フィンテック活用に向けて
日本が挑戦すべき本質的課題は何か

今、フィンテックはブームからメインストリームになりつつある。ベンチャーIT企業のみならず、伝統的な金融機関や政府をも巻き込んだ金融イノベーションに向けた取り組みへと進展した。しかし、日本の投資額は米国や中国の50分の1以下どまり。果たして今後、日本発の金融イノベーションは期待できるのだろうか。そこで海外では今、どのような金融イノベーションが起きているのか、またフィンテック活用のために日本が挑戦すべき本質的課題は何かについて聞いた。

日本主導の金融イノベーションは
黎明期を抜けていない

――フィンテックとは何か、また、金融市場にもたらすインパクトなどについて2016年8月にお話を伺いました。あれから1年、海外では成長期待がますます高まっているようですね。実際のところ、グローバルな視点で見ると今、フィンテック投資はどんな状況ですか。

瀧川 2016年のグローバルフィンテック投資額の成長率は、2015年までの急拡大と比べ、落ち着きを見せつつあります。しかし、投資額はVCによるシリコンバレーのベンチャー投資の平均水準(約100億ドル)を超え、取引件数も増えていますから、フィンテックに対する期待値は引き続き高いといえるでしょう(図1)

出典:アクセンチュア

 フィンテック自身の将来成長期待価値が高いのはもちろんのこと、デジタル化が進んでいる銀行の期待値も高いことから、フィンテックは金融機関の成長ドライバーの1つとして期待されていると考えられます(図2)

出典:アクセンチュア

 2016年の国別投資額を見ると、日本は15位でした。2015年は6500万ドル、2016年は前年比135%増の1億5400万ドルに伸長しています。ただし、米国(85億7400万ドル)の56分の1、中国(100億3100万ドル)の65分の1であり、まだまだ規模的には小さい状況です。

 世界にユニコーン企業(評価額が10億ドル以上で、非上場のベンチャー企業)は210社ありますが、その内フィンテック企業は出資額ベースで11%、26社あります(図3)。残念ながら、この中に日本企業は1社もありません。

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出典:アクセンチュア

 日本の銀行によるフィンテック投資を見ると、海外企業よりも国内企業への投資が目立ちます。海外には有望なフィンテック企業が数多く存在する中で、国内の投資が多いという点は、イノベーション創出に向けて将来的な可能性を秘めているように見受けられます。

フィンテック企業にみられる
5つの分類

――海外では今、どのような金融イノベーションが起きているのでしょうか。

瀧川 ユニコーンとなったフィンテック企業の特徴は5タイプあります(図4)

出典:アクセンチュア

 1つは、金融インフラが整備されておらずアンバンクド層(銀行口座を持たない人々)を多く抱える地域(主に途上国)で、非金融機関が持つ既存チャネルとテクノロジーとの組み合わせが、社会ニーズを一気呵成に満たすタイプです。(①アンバンクド層への金融包摂の推進)。

瀧川 勇
アクセンチュア
戦略コンサルティング本部 マネジャー

東京工業大学工学部卒業後、2008年アクセンチュア入社。メガバンク、証券、生命保険、クレジットカードなど、多数の金融機関において事業戦略・テクノロジー戦略の立案、新規事業立案、イノベーション組織立ち上げ、企業風土改革、システム構造改革などに従事。

 例えば、口座・クレジットカード普及率の低いインドでは、Paytmというモバイルウォレットサービスが大きく成長しています。既に普及しているモバイルを活用した様々なシーンでの決済や、既存のATM・小規模小売店チャネルでのデポジットを可能にすることで、5.7B$の出資獲得に成功しました。同様に、P2Pレンディングサービスを提供する中国のLu.comは、中国最大の保険会社Ping An Insuranceの出資を後ろ盾にサービスの信頼性を向上させ、貸し手のつかない小規模事業者への資金ニーズマッチングビジネスを拡大しています。

