キャップエコノミーの時代:
「未来へのワクワク」が富を産む

新春対談:安宅和人×伊賀泰代【最終回】

昨年生産性が発行され、働き方改革の議論で注目されるようになった生産性について、著者の伊賀泰代氏が、マッキンゼーで同期入社だった現ヤフーCSOの安宅和人氏と対談。
マッキンゼーで生産性の概念を身につけた二人が、その問題の核心を語り合う。最終回は生産性を軸としたGDP経済の世界からの脱却まで話は展開する(構成・新田匡央、写真・鈴木愛子)。
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世界の経済は「GDPドリブン」から
「キャップドリブン」に移行している

安宅和人(以下、安宅):前回は「虚構構築能力」の話題で終わったけど、今、富の創出が虚構の第2フェーズに向かっていると思うんです。

伊賀泰代(以下、伊賀):どういう意味ですか?

安宅和人(あたか・かずと)
ヤフー株式会社チーフストラテジーオフィサー。データサイエンティスト協会理事。応用統計学会理事。東京大学大学院生物化学専攻にて修士課程修了後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。4年半の勤務後、イェール大学脳神経化学プログラムに入学。2001年春、学位取得(Ph.D.)取得。ポスドクを経て2001年末、マッキンゼー復帰に伴い帰国。マーケティング研究グループのアジア太平洋地域における中心メンバーとして、幅広い分野におけるブランド立て直し、商品・事業開発に関わる。2008年9月ヤフーへ移り、COO室長、事業戦略統括本部長を経て2012年7月より現職。事業戦略課題の解決、大型提携案件の推進に加え、市場インサイト部門、ヤフービッグデータレポート、ビッグデータ戦略などを担当。著書に『イシューからはじめよ』(英治出版)がある。

安宅:お金の生み方の第1フェーズは、1000円で仕入れたものに手を加えて5000円で売るという付加価値を取る方法。この付加価値が積み重なったものがGDPとなる。次の第2フェーズは、実体をつくって市場に出すだけで、市場がその会社の価値を評価し、それがMarket capitalization(時価総額。以下マーケットキャップ)となる。付加価値創造は今でも大切ですが、とはいうものの世界的に見れば、富を生み出す中心は明らかにマーケットキャップ創造がメインになってきています。典型的なのがUber。彼らはまだ事業を初めて8年にもならないのに、すでに7兆円というマーケットキャップを生んでいる。

伊賀:最近、そういう企業、ほんとに増えてますよね。今年、実際に作り出した価値ではなく、将来に生み出すであろう価値に基づいてものすごい高い企業評価がでる。

安宅:そう。今はそれだけの価値がないから、今の実績に基づいたらそれだけのお金を手にすることはできない。でも、未来に価値があるとみなされれば、未来(への成長期待)からお金を借りることができる。これまでは、ずっとGDPドリブンエコノミーだった。つまり企業は、現在の付加価値を生み出すことに血道を上げていました。でも、20年ぐらい前から起こり始めたのは、マーケットキャップドリブンに移行する現象。20年前には跡形もなかったGoogle/Alphabetと、20年前には実質的に倒産していたに近いAppleの2社の合計で、100兆円以上のマーケットキャップがあるわけです。彼らはその評価価値とお金を使ってYouTube、Android、DeepMindやiOSのベース技術を買収するなど、新たな「未来での価値」を手に入れてさらにマーケットキャップをさらに高めている。マーケットキャップがマーケットキャップを生み、未来から借りたお金でさらに先の未来からお金を借りるということを繰り返しているんです。

 でも、最終的には彼らが提供する商品やサービスは消費者に受け入れられ、忘れたころにGDPに効いてくる。これはかつての付加価値と資産からマーケットキャップが生まれる流れとは真逆です。現在、こういうエコノミーが主流になりつつあるという意味で、第2フェーズに向かっているという言い方をしました。今までの量的生産のためのハードワークによるGDPドリブンと、夢を形にするためのハードワークによるマーケットキャップドリブンはかなり異質な世界。これが拡大して世界のマーケットキャップの上位が席巻されているのは、第2フェーズの虚構が巨大化したからだと思う。

