親切を企業文化の中心に据え、社内中に伝染させよ

企業の不祥事に関するニュースはあとを絶たない。好ましくない振る舞いが伝染しやすいことはその原因の1つだが、心理学の研究によると、良い振る舞いもまた周囲に伝わりやすいことが明らかになっている。たとえば、顧客に対する親切心を企業文化の中心に据え、それを社内で伝染させることで、価値あるサービスを生み出すことにつながる。メルセデス・ベンツの事例をもとに、思いやりや寛大な振る舞いがもたらす成果を示す。


 毎日、新聞に目を通し、ニュース報道を見ていると、厳しくて底意地が悪く、分断された時代を我々は生きているという結論に達するかもしれない。しかし、最近『ワシントン・ポスト』紙に掲載されたコラムは、見逃しがちなある真実を思い出させてくれた。好ましくない振る舞いは拡散する傾向があるが、好ましい振る舞いもまた同様に、拡散する。親切は、伝染するのである。

 スタンフォード大学の心理学者ジャミール・ザキは、彼が呼ぶところの「ポジティブな適合」という現象を証明しており、上のコラムはザキの研究に着目したものだ。彼の研究によると、「周囲の人たちが寛大であると感じた参加者は、自分自身もより寛大な態度を示した」という。これは「親切は伝染し、その過程の中で新しい形をとりながら、人々の間に波及していく」ことを示唆している。

 ザキの知見は、よりよい社会を実現するうえで重要だが、個々の会社にも当てはまる。筆者が知るリーダーのほとんどは、社員に対して、本来のサービスの枠を超えて、顧客の胸を打つような親切を示してほしいと望んでいる。また、そうしたリーダーの多くが、その目標は主に社の方針や手順を設けることで達成できると信じている。つまり、上からの指示によって親切を促すというわけである。実際には、組織内で親切を促進するのに有効な方策は、親切を伝染する菌のように扱い、皆が感染する環境を整えることなのだ。

 この点で、参考になる事例がある。筆者は最近、メルセデス・ベンツの米国販売・サービス部門である、メルセデス・ベンツUSAにおけるカスタマーサービス変革の研究に没頭した。スティーブン・キャノンはメルセデス・ベンツUSAのCEOに就任したとき、その成功の決め手が商品である自動車だけにはとどまらないと認識していた。販売・点検・修理に携わる従業員すべてが、顧客を思いやり、寛大に振る舞うことも重要なのである。

「顧客がメルセデスのブランドに接するたび、車に劣らぬ素晴らしい体験を提供しなければならない」と、キャノンは宣言した。そして、顧客にとってブランドとの接触とはすなわち、ディーラーで働く従業員との個人的な触れ合いに他ならない。そのとき従業員が、顧客の心に残るような快い振る舞いができるか、それとも大半のディーラーで働く従業員と同様に定型通りの振る舞いをするかで、大きな差が生じる。キャノンは、そう理解していた。

 また、メルセデスのディーラーで働く2万3000人にも及ぶ従業員の行動を変え、つながりと思いやりの文化を生み出すうえで、従うべき一定の法則はないということも、キャノンはわかっていた。代わりに必要だったのは、親切を伝染する菌と捉える草の根の「運動」に加わるよう、ディーラーやそこで働く従業員を説得することだった。

「販売員や修理スタッフに何か素晴らしいことをしてもらいたいとき、その動機づけとなるような科学的なプロセスもアルゴリズムもありません」と、キャノンは語った。「唯一の方法は、教育し、刺激し、『駆り立てる』ことです。何かをする機会に出くわしたとき、自発的な行動をとる許可を与えるのです。ただ指示に従うのではない。重要なのは、善意から来る強い信念です」

 そして数年が経ち、この信念は、従業員の職場での日常において、心温まる多種多様な親切を生んだ。

 成約した直後に契約書類に目を通していた販売員は、その日がちょうど顧客の誕生日だと気づいた。すぐにケーキを注文し、顧客が新車を引き取りに来た際に販売店一同でお祝いをした。

 息子の卒業式に向かう途中でタイヤがパンクしてしまった顧客もいた。慌てて近くのメルセデスのディーラーに駆け込んで事情を説明したものの、不運なことに、彼女の車のモデルに合うスペアタイヤの在庫はなかった。そこで、サービス・マネジャーはショールームに駆け込み、展示してある車をジャッキで押し上げ、タイヤを取り外し、その母親を息子の卒業式へと送り出した。「似たようなストーリーは山ほどあります」と、キャノンは言う。「販売店の従業員たちは誰もが率先して尽力します。それほど、お客さまを気にかけているのです」

 メルセデス・ベンツの職場における親切の伝染には、もう1つの要因がある。最前線で働く従業員にとって、仕事に対する純粋な誇りという動機づけがあれば、顧客に対してより親切な対応をしやすい、ということだ。

 メルセデス・ベンツUSAで15年働くベテラン販売員のハリー・ハイネキャンプは、新設されたカスタマー・エクスペリエンス部門の初代マネジャーに抜擢された。ハイネキャンプと彼のチームは、全米のメルセデスのディーラーを視察して回るなかで、あることを発見した。「現場の従業員のブランドへの誇りは、我々が思っていたほど高くはなく、仕事に対するエンゲージメントも、期待していたほど強くなかった」というのだ。

 特に衝撃的だったのは、販売店で働く従業員の7割近くが、販売店の敷地の外でメルセデス・ベンツの車を運転したことがないという事実だった。修理やパーツの注文はするが、実際その車を公道で運転した経験がなかったのだ。

 ハイネキャンプは考えた。実際にメルセデス・ベンツを運転する興奮を味わったことがないのに、メルセデスのブランドに純粋な誇りが持てるものだろうか。そこで彼は、あるプログラムを発案し、実施した。ディーラーで働く2万3000人の全従業員に48時間、メルセデス・ベンツを貸し出し、運転を体験する機会を与えたのだ。会社は、この取り組みに、800台近い車と、数百万ドルの資金を投じた。

 従業員の多くは、自分が運転する順番を、重要な出来事と合致するように調整した。90歳になる祖母を誕生日会に招く際に迎えに行く、娘とその友達を16歳の記念パーティに送迎する、生まれたばかりの赤ちゃんを家に連れて帰る、等々。参加した人は割り当てられた48時間を写真や動画に記録し、ラップソングまでつくったケースもある。

「反応は予想以上のものでした」とハイネキャンプは言う。彼は、社内にウェブサイトを設けてそれぞれの体験を共有した。「当然のことながら、誰もが自分の扱う車をよく知ることができました。でも一番の収穫は、仕事への誇りをより強く持てるようになったことです」

 メルセデス・ベンツUSAにおいて、ボトムアップの従業員同士による顧客へのコミットメント強化の取り組みは、カスタマーサービス革新の有力な事例である。また、あらゆる分野のリーダーたちへのメッセージでもある。いくら命じたところで従業員が親切になるとは限らないが、リーダーは親切を伝染させる火付け役にはなれるのだ。


HBR.ORG原文:Making Kindness a Core Tenet of Your Company, November 22, 2018.

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ウィリアム・テイラー(William C. Taylor)
『ファストカンパニー』誌の共同創刊者。最新刊は『オンリーワン差別化戦略』(ダイヤモンド社)。既刊邦訳に『マーベリック・カンパニー 常識の壁を打ち破った超優良企業』(日本経済新聞出版社)がある。ホームページはこちら