PURPOSE(パーパス)が、企業の競争力を高める

PURPOSE(パーパス)、すなわち「自社は何のために存在するのか」を明確にして、社内外にアピールする動きが活発になっています。背景には、「自分はなぜこの仕事に就くのか」を重視して会社を選ぶミレニアル世代が、働き手の中で主力になってきていることがあります。DHBR最新号では、企業競争力を決定づける、逸材確保のための最新施策について特集しています。

ネスレはなぜパーパスを定義したのか

 ミレニアル世代(1980年代~2000年代初頭に生まれた世代)が社会の中核を担うようになり、経営戦略や施策の立案では、その動向を考慮することが重要になっています。各種の調査によれば、この世代は相対的に、社会貢献の意識が高く、仕事選びでは、社会の役に立つという点を重視するようです。

 一方、2015年に国連総会で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)が社会に認知されるにつれ、企業には、この目標に資する活動への期待が高まっています。こうした潮流から注目されつつあるのが、今号で特集した企業のPURPOSE(パーパス)です。端的に言えば「企業の存在意義を問い直し、明確にして、表現する」です。

 自社であればこそ可能な商品やサービスの提供とは何か、自社がすべき事業とは何か、を考えることから始まります。ただ、改めて問い直さなくても、現存する多くの企業には存在意義があります。市場経済では、存在意義がない企業は、時間の経過とともに淘汰されていくからです。では、なぜ今、あらためて問い直しが必要なのでしょうか。

 その理由を、特集では、いろいろな視点から考えていきます。特集に関連した取材の中で、野村総合研究所コーポレートイノベーションコンサルティング部プリンシパルの古西幸登氏から、「経済が成熟して商品やサービスの差別化が難しくなっていることも背景にある」との指摘を受けました(古西氏は同社プリンシパルの伊吹英子氏と「パーパス重視のマネジメントが戦略を加速させる」などの論考をインターネットで公開しています)。

「なぜ自社がこの事業を行うのか」を全従業員がしっかり再認識することで、自社だからこそ可能な価値、差別化された商品・サービスが創造されるのです。特集の2番目の論文では、企業競争力の源泉となるリソース(経営資源)を自社に呼び込むために、パーパスが不可欠であると論じています。特に、人材の流動化が高まる中、逸材を惹きつけ続けるため、自社の存在意義を明確にして、社内外にアピールすることが重要です。つまり、パーパスは競争戦略と考えられます。

 今日、存在意義は、経済価値の面だけでは問われません。社会価値も、企業は問われています。しかし、「こうした考え方は偽善である」とか「利益創出こそ企業の使命である」とかの見方は根強くあります。前者については、特集の3番目の論文で検討しています。後者については、ネスレの事例が参考になります。同社が、「なぜパーパスを定義したのか」を、ネスレ日本社長の高岡浩三氏に、特集の冒頭で聞いています。理由は、経済価値と社会価値を同時に創造する「CSV」を、同社が事業活動の原則にしていて、その確実な実現のためにパーパスが必要であるからということです。

 では、なぜCSVが企業活動の原則なのでしょうか。インタビュー記事に出てきますが、CSV原則はネスレ前会長のピーター・ブラベック氏が確立しました。その経緯や理由については、『知られざる競争優位―ネスレはなぜCSVに挑戦するのか』(ダイヤモンド社、著者はノンフィクションライター)で詳述されています。同書には、ブラベック氏が2005年のダボス会議の時点では企業の寄付行為に疑問を抱いていたことが書かれています。企業は経済価値を生むことで十分に社会に貢献している、と。そうした考えを表明したことで、ブラベック氏は社会から反発を受けます。そして、社会価値について再検討を始めるのです。

 投資家に長期にわたって利益を生み出すには、社会に利益をもたらす会社でなければならないと考えたブラベック氏は、「本業と同じ方法でCSR(企業の社会的責任)を果たすべき」と提唱していたハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ポーター氏とマーク・クラマー氏と話し合いを始めます。その後3年間の議論を経て生まれたのが、ネスレのCSVの概念です。

 この本では、ブラベック氏本人が序文を書いています。彼が南米大陸の最高峰アコンカグア登頂にチャレンジする話です。今年1月、冒険家の三浦雄一郎氏が86歳での登頂を目指したものの、断念せざるを得なかった、あの山です。「山の環境、テントで過ごす長く孤独な夜、登山と下山の途中で度々訪れる沈黙の時間。その中にいると、人や企業はどのように生きれば後々まで続くような影響を世に与えることができるのだろうか、といつも考えさせられる」と書き、CSVを会社の目標と決めたことについて、「自分の人生観が会社のそれと一致していることを、夕陽照る山を登りながら幸せに感じている」と綴っていきます。

 そして2011年に、ポーター氏とクラマー氏は論文『共通価値の戦略』をHBRに発表します(翻訳はDHBR2011年6月号に掲載)。CSV原則もパーパスも、長期にわたる思考と多くの議論を通して生まれたものであることがわかります。

『やり抜く力 GRIT』の組織パーパス論

 今月号の話に戻ります。特集4番目の論文は、大ベストセラー『やり抜く力 GRIT』の著者が、実在する病院の事例をもとに、メンバーによるパーパスの共有が組織の「やり抜く力」を高めることを解説しています。海外事例ですが、腑に落ちます。

 日本企業はどうすべきか。パーパスという言葉を使って実践する日本企業はまだ稀ですが、同じような考え方で社員の意識を変え、モチベーションを高めている企業は増えています。その成功事例として中川政七商店を取り上げました。会長の中川政七氏の話によれば、日本企業はこの種の考え方に適応性が高いように思えます。

 その後に続くHBRの4つの論文はパーパスについて多面的に論じています。なかでも、グラハム・ケニー氏の「ビジョン、ミッション、バリューとはどう違うのか」は、これまでいろいろなところで引用されていますので、重要です。また、ジョージ・セラフィム氏らの「パーパスは収益を左右するのか」は、新しい経営理論が現れると、すぐに収益との関係を実証研究する米国の経営学の素晴らしさを見て取ることができます(理念だけに終わらせない!)

 特集外では、巻頭論文として、社内の不正を指摘する際あるいは正す活動を促すうえで参考になる論文を掲載しています。職場の問題は最悪の事態になる前に、早期に解決すべきであり、すべてのビジネスパーソンにとって意義ある論文です。米国だけでなく、日本においてもタイムリーではないかと考え、巻頭で掲載しました。

 また、今月号は、「スタートアップに経営戦略は必要か」というテーマを、27ページにわたって、賛否両面からじっくり論じています。起業過少の日本経済には、多くの示唆があると思います(編集長・大坪亮)。