 2つ目は、既に金融サービスが行き渡っている地域(主に先進国)で、これまで採算性の見込めなかった顧客(中小企業・低所得・ニッチ層)に対して、非金融機関が持つ情報を活用した与信精度の向上や、デジタルを活用したオペレーションコストの圧倒的な低減により、従来よりも低い金利・手数料での金融サービスの提供を可能とするタイプです。(②中小企業・低所得・ニッチ層への金融包摂の推進)。

 この中で筆頭に挙げられる、決済ソリューションを提供する米国のStripeは、130通貨以上に対応した決済機能をシンプルな実装で自社サイトに搭載でき、UIのデザインも美しく、手数料も比較的安いため、オンライン事業者への高い付加価値の提供が評価され、9.2B$という巨額の出資を獲得しています。また、P2Pレンディングを提供する米SoFiは、スタンフォード大学やハーバード大学といったデフォルトリスクの低い学校を選択し、同大学の学生(借りる側)と卒業生(投資する側)をマッチングすることで、安価な利率のローン仲介を実現しています。

 3つめは、デジタルを用いた低コストな金融基盤への抜本的刷新によりデファクト化を狙うことが可能なビジネスです(③金融機能のエンハンス)。

 ここでは、世界最大級のビットコイン向けオンラインウォレットを提供する米Coinbaseや、国際送金マッチングサービスを手掛ける米TransferWiseが大きく成長しています。いずれも、従来の銀行よりも格安の手数料による金融サービス提供を可能としています。

――CoinbaseやTransferWiseのサービスは、金融機関からすると既存ビジネスを破壊する脅威になるのでは。

村上 たしかに一時的にはそうかもしれませんが、一方でうまく活用すれば、サービスを飛躍的に向上させることができます。とくに送金系サービスについては、自社に組み込んでサービスを強化したいという思いが強いと思います。

森 健太郎
アクセンチュア
戦略コンサルティング本部
金融サービス統括 マネジング・ディレクター

一橋大学経済学部卒業後、1997年富士銀行入行、2003年アクセンチュア入社。戦略コンサルティング本部に所属し、メガバンク、政府系金融機関、地方銀行、証券、保険など、多数の金融機関において事業戦略、新規事業立案、M&A、営業改革、業務改革、マーケティングアナリティクス、基幹系・情報系システム構想立案などに従事。

 日本の金融機関は、これらの分野での取組強化余地があるのではないかと我々は考えています。特にインフラ機能面におけるコストの抜本的な改革など、本質的な金融機能への取り込み余地が大きいと考えます。いわゆる基幹系機能といわれる領域にどこまで踏み込めるかが日本の金融機関が抜本的に変われるかどうかのポイントになります。既存ビジネスを守るのではなく、フィンテックを活用し、低コストで利便性を高めたビジネスでいかにスピーディに大きなシェアを握るか。この勝負で誰が覇権をとるかが決まるでしょう。

 同様のサービスがたくさんある中で、例えばCoinbaseのように先行して大きなシェアをとることで、同社のサービスを利用している人が増えれば増えるほど利便性は高まり、経済的なメリットも広がっていくような動きというのは、今後様々な領域で見られるようになると予想します。いかに早く大きなシェアを押さえられるかが重要になります。

――続いて、海外で起きている金融イノベーションとして、残り2つはどのようなタイプのビジネスで起きているのでしょうか。

瀧川 4つめは、金融機能をアグリゲーションした上で、更に本来機能の付加価値を高めるサービスを加えることで顧客獲得を目指すタイプです(④高付加価値な金融アグリゲーション)。

 例えば、Zenefitsはオンライン保険比較・購入サイトを運営していますが、保険の仲介だけでなく、保険商品を購入した中小企業向けに、給与計算・支払い、社員福利厚生、勤怠管理等の人事管理サービスをSaaS(インターネット経由で必要な機能を利用する仕組み)で無料提供しています。

