日本人は、なぜ住宅に不満を持つのか?

問題解決の方法論〈4〉

課題の設定を間違えているから、いつまで経っても問題解決に至らない――本連載はこうした例を取り上げ、「課題の設定は正しいか」「どうすれば解決できるか」を考えてきた。その根底には、本連載のテーマである「社会システム・デザイン」という概念がある。横山氏がこの発想を得たのは、日本の「住宅問題」がきっかけだった。

日本の家は「ウサギ小屋」ではない

――横山さんは、1990年ころから社会システム・デザインということを考え始めたとお聞きしましたが、考え始めた理由や何かきっかけがあったのでしょうか。

横山禎徳
東京大学EMP 特任教授

 1990年はバブル崩壊が始まりかけた時期です。その頃の感覚として、バブル崩壊という危機への不安はもちろんあったのですが、私はそれよりむし ろ、バブルが崩壊したら日本経済は再生しないだろうという思いにかられていました。漠然とした思いでしたが、人口動態を見れば、高度経済成長は今後もうないということは明らかでした。

 そうなると、新しいアプローチが必要になるだろうと考えました。私は建築家からスタートしていますから、日本の住宅環境はどうなっているのかと、 まずその辺から考え始めたのです。そして、これからは住宅産業をどうするかといった発想ではなく、住宅供給システムをどうデザインするかというアプロー チで考えていかなければならないと考えるようになっていったのです。

――それで、バブル崩壊後、住宅問題に取り組むようになったのですね。

 住宅問題から考え始めたのは、建築出身であるという理由とは別に、住宅市場は極めてローカルな市場なので、デザインしやすいだろうと思ったからです。北海道の住宅市場と九州の住宅市場は、お互い関係ないわけです。これが金融システムだったら、世界中の市場がインターリンクしているので、おそらく手がつけられませんね。しかし、住宅でしたら、ある地域で、その地域に住む人々の生活に合った住宅供給システムをつくることが可能です。

 そういう背景もあって、住宅問題に取り組み始めました。最初に考えたことは、日本人の家は本当に「ウサギ小屋」なのか、という疑問です。

 日本の住宅は「ウサギ小屋」と形容されるくらい、海外に比べて小さくてみすぼらしいというのが通説ですね。でも私は、それは本当なのかといつも疑問に思っていました。そこで『建設白書』を調べてみると、1990年当時、すでに日本では7割近くが持ち家住宅で、その平均平米数は140平米であることがわかった。国交省が出している最近の統計データで、世界の主要国の持家の広さと比べて確認してみてください。140平米といえば、決して狭い小さな住居とはいえません。アメリカ、ドイツ、オランダにはかなわないけれども、イギリス、フランスより広いです。

 なんだ、広いじゃないか、と思いました。ワンルーム・マンションなどを含んだ全体の住宅のサイズで見ては間違うのです。持ち家戸建だけで世界と比較しないといけないのです。

――「ウサギ小屋」は、いまでも多くの人が日本の住居を表現するのに使います。

 マスコミの責任は重大ですね。ちゃんとデータを見て場合分けをして考えることをせず、しかも、最初の間違った思い込みを変えることのないまま、本質を欠いた議論ばかりしていると、大衆がそれに影響され、結果的に政策判断の誤りを招く危険があります。

日本の住宅問題の中核課題は何か

 住宅に関してはさらに、総世帯数と住宅ストックを見ると、1990年当時、すでに住宅は大量に余っていたのです。しかしバブル崩壊後、政府は新築住宅推進を経済刺激策としようとしていたので、住宅が実はかなり余っているなどということを、正面切って言う人は誰もいませんでした。

 広さもまあまあ以上で、数も余っているのに、何が住宅問題なのかと、大いに疑問を感じました。しかも、思い入れを持ってやっとつくった住宅も一律償却の仕組みで10年もするとタダ同然になってしまう。ちゃんと気持ちよく住めるにもかかわらずです。そこで、これもやはりハードの問題ではなく、ソフトの問題なのだと気づいたのです。住宅問題は、実は「住宅供給システム」の問題だったのです。

