テクノロジーを社会のために
ブロックチェーンの技術で、個人情報を
企業から個人の元へ取り戻す

ここ数年、プロボノに取り組む企業が増え始めた。プロボノとは、社員の時間とスキルを無償で提供する社会貢献活動のことだ。今回紹介する安田クリスチーナさんも、そんなプロボノワーカーの一人。2017年8月にアクセンチュアに新卒入社し、戦略コンサルティング本部で通常の業務を行ないながら、官民共同の国際的な社会貢献活動「社会的弱者への自己証明型電子身分証明発行プロジェクト(The Invisibles)」に参加している。テクノロジーと人権保護の関係、また、このプロジェクトの意義などについて、安田さんと、牧岡宏 常務執行役員 戦略コンサルティング本部 統括本部長に聞いた。

身分証明書がない難民は
人として認識されない

――安田さんがテクノロジーの人道的な利用に興味を持ったきっかけは?

安田クリスチーナ
アクセンチュア 戦略コンサルティング本部

安田 学生時代に、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)などが開催する国際会議の場でテクノロジーの利用について議論を始めたのがきっかけです。もともと大学(パリ政治学院)の専攻は国際関係学ですが、テクノロジーにも興味があってシリコンバレーに1年間留学してプログラミングなどを勉強しました。

 そうしたなかで、「先進国における身分証明の仕組みが壊れている」という課題に直面しました。例えば、信用情報会社Equifaxから米国民のおよそ半数にあたる1億4000万人もの個人情報が流出するなど、世界中で大規模な情報漏えいが相次いでいます。

 また、私たちの個人情報は、いくつかの企業の中に分散され、本当の自分がどこにいるのかわからない状態に陥ってしまっていることも問題です。本来、自分の個人情報へのアクセスは自分でコントロールできるようにすべきです。しかし、先進国はすでに仕組みが確立されており、ゼロから作り直すのは大変困難です。

 そのような問題意識を抱えつつパリ政治学院に通っていた当時、多くの難民がパリに入ってきました。彼らは身分証明書(ID)がないため、人として認識されず、人権が剥奪されたような状態でした。そのような状況を見ていて、彼らにIDを与えることができたら、人として認識され、公的なサービスを受けられるようになるのではないかと考えるようになりました。このことをNGOや国際機関企業の人たちと話しているうちに、世界で11億人以上いるといわれる公的なIDを持たない人々に、IDを付与する新しい仕組みを作るというコンセプトが固まっていきました。

 IDがなければ、医療や教育をはじめ、銀行口座の開設や携帯電話サービスの契約など、現代社会で暮らしていくための生活基盤を築くことができません。たとえ自国でIDを持っていたとしても、紛争や政変などによって母国から身一つで逃れてきた難民は、新たな国にたどり着いた時に自分を証明する手だてがないため最低限度の生活を送ることに支障が出てしまいます。

ブロックチェーン技術を使い
デジタルIDを発行

――具体的にどのような仕組みを構築したのでしょうか。

安田 仮想通貨取引で利用されているブロックチェーン技術などを使い、「デジタルID」を発行することを考えました。使用するテクノロジーに関しては、私が活動するNGOのInternetBar.orgが採用している Sovrin Foundationのブロックチェーン技術と、iRespondのバイオメトリックス認証技術とを組み合わせることにしました。

 この仕組みは、ブロックチェーン上にはIDが発行されたという証明のみが記載され、個人情報自体は個人のデバイスまたはクラウドで管理するというのが基本です。

 これまでは各国の行政機関やクレジットカード会社などが主導権を持ち、トランザクションの成否はこれらの機関・企業に委ねられるかたちで運用されてきましたが、今回作った仕組みでは、蓄積された個人のID情報を国家や一企業が占有するという状況が避けられる一方、個人はあらゆる場所から自分のID情報にアクセスすることができるようになります。

 また、個別の本人照会要求に対し、公開範囲を指定して承認する権限を本人が持ち、本人の許可がないと他人がその人の情報にアクセスできないため、自分の個人情報へのアクセスをコントロールすることが可能です。これをSelf-Sovereign Identityと呼んでいます。

出典 Drummond Reed, “Decentralized Identity Problems and Solutions.
詳細 http://www.windley.com/archives/2016/10/how_sovrin_works.shtml

――すでに実証実験を行なっているそうですね。

安田 はい。iRespondは「社会的弱者への自己証明型電子身分証明発行プロジェクト」として、タイとミャンマーの国境にいる十数万人の難民に対して、網膜認証を使って本人認証を行なう電子身分証明書を発行しました。

 この結果、例えば医療に関してはこれまでの病歴などの記録を参考に診療できるようになりました。また、これまでのシステムでは、たとえIDがあったとしてもそれを利用する人が本人かどうか確認できないため、偽造されやすいという課題がありましたが、その解決にもつながります。ただ、個人情報を登録することを恐れる人もいるため、登録が進まないという課題も見えてきています。

 将来的には網膜認証とブロックチェーン技術を組み合わせて、電子身分証明書の用途の幅をFinTechやEdTechなどにも広めていきたいです。

世界的なリバース・イノベーションを
起こす可能性も

――この仕組みのメリットは何でしょう?

