「みんなのAI」は
企業のビジネスをどう支援するのか

「AI(人工知能)プラットフォーム」の提供に徹することで、さまざまな業界に向けて「ビジネスの効率化」「新たな付加価値の創出」を支援しているマイクロソフト。自らも働き方改革でAIの活用を進め、その効果を実証している。AIの活用が企業にもたらすメリット、国内企業における活用例について、日本マイクロソフト執行役員常務 パートナー事業本部長の高橋美波氏に聞いた。

「AIのパワーを全ての人に」
――マイクロソフトが目指す「AIの民主化」

――日本マイクロソフトは現在、企業や社会におけるAIの活用を「みんなのAI(AIの民主化)」というスローガンの下に推進しています。その狙い、目指す世界を教えてください。

高橋 美波
日本マイクロソフト 執行役員 常務
パートナー事業本部長

1987年ソニー入社。で民生機器営業部門に所属、北米、ヨーロッパなどの拠点で活動し、2012年ソニーアメリカ副社長。2014年に日本マイクロソフト入社。2016年コンシューマー&パートナーグループ担当執行役員常務に就任。2017年8月より現職。

高橋氏(以下略) 当社の企業ミッションは、さまざまな個人や組織をICTによってエンパワーメント(能力開花)していくことです。ビジネスとしては企業ユーザーが中心ですが、エンパワーメントの対象はビジネス・ユーザーだけではありません。当社のお客様やパートナー企業の先にいるエンドユーザーに対しても優れた技術を提供することで、全ての皆様がより多くのことを達成できるようにご支援します。

 そのミッションの下に現在、力を入れている取り組みの1つが「みんなのAI」と呼ぶAIの活用です。皆様にビジネスやプライベートでAIをご利用いただき、それによって企業や個人がそれぞれの目標を達成することをご支援します。この中では、例えばAIによるエージェント技術「Cortana」を皆様のPCやデバイスで手軽にご利用いただけるようにしているほか、「Office 365」などのアプリケーションでもAIの活用を進め、より効率良く、快適に働けるようにしていきます。

 そのためには、実際にアプリケーションを開発/提供する当社のパートナー企業との協業が不可欠です。各社と連携しながら当社のAI技術によってアプリケーションの付加価値を高めるとともに、アプリケーション開発に携わる技術者に対しても当社のAI技術を開放することで活用を促進していきます。

身近なところで活用が進む
マイクロソフトのAI技術

――実際に国内でもパートナー企業やユーザー企業の間でAI技術の活用が急ピッチで進んでいるようです。

 昨年辺りから、皆様の身近なところでもマイクロソフトのAI技術が使われ始めています。主な事例をご紹介しましょう。

 例えば、電通様とはOOH(Out Of House)広告などデジタル・サイネージの分野で協業を開始しています。これは画像認識に強みを持つ当社のクラウド型AIサービス「Microsoft Cognitive Services」と電通様のノウハウを組み合わせることで、実際に見ている方に合わせて最適な広告を表示したり、その掲示効果を測定したりといったことをリアルタイムに行うものです。広告主様は掲示場所とオーディエンスに応じて的確な広告を出せるようになり、消費者は適切なレコメンデーションを得ることで自分に合ったものをより短時間で選べるようになるわけです。

 また、エイベックス・グループ・ホールディングス様とは、より満足度の高いライブ・イベントの実現を目指し、Microsoft Cognitive Servicesを活用した来場者分析システムの共同開発を進めています。このシステムはコンサート観客の表情の変化をAIによって分析し、楽曲の構成に応じて感情がどう推移したかを調べるものです。これにより、ライブ中に演奏された楽曲のどの部分で観客が盛り上がったのかを把握して構成を最適化し、よりよいものに改善していけるようになります。これもコンサート主催者だけでなく、観客に対しても大きなメリットをもたらす試みです。

 このほか、東京サマーランド様でも来場者分析などでMicrosoft Cognitive Servicesをご活用いただいています。こちらも来場者の表情をAIで分析してどのアトラクションが盛り上がっているかを把握し、よりよいサービスの提供につなげていこうというものです。

AIで社員の就業状況を分析し
働き方改革を実践

――さまざまな企業がマイクロソフトのAI技術を利用して付加価値の向上や新サービスの創出に取り組んでいるのですね。さらに、今日の企業にとって大きな課題である"働き方改革"の推進でも活用が進んでいるようです。

