データ分析型企業への変革は
まずトップから

ビッグデータは産業の変革につながる大きなうねりになる。この変革をチャンスに変えるために、企業の経営者は、単にITに投資するだけでなく、様々な角度からデータに基づく意思決定を考える必要があることを述べてきた。最後に2点、個人的な経験からのアドバイスを述べたい。

 

経営者にはデータ・リテラシーが不可欠である

 データに基づく意思決定が組織に根付くには、日常の業務の中で日々データに触れていなければならない。私は外資系のコンピューターメーカーに長く勤務したが、そこでは、あらゆる提案に、データの裏付けが求められた。ビジネス・ケースという言葉がある。その提案が、いくらのコストがかかり、いくらの売上が見込めるのか、つまりはいくら儲かるのか、という数字を挙げてみせることである。どういうデータに基づいてビジネス・ケースを作れば、上司や事業部やお客様を納得させることができるか、ということをいつも考えていた。その後、短い時間日本のトップ精密機械メーカーに勤めたが、そこではビジネス・ケースという言葉はほとんど聞かなかったように思う。文部科学省の研究所に勤務する今は、データの提示を求められることは稀である。

 トップがデータにこだわらなければ、自然と組織もデータに無頓着になる。組織がデータを軽視すれば、人事部もデータ・リテラシーの高い人材を採用しようとは思わないだろう。データ・リテラシーが就職に有利でないのならば、大学で統計学を学ぶインセンティブも小さくなる。大学入試にも統計の問題は出ない。従って高校でも統計を教えない、という悪循環になりかねない。経営者はビッグデータのインフラに投資する前に、まず自分自身のデータ・リテラシーを高めて欲しい。

 とは言え、経営者自身が今から統計や機械学習を学ぶべきだと言っているのではない。フェルミ推定という言葉がある。「東京都には電柱が何本あるか」など、捉えどころのない数字を、わかっている数字(例:東京都の人口)と非常に荒っぽい仮定(例:人口1人あたり電柱は0.X本)からおおよそ推定する方法である。私の親友の一人はインド人だが、彼はフェルミ推定がきわめて得意だ。IBM時代の同僚の多くも、食事時の雑談などで何かの話題がでると、「それはどのくらいの数になるだろう」という疑問からフェルミ推定を自然に会話の中で行うことが多かったように思う。まずは日々の会話の中でフェルミ推定を行なってはどうか。

「データ」と「ファクト」は異なる

 データに関しては忘れられない言葉がある。統計数理研究所の椿 広計教授がおっしゃった、「データはファクトではないからね」というものである。データは必ずある意図を持って収集され、加工される。だから、データは事実そのものを表しているわけではない。あくまでも、事実の一部を、特定の手法、例えば測定器によって観測したものがデータだ。そこには当然、ノイズ、歪み、偏りなどが存在する。データ・リテラシーのあるマネジメントとは、データを活用するだけでなく、データの偏りや限界をよく知っていて決断を下せるトップのことである。

 ITの進歩によって、データは貴重な経営資源となってきている。それを経営に活かすことができるかどうかは、今後の企業の死活問題である。データに基づく意思決定ができるか、経営者はその資質が問われているのだ。データの可能性と限界を知った上で、したたかにデータを利用する、そういうデータ・リテラシーのある経営者になっていただきたいと思う。

(連載終わり)