小売・サービスのグローバル化は
なぜ進まないのか

小売業、サービス業が海外事業で苦戦している。どこに原因があるのだろう。一橋大学大学院の名和高司教授は、「自分たちの強みを因数分解して本質を見極めることをせずに、商品やサービスといった表層だけをそのまま海外に移転している」と指摘する。

ルーツに強みを見出すグローバル3.0

 家具チェーン最大手のニトリは、台湾、アメリカに続き、2014年は中国にも出店しました。ところが、日本国内での好調とは裏腹に、海外事業は伸び悩んでいるようです。

 SPA(製造小売)モデルの採用により、全商品の7割近くを占めるPB商品を中心に「お値段以上」の価値を提供し続けているのが同社の強みですが、その前提となるのは消費者ニーズの適格な把握です。単に安いだけではダメで、いいな、欲しいなと感じて、思わず手に取ってしまう商品が豊富に揃うからこそ、消費者は店に足を運び、割安さを実感してくれるのです。

 しかし、生活スタイルも気候も違う海外で、日本と同じ店づくりをして同じ商品を並べても、受け入れられないことは想像に難くありません。家具やインテリア用品などのフォームファニシングのニーズは、国や地域ごとに大きく異なります。アメリカ人にはニトリの家具が子ども部屋用に見えるそうですが、体格も家のサイズも違うのだから当然でしょう。

 ニトリの本質的な強みは顧客視点の商品企画力、そして価格と価値のギャップにあります。ここをもう一度見つめ直し、それを台湾、アメリカ、中国と、それぞれの国流に翻訳できたとき、ニトリの海外展開は一気に加速するはずです。

 事業のグローバル化には3つの段階があります。

 1.0は生産、販売のグローバル化です。製造拠点や市場は世界各地に広がりますが、自国と同じことを同じやり方で横展開しているだけの段階です。ニトリをはじめ、日本のサービス業や小売業の多くは、まだこの段階にいると言っていいでしょう。

 次の2.0は、国境を超えて経営資源を獲得し、経営効率を追求する段階です。その典型が、それぞれの市場や社会に柔軟に対応してローカルに深く入り込む一方で、部門や事業の壁を超えて有機的に結び付き、グローバルで知を共有し、組織学習するトランスナショナル企業です。

 少し前までは、この現地適合とグローバル統合の両方を満たすトランスナショナル企業が、究極のグローバル経営モデルとされてきました。しかし、いま日本企業が目指すべきは、その先の「グローバル3.0」です。

 どんなにグローバル化が進んだ企業にも大抵は深く根を下ろした本拠地があり、そこから完全に解かれることはできません。そうであるならば、人や文化、場所の違いや隔たりを解消するのではなく、差異に着目し、そこに真の価値と強みを見出そうという考え方です。

 アメリカ発、欧州発のイノベーションがあるように、日本発でしか実現できないイノベーションは必ずあります。原点に立ち戻って、日本的なよさを発信する段階に来ているのではないでしょうか。

根付く力を日本人は持っている

「日本人や日本企業はグローバルプレーヤーになれない」というのは間違いです。特にグローバル3.0の段階においては、日本人が本来持つ特性が生きてくるはずです。

 日本の閉鎖性を「島国根性」と表現しますが、江戸時代などの限られた期間を除けば、日本は海外との間に活発な交流を持つ開かれた国でした。長い歴史の中の多くの時代で、我々の祖先は他国の文化を受け入れ、また国土を囲む海に無限の可能性を見て、果敢に外洋に漕ぎ出して行ったのです。

 バイキングなら植民地化するところでしょうが、世界の国々に行き着いた日本人は農耕民族らしい粘り強さを持って自分たちの居場所を築いていきました。16世紀にはタイのアユタヤをはじめ、ベトナム、カンボジアなどに日本人町がつくられましたが、鎖国を経て、現地に同化するかたちで消滅したとされています。中国の人々がチャイナタウンを中心にコミュニティを形成して、自分たちの文化や習慣を守ろうとしたのとは対照的に、「和僑(わきょう)」は現地に交わり、しっかりと根を下ろしたのです。