 働き方改革に関しては、「オフィスの働き方改革」と「現場の働き方改革」の二段構えで取り組みを進めています。

 第一段階となるオフィスの働き方改革におけるテーマは、「オフィスワーカーが好きな場所で仕事をできるようにすること」です。これにはオフィスワーカーが利用するデバイスやツールの進化も寄与しますが、AIも大きな役割を果たします。実際に日本マイクロソフトで実践している活用例をご紹介しましょう。

「Microsoft 365」では、「Microsoft MyAnalytics」という、Office 365 上に蓄積されたワークスタイルビッグデータをAIテクノロジーの活用により分析し、ユーザー個人の働き方を可視化し気づきを与えてくれるパーソナルエージェントを提供しており、当社ではこれを働き方改革の実践で活用しています。

「チームがきちんとコミュニケーションできているか。分析レポートによって働き方を改善できます」

 例えば、それぞれの社員に対して1週間に一度、Microsoft 365から就業状況に関する分析レポートが送られます。このレポートでは、Outlookのスケジュール情報などを基に各自が個別の業務に集中して取り組んでいる時間(フォーカス・タイム)と会議などに出席している時間の割合が示されるだけでなく、「今週は○時間を会議に使いましたが、その最中にメール送受信など別の業務を行っていました。この会議は本当に必要だったのでしょうか?」といった問い掛けも行われます。

 また、1週間のうち誰と何時間仕事をしたのかといった情報に基づき、私の場合なら「最近、上司である平野(拓也社長)とあまり連携できていないんじゃないか?」といったアドバイスまでもらえます(笑) そうした情報を参考にして、重要ではない会議への出席を減らすなど、翌週以降の働き方を自分自身で改革していけるのです。

社内会議の20%が非生産的
それによるロスは約3500時間、7億円

――実際の就業データに基づく客観的な指摘なので、社員の皆さんに対しても説得力がありますね。

 そうなのです。客観性という点では経営者にとっても示唆に富むデータが得られます。例えば、当社の場合は4部門の就業データを分析した結果、社内で行っている会議の約20%が非生産的であり、それを時間に換算すると約3500時間、コストにすると7億円程度になることがわかりました。こうした数字を突きつけられると、働き方改革の必要性を痛切に感じます。

 今後は大手ユーザー様向けに部門単位での分析が行える「Workplace Analytics」という機能が追加されますので、経営者の皆様はこの機能を使って部門単位での時間の使い方を簡単に把握できるようになります。人事データと組み合わせてパフォーマンスの高い社員の働き方を分析し、その結果を組織的に生かしていくといったことも可能でしょう。

――MyAnalyticsにより、組織的な働き方改革に関してはどのような"気づき"が得られましたか?

 例えば、当社の営業担当は社内会議が多く、お客様のところに十分に伺えていないんじゃないかという議論があったのですが、実際にデータを分析してみたところ、意外とお客様への訪問に時間を割けていることがわかりました。ただし、問題はその内訳です。お客様に対面している時間以上に移動時間の割合が高いのです。30分のミーティングのために往復1時間以上をかけていたりするのですから。

 すると、次に課題となるのが移動時間のロスをどう減らすかということで、それには「Skype」による電話会議を増やすなどお客様や社内との会議のやり方を変えたり、サテライト・オフィスをもっと活用したりといった方法が考えられます。AIによって一人ひとりの働き方を客観的に分析することで、こうした施策の重要性が明らかになったわけです。

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「My Analytics」の個人ダッシュボード画面の例。残業時間、会議時間、メール時間などが一目瞭然だ

――Microsoft 365は日本企業での導入も徐々に進んでいるそうです。

 ユーザー企業のほか、パートナー企業でも導入が進んでいます。それらの企業では、自社内で活用するだけでなく、自社の製品/サービスと組み合わせて新たな付加価値を生み出そうという動きもありますので、今後、オフィスの働き方改革を加速するさまざまなソリューションが登場してくると期待しています。

――第二段階となる現場の働き方改革については、どのようなソリューションを提供しているのでしょうか?

 現場の働き方改革に対しては、AI技術とともにミックスド・リアリティ製品「Microsoft HoloLens」などのインテリジェント・デバイスを活用し、航空機やクルマなどのメンテナンスを効率化するといった事例がすでに登場しています。

国内パートナーとの間でも進むAI連携

――マイクロソフトは現在、"AIのためのプラットフォーム"の提供に力を入れています。そのプラットフォームを利用する国内のパートナー企業との間では、どのような協業が進んでいるのでしょうか?

