「ディープテック」が成功するための3つの条件

ディープテックが世の中に浸透するには何が必要なのだろうか。それには、要素技術を磨くだけではなく、スタートアップとしてのマネジメントを行うことがカギとなる。海外のディープテック・スタートアップから見える、「ディープテック」成功のための条件を3つに絞って明らかにする。ディープテックの最前線を知る連載第2回をお届けしよう。

なぜ、急成長中にもかかわらず
創業者が解任されるのか

 オンデマンドの完全自動運転によるEV(電気自動車)タクシーを実現しようというスタートアップがある。これまでの自動車の概念を打ち破る技術とデザインを搭載し、無人タクシーの自動配車を目指すのが、米Zoox(ズークス)である。

 この会社は2014年、米スタンフォード大学で自動運転の研究をしていたジェシー・レビンソン氏と、デザイナーのティム・ケントレイ・クレイ氏が設立した会社だ。現在、急成長を果たしており、すでに総額8億ドル(約900億円)を調達した。シリコンバレー屈指のディープテック・スタートアップである。

 しかし、今夏に、創業者でCEOのクレイ氏が会社を去った。勢いのあるスタートアップのトップが解任されるというのは、日本の企業にとって馴染みがあることではない。なぜ、このようなことが起こるのだろうか。実はこの解任劇は、ディープテックが成功する条件とも関係している。

 そもそも、ディープテックが種から芽を出し、そして花を咲かせるためには何が必要なのか。今回、筆者が実際に見てきたいくつかの海外スタートアップ事例から述べていこう。

成功の条件の1つは
一流の支援者を味方に付けること

 Playground global(プレイグラウンド・グローバル)は、シリコンバレーのパルアルトにあった西部開拓時代をテーマにした電子機器小売店の巨大倉庫をリノベーションした施設にある。

 この巨大な空間には、金属用の3Dプリンターや潤滑油が不要な最新式の放電加工機、ハードウエア製品のあらゆる信頼性試験を行うラボ、レーザー加工機にレーザー試験設備など、ハードウエアを開発するために必要な最新設備がそろっている。

ハードウェア開発に必要な最新設備がそろっているPlayground global


 だが、これは単なる施設ではない。ここにハードウエアのスタートアップを集めて、オフィスを提供し、その成長を促すインキュベート機能を兼ね備えている。

 プレイグラウンドの設立者は、Android OSの開発者として知られ、グーグルのモバイルインターネット事業を率いてきたアンディ・ルービン氏だ。共同創業者には、Androidの開発メンバーや元マイクロソフトの幹部たちがいる。ルービン氏が中心となって立ち上げたハードウエアのデザインスタジオであり、ベンチャーキャピタルでもある会社なのだ。

 なぜ、プレイグラウンドに注目しているのかといえば、その人的支援の体制が充実しているからだ。ここには、筆者のよく知るスタートアップの元経営陣やエンジニアが多く入っている。そのため、オフィスに入居している支援先のスタートアップに対して、ただのアドバイスレベルではない支援を行っている。

 具体的には、ハードウエア製品を作る際のプロトタイプ試作サポートや量産前の信頼性試験などのサポート、中国・深センの量産工場の活用方法についてのサポートなどだ。実務経験のあるエンジニアが具体的な支援を行ってくれる。

 ディープテックの種があっても、それを芽にするには、一流の人材によるサポートが欠かせない。たとえば、シリコンバレーの場合、筆者が知るほとんどのベンチャーキャピタリストには、エンジニアリングのバックグラウンドがある。

 支援者の多くはスタートアップを実際に経験したことがあり、ビジネスもわかる。こうした人材がスタートアップをサポートするからこそ、アイデアを形にして成長の軌道に乗せられるのだ。

 逆にいえば、一流の人材を支援者として巻き込むことがディープテック・スタートアップの1つの条件である。
 

オープンイノベーションを起こすには
多様な人材を融合させる環境整備が必要

 筆者の投資先の1つに、ウェアラブルデバイスを使い、出産前の妊婦を対象とし母体と胎児の健康状態やストレス状態を管理する米Bloomlife(ブルームライフ)がある。

 シリコンバレーに籍を置く企業ではあるが、欧州と米国が融合したディープテック・スタートアップといえる。なぜなら、経営陣とビジネス開発のメンバーは米国を中心に活動しながらも、その開発拠点はオランダ第5都市アイントホーフェン市にあるからだ。

 このアイントホーフェンは、オランダを代表する電機メーカー、フィリップス「発祥の地」であり、人口あたりの特許件数が世界一のハイテク都市だ。“オランダ版シリコンバレー”とも呼ばれている。

 ここには、多国籍/多企業によるオープンイノベーションの象徴的な存在として「ハイテク・キャンパス・アイントホーフェン(HTCE)」という施設がある。この施設には、世界の半導体研究をリードしている研究機関imec(アイメック)があり、ほかにも、インテルやIBM、ASMLなど、世界的な大企業からスタートアップまで約100社が入居している。
 

世界の半導体研究をリードしている研究機関imec



 実は、ブルームライフの創業者やエンジニア陣がこのimec出身であり、同社がHTCEを開発拠点にしているのも、入居している他の企業との交流を積極的に行うためだ。それによって、オープンイノベーションを進めようと考えている。

