コレクティブ・インパクト実践論

企業と社会の利益は一致する

特定の社会課題の解決や新しい社会のビジョン実現を、どのようにしたら意図的に起こせるのか。その方法論を示した「ソーシャルイノベーション」(社会変革)の分野がいま、NPOや公的セクターだけでなく、企業からも注目を集めている。社会課題の解決を目指すことで、企業の社会的責任を果たせるだけでなく、成熟した市場において新たなニーズを発見できたからで、経済的な価値の創造へとつながるのだ。本稿は、ソーシャルイノベーションの系譜をたどりながら、企業とNPO、行政などが共通のアジェンダを設定し連携して課題解決に当たる、新たなアプローチ「コレクティブ・インパクト」の実践方法を提示する。
『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2019年2月号より抜粋版をお届けする。

なぜいま、
ソーシャルイノベーションなのか

 街中や駅前で『ビッグイシュー日本版』という雑誌を販売する人の姿を見たことがあるだろうか。これは、ホームレスの自立を目的とした「ビジネス」である。

 この特徴は、雑誌の定価の50%以上が、販売者の収入になることにある。雑誌が1冊売れれば、手元にどの程度残るかがわかるため、彼らにとって家賃の支払い目標ができる。家賃が支払えれば、住所が手に入り、就職活動を行いやすくなる。「自立」への第一歩となるのだ。

 もう1つの特徴が、社会との関係性が生まれることだ。毎日、路上に立っていると、通行人から「元気?」や「昨日、休んでいたね」といった声がかかるようになる。家族や友人、職場などとのつながりを失ってホームレスになった彼らは、この仕事を通じて自尊心や世の中との関係性を取り戻し始めるのだ。

 筆者は、この事業を運営する「有限会社ビッグイシュー日本」を母体に設立された、「認定NPO法人ビッグイシュー基金」の理事として10年余りにわたり、ホームレスの人たちや生活困窮者の自立を応援する活動に関わってきた。彼らが目指すのは、誰にも居場所があり、ホームレスが生まれない世の中である。

 実際、販売者の中には、日々の路上での販売が会社社長の目にとまり「うちで働きませんか」と声をかけられて、その会社に就職した事例もある。

 しかし、社会はそう単純ではない。この販売者は、会社に居場所が見つからず、間もなく会社を辞めてしまった。路上に戻るほうが一人でいられて、気楽でいいと感じてしまったからだ。

 ビッグイシューの取り組みが成功したとしても、受け入れる社会が変わらない限り、元の状況に戻ってしまう。そもそもホームレスが生まれる一因は、職場や社会に多様な人たちを受容する余地が少ないことにある。加えて、状況の打開には、メンタル面のケアであったり、PCスキルの習得支援であったり、さまざまな専門家のサポートが欠かせない。

 つまり、NPOだけでなく、企業や政府、専門家など多数のプレーヤーが協力して初めて、大きな目標を達成できるということだ。

 この話はビジネスと無縁ではない。社会の「困り事」はすべて人々のニーズであり、そこには市場性がある。

 もともと、「ビジネスの手法を活用して、社会の課題を解決する」という分野は、世界的には1990年代から盛り上がり始め、日本でも2000年代前半から注目されるようになった。「社会起業家」や「ソーシャルビジネス」という言葉で表現されていたが、近年では主に「ソーシャルイノベーション」と称される。

 これは、一般的に、「社会における複雑な課題に、これまでになかった発想やアイデア、組み合わせによって変革を起こし、新しい社会状況を生み出すこと」だ。また、それらに関わる動きやプロジェクト、手法そのものを指して、この用語を使うこともある。

 この変化は、企業にとっても重要ないくつかの意味合いを含んでいる。ソーシャルイノベーションに関わることは、企業にとっての社会的責任(CSR)の範疇に収まる話ではなく、もはや戦略上不可欠になってきている、と言ってよい。

 なぜなら社会にどのようなニーズがあり、その解決に自身がどう関わるのかというテーマに取り組むことが、成熟した市場の中で身動きが取れなくなっている多くの企業にとって、新たな市場理解やブレークスルーにつながるからである。