 そして5つめは、社会課題解決に向けたフィンテック活用を国が支援し、新たな社会インフラを構築するタイプです(⑤官・民協業による社会課題解決)。

 スウェーデンでは社会コストの削減を目指して、店・交通機関等のあらゆる場所でのキャッシュレス化を推進していますが、Klarnaという企業はその施策をサポートする総合的決済ソリューション(与信・融資・決済)を提供しています。

どのようなイノベーションが
日本に期待されるか

――日本の金融イノベーションは、5つのタイプのうち、どこに可能性を見出せると思われますか。

村上 隆文
アクセンチュア 戦略コンサルティング本部
テクノロジー戦略統括 マネジング・ディレクター

早稲田大学大学院卒業後、2002年アクセンチュア入社。主に金融機関向けにIT・テクノロジー戦略を担当。15年以上に渡り、金融業界におけるIT戦略、ITトランスフォメーション、PMI等のプロジェクトに従事。テクノロジー戦略、イノベーション戦略、IT投資戦略、ビジネス・ITトランスフォメーション、大規模システム導入等に多くの知見を持つ。経済産業省「産業・金融・IT融合に関する研究会」(フィンテック研究会)メンバー。

村上 途上国と比べて、先進国の銀行口座保有率は極めて高い水準となっています。特に日本では、全国民が極めて低金利・低手数料で金融サービスを享受できる環境がすでに整備されており、支店・ATM網も充実しています。日本の預貸金利スプレッドは非常に低いため、プライシングでの事業拡大余地は極めて限定的と思われます。従って、「①アンバンクド層への金融包摂の推進」や「②中小企業・低所得・ニッチ層への金融包摂の推進」を目的とした改革の余地は小さいでしょう。

 3つめの「③金融機能のエンハンス」については、基幹系システムの重厚長大さ、規模の経済性を重視したIT投資の歴史に起因する共同化・アウトソースなど外部ベンダーへの依存度の高さ、また抜本的改革に対する投資マインドが依然として高まっていないことが課題になります。しかし、金融機関が主導できるという点では5つの中で最も可能性が大きいと考えられます。

 4つめの「④高付加価値な金融アグリゲーション」は、非金融機関の金融事業への参入に比べ、金融機関の非金融事業への参入は規制を意識せざるを得ないという大きな制約があります。規制の非対象性から、非金融機関が主導する形でのイノベーションが先行するでしょう。

 例えば、リクルートの「SUUMO」は物件情報の紹介に併せて、住宅ローン情報の紹介・SUUMO提携住宅ローンの販売を展開しています。これが日本の金融アグリゲーションでよくあるパターンです。一方、金融機関はというと、海外の金融機関によるアグリゲーションで見られるような、住まいづくりのアドバイスから物件紹介、住宅ローンの事前審査・貸出まで、住宅購買の包括サービスを手がけ、非金融収益を含めた事業は依然として見受けられません(図5)

出典:アクセンチュア

 そして、5つめの「官・民協業による社会課題解決」については、日本は国の後押し、政策的な強制力の観点で、先行国と比較した場合は保守的な姿勢となっています。

 つまり、こうしてみると、改革の余地が大きいのは③、④、⑤になりますが、④と⑤は規制との兼ね合いもあり、中長期で取り組むテーマといえます。今すぐ金融機関が主導できるのは、前述したように3つめの「③金融機能のエンハンス」でしょう(図6)

出典:アクセンチュア

イノベーションを創出できる集団に
変わることが必要

――日本の金融機関が「金融機能のエンハンス」を推進する上で、どのような課題があるのでしょう?

 1つは、日本の金融基幹系システムの外部調達依存度が高いことです。従前より莫大な収益を上げているITベンダーからすれば、既存のビジネスを破壊されたくないという力学が働きがちで、これらの既得収益を破壊するような技術革新を大胆に採用しにくいという構造になっているのではないかと思います。このような状況である一方で、ニューテクノロジーへの対応機能はますます追加していくことになり、金融機関からすると、一見利便性は高くなっているように見えても、追加開発や保守に関わるコストは従前より上がってしまうというケースも見られます。