 一方で、「和して同ぜず」の精神も忘れず、日本人のよさを持ち続けました。勤勉な働きぶりや困難に屈しない粘り強さで、現地の人々の尊敬を勝ち得て、それぞれの社会で重要な役割を果たすようになっていったのです。

 勤勉に働き、世界の人々のために良質なもの、役立つものをつくって貢献する。この日本人の基本的な姿勢は現代でも変わらず、生き続けています。自動車や繊維、そして家電でも、日本製に対する一定のリスペクトが依然としてあるのは、そのせいといえるでしょう。

 異国の中で自国流にこだわって異質な文化を固持するのではなく、だからと言って現地にあまりにも融合することもせず、日本のよさや強さを周りに認めさせて行く。グローバル3.0に進むために重要なDNAを、日本人は持っています。

星野リゾートはマルチタスクで二兎を追う

 では今、世界に訴えるべき日本の強みとは何なのか。その可能性の一つを示してくれているのが星野リゾートです。

 日本の旅館・ホテル業は「おもてなし」の素晴らしさが海外から評価される一方で、製造業との比較においてはもちろん、他のサービス業やアメリカのホテル業との比較においても、生産性の低さが問題とされてきました。

 その原因の一つがスタッフの分業制にあると考えた星野佳路社長は、一人のスタッフがフロント係、調理、清掃と、何役もこなすマルチタスク(多能工)制を採用しました。これにより業務のない手待ち時間が大幅に減り、生産性をアップさせることに成功したのです。

 こう言うと、効率化のみが目的のように思えるかもしれませんが、決してそれだけではありません。一人のスタッフがリゾート内のあらゆる仕事を通じて顧客と接することで、顧客情報をもれなく汲み上げ、きめ細やかなサービスにつながります。

 顧客がどんな体験をして、何を気持ちよく、あるいは不満に感じるのかを、目の前で見て体得したスタッフが提供するサービスは、縦割り組織のそれとはまったく違うものになるはずです。効率性と顧客満足のどちらも諦めずに二兎を追っていることが、星野リゾートの成長を支えているといえるでしょう。

日本を深めた先にグローバルがある

 初の海外進出となったタヒチに続いて、今年は「星のや バリ」が開業する予定です。ニューヨークやパリ、シンガポールなどへの進出もすでに視野に入っているようです。ここで気になるのが、星のや流のおもてなしが海外でも再現できるのか、ということです。

 マルチタスクは、ジョブディスクリプションで職務内容をはっきりと示す欧米式の人材マネジメントとは相容れないようにも思われます。また、器用で柔軟性があり、真面目で向上心に富む日本人だからこそ、可能な働き方だという意見もあるでしょう。

 しかし私は、多くの国で受け入れられるものだと思います。なぜなら、人間が働くうえでの本質的な欲求をマルチタスクが満たしているからです。

 キヤノンやソニーのセル生産方式で知られるように、製造業では20年以上前から多能工制が採用されてきましたが、その効用は在庫の縮小や多品種少量生産への適応はもちろん、労働者のモチベーションアップの面でも認められています。
 流れ作業の中で決められたことだけを黙々とやるのではなく、自分の持つ能力をフルに生かしてある段階までを責任をもって完成させる。各労働者のあらゆる可能性を引き出すこうした働き方は極めて人間的なもので、それによって得られる達成感や喜びはどこの国の人にも理解されるはずです。

 星野社長は「ホテル業界のトヨタを目指す」と言っています。私も、顧客一人ひとりにカスタマイズしたサービスを、しかも効率よく提供するためのノウハウを日本で蓄積してきた星野リゾートなら、フォーシーズンズやリッツカールトンにはない、新しい「おもてなしモデル」がつくれるのではないかと期待しています。

 自社の強みを徹底的に磨きこんだ先に、よそには真似のできない日本発のイノベーションが生まれるはずです。