人工知能の開発に活きる「東洋的思想」

EIシリーズ記念イベント「マインドフルネス」講演録[前編]

1

好評発売中のEIシリーズ最新刊『マインドフルネス』の刊行を記念して、2019年2月6日にイベントを開催。講演録[前編]は、ゲームAI開発者であり、哲学塾を主宰する三宅陽一郎氏。人工知能の歴史と人間の知性への挑戦をひもとく講演内容を要約、抜粋してお届けする。(構成/加藤年男、写真/斉藤美春)。

人間の無意識を人工知能に移植する

三宅 陽一郎(みやけ・よういちろう)
日本デジタルゲーム学会理事、「人工知能のための哲学塾」主催。ゲームAI開発者。京都大学で数学を専攻、大阪大学(物理学修士)、東京大学工学系研究科博士課程(単位取得満期退学)。2004年よりデジタルゲームにおける人工知能の開発・研究に従事。東京大学客員研究員、理化学研究所客員研究員、IGDA日本ゲームAI専門部会設立(チェア)、DiGRA JAPAN 理事、芸術科学会理事、人工知能学会編集委員。著書に『人工知能のための哲学塾』 『人工知能のための哲学塾 東洋哲学篇』(ビー・エヌ・エヌ新社)、『人工知能の作り方』(技術評論社)、『なぜ人工知能は人と会話ができるのか』(マイナビ出版)、『人工知能と人工知性』(iCardbook)。共著に『絵でわかる人工知能』(SBクリエイティブ)、『高校生のための ゲームで考える人工知能』(筑摩書房)などがある。

 人工知能を平たく言うと、人間の知能を機械に移そうとするものだ。だから、動物が身体、機能、知能と進化したように、人工知能も機械、ソフト、知能という流れで作る。

 人間の知性を模式的に表すと、意識的な知性が三角形の上にあり、下に無意識的な知性があって身体とつながっており、身体は物理的に環境とつながっている。

 我々の知能のほとんどは無意識が持っており、意識に上がってくるものはほんのわずかである。人間の知能は常に予測を行っており、たとえば歩くとき0・1秒後に床にこうつくと予測し、そのとおりであれば意識に上がってこない。逆に予測が裏切られて床を踏み外すと意識に上がってくるという性質がある。

 多くの人工知能の本で述べられているのは意識の上での人工知能だが、体をもったロボットやゲームキャラクターは無意識の知能を作らないと動かないので、身体知の全体を作る必要がある。これを生体学的人工知能という。このようなフルセットの人工知能を作ることがゲーム産業で人工知能を研究してきた私の役割になる。

 無意識の知能は、プログラム言語で構造化する。それによっていろいろな感覚から得た情報を記号化し、これはペットボトル、これは机などと解釈させる。こうして人間の精神構造まで、そっくり移そうとするのが最近の人工知能の研究だ。

人工知能の2つの潮流

 人工知能は大きく分けて2つの潮流があり、学術的アプローチも二つに分かれている。1つは検索エンジンのように、記号を入れると記号で返してくれるもので、記号主義と呼ぶ。記号主義は推論できることが特徴だ。

 もう1つは、コネクショニズムと呼ばれるものだ。人間の脳はニューロンという、イオンが入った1000億個の袋でできており、それが電気回路のように作動している。それと同じ仕組みをもつニューラルネットワークで人工知能を作ろうとするのがコネクショニズム派である。ディープラーニングはこちらに入る。

人工知能を補完してくれる東洋的思想

 人工知能の内面を考えてみよう。それには人間の意識を知ることが必要になる。

 人間の意識はどこにあるかという研究があり、そこでは主体となる自分と客体となる世界を明確に分けようとする。

 一方、意識は主体と客体の間に存在すると考えるのがフッサールの現象学だ。それをニューラルネットワークで作る方法がある。何かをインプットすると、それを自動的に判断してアウトプットを出すのがニューラルネットワークだが、出てきたアウトプットをもう一度入力に戻してやることをリカレント型と呼ぶ。

 こうして自分の判断をもう一度入力に戻し、いろんな感覚と混ざり合ったネットワークを作ると、真ん中の層に力学系の1つの渦が形成される。それが意識の起源ではないかとするのが谷淳氏の理論だ。それは人間の知能は「識」の層になっているという考え方である。

 実は、この、知能は多層構造になっているという考え方は、仏教では1000年以上前から唯識論(ゆいしきろん)として存在した。そこでは人間の精神は「阿頼耶識(あらやしき)」や「末那識(まなしき)」など8つの層でできているとする(図1)。

図1

 西洋と東洋ではものの考え方が根本から違う。西洋は物事を分解して知を形成しようという大きな流れがあり、東洋は物事を区別しないことで知が生まれるという思想が流れている。

 現在の人工知能は極めて西洋的な考え方で構築されている。たとえば、人工知能が陥っているドグマの1つに「よく考えれば、よい行動ができる」がある。しかし、東洋はそう考えない。たとえば荘子は人間の知能は「小知」であり、考えても小賢しくなるだけだから、考えるよりも「道」に従ったほうがよい行動ができると説いた。

 また、西洋哲学の基礎になっているアリストテレス哲学は、とりあえず世界を分け、そのうえで因果を考えようとする。しかしその考えも東洋哲学からすると違和感がある。

 現在の人工知能は、人間の精神構造をそっくり移し替えると言いながら、思考の高度化を頑なに追い求めたことで、逆に人工知能と人間との差異を生み出してしまった。

 それに対して、東洋の哲学や思想は人工知能を作り出すわけではないが、西洋的な人工知能を批判し、違う見方を提示したり、足りないところを補完してくれる。このように、仏教には人工知能の研究者にとって興味深い知識が詰まっている。

次のページ  環世界とエージェント・アーキテクチャ»
1
Special Topics PR
今月のDIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー
世界のエグゼクティブが注目する話題の新シリーズEI Emotional Intelligence  知識から感情的知性の時代へ 待望の日本版創刊
定期購読
論文セレクション
DHBR2019年4月号『シニア人材を競争力に変える』発売!
  • facebook
  • Twitter
  • RSS
アクセスランキング

 

スペシャルコンテンツ