顧客との信頼構築がビジネスの成否を決める
――書評『サブスクリプション・マーケティング』

ハーバード・ビジネス・レビュー編集部がおすすめの経営書を紹介する連載。第69回はアン H. ジャンザーによる『サブスクリプション・マーケティング』を紹介する。

顧客の信頼を獲得し、維持し続けられるか

 ここ数年、「サブスクリプション」(定額制、継続課金)という言葉を耳にする機会が格段に増えている。マーケティングの世界ではすでに、特段の注釈なしに用いられることもあり、一般化していると言ってもよいだろう。そして実際、新聞や雑誌といった従来ビジネスのみならず、さまざまな業界で実行されている。

 本書『サブスクリプション・マーケティング』では、このマーケティング手法がいかに浸透しているか、それによって何が起きているのかを明らかにしたうえで、具体的に導入するための方法論までが記されている。その方法論は箇条書きで提示されているため、書籍としてはまとまりに乏しい印象もある。しかし、この手法が黎明期であることを考えればそれもやむを得ず、網羅的かつ具体的に紹介している点は、その欠点を補って余りある価値を持つのではないか。

 筆者がサブスクリプション・マーケティングを成功させるためのポイントを語る際、幾度となく用いられる言葉がある。「価値」と「信頼」だ。「販売(登録、あるいは契約)前に価値を実証し、信頼を得る」こと、そのうえで「契約後は価値の育成と信頼の維持に努める」ことが重要だと筆者はいう。「伝統的なビジネスモデルでは、マーケティングや営業の担当部署は新しい客が競合他社に奪われることを心配した。ところが、サブスクリプション型モデルでは既存顧客を競合他社に奪われかねない」からだ。

 たしかに従来のマーケティングでは、見込み客を創出し、見込み客を育て、最終的に購入へと導くという、ある瞬間での「価値の交換」をゴールにしがちであった。だが、サブスクリプション・マーケティングの成功は、購入者(既存顧客)と価値の交換を繰り返すことで実現する「価値の育成」がカギを握る点は興味深い。そして、そのためには顧客から一時的な信頼を得るだけでなく、その信頼を維持し続けなければならない(詳細は「ファネル再考」を参照)。

 数年前、いわゆるステマ(ステルス・マーケティング)が大きな批判を浴びたことは記憶に新しい。顧客から長期の信頼を得るのではなく、売り逃げを目的にするのであれば、それは一定程度の効果を発揮するであろう。また、企業と個人の情報格差が著しかった時代には、その課題が表面化するリスクも低かった。しかしながら、フェイスブックやツイッターというSNSが集合知として巨大な力を発揮するいま、そうした“ウソ”はあっという間に見抜かれ、瞬く間に拡散される。かつ、その事実はインターネット上に半永久的に記録されるため、信頼回復が不可能な事態に陥ることもしばしばである。

 本書は、サブスクリプション・マーケティングという単一の手法を解説する作品ではあるが、その核を成す提言は、現代のビジネスの本質に迫るものである。その意味でも、いま読むべき1冊ではないか。

「チャーンの世界」では些細な裏切りが命取りに

 筆者は、価値の育成と信頼の維持を測る指標として、チャーンレート(解約率、離脱率)を挙げている。サブスクリプションの場合、一度は離れた顧客でも、信頼さえ維持できていれば、ふたたび戻ってくる可能性もある。ただし、その重要性を頭では理解できても、実際のビジネスの現場では、意外と徹底されていないのが現状ではないか。

 たとえば、身近な経験としても納得できる例として、解約を求める顧客への対応が挙げられる。本書でも「解約には快く応じる」(p.149)で紹介されているように、一度契約したサービスを解約しようとした際、複雑な手続きを求められることは多い。これは既存顧客の信頼を失うには十分な行為である。

 私自身、あるサービスの解約ページにたどり着く方法自体がわからず、グーグルで検索したことがあった。当初は、その時点では不要になったから解約するという程度の行動にすぎなかった。しかし、そのときの不快なイメージが残ってしまったがゆえに、ふたたび必要性を感じたとしても、おそらく他社のサービスを使用することになるだろう。そのサービスのほうがお得だとしても、である。

 筆者が「チャーンの世界」と呼ぶ現代、そこで戦う企業が成功を収めるには、企業の論理はいっさい通用しない。信頼を構築するには時間がかかるが、失うのは一瞬である。そして、一度失ってしまった信頼を取り戻すことは容易ではない。顧客体験のあらゆる場面で、徹底的な顧客主義が求められる。サブスクリプション・モデルを採用する当事者として、いかに我々自身の取り組みが不足しているかを自省する機会にもなった。