――住宅の供給の仕組みに何か問題があるということですね。

 そうです。OSである供給システムが上手にデザインされていないので、人々が住居に関して何かがおかしいと思い、不満を持ち続けているのです。

 そこで、私は、1992年に「住宅供給システム・デザイン」プロジェクトというものを立ち上げて、住宅の供給システムのOSのデザインに取組みました。

 当時は、マッキンゼーで働いていましたから、こうしたOSデザインが、今後、経営コンサルティングの新しいアプローチになるのではないかという期待もありました。

 しかしいずれにしても、コンサルティング・ファームではこのようなことはやっていなかったので、当時、住宅問題に関心があり、住宅供給に関係するビジネスを行いたいと考えている企業数社に協力をあおぎ、住宅供給システムをデザインするという観点で、新しい住宅市場を作る事業の可能性を模索しようと企てたのです。

 いろいろな企業に当たりました。どこも話だけは聞いてくれるものの、反応はすこぶる悪かったですね。バブル崩壊後で、住宅の供給システムなど不要不急だからということで、みな断られました。そんな中で、三井物産、トヨタ自動車、東急電鉄、大和証券がこの企画に乗ってくださった。銀行、信託銀行、生命保険会社などにもかなり声をかけましたが、乗ってくれるところはありませんでした。

 考えていくと、日本の住宅市場は、新築信仰が強く、古いものは壊してしまい、新しいものを建てるという需要が中心になってしまっていることが問題であることに気づきました。これは住宅にかぎったことではありませんが、ニュー・モデルを追い続ける電機、電子製品とは違って、住宅は世代を超えて使えるし、手を入れることで品質も上がっていくということが可能です。世界的にそういう住宅の価値評価をしています。

――でも日本では、家に対してそういう考え方はないですね。新築を購入することがステイタスになっています。

 そもそも日本人の「持ち家志向」は、戦後の産物なのです。少なくとも東京では、戦前は8割が賃貸でした。当時の信託銀行は何をしていたかというと、家賃の取り立てが大事な仕事でした。賃貸の家をたくさん持っていたんです。

寿命の尽きた政策による悪循環

 戦後、民生の安定のためにということで、政府は持ち家推進策を進めました。家を持つためのさまざまな優遇措置を施行しました、いまでもその優遇策は残っています。税法上の優遇などです。このことが、日本の住宅供給システムにいろいろな形で悪影響を及ぼしているのです。

 たとえば、「シャッター街」と呼ばれる商店街が全国にありますね。店舗はシャッターが閉まっているけれども、中にはおじいちゃん、おばあちゃんが住んでいるんです。高齢でもう商売はできなくなっても、住み続けている。だからシャッター街になってしまうわけです。

 お店を閉めるのでしたら、商店街に居続けるのではなく、他に住まいを探して引っ越ししてもらえばいいのです。そうして空き店舗になれば、新しい人がそこ新しい商売を始められますよね。でも、持ち家優遇策の影響で、持ち家を手放して賃貸に引っ越すなどという発想にはならないのです。都市部のそういう高齢者が引っ越して終の棲家とできるような賃貸物件を、近隣に用意することも、社会システム・デザインの重要な一面です。

 戦後復興という意味では、持ち家優遇策は大成功したわけですけれど、1970年くらいでその役割を終えたのですから、そこでいったん優遇策に終止符を打つべきでした。

――政策にも寿命があるということですね。

 日本が世界第2位の経済大国になった時期と、日本の持家率が7割を超えた時期は、ほとんど同じです。この時点で、持ち家優遇を終わりにするべきだったのです。

 お役所の仕事には常にこういう問題がつきまといます。いったん制度をつくって施行してしまうと、その制度の本来の役割を終えても、簡単には制度をやめられないということです。やめる時期の見極めと、やめるという意思決定を誰もしようとしません。

 寿命の切れた持ち家優遇策がもたらす悪循環。住宅供給システムにおいては、これが中核課題なのです。

――お客さんが新しいものを欲しがれば、供給側であるメーカーも販売店も新しいものの提供にまい進します。

 新規需要から買い替え需要中心の成熟市場になってしまうと、買い替えサイクルの長さによって販売数は増えたり減ったりする。消費者はまだ使えるものを買い替えるのであるから、景気が悪くなり収入が減れば、買い替え時期を伸ばす。すると供給側は売上げが落ち込み、もっと景気が悪化する。先の見通しが悪いから消費者は一層買い控える。耐久消費財などに見られる典型的な成熟市場の「悪循環」です。

 住宅分野も貧しい時代の貧しい住宅からの脱却という面もあり、新築中心でこれまで来ましたが、成熟市場になり、景気の見通しも悪く、人口減少という予測の影響もあるのでしょう。新築住宅着工数は毎年減り続けています。

(構成・文/田中順子)