【書籍拝見】『ビジネスで一番、大切なこと』③
激しく競うほど、互いの違いは小さくなる

ヤンミ・ムン教授の「消費者のこころを学ぶ授業」

競争が過激化すると差別化はより細分化し、結果、消費者から見てほとんど違いが見えなくなる。まるで誰もが没頭しながら、誰も1人勝ちできない「鬼ごっこ」のようだ――。ハーバード・ビジネススクールでいま最も注目を集めるヤンミ・ムン教授の処女作『ビジネスで一番、大切なこと』、無料公開連載、第3回。


 ビジネスの成功の要は、競争力にある。競争力とは、競合他社といかに差別化できるかである。ところが、その差が細かくなりすぎて、多くの消費者がいぶかしく思う段階に達すると、ある日突然、差別化は無意味になる。

 その1つの兆候は、カテゴリーに対する消費者の愛着が弱まるだけでなく、愛着を示すこと自体が馬鹿馬鹿しく見え始めることだ。カテゴリー通でいるためには、微細な違いにもこだわらなくてはならない。だが、普通の人が気にもかけないところにこだわりすぎると、最初は専門家だと一目置いていた周囲もやがて眉をひそめるようになる。

 このように、製品の違いを信じている人が笑い者にされかねない段階を、私は「異質的同質性」と呼んでいる。違いは確かに存在するが、類似性の海に埋もれている。無意味な差別化が進めば進むほど、嘲笑指数は上がっていくのだ。

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「安値で買い、高値で売れ」「汝の敵を知れ」「顧客の声を聞け」。これらはビジネスの大原則として私たちの骨の髄まで染み込んでいる。そのせいか、疑問を投げかけられると、私たちは無意識に防御に回るだけでなく、その意見を否定しようとする。

 バスケットボールに24秒ルールが導入されたのは、試合のテンポを上げ、得点を増やすためだ。以後、勝つためには1点でも多くを稼がなくてはならなくなった。だからこそ、1956年、57年のボストン・セルティックスの活躍は、スポーツ史に残る特筆すべき出来事なのである。セルティックスは得点を稼ぐタイプのチームではなかったにもかかわらず、ディフェンスの名人ビル・ラッセルに率いられ、13年間に11回も優勝し、通念を覆した。

 当時ほとんどのファンは、ラッセルを例外的な超人だとみなしていた。挑戦者が登場し正統派の地位を脅かすとき、おおかたの最初の反応は例外を例外として扱うことであって、正統派に潜む欠陥を認めることではない。さもありなん。逸脱は、まさに逸脱なのだ。

 しかし、逸脱は何かの前触れにもなる。私たちが暗黙のうちに前提としている基盤を揺るがしかねない。今日のバスケットでは、誰もがディフェンスが勝利のカギだと思っているが、いつからそうなったのだろう。例外が頻繁に出現するようになると、もはや例外ではなくなり、既存の原則は変わらざるを得なくなる。最後には、これまで信じていたものがただの神話、つまり誤った集団的信念やイデオロギーの名残だったことが明らかになる。

 紛らわしいのは、真実と神話の違いが時間の流れでしかない場合があることだ。バスケットも一昔前は攻撃力が勝利のカギを握っていたが、今は逆だ。実際、60~70年代には新しさや改善が大きな意味を持っていたが、もはやたいした注意は払われない。変化はリアルタイムで生じるが、古くなった真実は1度に消え去るのではなく、あいまいな形で残る時期もある。

 ビジネスの世界もまた、変化している。様々なカテゴリーで差別化が神話となりつつある。企業は一丸となって競い合ってはいるが、意味のある違いを生み出すという使命を見失っているように見える。激しく競えば競うほど、互いの違いは小さくなり、精通したプロでなければ見分けがつかなくなる。要は、類似性ばかりが目につくのだ。消費者の心の中では製品の区別がつかず、まぜこぜになっている。携帯電話のベライゾンとAT&Tワイヤレスは過激な競争を繰り広げているが、両社のサービスに有意義な違いを認められない消費者にとっては無意味なものだ。

 本来の意味での差別化は珍しくなっている。シリアル、携帯電話の料金プラン、スニーカーなど周囲を見渡してみても、ユニークさで傑出したブランド名を挙げるのは難しい。

 そう言えば、息子たちがよく変わった鬼ごっこをして遊んでいる。追いかけられてタッチされると、立ち止まって鬼とジャンケンをして、負けた方が鬼になる。年齢や性別、足の速さに関係なく、誰でも参加できる。どの時点でも誰かが勝っているが、大差がつくわけではなく、勝利も長続きしない。理論的には永遠に続けられる。この遊びの面白さは、少なくとも親の目から見れば、みんなが夢中になりながらも、誰も1人勝ちできないところにある。

