を向けるべきだと思います。

 マクドナルドの場合、顧客セグメントは主に、ハンバーガー好きの男性、甘いもの好きの女子高生、子ども連れの家族、そして、コアなレギュラー品嗜好の人たち、という4つのパターンに分かれます。そこで終わるのではなく、それぞれのニーズを深掘りし、彼らが何を求めて来ているのかと考えると、実は製品ではないことがわかりました。

 家族連れはハッピーセットを買いに来ているのではなく、お子さんが喜ぶからご来店いただいている。女子高生たちがマクドナルドに来る理由は、甘いものを食べるためだけではありません。コンビニに行けばもっと種類が豊富なのに、なぜわざわざ足を運ぶのか。それは、友だちと話題にできるもの、インスタグラムにアップできるようなものが欲しい、という理由もあります。

 そのように製品視点でなないインサイトを得るためには、マーケターがお客様の立場に立って考えることが不可欠です。マーケティングの現場にいると、一般の質的な消費者調査は、あまり当てにならないことがわかります。特に日本人は、部屋に人を集めてやるフォーカス・グループ・インタビューなどで本音を出すことはありません。

 たとえば、最近は土曜日の勉強会も増えています。参加者にその目的を聞くと、たいてい「いろいろな人に会いたいから」「勉強したいから」と答えます。でも本当は「土曜日の午後に家を空ける口実がほしい」という人が少なくない。そうした深いインサイトがあるはずなのに、通常の調査では真面目な答えしか返ってこないので、それをつかめません。そのことに気づいたきっかけは、この論文でした。

 私は、お客様の視点になりきることが重要だと考えています。プロモーションや広告の適否を判断する際、ターゲットになりきった自分でなければ、誤った判断を下してしまいます。そのためには、ターゲットのことを知らなくてはなりません。私はそのために、いろいろな年代や職業の人たちと付き合ってきました。

 たとえば、ヘンケルで化粧品のマーケティングを担当していた頃、若い女性がふだんどんな生活をして、どんなアプリを見ているのかを知るために、その年代の方々に日常生活の中でたくさん話を聞いていました。自分自身リアルなユーザーにはなれませんが、ターゲットと同じ体験をして、同じような感覚を持とうとすることが大切だと思ったからです。マーケティング施策を考えるために、お客様の視点になりきる努力は、いまも変わらず続けています。

競合がやらないこと、やれないことをやる

「セグメンテーションという悪弊」と同じくクリステンセンが書いた「イノベーションのジレンマ」(DHBR1995年7月号初出、DHBR2013年6月号再掲)も印象的でした。これは同名のベストセラーが上梓される前、「破壊的技術」の存在と、そのメカニズムを明らかにした論文です。

 私は大学にいた頃、マイケル・ポーターの理論を学びました。ポーターの競争戦略論は「コストリーダーシップ」「差別化」「集中」に代表されますが、「イノベーションのジレンマ」と「セグメンテーションという悪弊」を通じて、それとは異なる軸での競争優位があることを知れたのは新鮮でした。同じ現象を異なる視点で見ること、マーケティングの「王道」的な考え方以外にも実はいろんな理論や視点があると知ることは、ビジネスをするうえで非常に重要だと思います。

「イノベーションのジレンマ」が私の心に刺さったのには、私が当時就いていたコンサルタントという仕事と問題意識が近かったこともあります。

 その頃、大企業で社内ベンチャーが大流行していましたが、軒並み失敗に終わっていました。既存の部署に立ち上げを任せたり、既存の事業と同じ物差しで成果を測ってしまったりすることが多かったからです。当然ですが、新規事業は既存事業と比べると、売上げは小さく、魅力的な事業には見えないので、なかなか事業化の決断ができないか、事業化してもすぐに撤退してしまうのです。コンサルティング会社での経験を通して、これでは成功するはずがないなと思っていました。