 筆者は、2002年に日本初のソーシャルベンチャー・プランコンテストSTYLEを開催し、2003年に社会の課題解決に取り組む組織の経営基盤強化を行うSVP(ソーシャルベンチャー・パートナーズ)東京を発足。2005年には国内の大学で初めての社会起業に関する授業群を創設するなど、日本でのソーシャルイノベーションの仕組みや生態系づくりに深く関わりながら、世界の第一人者らと交流し、彼らから大きな学びを得てきた。

 いま、個別の努力の限界を超えて、企業を含めた多数のプレーヤー間の協働を通じて、ソーシャルイノベーションを起こそうという新しいアプローチが生まれている。これは「コレクティブ・インパクト」と名付けられ、大きな潮流となりつつある。

 本稿では、コレクティブ・インパクトに至るソーシャルイノベーションの歴史や現時点での気づきを踏まえ、ソーシャルイノベーションがいま、企業の経営戦略や組織開発、人材育成、ひいては企業の進化そのものに必須のアプローチであることを説く。

コレクティブ・インパクトとは何か

 2011年、スタンフォード大学が発行する専門誌 Stanford Social Innovation Re-viewで“Collective Impact”という論文が発表された。ジョン・カニアとマーク・クラマーによるこの論文では、これまでの、問題解決に向けて個々の組織がそれぞれ努力する手法とは一線を画す新しいアプローチを「コレクティブ・インパクト」(社会変化の共創)として説明している。

 具体的には、「異なるセクターから集まった重要なプレーヤーたちのグループが、特定の社会課題の解決のため、共通のアジェンダに対して行うコミットメント[注1]」と定義した。

 ある問題に対してさまざまなプレーヤーが連携、協力することは新しい話ではない。これまでも、途上国の病気に対応する薬やワクチン開発の官民連携パートナーシップなど、ある共通の目的に対して複数のセクターからプレーヤーが集まる例はあった。

 コレクティブ・インパクトのアプローチは、大きく5つの点でそれまでのものと異なる。(1)その課題に取り組むために関わりうるあらゆるプレーヤーが参画していること、(2)成果の測定手法をプレーヤー間で共有していること、(3)それぞれの活動が互いに補強し合うようになっていること、(4)プレーヤー同士が恒常的にコミュニケーションしていること、(5)そしてこれらすべてに目を配る専任のスタッフがいる組織があること、である。

 これにより、参画しているプレーヤーはもともと持っていた個別のアジェンダを捨て、共通の目的を達成するために、それぞれの強みを活かしながら動き出すのである。

 先の論文でコレクティブ・インパクトの事例として取り上げられているのが、ストライブ(Strive Together)だ。このネットワークは、米国オハイオ州シンシナティ市とその近郊の財団トップ、市役所幹部、学区の代表者、地域の大学学長、教育関係のNPOリーダーなど300人が参画。「ゆりかごから就職まで」を合い言葉に、乳幼児から20代前半までの、すべての子どもの教育における質の改善を共通のミッションと定め、それに向けた共通の測定手法を取り入れた。

 そして3年にわたり15のチームに分かれて2週に1度、外部のファシリテーターが入った場で話し合いを行い、共通のアジェンダへの理解を深め、互いに学びサポートし合う土壌をつくった。

 その結果、行政からの教育予算が大きく削減されたにもかかわらず、発足4年で、3つの大きな学区で、就学前教育を受けた児童の数、小学生の読解と算数の成績、そして高校卒業率などの数十の指標で大幅な改善を実現した。

 ある社会課題に関わるすべてのプレーヤーが共通の目的に向かって、それぞれの組織だからこそできることに注力しながら、互いに補強し合って進んでいく。これがコレクティブ・インパクトであり、この取り組みは大きな反響を呼んだ。以来、世界中で実践事例やそこから得られた学びが共有されるようになっている。

