いまなぜ幸福学が注目されているのか

EIシリーズ創刊記念イベント「働く私たちの幸福学」講演録[前編]

さる11月2日、EI(感情的知性)シリーズ日本版創刊を記念したイベント「働く私たちの幸福学」が開催され、岸見一郎先生(『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』累計230万部超)、日本における幸福学の第一人者、前野隆司慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授による講演が反響を呼んだ。本記事では、前野教授の講演録をお届けする(岸見先生の講演録はこちら)。(構成・まとめ/編集部)

お金があれば
幸せになれるか

前野 隆司(まえの・たかし)
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科委員長・教授
1984年東京工業大学卒業、1986年同大学修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授等を経て現在慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科委員長・教授。慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼務。博士(工学)。著書に、『幸福学×経営学』(2018年)、『幸せのメカニズム』(2014年)、『脳はなぜ「心」を作ったのか』(2004年)など多数。日本機械学会賞(論文)(1999年)、日本ロボット学会論文賞(2003年)、日本バーチャルリアリティー学会論文賞(2007年)などを受賞。専門は、システムデザイン・マネジメント学、幸福学、イノベーション教育など。

 欧米の幸福学の現場では、「幸せ」「幸福」を「Well-Being and Happiness」と表現しています。「Well-Being」は良き在り方、良好な状態であり、健康と幸福を包含するような概念です。病気にならないように健康に気をつけても、幸せに気をつけるとはあまり言いませんが、どちらもWell-Beingなのです。一方、Happinessは感情的側面を指しています。

 日本語では、「幸せな気分」など、幸せという言葉を感情として使うこともあれば、「幸せな人生だった」など、在り方として言うこともあり、まさに「Well-Being and Happiness」に対応していると言えます(詳しくは『幸福学』序文をご参照ください)。

 幸せというと、まずお金が浮かんできがちですが、カネ・モノ・地位など他人と比較できる「地位財」では、幸せは長続きしないことがわかっています。宝くじが当たった人は不幸だという研究すらあります。

 ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンの研究によれば、感情的幸福は年収7万5000ドルまでは比例し、それ以降はいくら年収が上がっても幸福度は上がらないことが判明しました。これは米国の事例であり、国によって金額は異なります。ブータンの平均年収は20万円ぐらいですが、それ以上あっても、やはり幸福度は上がらなくなります。

 要するに、年収が少ない新入社員や発展途上国の人は、収入が増えると幸せになりますが、ある程度以上豊かになると、地位財では幸せにならなくなるということです。このことを知らないと、もっとお金を手に入れれば、もっと幸せになるはずだと思ってしまう。それは誤解なのです。カーネマンに言わせれば「focusing illusion」、フォーカスを当てるところが幻想になっている、ということです。

 お金でなければ、何によって幸せになるのでしょうか。それは第一に、安心、健康、心です。内なる心が健全であり、身体そのものが健康であり、さらには、身体を取り巻く環境が安心であること。戦争のない国は戦争中の国よりも幸せであり、環境汚染のある国よりない国の方が幸せです。そのへんにカバンを置いておいても盗まれないような、日本みたいな国はやはり幸せなのです。

『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』でも示されているとおり、幸福感とパフォーマンスには深い関係があります。幸せな社員は不幸せな社員よりも創造性が3倍高く、生産性が1.3倍高い。心の病になりにくいので、欠勤率や離職率も低い。『サイエンス』では、幸せな人は不幸せな人より、7-10年長生きだという研究結果も出ています。

 幸せであることに越したことはない、というわけです。

幸福学研究で判明した
幸せの「4つの因子」

 心が健全であれば幸せになると申し上げましたが、利他的であれば幸せであるとか、自己肯定感が高い人は幸せであるなど、詳細な研究が進んでいます。数多くのアンケート調査が行なわれ、その結果を因子分析することで、幸せの条件が明確になってきました。

 岸見一郎先生の言葉でいえば、ありのままに貢献して、勇気を持って生きる。私の言い方でいえば、幸せの「4つの因子」です。調査によって、「やってみよう」「ありがとう」「なんとかなる」「ありのままに」という4つの因子が明らかになりました。それぞれについてご説明しましょう。

(1)自己実現と成長の因子(やってみよう因子)

 とにかく何かをやってみる、人に何と言われてもやってみる。自己実現や成長に関するものですね。夢や目標を叶えた人はもちろん幸せですが、実は、目指しているだけで人は幸せだということが統計的にわかっています。

