ブロックチェーンが
電子カルテに革命を起こす可能性

ブロックチェーンが与えるインパクトは金融業界に留まらない。医療業界のように、高度な機密情報のやり取りが求められる世界を変革する可能性を持っている。


 世界中で医療システムが直面している、悩ましい問題がある。それは、「もっと大量の医療データを、より多くの関係者と、さらに多様な目的で共有するにはどうすればよいか」である。その間、データの整合性を保証し、患者のプライバシーも守らなくてはならない。

 従来、医療機関の間における医療データの相互利用には3つのモデルがあった。プッシュ(push)、プル(pull)、ビュー(view)と呼ばれるものだ。以下に論じるが、それぞれに強みと弱みがある。一方、ブロックチェーンは、4つ目のモデルを提示している。それは、医療機関の間で医療記録を患者の生涯にわたり、安全に共有できる可能性を秘めている。

「プッシュ」とは、医療情報のデータが、1つの医療機関から別の医療機関に送られるという考え方だ。米国では、Directと呼ばれる安全なeメールの標準が用いられ、送信者(たとえば、救急治療室の医師)と受信者(たとえば、かかりつけ医)との間で暗号化された通信を提供している。これは、かつての医療機関ではうまくいっていたものの、そのためには、実際に機能するための基盤(コミュニティー向けのプロバイダーのディレクトリの存在や、広範囲にわたるデータの共有を可能とする一連の法的な合意など)が整っていることを前提としている。

 プッシュは2者間の通信であり、他の誰もやり取りにアクセスできない。たとえば、患者が前出の医療機関とは別の新たな病院に転院させられたら、新しい病院では、最初の病院に送信された治療に関するデータにアクセスできない。しかも、データの生成時点から利用時点の間の整合性に関する保証はない。送信システムが正確なデータを生成し、受信システムがデータを正確に取り込むことが前提である。そして、標準化された監査証跡は存在しない。

「プル」とは、ある医療機関が別の医療機関に情報を問い合わせて、引き出すという考え方だ。たとえば、心臓専門医が患者のかかりつけ医に問い合わせて情報を引き出す、などである。プッシュの場合と同様、すべての同意や許可は、非公式に、場当たり的に、標準化された監査証跡なしに行われる。

「ビュー」とは、医療機関が別の医療機関の記録中のデータを閲覧できるという考え方だ。たとえば、病院の手術室の外科医が、緊急治療病院で撮影されたX線画像を見られるといった具合である。セキュリティ手段は場当たり的で、標準化された監査証跡はない。また必ずしも、患者と医療機関の間にすでに存在する関係に基づいているわけでもない。

 これらのアプローチは、いずれも技術的には可能である。だが、それを支えるポリシーは、医療機関ごとの差異、現場での慣行、州の法律、国の個人情報保護方針の施行の厳しさによってまちまちだ。

 ブロックチェーンはこれらとは異なるつくりであり、暗号化によるデータ整合性の保証、標準化された監査、データアクセスのための様式化された「コントラクト(契約)」に関して、普遍的なツール一式を提供するものだ。

 以下、その考え方を示す。

 ブロックチェーンは元来、金融取引の台帳として考案された。それぞれの金融機関は、すべての預金と引き出しに関して、暗号化された安全なリストを作成する。ブロックチェーンは、公開鍵暗号技術を用いて、アペンドオンリー(ブロックの追加のみできる)で、変更不可能な一連のデータを作成し、これには日時が記録される。ブロックチェーンのコピーは、ネットワークに参加する各ノードに配布される。

 医療データの場合は現在、診療所と病院、実験室、薬局、そして保険会社の間で、人が手作業で照合確認をしようとしている。それがうまく機能していないのは、データが存在するすべての場所や、それが入力された順序に関する単一のリストがないからだ。いままでに処方されたすべての医薬品はわかるかもしれないが、患者が現在どの薬を実際に服用しているかはわからない場合もある。さらに、データの標準は以前よりも優れているものの、個々の電子カルテは、データを異なるワークフローに基づいて保存するため、誰が、何を、いつ記録したのかがはっきりしない。