 さて、コレクティブ・インパクトには、ソーシャルイノベーションの2つの大きな系譜が合流している。1つが、ビジネスの手法を活用することで、ソーシャル分野のインパクトを上げていこうとする系譜だ。

 もう1つは、個人・組織・社会はつながっており、個々人の価値観やマインドセットの変容なくして、システム的な社会変容は起こらないと考える系譜である。

 これまで、あまり交わることがなかったこの2つの系譜が、近年、コレクティブ・インパクトに代表される形で合流し始めている。現在、世界では多くの慢性的な社会課題が待ったなしの状況となっている中、いまこそ、深いシステムレベルの変革が必要であり、それが市場や企業のイノベーションにも連鎖すると筆者は考えている。

系譜1
ビジネス成功者が社会変革に挑む時代の到来

 1980年代から、社会的な課題解決に、ビジネスのスキームや管理手法、考え方を入れていく動きが目立ち始めた。その成功例といえば、教育格差解消に取り組むティーチ・フォー・アメリカ(Teach For America)であろう。

 この団体は、1989年に当時大学生だったウェンディ・コップが立ち上げ、モチベーションの高い若者たちを、これまで延べ6万人を教師として派遣、現時点で7000人の教師を2500の学校に派遣し40万人の生徒にリーチするなど[注2]、目覚ましい拡大をしている。

 また、もともとは経済学者だったムハマド・ユヌスが、低所得者向けの無担保少額融資を提供するグラミン銀行を始めたのは1983年である。

 元マッキンゼー、米国環境庁勤務のビル・ドレイトンがアショカ財団を立ち上げ、こうした人々を「社会起業家」と名付けた。広範囲にインパクトを及ぼしうる社会起業家を世界中から探し出し、その事業拡大をサポートし始めたことで、次第にビジネス界にも社会起業家の概念が浸透していく。

 そして、1990年代後半から、IT起業ブームを追うように、「社会起業ブーム」が起きる[注3]。IT起業、経営コンサルティング、投資銀行等での成功者たちが、ビジネスでのキャリアを活かし、かつITを駆使すれば、社会に変化を起こすことができるのではないか、というある種の万能感を持ってソーシャルイノベーションの分野に合流してきたのである。

 有名ビジネススクールでも「社会起業」の授業が増え、卒業後のキャリアのオプションとして、みずから社会起業する、もしくは、社会にインパクトを与えうる営利・非営利の組織に就職するというMBA(経営学修士)ホルダーも増えていった。

 同時に、この分野における資金提供・ファイナンスにも、ビジネスの考え方が導入されていった。

 たとえば、NPO等の非営利組織に対して、財団が単年度に一定の助成金を出すという従来のモデルではなく、ベンチャーキャピタルのように、ハンズオンで事業をサポートする形で長期的に資金提供する仕組みだ。これを提唱したのが、“Virtuous Capital”というHBR論文[注4]であった。この論文をベースに、一時期、全米で数多くの「ベンチャーフィランソロピー団体」が設立された。

 その代表例がサンフランシスコのREDFである。彼らは、社会的インパクトを経済的に換算する評価手法、SROI(Social Return On Investment)を提唱し、世界的な話題となった[注5]

 こうした流れを受け、財団や国際機関、政府なども、ビジネスのアプローチや考え方を反映させていくようになる。

 この流れにおいて、常に大きなテーマとなっていたのが、いかに「スケール」(他地域展開)するかであった。どうしたら局所的な個別の解決で終わらせずに、より広い範囲にインパクトを出していけるのか、だ。

 たとえば、ティーチ・フォー・アメリカは、単独で見れば大きな成功事例である。しかし、教育環境に問題を抱える生徒数は全米で数千万人ともいわれており[注6]、すべての子どもたちに適切な機会を提供したいという、彼らのビジョン実現に至るには、大変な距離がある。

 実際、ソーシャル分野におけるスケールの難しさについて、米大統領(当時)のビル・クリントンが1994年に次のように指摘している。

「ほぼすべての(教育の)問題は、誰かがどこかで個別に解決している。だが私たちはどうやら、解決策を別の場所で複製することがうまくできないようだ[注7]