 勉強嫌いだったからといって、社会人になってからも研修を受けるのを嫌がる人より、一生懸命受ける人のほうが幸せです。外部のイベントに参加すること自体も幸せだと言えます。結局、人間というのは、何歳になっても成長するものなのです。

 20歳前後が最も記憶力は高いですが、思惟する力、考える力は、年を取ってもいつまでも伸びていく。なのに「もう俺はわかっている」と頑固になって何もしなければ、成長は止まる。もう年だから夢や目標なんてないよ、などと言う人は、実際に幸福度が低いです。

 趣味でもいいですし、何かやりたいことを持っている人は幸せです。これについては、仕事も家庭も変わりません。『プレジデントウーマン』との共同調査でも同様の結果が出ていますし、高齢者向けの研究でも、テレビの視聴時間と余命に反比例の関係が出ています。テレビが悪いというわけではないですが、自主的に何かをやってみない人は幸福度が下がるのです。

 一番不幸なのは、夢も目標もない、やりたいこともない、強みもないし、何もやる気がしない、ということです。それならば、金持ちや出世を目指すほうが、まだ幸せです。ですが、自分が出世することよりも、みんなの幸せを目指すことのほうが、さらに幸せなのです。岸見先生の言う貢献であり、まさに統計データと完全に一致していました。これが第二の因子につながる点です。

(2)つながりと感謝の因子(ありがとう因子)

 感謝する人、何か成し遂げたのはみなさんのお陰だと思っている人は、全部俺の能力だと思っている人よりも幸せです。親切で利他的、貢献する人も幸せです。

 感謝できる相手がいる、つながりが豊かな人も幸せです。博報堂と行った1万人規模の日本全国調査において友だちの数を回答してもらったところ、0人と答えた人が1449人(約9%)で幸福度が低かった。本当に0人なのか、友だちがいても悲観的になってそう答えたのか、いずれも含まれていると思いますが、とにかく、友だちはいないと回答してしまう人は幸福度が低いのです。

 ですから、日本人全体、ひいては世界が幸せになるためには、友だちが0人というひとりぼっちの人に、少しでもつながりを感じてもらうこと、何かを成し遂げたからではなく、いるだけでありがとうと感謝する気持ちを持てる社会をつくっていければと思うのです。

 友だちについては、数よりも多様性のほうが、より幸せに効くという調査も出ています。やたらフェイスブックで友だちが多いというよりも、会社の人だけでなく社外の人、小学校時代の友だち、イベントで知り合った人など、多様な人と付き合っているほうが幸せだということです。

 一番不幸せなのは、感謝したい人なんていない、という人です。仏教の経典では、生きとし生けるもの幸せであれと言いますが、生きとし生けるものに感謝、嫌いな人にも苦手な人にも感謝できる、感謝の幅が広がっていけば広がっていくほど、幸福度が上がります。

 さらには、利他性、貢献すると幸せだというデータもあります。NPO活動やPTA、CSRなど、社会的課題を解決する活動、世の中のためになるような活動を一生懸命やっている人は幸せです。さらに言えば、そういうことに関わりたいけれどどうすればいいかわからない、余裕がないという人でさえ、そういう意思があれば案外幸せなのです。社会貢献とか利他とか興味ない、俺が幸せになりゃいいんだ、という人は、残念ながら幸福度低いです。

 不思議なことに、自分が幸せになりたいと思っても幸せにならなくて、他人を幸せにしたいと思ったら自分が幸せになる、そういうふうに私たちの心はできているんです。

(C)Takashi Maeno

 進化論で考えると、自分が幸せになりたいというのは個体維持本能、みんなを幸せにしたいというのは集団維持本能です。自分たちのDNAとか子孫とか地球環境、生命権、そういうものを守りたいという、より利他性の高い欲求です。個体が生き残ることよりも、みんなを生き残らせるという総合的な生き方をした人のほうが、幸せになるようにできている。

 自分の子孫だけ生き残らせるなら、自分だけ金持ちになればいいかもしれませんが、子供を作る年齢を超えておじいさんになっても生きている意味というのは、社会貢献をすることですよね。

 そういう社会貢献をする人は自分自身が幸せとなり、幸せであれば長生きする、長生きすることで社会がよりよくなる、私たちはそういうふうに適応してきたのだと思います。


(構成・まとめ/編集部)
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