 現在、大手SIerなどから、当社のAI技術と自社のAI技術をインテグレートし、より付加価値の高いソリューションを作りたいとご相談をいただいています。マイクロソフト単独でやれることには限りがありますが、それぞれに得意分野を持つパートナー各社と連携することで、我が国の市場ニーズに柔軟に対応したソリューションを提供していきたいと思います。

――前回の榊原彰CTOへのインタビューの中で「現在、ベンダー各社が作っているAIは"特化型AI"であり、それらを連携させて使うことが鍵になる」と話されていましたが、国内パートナー企業との間でもAIの連携が始まろうとしているんですね。

 ご期待ください。また、私たちが持つAI技術やクラウドの利便性を個々の企業や個人に届けるには、彼らの身近にあるエッジ・デバイスが重要となります。これに関して日本企業は独特の技術と強みをお持ちですから、それらを当社のAI/クラウドを組み合わせることで、各社の強みや独自性を生かしたソリューションを生み出していきたいと思います。

"AIプラットフォーム・ベンダー"として
あらゆる企業のビジネスをサポート

――こうしてマイクソロソフトのAI/クラウドがパートナー企業との協業を通じて1つのエコシステムを形成しつつあるわけですが、一方でアマゾンなどの協業ベンダーもクラウドやAIを武器にしたエコシステムを形成しています。それらに対して、マイクロソフトのエコシステムはどのような特徴/強みを持つのでしょうか?

 まず技術面で他社を圧倒的に凌駕している特徴として、堅牢なセキュリティが挙げられます。マイクロソフトは全世界で約3500名のセキュリティ専門の人材を配置し、 年間10億ドル(約 1000億円)をセキュリティに投資しています。マイクロソフト サービスを保護する「 Cyber Defense Operations Center 」、法律 や技術の専門家チーム「 Digital Crime Unit 」、クラウド サービスを防御す る「 Cyber Hunting Team 」、マルウェア対策の「 Malware Protection Center 」などが相互に連携し、24時間365日態勢で、世界各地で起こるサイバー攻撃にも迅速に対応しています。サイバー攻撃による被害が深刻化している昨今、「安心して使える」という点は企業/個人を問わず重要なポイントです。

 コンピュータによって人の活動を支援する"コグニティブ技術"に関して豊富な蓄積を有していることも当社ならではの強みです。これらをご活用いただくことで、お客様やパートナー企業はより付加価値の高いサービスやソリューションを作り出すことができるのです。

 そしてもう1つの特徴が、私たちはあくまでもAIプラットフォームの提供に徹していることです。マイクロソフトはAIプラットフォームの提供を通じて得るさまざまなトランザクション・データを使い、お客様と競合するビジネスを行うことはありません。米国ウォルマート様が自社システムを動かすためのクラウド環境としてMicrosoft Azureを選ばれたのは、他社を意識してのことでしょうし、同様の懸念を持つ国内流通業のお客様からも多くのご相談をいただいています。AI/クラウドのプラットフォーム・ベンダーとしてのマイクロソフトへの期待が日に日に高まっていると感じています。

日本企業も働き方改革からAIの活用を

――最後に、日本企業はAIの活用にどう取り組むべきか、どこから始めるべきか、経営者へのアドバイスをお願いします。

 AIの活用の仕方はビジネスの形態に応じてさまざまだと思いますが、オフィスワーカーや現場の働き方改革では、当社もその効果を強く実感しています。皆様も、まずはここからAIの活用を始めてみてはいかがでしょうか。

 また、AIは人の働き方だけでなく、さまざまな活動の"効率化"に大きく寄与します。例えば、運送業界における配送拠点や配送ルートの最適化などでAIが大きな効果を発揮していますし、交通渋滞の緩和にも有効です。実際、マイクロソフトは米国ロサンゼルス市と共同でAIを活用した高速道路の渋滞問題の解消に取り組んでいます。

 さらに、先ほど事例としてご紹介したデジタル・サイネージやデジタル・マーケティングの分野では、AIをうまく活用することで企業とエンドユーザーの双方に大きなメリットが生まれます。こうした取り組みにも、ぜひ関心をお持ちいただければと思います。

 私たちは今、日本の産業界全体の競争力を高めていくためにも、AIやクラウドをはじめとするICTをもっと活用すべき時を迎えています。単なる効率化にとどまらず、より高い付加価値を生み出し、今後も世界をリードする競争力を維持していくために、ともにデジタル・トランスフォーメーションを推進していきましょう。

(取材・文/名須川竜太 撮影/西出裕一)