 意気揚々と社会分野に参入したビジネスパーソンやMBAホルダーたちも、実際にやってみる中で、この点にさまざまな課題があることを学んでいく。単に製品やサービスを届けるだけなく、どうしたら人々のマインドや実際の状況を変えていくという「変化」を広げられるのか(これを後述する「アウトカム」ともいう)。

 いくつもの現場からの経験や学びが共有され、喫緊の社会課題の一刻も早い解決のために、スケールすべきは、自社の事業の規模だけではなく、インパクトそのものだという認識の下、さまざまな論文も発表された。

 組織やプログラムに内在する、「何を」「どのように」スケールするのかについて整理した論文[注8]や、プログラムにおける変化のパターンを言語化した、「変化の理論」(後述)を新たな場所に実装していくことを強調した論文[注9]など、知見の共有が進んだ。

 2007年、ヘザー・マクラウド・グラントらが行った、米国で大規模に成長した12のNPO団体への調査で興味深いことが明らかになった。これらのNPOの多くがスケールできた要因は、一般的な思い込みと異なり、団体として「完璧な経営管理」をしていたからというより、外部で影響力のある他のプレーヤーとの連携であった、ということだ。

 この調査結果をもとにグラントらは、政府や企業、メディア、他のNPOなど、さまざまな関連するプレーヤーとともに協働し、より大きな力を共創的に生み出すこと、その結果として、より深い世の中のマインドや行動を変えることが、世の中のシステム変容につながる、と指摘した[注10]

 また、生物の生態系になぞらえた「エコシステム」をデザインする重要性は、企業において指摘されているが(キーストーン戦略が代表的だ)、関わる関係者の多い社会課題の解決においてはなおさらである。自身が、さまざまなプレーヤーや環境条件から成る生態系の中で、どう影響力を生み出すか、という議論も発表された[注11]

 つまり、ソーシャルイノベーションをスケールさせるためには、既存の考え方や方法だけでは通用しないことに皆、気づき始めた。ここで、もう1つの系譜と重なり始める。

系譜2
個々の価値観やマインドセットが変容する

 ソーシャルイノベーションのもう1つの流れは、世界は、一人ひとりの人間の意識・無意識の行動や習慣の集積であり、それぞれの価値観やマインドセットを反映したもので、現状のパターンがどのように生まれているのか、その構造を理解し、より深い変化を起こそうという、システム変化を探究する系譜である。

 主に、経営学の組織開発論や、システム工学からの応用としてのシステム思考、紛争解決、コミュニティ開発といった分野の専門家の対話などを通じて、どうしたら人や組織が変わるのか、地域や社会は変わるのかについて、探究と実践が重ねられてきた。そこで見られる人や組織・地域の変容に対しても、ソーシャルイノベーションという言葉が当てられてきた。

 たとえば『学習する組織』(1990年)の著者である経営学者ピーター・センゲは、社会をすべてがつながっている全体性を持った複雑なシステムであり、自分もその一部であるととらえる「システム思考」なくして、組織や社会の状況を変えることはできないと説いている。

 センゲとともに『出現する未来』(2005年)を書いたオットー・シャーマーは『U理論』(2009年)を発表。「自身の思い込みやバイアスを理解し、そこから離れ、ありのままを観て感じると、おのずと他者とともに創りたい新しい未来が出現していく」というプロセスを、多数の経営者やイノベーターたちへのインタビューで発見し、これを意図的に引き起こす方法を提唱した。

 また、ロイヤル・ダッチ・シェルにおける「シナリオ・プラニング」を通じたビジョンと戦略構築や、アパルトヘイト後の南アフリカでの平和構築プロセスなどに実績のある、アダム・カヘンなどの専門家たちは、異なる価値観や立場を持つ人たちがどうやったら対立を越えて新しい未来を創っていけるか、という対話や協働の方法を開発している(囲み:「システム思考とU理論」を参照)。