安田 先ほどお話したように、自分の電子化された個人情報へのアクセスをコントロールできないために起こる悪用などのリスクを減らせることです。今は、クレジットカード会社や大手のECサイトなどの企業が個人情報をすべて持っていて、私たちは自分の個人情報に他人がアクセスするのを承諾せざるを得ませんが、そのような構造を完全にひっくり返すことができるのではないかと考えています。

 同じような考えをいち早く取り入れているのが欧州連合(EU)で、新たな個人情報保護ルールである「EU一般データ保護規則(GDPR)」が2018年5月に施行される予定です。

 GDPRは、企業が持っている個人情報の保持や使用方法に不満があれば、個人が申し立てて使用方法を変えたり削除させたりすることができる法律です。データのEU外への移転も禁止されるほか、EU域外にも適用されるため、世界で最も厳しい個人情報保護の基準として世界中の企業がGDPRへの対応を迫られています。

――個人情報の保護は世界的な流れになるでしょうか。

安田 はい、なると思います。テクノロジーがさらに進化し、かつては実現できなかった個人情報管理・保護が可能になることで「世界的な」実用化が加速されると考えます。企業側も個人情報に対する意識が変わってきていて、大量の個人情報を保有するリスクやコストが、それで享受するメリットに見合っているのか疑問視する声も聞かれ始めました。政府としても、すべての国民のIDを保持、管理するにはかなりのコストがかかります。一個人の中枢を成す個人情報の管理・保護は根本的な人権であるという意識も高まりつつあります。

 先ほどお話した仕組みは、先進国においても社会から取り残された人々を救済するために非常に有益です。発展途上国だけにとどまらず、そこで生まれた技術革新を先進国に導入して世界に普及させるリバース・イノベーションの可能性もあるでしょう。金融・保険・医療分野では個人認証が欠かせず、シェアリングエコノミーが個人情報の共有により成り立っていることを考えると個人情報管理の方法が進化するにつれて企業側もビジネスモデルを適応させる必要性が出てくると考えられます。

テクノロジーは
何のためにあるべきか?

――アクセンチュアの戦略コンサルティング部本部が社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる理由は?

牧岡 根本にあるのは、テクノロジーはいつの時代にあっても、人間の生活や人間が織りなす社会をよりよくするために活用されなくてはならないという信条です。クライアント企業のデジタル変革のご支援においてナンバーワンの存在になるために、テクノロジーについて深い知見や洞察力をもつ私たちだからこそ、そのような信条に基づいて具体的な貢献をし、目に見える結果を出さなければ存在価値はないと考えています。

 そうした意味で、本業に対するプラスアルファ的な社会貢献活動ではなく、私たち自身の世の中への貢献を最大化するコアの活動として位置付けています。

社会の課題解決へのスタンス

――戦略コンサルティング本部としてこのような取り組みを今後どのように加速するのでしょうか?

牧岡 テクノロジーは人のためにあるという考え方を全社員のDNAとして根付かせる必要があります。例えば自動車業界においてダイムラーが標榜するCASE(Connectivity, Autonomous, Shared, Electric)のような領域でのコンサルティング支援において私たちは第一人者と自負していますが、一方ではそうした世界は人間の豊かさに何をもたらすのか、何をもたらさなければいけないのかといった領域においても大きな貢献をしなければいけないと考えています。

 社会的弱者の人権保護という極めて大きな課題に対して、安田が述べたID面での課題解決の先には、これまでの「守る」という考え方だけではなく、どうしたら「輝けるか」という新しい視点も取り入れる必要があります。その時にテクノロジーはどう活かせるのか?例えば全体的に「無関心化」する世の中にあっても、弱者といわれる人々がやってみたいこと、でもこれまではできなかったこと、そのようなつらい経験を通して感じたこと、こうしたことを多くの人々が体感できる方法はないのか?… このようなことに常に思いを巡らせることが重要になってくると考えています。

 アクセンチュアではプロボノ活動は本人の意思に委ねていますが、安田のような社外での経験は上記のようなDNAを我々自身に埋め込む上で極めて貴重なアセットとなっているのです。

(写真左)牧岡宏
アクセンチュア 常務執行役員 戦略コンサルティング本部 統括本部長
東京大学工学部卒業、MIT経営科学修士修了。丸紅、ベイン&カンパニーを経て2014年にアクセンチュアに入社。

(写真右)安田クリスチーナ
アクセンチュア 戦略コンサルティング本部
パリ政治学院法学部を首席で卒業。在学中にUNESCO、UNFCCC、ASEAN、EU主催の数々の国際会議で日本ユース代表を務める。デジタル技術を活用した途上国支援をテーマに米NGO InternetBar.orgで電子身分証明書事業を主導。2017年アクセンチュア入社。

(構成/河合起季 撮影/宇佐見利明)