村上 さらに、金融機関におけるITの位置付けが、ビジネスの「基盤を支えるIT」から、テクノロジー主導でビジネスを作り出す「創造のためのIT」へと変化していることへの対応も課題です。それは、既存の人材・組織を、イノベーション創出型の集団に変えることを意味します。新しいビジネスの創出に向けて未知の領域に果敢にチャレンジする人材や、イノベーションに必要な能力を備えた人材が必要です。こうした人材を揃えるには、これまでの自前主義から脱却し、外部から異能な人材を惹き付け、活躍してもらう土壌を整備しなければなりません。これは、従来型の規模の効率性や安定を最重視してきた発想から大きな転換が求められます。

キャッシュレス化のために
スウェーデンがしたこと

――先ほど国がキャッシュレス化を主導するスウェーデンの話が出ましたが、成果は上がっているのでしょうか。

瀧川 過去5年で見ると、現金引き出し額・回数が約3分の1に減少する一方、カード決済額は約50%増加しています。結果として、決済額ベースの現金比率は2%まで低下していますね。

 政府はキャッシュレス化によって脱税・マネーロンダリング対策、窃盗・強盗対策、現金発行コストの削減を達成するために、店や交通機関などあらゆる場所での非現金取引を促進し、現金を扱わない店に優遇措置を与えるなどの強制力を持った対策を講じました。

 一方、企業側では、複数の銀行が集まってスマホ用送金アプリ「Swish」を開発し、キャッシュレス社会における顧客の利便性確保のためのサービスを提供しました。このアプリは、買い物代金の決済やP2P(個人間)送金機能を備え、利用金額は即時に銀行口座に反映されます(図7)

出典:アクセンチュア

村上 英国では硬直化した金融業における競争を促進することで、金融産業のさらなる発展と顧客の利便性を高める政策意思のあらわれとして、open API standardの実行などに取り組んでいます。また、中小企業への貸し渋りによる資金供給悪化を解消するために、大手銀行が融資を断る際、P2Pレンディング業者を紹介するよう義務づけるなど、実効性の高い方策を強制力をもって展開しています。

――国の政策として強制力を持たせるような取り組みは、短期間で成果が上がりそうですが、日本では可能性はあるのでしょうか。

瀧川 例えば、少子高齢化の進行に伴う社会保障制度改革の一環として、政府はいくつかの施策を打ち出しています。例えば、地域医療構想は、プライマリーバランス悪化の要因である医療費の高騰を抑え、医療の質も改善しようとする取組みとなります。医療機関に対しては病床数管理を義務付ける一方、地域にも受け皿となる在宅医療等を含めた包括ケアシステムの構築を促進しています。このような国・自治体・医療機関等を巻き込んだ取組みの中で、民間の保険会社もテクノロジーを活用し、自社の持つ資産やケイパビリティを活かした貢献の仕方を模索することは、大きな規模の事業につながる可能性があるといえるでしょう。

世界に先駆け、社会課題を解決する
ビジネスが起こせるか

――最後に、日本のフィンテック企業がユニコーンになるにはどうすればいいでしょう?

 日本の市場をターゲットとしたサービス開発を志向している限り、日本のベンチャー企業がユニコーンになるのは難しいと思われます。グローバルのフィンテックベンチャーとの大きな違いは、国内だけを見るのか、グローバルへの展開も視野に入れるのか、ということです。国内を主軸として考えるにしても、金融とそれ以外のサービスを組み合わせて顧客をどれだけ広く捉え直すことができるかということが鍵になるでしょう。

村上 社会課題先進国といわれる日本が抱える課題を、どうビジネスに変えて、さらにそのソリューションを如何にグローバルに提供するかがテーマの1つになると思います。

 保険や医療、介護などを組み合わせた利便性の高いサービスを世界に先駆けて提供できれば、今後日本と同様に少子高齢化・長寿命化社会を迎えるグローバルの国々に展開できる可能性が広がります。そういった社会課題にチャレンジするフィンテック企業や金融機関によるイノベーションの創出が求められています。

(取材・文/河合起季 撮影/宇佐見利明)