システム思考とU理論
 <システム思考>
 システム思考では、社会で起きることは互いに影響を及ぼし合いながらつながっている「システム」であるととらえる。この互いへの影響は目に見えず、影響が出るまで時間がかかることが多いため、個別のパターンだけを見ると、なぜその問題が起きているのかの深い理解ができず、解決すると思った打ち手も効果が出ない。システム思考で全体をとらえることで、システムのパターンの全容が明らかになり、変化を効果的に起こせるのだ。ピーター・センゲの『学習する組織』(1990年)がベストセラーとなり、システム思考がビジネスの分野に広まるきっかけとなった。
 <U理論>
 MITのオットー・シャーマー博士が提唱する、個人・グループ・組織・社会の変容のプロセスを表した理論。概念的な整理に留まらず、環境的分断・社会的分断・精神的/文化的分断として表れている現状のシステムを転換するための、実践を伴う社会テクノロジーとしての側面も併せ持つ。生まれ出ようとしている「出現する未来」から導くには、我々の行動の起点となる「内面の場」を転換する必要があると説き、そのプロセスはU字型をたどると説明した。

 これらに共通する考え方として、先述のセンゲと、EI(エモーショナル・インテリジェンス:感情的知性)の提唱者として知られるダニエル・ゴールマンは、Triple Focus(未訳)という共著で、「私」(Inner)と「チームや組織」(Other)と「世の中のシステム」(Outer)のつながりについて述べている。たとえば、みずからの「寂しい」という感情を否定すると、他者の寂しさは受け入れがたい。だが、自分の寂しさの背景を理解し、受容すると、他者のそれをより明確に理解ができるうえ、同じような世の中の孤独感の存在について、はるかに高い解像度で見えてくる。いかに、個人における変容が、組織や社会のシステム理解につながるかを説明している。

 ビジネスの手法を社会分野に適用する第1の系譜では、「問題は外にありそれを直す」という、これまでの問題解決思考を基盤としてきたのに対して、この第2の系譜では、「社会と個人は複雑系のフラクタル(相似形)構造になっているため、社会の問題は自分の中にもある」ととらえている。

 そして、対話や観察などを通じて、自分や他者を含めたシステムのダイナミズムに気づき、新たな選択肢を出現させていくアプローチを取る。一方、この系譜においては、効果が表れるまで一定の時間がかかる。また、対話や内省を重視するあまり、具体的な行動には至らないこともあった。

 第1の系譜においては、即効性を求めるあまり、根本的な解決を先送りにすることも見られ、深いシステム変化へのアクションは急務だった。加えて、上述のように、スケールのためには、人の価値観やマインドセットをも他地域展開する必要に迫られ、関係するプレーヤーの背景理解や関係性を重視するようになった。

 こうしたことを背景に、複雑化した社会の進化のためには、「コレクティブ・インパクト」のアプローチが必要で、異なる立場のプレーヤー同士の相互理解を進めながら、1社の事業努力だけでは実現しない未来の選択肢を生み出すことを志向し始めた。

 ソーシャルイノベーションのさまざまな場面で、両者が出会い始めたのである。

イノベーション実現のための
「私」と「仕事」と「世の中」

 ビジネスの手法を入れてインパクトを出す、という系譜と、個人の変容からのシステム変化を実践しようという系譜が合流してきたことで、これからのソーシャルイノベーションにおいて、「私」「仕事」「世の中」を1本の線でつなぐ重要性が増している。(図表「『私』と『仕事』と『世の中』の関係図」を参照)

(1)「仕事」と「世の中」:変化の理論

 ミッションやビジョンを掲げる企業やプロジェクトは多々あるが、本当に、「それ」をすることで、そのほしい未来は実現するのか。目の前の仕事と、その先の未来の関連付けは、何となくになってはいないか。一生懸命頑張れば、いずれは到達すると唱えながら、本当には信じていないことも多い。