伊賀:ブランド構築や顧客コミュニケーションによっていかに今売っている商品やサービスの付加価値をいかに上げていくか、という話とは異なる次元の勝負になると。

安宅:そう。1000円の肉に手を加えて料理したから8000円払ってもらって7000円の利益を抜いていた世界も虚構だけど、こんなものでは足りないといって、未来からお金を借りる世界に飛んでいった。

伊賀泰代(いが・やすよ)
キャリア形成コンサルタント。兵庫県出身。一橋大学法学部を卒業後、日興證券引受本部(当時)を経て、カリフォルニア大学バークレー校ハース・スクール・オブ・ビジネスにてMBAを取得。1993年から2010年末までマッキンゼー・アンド・カンパニー、ジャパンにてコンサルタント、および、人材育成、採用マネージャーを務める。2011年に独立し、人材育成、組織運営に関わるコンサルティング業務に従事。著書に『採用基準』(2012年)『生産性』(2016年)(ともにダイヤモンド社)がある。
ウェブサイトhttp://igayasuyo.com/

伊賀:未来への期待値からお金を集める、みたいな話は過去にもあったんだと思うんです。バブル期の不動産だって将来の値上がり期待に基づく高値だったし、金融業界の巨額な利益も、伝統的なGDP的付加価値を積み上げて稼いでいたわけじゃない。でも当時は、そういう富の生み出しかたは「けしからん」と批判されていました。ものづくりこそが正しい儲け方で、期待値で儲けるなんて邪道だ、虚業だ、人の道に外れてると。

 ところがGoogle、Amazon、Appleなどの登場で話が変わってきました。株価は今の収益をベースにしてではなく将来の期待に基づいて評価される。そしてその株価を利用して、人も採用できるし会社も買収できる。期待値をベースに市場からお金を集めるという構造は同じなのに、主体が不動産、金融業界からGoogle、Amazon、Appleになった途端にリスペクトされ始めた。今はむしろ、現時点で儲かっている企業でも、期待値が高められないような経営者は“ぼんくら”だと言われてしまう。ああいう企業の登場によって、新しい虚構をみんなが信じ始めた気がします。

安宅:ですね。知らないうちに完全にキャップドリブンエコノミーにシフトしてしまったんですね。それなのに、いまだにGDP的な値、たとえば売上規模、営業利益、最終損益などをターゲットに置いているから苦しんでいる企業が多い。あらゆる国の政府が、経済成長率という名のGDP成長しか求めていないので、かわいそうと言えばかわいそうなんです。でも、そろそろ受け入れる時期が来たと思います。むしろ、日本はキャップドリブンエコノミーの最先端を走ったほうがいい。極端な話、法人税も所得税も限りなくミニマムにして、ストック納税などマーケットキャップから徴税するようにするというのもあり得る。少なくとも世界に先駆けて、新しい富の生まれる方程式の時代に即したお金の還流のあり方を検討してもよい気がしています。

伊賀:徴税のベースをそっちに変えろというのは大胆な発想ですね。ところでマーケットキャップを生み出す力って何でしょう? ざっくり言えば経営者の力量なんだろうけど、具体的には?

安宅:それは先ほどの話の続きになるけれど「未来を変えている感」。つまり虚構を現実の形に変える力。伊賀さんの言うイノベーション力と実行力のセットが、巨大なマーケットキャップを生み出します。

伊賀:現実に生み出された付加価値とか、その累積であるGDPがベースではないという話になると、経済学の世界も大きく変わりそう。価値を生み出す源泉とは何なのか、学者が腰を据えて研究すれば、それを再現するための処方箋が得られる。

 私が興味深いと思うのは、不動産業界とか金融業界だけではマトモなものだと判定されなかった虚構が、GoogleやAppleが入ってきたとたんに「これこそ新しい世界の企業の姿だ!」と信じてもらえたという点。

