持続的成長に向けた日本企業の変革実践論
――書評『企業変革の教科書』

ハーバード・ビジネス・レビュー編集部がおすすめの経営書を紹介する連載。第94回は一橋大学大学院経営管理研究科客員教授の名和高司氏の著書『企業変革の教科書』を紹介する。

加速する技術革新と
CSVの時代に問われる「志」

 経営の理論と実務を共に熟知している著者だからこそ描ける、企業変革論となっている。

 論理的な話の展開に、興味深い事例を多く入れ込んで、ぐいぐいと読ませていく。経営コンサルタントとして、20年間、100を超える企業の変革に関与してきた実績が裏付ける面白さである。

 構成はシンプル。「なぜ今、成長が求められ、企業変革が必要なのか」(Why)と読者の意識の呼び覚ましに始まり、「企業変革の4つのモデル」が詳述される。次に、置かれた状況が異なる読者がそれぞれ、4モデルの中のどれを選ぶべきかを考えるための指針が示される(What)。その後、変革のプロセス(How)、変革者がどうあるべきかが明らかにされて(Who)、最後に、日本企業が持続的成長を果たすための企業変革の具体策が提示される。

 Whyに大きく影響を与えるのが、CSV(共通価値の創造)という考え方と、加速する技術革新である。著者がかつて所属していたマッキンゼー・アンド・カンパニーとボストン コンサルティング グループ(BCG)関連の話題の書を元に、CSVと技術革新を、今日の経営を考える上での重要な軸と捉えるのだ。

 CSVは、ハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ポーター教授が2011年に提唱した経営モデルである。企業が社会問題をイノベーションによって解決することで、自社の競争力を高め、企業価値の向上を実現し、持続的な社会と経済の成長を両立して追求できると説く。本書には、この考え方が底流にある。

 例えば、本書の後半にある人材論では、今後の社会を担うミレニアル世代が仕事を通して「社会に役立つこと」を重視するとして、その力を存分に引き出していく上でCSVが有効であると論じる。そのためには、経営者の「志」や覚悟が問われる、という。

 本書の中核となる「企業変革の4つのモデル」は、変革の「頻度」(一過的か継続的か)、「程度」(漸進的か革命的か)の2軸によって示される。すなわち、一過的で漸進的なシュリンク・トゥ・グロー(V字回復)モデル、一過的で革命的なセルフ・ディスラプション(自己破壊)モデル、継続的で革命的なポートフォリオ・オブ・イニシアティブ(組合せ)モデル、継続的で革命的なメビウス(永久反転)運動モデルの4つのモデルである。

 V字回復モデルにIBM、自己破壊モデルにトヨタ自動車、組合せモデルに富士フイルム、メビウス運動モデルにコマツなど、いくつもの事例を示して、4つのモデルの効果と課題を明らかにしていく。

 著者がコンサルタントとして実際に企業変革をサポートしたものもあれば、文献などを元に説明したものもあるようだが、いずれにしても、豊富な経験に裏付けられた分析は、腑に落ちる。

マインドフルネスやパーパスなど
新潮流を網羅的に解説

 経験に基づく分析は、本書後半の、変革のプロセス(How)や変革者の条件(Who)で、さらに活きてくる。現在、著者が主宰している経営者人材の育成フォーラムや、ブランドコンサルティング会社でのアドバイザー業務、複数社での社外取締役としての活動などを通じて実感したことも反映されて、後半はより実践的となる。

 また、著者の知識の厚みから示される、ビジネスにおける新潮流の解説も、本書の魅力である。簡単に列挙すると、マインドフルネス、パーパス・ブランディング、コンシャス・リーダー、サイバー・フィジカル・システム、ネット・フューチャーバリューなどが、世界で注目される背景を解説している。

 さらに、著者独特の考え方も示唆深い。例えば、GEの元CEOのジェフ・イメルトは株式市場から厳しい評価を受けて退任に追い込まれたが、著者は、短期志向の市場に問題があるのかもしれないとして、それを防止する工夫(グーグルの議決権なしの株式発行のように)を施すべきだったのではないかと問題提起する。その他、東芝、P&G、IBM、韓国LGグループなど、企業変革が一旦は成功しながら、その後暗転する事例についても、ユニークな視点から分析している。

 そして、マッキンゼーとBCGという2つの戦略コンサルティング会社で活躍した経験を元に、顧客の立場からするとどちらを選んだらいいのか、マッキンゼー元代表の大前研一氏がなぜ退任を迫られたかなど、“中の人”の実力者だったからこその見方が随所に披露されていて、読み物としても面白いのである。