 この「仕事」と、実現したい「世の中」をつなぐ具体的プロセスを明示化したものが、「変化の理論」(Theory of Change)である。

 たとえば、冒頭で紹介した『ビッグイシュー日本版』の例を見てみよう。ビッグイシューは、「街頭で雑誌を売る」という仕事を通じて、ホームレスの人たちが「自立」していけるという世の中を実現する。この時、アウトプットとしての「仕事」は、自分たちが欲する「世の中」の状態、つまり特定のビジョンを実現するための手段である。この「変化の理論」は、「~することで」(仕事)→「…をかなえる」(世の中)という図式で表現される[注12]

 一方、この「雑誌販売」と「自立」の関係は、実は単線でつながるものではない。そもそも、「自立」という状態を、直接的に販売する商品など存在しない。結果として、「何をすれば、自立という状態に至るのか」を模索し、プログラムにしていくことになる。そのため、直線的にはならないダイナミズムが存在する。

 我々の求める仕事の目的には、このように「自立」や「活力ある」といった曖昧で特定のマインドセットに関わるものが圧倒的に多い。そのため、リアリティにおいて、この「変化の理論」は、机上の思考だけでなく、そこにある感情や身体感覚も併せたシステム理解を必要とする。実際に、仮説的にやってみることや試行錯誤する中から、最もレバレッジの効いた「ツボ」を発見していくことである。

 路上にいた販売員が、心から自立を望んで行動するには、当然ロジックだけでは動かない。これは、お風呂に入る、好きな音楽を聴くといったことを通じて、時間をかけてリラックスという状態に至る、副交感神経の働きと似ている。体感を含めた進化を視野に入れることで、これまで支援の対象でしかなかった人たちの、本来持つ力を活かしながら自立を実現するという、新しい選択肢がここに生まれる。

 また、「世の中」のビジョンは、中期的に実現したいものはアウトカム、より長期に時間がかかるものはインパクト、と呼んでいる。

 ビッグイシューにとって、ホームレスの人たちの自立はアウトカムであり、その先に目指しているインパクトは「ホームレスが生まれない、誰にでも居場所のある社会」である。冒頭で述べた通り、これは、ビッグイシュー単独では実現できず、企業や行政など他者の協力が必要だ。「コレクティブ・インパクト」が必要となってくる背景である。

 なお、仕事という手段が目的化してしまうこともある。雑誌販売に集中するあまり、規模と収益だけを求め、ビッグイシューが、雑誌のオンライン販売をしたらどうなるだろうか。販売者たちは、社会との関係性を築く機会を失い、そもそもの目的だった「自立」から離れてしまう。次に述べる「私」自身のオーセンティックな(authentic:嘘のない)動機から離れることになるし、顧客や関係者たちにとっての求心力を失うことになる。

(2)「私」と「仕事」

「仕事」と「世の中」がつながっていることを、変化の理論として明示していくことと同様に大切なのが、「私」と「仕事」がつながっているということである。

 よい仕事をするためには、心がこもっているほうがよい、とは誰しも思うことだろう。なぜ、自分がこの仕事をしているのか、そこに嘘がなく、オーセンティックな状態だと、人は自信と勇気が湧き、立ち直る力(レジリエンス)も強まり、ストレス耐性もつく。失敗や挫折から学び、創意工夫を重ね、みずからがほしい未来へ向けて健全に努力を重ねることができる。

 一方、誰かのため、社会のため、と自分のことを横に置いて頑張り続けると、「私」と「仕事」が分断し、アイデアも枯渇する。何より、燃え尽きてしまう。そうした社会起業家をたくさん見てきたし、筆者自身も、日本の社会起業の市場づくりのために奔走してバーンアウトしかけたこともあった。

 ソーシャル分野において、仕事の先にある目的が見えやすいことは、個人としての深い動機につながりやすい。同時に、関わる人たちと、互いに「私」の物語や背景を共有し、なぜ「私」がここにいるのかについて理解を深め合うのも、この点で極めて重要だ。