 ここで、それぞれの電子カルテが、薬、問題、アレルギーの一覧に関する更新情報を、オープンソースでコミュニティーの信頼が確保された台帳に送信するとしよう。こうすることで、医療記録への追加や削除は、複数の組織の間で十分に認識され、監査が可能である。また、電子カルテは、単一のデータベースからのデータを表示するのではなく、台帳が参照するすべてのデータベースからのデータを表示できる。その結果、1人の患者に関して、コミュニティー全体で通用し、完全に照合された情報を得ることができるはずだ。そして、データの生成時点から利用時点にいたるまでの整合性が保証され、人間の手作業による介入はない。

 マサチューセッツ工科大学メディア・ラボ、およびベス・イスラエル・ディーコネス・メディカル・センターに所属する私の同僚たちは、医薬品に関する上述の概念を検証し、このようなアプローチの実行可能性を証明した。我々は、ホワイトペーパー「医療におけるブロックチェーンに関するケーススタディ」の中で、ブロックチェーン技術を用いて電子カルテを扱う、新たな記録分散管理システムMedRecを提案している。

 MedRecは医療記録を保存せず、現行の業務の変更も必要としない。ブロックチェーン上の記録の署名を保存し、患者に通知する。記録がどこに渡ってよいかを最終的にコントロールするのは患者だ。その署名は、記録のコピーが変更されていない状態で得られることを保証する。また、コントロールの所在を医療機関から患者へと移し、患者がみずからの責任で管理できるようになる。自分のデータの管理を望まない患者に対しては、患者に代わりこの仕事を代行するサービス提供組織が発達するだろうと、私は考えている。

 このプロジェクトとアイデアには、課題が1つある。それは、データ管理の責任を負う患者が扱いやすい、インターフェースを構築することだ。今日利用されている患者向けシステムのほとんどは面倒な設計となっており、手間がかかるうえ、医療機関ごとにユーザーインターフェースが異なる。MedRecシステムは実用化される段階で、複数の医療機関で利用される医療記録を扱う患者にとって、操作がシンプルなユーザーインターフェースを備えているはずだ。

 我々は次のステップとして、MedRecのパイロット版の強化を計画している。より多くのデータタイプ、より多くのデータの記載者、より多くのユーザーに対応したものにするのである。また、既存のブロックチェーンの実装に替わる、革新的なアプローチも検討する予定だ。たとえば、シルビオ・ミカリのAlgorand(アルゴランド)パブリック台帳などは、他のアプローチよりはるかに低い演算能力で済む

 ブロックチェーンを電子カルテに応用することについて、それを検討する根拠は2つある。

 第1に、ブロックチェーンは、患者とカルテとの間に別の組織が加わるのを防止することができる。それは、新たな情報交換の場でも、データのための「貸金庫」でもない。ブロックチェーンが可能にするのは、分散管理のメカニズムだ。そこでは、誰もが利害関係者だが、誰も占有権は持っていない。過去の医療記録を汎用化する、構造改革なのだ。

 第2に、ブロックチェーンは、日時が記録され、プログラム可能な台帳を提供する。これは、カルテへのアクセスを知能制御するための第一歩であり、個々の電子カルテ業者が個別の機能を作成する必要はない。また、台帳には最初から監査証跡が含まれている。

 我々は、ブロックチェーンが利害関係のない非営利の大学で開発され続けるよう期待している。そうすれば、商用向けに最適化される前に、アイデアが成熟することができるだろう。医療向けのブロックチェーンは、まだ芽生えて間もない段階にあるが、安全なデータのやり取りを、これまでのアプローチよりも負担の軽い方法で標準化する可能性を秘めている。


HBR.ORG原文:The Potential for Blockchain to Transform Electronic Health Records, March 03, 2017.

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ジョン D. ハラムカ(John D. Halamka)
ベス・イスラエル・ディーコネス・メディカル・センターの最高情報責任者(CIO)。医学博士。

 

アンドリュー・リップマン(Andrew Lippman)
マサチューセッツ工科大学メディア・ラボのシニア・リサーチ・サイエンティスト。

アリエル・エクブロー(Ariel Ekblaw)
マサチューセッツ工科大学メディア・ラボの大学院生。