 Google、Amazon、Appleの提供するサービスや商品は、私たちの実生活に溶け込んでいます。だから彼らが未来に生み出すであろうものも、きっと自分達の生活を豊かにするリアルなものに違いないという感覚がもてる。それによって「未来はこの方式の先にある」という虚構が信じられるようになったのかなと。

安宅:そういう新しい虚構、言い換えればイノベーション力が生産性を生む時代がついにやって来たんだと思います。その究極の事例がAmazon。Google/AlphabetやAppleのマーケットキャップが高いのは、それでも理解できるんですよね。「未来を変えている感」だけでなく、兆円単位の利益を出しているから。でも、意図的かどうかはともかく、ほとんど利益がないAmazonが40兆という世界のマーケットキャップ・ランキングで5位に入っている。世界最大級のメーカーで兆円単位の利益があるトヨタのおよそ倍の時価総額…。つまり、利益なんか生まなくても、十分に「未来を変えている感」さえあれば40兆という巨大なマーケットキャップを生める時代になったということです。

伊賀:そう考えると今まで重要だった企業会計とか財務分析って、Amazon みたいな企業が出てきたことによって意味のない虚構になろうとしてますよね。今年の利益の出し方をトコトン解明する損益計算書とか、固定資産を詳細に分けてリストアップする貸借対照表など、新しい世界においてどれだけの意味があるのか。重要な分析要素はまったく別のところにあるんじゃないかと。

安宅:もうGDPドリブンの付加価値による富の生産では、人間の豊かすぎる想像力を支えられなくなっている。妄想が爆発しているから。ビットコインがいい例ですね。

ワクワクを生みだせば、富が生まれる。
もう過去に生きるのは止めよう

伊賀:安宅さんの言ってる話、いつ頃始まったのかなあと考えてたんですけど、「未来を変えている感」が価値を生み出し始めたのって、過去20年、もしかすると過去10年ぐらいのような気もします。

 日本がバブル崩壊で失速し、その後ヨーロッパでいくつかの国が破綻しそうになり、先進国は終わったと言われた時期がありました。そのとき世界が期待したのは、ゴールドマン・サックスが提唱したBRICSだった。

 でも、あれだってGDPドリブンの発想でしょ? 先進国はGDPドリブンの世界で行き詰まったけど、今でもまだGDPが伸びる余地のある国もあります。それがBRICSです、という話だったんです。でも今の状態を見ると、そういう「遅れてきたGDPドリブンの国」より、「先進国の中から生まれた未来を変える感」のほうが、成長を牽引し始めてる。パラダイムが変わったってことですよね。

安宅:そう。これを言うと、知り合いの経済学の先生は「安宅さんの言うことは面白いけど、そのまま受け止めると経済学をすべて書き直さなければならなくなっちゃう」と言う。

伊賀:企業会計、経済学、通貨制度に始まり、最近は近代国家制度という虚構までアップデートされそうになってる。面白いけどそれはマズいと考える人が多いのは当たり前。

安宅:そう。だからこそ、「いいところを突いている」と思うんです。これからは、キャップドリブンエコノミーに移ったという前提で生きていったほうがいいのはたしかだと思う。

伊賀:少なくとも若い人はそうだよね。今60歳の人はともかく、20歳前後で過去の虚構にしがみつくのはナンセンスです。

安宅:ですです。ワクワクを生み出せば、突然お金が降ってくる世界になったんです。それに向かっていかない人は、過去を生きるしかないでしょう。

伊賀:ただ、心配もあるんです。GoogleやAmazon, Appleは定期的に「未来を変える感」を具体的な商品やサービスの形で出してくるから虚構が信じられるけど、期待だけ集めて結局何もだせずダメになる会社だって出てくるはずです。1つでもそういう事例が出ると、GDPドリブンエコノミーが正しいと言いたい人は、「だからキャップドリブンエコノミーなんてダメなんだ」と高らかに宣言するでしょ? GDPドリブンの会社がダメになっている例だってたくさんあることを棚に上げて。