 近年、ビジネスでもマインドフルネスが流行っている。これには2つの効果があるからだ。1つは、自分自身のセルフケアとして、心身ともに健康であることや、集中力を高める効果だ。もう1つには、この仕事をしている自分自身の状態や感情に「気づき」、自分自身をよりオーセンティックな状態に導いてくれることだ。また、周囲のこともよりよく見えてくる。これは、イノベーションを支える大事な要素だ。

 人は、オーセンティックな状態だと、より創造的になり、新しいアイデア、イノベーションを生み出しやすい[注13]。オーセンティックであることと創造性の関係を証明する研究は多く、一橋大学名誉教授の野中郁次郎が提唱した「知識創造理論」も、アイデアは人間の最も根底にある喜怒哀楽が源泉であると説いている[注14]

(3)「私」と「仕事」と「世の中」

 ソーシャルイノベーションにおいて、上記に併せて大切なのが、「私」自身が、「私」「仕事」「世の中」のアライメント(=1本の線でつながっていること)に意識的である、ということだ。

 「私」という物語を持った一人の人間が、この「仕事」なりプロジェクトをすることで、特定の「世の中」の状況を実現しようとしている。そして、この「世の中」は「私」の日常にさまざまな形で返ってくる。

 センゲらは、これを「システムを感じ取る」(Systems Sensing)と表現しているが、大切になってくるのが「私」という存在の「代表性」に意識的になることだ。

 先ほどのビッグイシューで言えば、街頭での雑誌販売を通じて、通行人に知り合いができて、関係性が生まれ、自分にも価値があるように感じる。これは、私たちが日常の中で知っている感覚で、不慣れな場所や状況で、自分が声をかけてもらった喜びは、誰でもあるだろう。

 あらゆる「私」という存在は、社会というシステムの一部であり、その「私」が日常に感じていることは、何らかの社会の縮図である。満員電車にイライラする、という感情は、毎日、同じ場所に通勤するというワークスタイルや、都市への人口集中の問題などを反映した、システムの声でもある。

 そして、「私」自身も満員電車をつくる一部であり、同じことを感じている人はたくさんいる。「私」という存在には、必ず、他の誰かと共有する代表性が潜んでおり、「私」が感じる困り事や心のさざ波は、世の中のニーズの一端であり、そこには市場性がある。もし状況を打開するよい方法やアイデアを見つけたら、世界は変わるかもしれない。

 イノベーションとは、けっして遠くにあるものではない。筆者が出会ってきた、多くのソーシャルイノベーション分野のリーダーたちは、それぞれが見出した変化の理論を、粘り強く実験を繰り返しながら進化させ、社会にインパクトを生み出している。

 その際に、左脳的な従来のビジネス手法を使いながらも、自分自身に気づくという右脳的・身体的な手法も駆使する。それにより、他者にも通ずる代表性を見出し、また、粘り強く挑戦する原動力も生み出している。

「私」「仕事」「世の中」のつながりについては、著名な心理学者のロロ・メイの1975年の言葉に集約されている。

「もしあなたがあなた自身の考えを表現せず、あなたの核からの声に耳を傾けないとすると、それは自分自身を裏切っているということだ。さらに、全体に対して果たしうる貢献ができないという意味で、あなたのコミュニティも裏切っていることになる。自分自身に中心を置くという勇気が必要で、この勇気がないと私たちは心が空っぽのように感じる。自分の中にある空っぽの気持ちが、無関心へ、さらには臆病へとつながる。だから、私たちはいつも自分の中心に対してコミットメントを持たなければいけないのだ。それ以外のコミットメントは究極的にはどれも本物、オーセンティックではない[注15]