 本書の第1部の前提はこうだ。多くのカテゴリーで差別化が難しくなっているのは、私たちが本来の競争ではない「競争」に入り込んでいるからだ。企業は特殊な模倣の達人となり、異質的同質性、いわば異種のクローンであふれる製品カテゴリーを作り出している。差別化どころか模倣である。ところが、この模倣は「差別化」という専門用語の仮面を被り、マネジャーの頭の中で生き続けている。実際には、王様は裸で、消費者はそのことに気づいているのだが。

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 幸い、本書には続きがある。第2部では「例外」に注目したい。

 もし、過去20年の優れたビジネスストーリーを挙げるとしたら、どのカテゴリーでもかなりの数が「例外」として描かれるだろう。50年代のセルティックスのビジネス版だ。例外的な企業の優勢は、世界が変わりつつあること、古い知恵が新しい知恵に取って代わられようとしていることの予兆である。そこでは、神話を最初に手放した者が優位に立つ。

 これらの異端児を調べれば、有益な教訓が見えてくる。誰でも文章の書き方、絵の描き方、音楽の演奏法を学ぶことはできるが、歴史に名を残す巨匠は常に、それぞれの分野の境界線を新たな方向へと広げてきた。原則を十分に理解しているからこそ、それを打破しなければならないと知っている。彼らが教えてくれるのは、暗黙の前提がどれほどもろいか、である。

 ビジネスも同じだ。雑魚の集団から抜け出し、消費者との純粋な絆を生み出せる傑出した企業は、残念なほど少ない。しかし彼らは、私たちがとらわれているビジネスの原則なるものの限界を教えてくれる。本書の第1部が批判として読めるのに対し、第2部は異端児やその手法に対する賞賛として読めるだろう。

 1匹狼を称える場合、当然ながら落とし穴がある。ファッションやメディア同様、学問の世界にも流行があり、現状を打破した人を主人公にするアイデアは月並みになっている。だからこそ、異端児をただ称えるのではなく、私たちがヒントを得られるような形でその業績を分析し、解明したい。それが第2部の目的である。

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 本書はハウツー本ではない。現代のビジネスパーソンに必要なのは、斬新な指針ではなく、斬新な考え方だ。したがって第3部では、差別化についての新しい考え方を紹介し、対話の糸口を示そうとしている。  厄介なのは、すでに多くのビジネス書が、「ルールを破れ」「過激であれ」「古きを捨て、新しきを取り入れよ」と述べていることだ。聞き飽きた言葉に、どう重みを持たせればよいのか。

 最寄りの書店の旅行コーナーをのぞいたなら、旅行関係の本にも2種類あるのに気づくだろう。圧倒的に多いのは、旅行ガイドの類のはずだ。『カリビアン2010』『お馬鹿さんのイタリアガイド』『1日85ドルで過ごすヨーロッパ』。いわゆるマニュアル本で、どこで何をすればいいかという的確なアドバイスが示されている。

 一方、『ビル・ブライソンのイギリス見て歩き』(中央公論社)、ジョン・マクフィーの『アラスカ原野行』(平河出版社)、ポール・セローのTo the Ends of the Earth(地の果てまで)といった紀行の類には、具体的なアドバイスはほとんどない。この種の本から得られるものは、読後にあるからだ。あなたがどこかを訪れるたびに、大事なのは今、目にしているものではなく、あなたがそれをどのように見ようとしているかだということを、そっと思い出させてくれる。

 プロセスが結果を左右する。これが第3部の主張である。人々が競争にどうかかわるかによって、ビジネス界の調和や収斂が加速される。だからこそ、私たちには新たな習慣が必要だ。競争を行う上での新しい原則や知恵を身につけなくてはならない。競争のための新たな文化を築くことができれば、想像もしなかった結果が生まれ得る。

 では、消費の世界のそぞろ歩きに出かけよう。私は途中で少し寄り道するかもしれないし、ときには専門用語も口走るだろう。けれども覚えておいてほしい。本書のような読み物の価値は、読み手のその後に何をもたらすかによって測られる。私流に言えば、問題はページの上に何が書かれていたかではない。読みながら、あなたが何を考えるか、なのだ。

(第4回に続く)

 

DIFFERENT by Youngme Moon
Copyright (C) 2010 by Youngme Moon
Japanese translation rights arranged with The Sagalyn Literary Agency through Japan UNI Agency, Inc., Tokyo

 

【書籍のご案内】

『ビジネスで一番、大切なこと――消費者のこころを学ぶ授業』

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