安宅:たしかに。でも、GDPドリブンエコノミーにいるようにみえる会社も、株価を解析すると昔とは違ってきています。マーケットキャップの内訳を見ると、(GDPドリブン的な)事業が生み出すキャッシュフローの現在価値(net present value:NPV)と資産価値(Asset value)だけでは説明できない。当然そこには、キャップドリブンによる未来からのお金の価値が10%から30%ぐらいないと説明できない。この差分が正のときも負の値の時もあります。GDPドリブンエコノミーの企業ですら、いまやキャップドリブンによる未来からのお金の価値に依存しているです。あなたたちの株価だって、NPVとASSETがまったく伸びていない時でも、未来からのお金の価値が勝手に成長していって、あるいは縮んでいって、今の株価が出ているんだと。

伊賀:もはや純粋にGDPドリブンだけで評価されてる企業なんてないってことですね。それにしても投資対象は未来を変える感だとしても、株価を形成しているお金は人々のリアルな投資資金です。それにそのリアルなお金を受け取った企業は、それを未来に投資しているとはいえ、実際には人件費に当てられ、研究開発費として使われてる。つまりリアルエコノミーそのものなんです。そこが金融や不動産バブルとの大きな違いになってる。バブル経済の時は儲かったお金がリアル経済に回らずに次の投機に向かうだけだった。帳簿上の数字が動くだけなんです。リアル消費に向かったのは銀座接待市場とか愛人市場とか一般の人には関係ない分野ばっかり(笑)。これでは普通の人に新たな虚構を信じさせるのは難しい。今、提示されている新しい虚構は、自分達の生活の生産性がめっちゃ上がる、どんどん変わるという夢を持たせてくれる。だから信じられる、というか、信じたくなる。

安宅:虚構が投資を生む。夢が投資を生む。素晴らしいよね。

伊賀:ですね。

安宅:ついに人間は、夢を羽ばたかせる力を得たんです。

伊賀:“今日の便利”を作ってくれる力だけでなく、夢を語り、夢を実現する力が評価されるというのは、ほんとにいい時代。

安宅:いい時代。例えて言うならば、今まではマッチ棒をつくって売ることが主だったけれど、マッチ棒をつくって売るのは機械がやってくれるので、夢見る力に集中できるようになった。ここでマッチ棒と言っているのは、イノベーションが過去に終わった既存の製品やサービスのことです。量的生産のためのハードワークの延長に答えはない。GDPドリブンエコノミーだけでは、この国に富はやってこないです。

伊賀:「がんばること」から「ワクワクすること」へ価値をシフトさせるということかな。

安宅:そう。これを国民の多くが信じれば、この国の未来は明るい。アメリカではカリフォルニアと東海岸中心におそらく4千万人から5千万人はこれを信じている人がいる。この人たちがいる限り、あの国は当面滅びないでしょう。でも、日本はたぶん100万人ぐらいしか信じている人がいないのじゃないでしょうか。

伊賀:1億人もいるのにワクワクする人、そんな少ないのかな?

安宅:聞いて「おっ!」と思う人はけっこう多いでしょうね。でも、行動様式は何も変わらず、やっぱり量的生産のためのハードワーク。いっぱいマッチ棒をつくろうという世界が続く。

伊賀:だって長い間それが「正しい生き方」だと言われ続けてきてますから。いったいどうすれば変われるのでしょう?

安宅:マッチ棒なんか大量につくらなくていいから、水素自動車とかビル壁面の全部太陽電池化とか、よくわからないけれど「未来を変えている感」のあることをできるだけたくさんしかける。失敗してもいい。失敗なんか忘れてまたやる。その繰り返しが大事なんだと思います。

【著作紹介】

生産性―マッキンゼーが組織と人材に求め続けるもの
(伊賀泰代:著)

「成長するとは、生産性が上がること」元マッキンゼーの人材育成マネジャーが明かす生産性の上げ方。『採用基準』から4年。いま「働き方改革」で最も重視すべきものを問う。

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