【注】
(1)John Kania and Mark Kramer, “Collective Impact,” Stanford Social Innovation Review, Winter 2011, p.36 in pp.36-41.
(2)Teach For Americaホームページhttps://www.teachforamerica.org/what-we-do/impact
(3)日本でも2000年代に、日本でアショカのような役割を果たすNPO法人ETIC.などのサポートの下でさまざまな「社会起業」団体が生まれた。たとえば、「病児保育」という概念と新たな市場をつくり、事業展開を行うNPO法人フローレンスがその一つ。また、カンボジアの売春問題に立ち向かい、実際にコレクティブ・インパクト的なアプローチで解決に導いたNPO法人かものはし、など。
(4)Christine W. Letts, William P. RyanAllen, and S. Grossman, “Virtuous Capital: What Foundations Can Learn from Venture Capitalists,” HBR, March-April 1997.(未訳)
(5)REDFは、米The Roberts Enterprise Devel-opment Fundのことで、設立者はプライベート・エクイティ・ファンドKKRの共同創業者でもある、ジョージ R. ロバーツ氏だ。ただし、彼らの手法は普及せず、現在のSROIはロジックモデルをもとに英国で開発されたものである。
(6)(1)に同じ。
(7)Joseph L. Bradach, “Going to Scale,” Stanford Social Innovation Review, Spring 2003, p.19 in pp.19-25.
(8)Gregory Dees, Beth Battle Anderson and Jane Wei-skilllern, “Scaling Social Impact: Strategies for spreading social innovations,” Stanford Social Innovation Review, Spring 2004, pp.26-30 in pp.24-32.
(9)(7)に同じ。
(10)Leslie R. Crutchfield and Heather McLeod Grant, Forces for Good: The Six Practices of High-Impact Nonprofits, Jossey-Bass, May 2012.(邦訳『世界を変える偉大なNPOの条件』ダイヤモンド社、2012年)
(11)Paul N. Bloom and Gregory Dees, “Cultivate Your Ecosystem,” Stanford Social Innovation Review, Winter 2008, pp.47-53.
(12)システム思考でいう変化の理論はもう少し複雑だ。関心のある方は、デイヴィッド・ピーター・ストロー著『社会変革のためのシステム思考実践ガイド』(英治出版、2018年)、小田理一郎氏の「監訳者による解説」をご参照いただきたい。
(13)Juliet Barbara, “Authentic Connections and Growing Your Creative Confidence,” Forbes, September 3 2012, https://www.forbes.com/sites/julietbarbara/
2012/09/03/authentic-connections-and-growing-your-creative-confidence/#169411a13086

(14)野中郁次郎・竹内弘高『知識創造企業』東洋経済新報社、1996年。
(15)(13)に同じ。

企業が社会課題に取り組むべき2つの意義(戦略上の意義、組織上の意義)、日本が果たす役割などが示される本稿全文は、『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2019年2月号に掲載されています。

◆最新号 好評発売中◆
『コレクティブ・インパクト』
ユニリーバ、ネスレ、トヨタ……世界の名立たる企業は、社会課題の解決を通じて経済的価値を創造している。ただしこれは、企業単体でできるものではなく、政府、NPO、各種機関、地域社会との協働が欠かせない。コレクティブ・インパクトは企業にとって、新たな事業機会の発見や、イノベーションの促進につながるという利点もある。めぐりめぐって、企業と社会の利益は一致する。

【特集】コレクティブ・インパクト
◇コレクティブ・インパクト実践論(井上英之)
◇コレクティブ・インパクト を実現する5つの要素(マーク R. クラマーほか)
◇企業は利益のために そして社会のために
◇世界的金融グループが社会変革に果たした役割(ジョセフ・フーリー)
◇テクノロジーだけでは社会変革は起こせない(タルン・カナ)
◇トヨタは、生き残りを賭けて、協調し、競争する(寺師茂樹)


ご購入はこちら!
[Amazon.co.jp] [楽天ブックス] [e-hon]

EIシリーズ特設サイト誘導
Special Topics PR
DHBR Featureインタビュー」の最新記事 » Backnumber
今月のDIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー
世界のエグゼクティブが注目する話題の新シリーズEI Emotional Intelligence  知識から感情的知性の時代へ 待望の日本版創刊
定期購読
論文セレクション
DHBR2019年2月号『コレクティブ・インパクト』発売!
  • facebook
  • Twitter
  • RSS
アクセスランキング

スペシャルコンテンツ