 さらに、ブルームライフの開発メンバーは、オランダやベルギー、ドイツ、イタリアなどの出身者がおり、多国籍のメンバーで構成されている。

 つまり、様々な企業との交流を行う環境を整え、多国籍な人材をフル活用して、日本では考え難い、極めてオープンな環境で、イノベーティブな発想を生み出そうとしているということだ。ビジネスと開発拠点を分離させてでも、イノベーションを起こす環境を整備すること。それが花を咲かせるための成功条件だといえよう。

渡り鳥タイプの創業メンバー
「0→1」と「1→100」の違い

 筆者が東芝時代に関わっていたIEEE802.11nの標準化(第1回参照)の際、非常に強力な競合企業の1社があった。それがAtheros Communications(アセロス)である。

 1998年にスタンフォード大学やカリフォルニア大学バークレー校などのメンバーを集めて創業。無線LANの会社として成功し2004年に上場。その後、米半導体大手クアルコムの完全子会社となり、現在クアルコム・アセロスに商号変更している。

 このアセロスを見ていて驚いたのは、標準化の活動が佳境に入った時に突然、主力チームメンバーが退職して別のスタートアップに移ったことだ。なぜ彼らが最も成長しているフェーズで有望なスタートアップを去ったのか、いまならばよく理解できる。

 ディープテック・スタートアップの創業初期は経営上、製品プロトタイプ開発やサービス設計の比重が高い。その段階では、多くのエンジニアがスタートアップのメンバーとして関わって開発を進める。

 開発や量産にある程度の目処が付くと、次に必要なのはビジネス開発やマーケティング、量産・出荷のオペレーションに関わる人材だ。ここで新たな人材が加わる一方で、初期の研究開発に関わったメンバーは、貢献した分のストックオプションを得て、次なるスタートアップに向かっていく。

 当然ながら、人によって異なる部分は多いが、初期メンバーはたいてい、ディープテック・スタートアップに関わることを1つのプロジェクトだという意識で参加している。さらにいえば、0→1を生み出すことに興味関心が高い人たちと、1→100を得意とする人たちとは全く異なる発想を持っている。

 特に、0→1の人は、自身のやりがいや興味関心、会社の成長ステージなどで、企業間をまるで渡り鳥のように移ることが当たり前なのだ。

マネジメント層を含む
人材のダイナミックな入れ替え

 筆者は投資の際に、米国のエンジェル投資家(たいていの場合、最初のステージで入っているか、もしくは我々のインナーサークルにいるメンバーだ)や、共同投資をするシリコンバレーのベンチャーキャピタルとともに、社外取締役を務める場合が多い。

 これまでに関わった米国のスタートアップは、社外取締役を含め、取締役会のガバナンスがきちんと機能している会社がほとんどだ。

 取締役会では、経営執行役に当たるCEOやCTOから経営執行状況に関する報告が行われ、今後の戦略的な方向性や資金調達、資本政策に関する議論が積極的に行われる。

 その後、社内メンバーを外して社外取締役のみが残る。CEOや経営執行役員の仕事ぶりに対して、「彼らのスキルが現在の会社の成長(ステージ)に合っているのか」「これまでに求められた役割を行えているのか」「これから重要になってくるスキルや人材は」などと話し合う。日本企業にはほとんどない光景だ。

 スタートアップではよくあることだが、役員同士で仲が悪くなった場合の仲裁や、場合によってはCEOに退職を促すか、そして代わりのCEO候補を探すのかなど、かなりドラスティックな議論を行っている。

 その中で、創業者を含むマネジメント層でさえも退任を促すフェーズが来る。冒頭のズークスもそうだろう。スティーブ・ジョブズ氏の有名な事例のように、たいていの創業者は非常に苦い思いをして去っていく。

 もちろん、それが全て良い方向に働く訳ではないが、それぞれに求められた役割をしっかりと理解し、相互にディシプリンを持って働くスタイルが経営には重要だと考えている。

 つまり、スタートアップには、多くの技術者が必要な開発フェーズと、ビジネスデベロップメントと呼ばれるビジネス開発の職務が必須となる成長フェーズがある。フェーズによっては、経営者も含めて人材がダイナミックに入れ替わることが、米国スタートアップの強みであるとともに、ディープテック・スタートアップ成功の秘訣だと思う。

 このように、ここで紹介した企業には、適材適所・グローバルに人材を融合させることで、スタートアップを大きく成長させていこうとするダイナミックな流れがある。

 世の中の生活スタイルを大きく変えたり、社会の大きな課題を解決したりするためには、技術(ディープテック)が重要ではあることに間違いはない。だが、それをいかに生かすための仕組みや環境づくりがそれ以上に重要なのである。

 つまり、花から実になるためには、マネジメントとビジネスディベロップメントを通じて、いかに優れた人材を連れてこられるのかが問われているのだ。

 

中島徹(Tetsu Nakajima)
東芝に入社後、研究開発センターにて無線通信の研究・無線LANの国際規格の標準化・半導体チップ開発業務に従事し、数十件の特許を取得。2009年から産業革新機構に参画し、ベンチャーキャピタリストとして、WHILLやイノフィス等、日本と米国シリコンバレーでロボティクス、IT、ソフトウエア系の出資を手掛ける。エンジニア経験を生かして投資先の業績改善にハンズオンでコミットし、中村超硬の上場や複数のスタートアップの売却などを実現。2016年にMistletoeに参画、2017年11月よりChief Investment Officerとして12ヵ国での投資活動の全般を統括。日本や米国シリコンバレー、欧州の有力な投資家・起業家とのネットワークを有する。北海道大学工学部、同大学院工学研究科修士、グロービス経営大学院修士。

 

【お知らせ】

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ー世界最大のディープテックサミット日本初上陸


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