企業は消費者のスローダウン欲求をどう満たすか

私たちの生活の利便性は、技術進歩により飛躍的に高まっている。スマホを開けば、ボタン1つでどんな商品でも購入できる。デートの相手を探したい、手軽に運動したいという欲求も、専用アプリで瞬時に満たすことができる。ただ、それによって生活の速度が上がりすぎたがゆえに、現代の消費者はスローダウンする機会を求めていると筆者はいう。企業はこのようなニーズを、どうすれば満たせるのだろうか。


 私たちは「加速の時代」に生きている。ありとあらゆる商品がオンラインで注文でき、数時間で届く。次のデート相手を探して決めるには、(出会い系アプリで)1回スワイプするだけでよい。いまやエクササイズや瞑想ですら、アプリでアクセスして、数分で終わる。

 技術進歩と社会の変化のスピードが絶えず上がり続けることで、ビジネスと生活そのもののペースも加速し、大半の人が時間的な余裕のなさを感じている。

 これに対処するために、スローダウンする機会を求める人が増えている。これは、ヨガやウェルネス・リトリート(休暇を取って心身養生の活動をすること。観光業界で最も急成長中のセクターの1つ)の人気の高まり、スローフード運動、デジタルデトックス(ハイテク機器から一定期間離れること)の広がりなどから見て取れる。

 BBCニュースの元ディレクターは最近、「トータス(亀)・メディア」なるものを立ち上げた。みずからを「スローニュース」と位置付け、「スピードを落として、真実を知ろう」をスローガンに掲げている。また、明らかにハイペース、ハイテク社会の韓国では、こんな休暇が昨年から人気を集めている。疲れ切った働き手が、刑務所の独房(を模した宿泊施設)で時を過ごし、囚人のような待遇を受けることで外部との接続を断ち、ゆっくりできるのだ。このスローダウンへの欲求は大きな流れとなり、企業、組織、社会に影響を及ぼしている。

 なぜ人々はスローダウンしたいのか、どうすればそれを達成できるのかを探るため、我々は別の極端な例を調査した。スペインの古代から続く聖地巡礼の道、カミーノ・デ・サンティアゴを歩く人たちの中に身を置いたのである。

 この巡礼は、ここ20年でかつてなく多くの人々を惹きつけており、巡礼者の年齢や宗教的背景、出身国はさまざまに異なる。この調査を通じて、スローダウンするための3つのポイントが明らかになった。

 1. 身体のスローダウン

 体を物理的に落ち着かせる。我々の研究では、歩くよりも速い移動手段を使わず、毎日歩くことでこれを達成できた。

 2. テクノロジーのスローダウン

 テクノロジーを手放すのではなく、その使い方に注意し、対面でのコミュニケーションを重視する。これは自分でコントロールするより、常時の接続をできなくさせる環境に身を置くことで達成できることが多い。巡礼者へのインタビューでは、仕事用の電話は家に置いてきた、Wi-Fiには夜しか接続しない、といった回答が得られた。

 3. 出来事のスローダウン

 1日に行う活動を少なくする。我々のデータによれば、やるべきことは歩く、食べる、そして寝ること。加えて重要なのは、消費の選択肢を減らすことである。

 これら3つのポイントは基本的に、簡素さ、物質主義からの脱却、自分らしさといった考え方につながる。

 この発見をビジネスの知見に転換するには、どうしたらいいだろうか。企業は、消費者がこの3つすべてにおいてスローダウンできる場所を提供し始めている。

 たとえば小売業界では、心を落ち着かせ、リラックスでき、プライベートではあるが、双方向の体験を通して顧客に滞在(と消費)を促す「スロー・ショッピング」が、eコマースやハイテクなセルフ・レジへの対抗手段として大いに期待されている。また、スキンケアや化粧品のブランドであるオリジンズでは、店舗を改装して買い物客が腰を下ろせる場所を増やし、身体のスローダウンを促している。同様に英国の高級デパートであるセルフリッジズは、2013年に静寂の部屋をつくり、消費者がリラックスして身体とテクノロジーのスローダウンに取り組めるようにしている。

 観光業界では、身体や出来事のスローダウンは、高級ホテルによる健康重視の一環として長く推進されてきた。一方、たとえばドイツのバーデン・バーデンにあるヴィラ・ステファニーなどでは、Wi-Fiを設置していないことを特長として売りにし始めており、滞在客は体験をインスタグラムに投稿することよりも、休むことに集中している。

 ファッション業界では、パタゴニアなどのブランドが、顧客に投資としての購入を促している。環境に優しく長持ちする衣類やアクセサリーを、本当に使うもののみ少数に絞って購入し、より長く使うということだ。ここに反映されているのは、出来事のスローダウンを通して、自分らしさを保ち物質主義から脱却することを重視する姿勢である。

 このように我々は、スローダウン(特に身体、テクノロジー、出来事のすべてを織り込んだもの)が、個人の心身の健全、環境、企業に等しく恩恵をもたらすものとして促進される動きを目にしている。そして、こうした体験への関心は、今後数年で飛躍的に高まると予想している。

 時にはスローダウンしたいという実存的な欲求を認識することが、顧客を勝ち取る戦略の土台となりうるのだ。


HBR.ORG原文:The Growing Business of Helping Customers Slow Down, December 07, 2018.

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ジアナ M. エッカート(Giana M. Eckhardt)
ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ校のマーケティング学教授兼サステナビリティ・リサーチ・センターディレクター。著書にMyth of the Ethical Consumer(未訳)がある。『ジャーナル・オブ・マーケティング』『ジャーナル・オブ・コンシューマー・リサーチ』の編集委員会にも名を連ねる。

カタリーナ C. ヒューズマン(Katharina C. Husemann)
ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ校のマーケティング学上級講師。現代の消費者文化における精神性の高まりを研究対象とし、『ジャーナル・オブ・コンシューマー・リサーチ』などに発表している。