 クリステンセンはこの論文の中で、自社で破壊的技術の市場を探り当てることは難しいと言い、自社とは独立したスタートアップに実験させることを推奨しています。いまでは大企業も新規事業を独力ではやるだけでなく、ベンチャーをはじめとするさまざまな会社と組んでスタートすることが増えていますが、それは正しいやり方ではないでしょうか。

 マーケティングでは市場を創造すること、つまり、これまで人がやってこなかったモデルを実現することが重要です。その際、競合相手から何をやられたら困るかを考えてみるのは1つの方法です。そのうえで、競合がやらないこと、やれないことを実施するのです。

 私はヘンケルにいたとき、男性用ヘアカラーを扱っていました。競合の大手メーカーは、パッケージをお洒落にデザインし、二枚目俳優を起用したかっこいいCMを流していました。ただ、そのメインユーザーは、いわゆる“ヤンキー”の若者たちでした。それならばと、ヘンケルの商品には突っ張った若者たちが登場する『クローズZERO』という映画のキャラクターをパッケージに打ち出してみたところ、それがターゲットに響いて、ヒットになりました。

 ヘアカラーをする男性に「なぜヘアカラーをするのか?」と聞くと、最初は「髪の毛を明るくしたいから」と返ってくるでしょう。そこから2歩、3歩と踏み込むと「ファッショナブルな人間に見られたい」と言い、さらに突き詰めると、結局は「女性にモテたい」という本質的なニーズに気づきます。ここが肝心なんです。先ほどもお話しした通り、その商品を本当に使っているのは誰なのか、そして、その人たちは何を求めているかを、彼らの立場になって考えることがスタートなのです。

 大手メーカーも、主要ユーザーがヤンキーの若者たちであることを理解していたのかもしれませんが、わかっていたとしても、それを大々的にPRすることはできません。すでに成功しているモデルがあるうえ、不良たちをパッケージに打ち出すような品のないことは「優等生の会社」では許されないからです。

「イノベーションのジレンマ」は、既存の大企業がどうすればいいのかという視点で書かれていると思いますが、立場を変えれば、大手がやらないこと、やれないこと、またはやろうとしても小さすぎて潰れてしまうところにビジネスチャンスがあるということです。この論文が最初に発表されてから20年以上が経ちますが、その本質はいまも変わりません。

イシューに対して自分なりの答えを導く

 最後に、やや視点が変わりますが、「新商品開発か既存商品のマーケティングか」(DHBR2007年5月号)もいい内容だと思うので、紹介したいと思います。これは筆者の主張が書かれているではなく、ケーススタディです。

 多くのケーススタディがそうですが、一般のケーススタディには答えが書かれていません。ハーバード・ビジネス・スクールのホームページを見ても、詳細なケースはありますが、ディスカッションの内容までは紹介されていません。この論文を含む、ハーバード・ビジネス・レビューのケーススタディがよかったのは、議論の素材だけでなく、さまざま経営者が自分なりの答えを披露してくれていることです。

 さらに、その答えが人によってまるで違うことはとても意味があります。それによって、同じイシューに対して異なる考え方でアプローチする疑似体験ができます。特にコンサルタントのように、いろいろな業種やイシューを扱う人には、とても勉強になります。

 ここで紹介した5本の論文はいずれも、非常に基本的なことが書かれています。当たり前のようにも見えるかも知れませんが、時代が変わっても、マーケターがやるべきことは変わっていないという象徴だと言えるでしょう。

 ユーチューバーやインスタグラマーを使ったインフルエンサー・マーケティングが最新のマーケティング手法のようにもてはやされていますが、これも昔からある手法です。たとえば、新聞の書評欄はかつて、本の売れ行きを大きく左右する絶大なインフルエンサーでした。「皇室御用達」という売り文句も、皇室をインフルエンサーとして活用していると言えるでしょう。

「最新」と称される手法も、その大半は、昔からあるイシューに対して、ちょっとやり方を変えたにすぎません。新しいメディアやテクノロジーが登場し、目先は変わったかもしれませんが、ビジネスの根本に大差はないのです。だからこそ、優れた論文が提示する内容が、何十年経っても価値を持ち続けるのではないでしょうか。