論文セレクション

資本主義の脅威に立ち向かう
リーダーシップとは何か

ジョセフ L. バウアー ハーバード・ビジネス・スクール 名誉教授

『Harvard Business Review』を支える豪華執筆陣の中で、特に注目すべき著者を毎月1人ずつ、首都大学東京名誉教授である森本博行氏と編集部が厳選して、ご紹介します。彼らはいかにして現在の思考にたどり着いたのか。それを体系的に学ぶ機会としてご活用ください。2019年1月の注目著者は、ハーバード・ビジネス・スクール名誉教授のジョセフ L. バウアー氏です。

ジョセフ L. バウアーは
80歳のいまでも教壇に立ち続ける

 ジョセフ L. バウアー(Joseph Lyon Bower)は1938年に米国ニューヨークで生まれ、現在80歳。ハーバード・ビジネス・スクール(以下HBS)のドナルド・カーク・デイビッド記念講座名誉教授であり、1986年から1989年にはHBSの上席副学長を、1989年から1995年には博士課程の委員長を務めた。

 バウアーは、経営戦略論、組織論、リーダーシップ論の権威である。1978年にはHBSとハーバード・ケネディー・スクール(以下HKS)と合同で「幹部行政職(Senior Managers in Government)プログラム」を、さらに1995年にはHBSに「ゼネラル・マネジャー・プログラム(General Manager Program)」を創設した。また、HKSとの間でMBAとMPP(Master of Public Policy:公共政策学修士過程)の2つの修士号が修得できる「ジョイント・ディグリー・プログラム(Joint Degree Program)」の創設にも深く関わった。

 バウアーは1959年にハーバード大学を卒業するとHBSに進学し、1961年にMBA、1963年にDBAを授与された。大学卒業時には優等生(magna cum laude)として表彰され、またMBAの修了に際しては、ベイカー・スカラー(a baker scholar with high distinction)の栄誉を受けている。

 1963年、バウアーは現代の経営戦略分野に当たる コーポレート・ポリシー(Corporate Policy)の助教授として採用され、HBSのファカルティ・メンバーとなった。1968年に准教授、1971年にドナルド・カーク・デイビッド記念教授に昇任し、2007年からはベイカー財団記念教授を務めた。

 バウアーが、『Harvard Business Review(ハーバード・ビジネス・レビュー)』(以下HBR)誌に最初に寄稿した論文は、“Effective Public Management,” HBR, March-April 1977.(未訳)である。政府の行政職や弁護士など、公共セクターに関わるあらゆる職種にある者は、民間セクターのビジネスパーソンと同様なマネジメントの知識が必要であり、大学教育で実践すべきだと主張した。その内容は、HKSと合同プログラムを創設するなどの契機となった。

破壊的技術の罠と、その対処法を提言

 バウアーによる最初の代表的な著作は、1970年に上梓した、Managing the Resource Allocation Process(未訳)である。同書では、特に大企業における経営資源の配置に関する、経営者の経営判断や行動、事業計画プロセスの問題や方法を体系的に分析した。破壊的技術の出現がもたらす変化に対処すべく、資本投資の意思決定や経営資源の配置のあり方を問う内容であり、その後の一連のバウアーの研究の土台を成す内容であった。

 バウアーは、1989年から1995年にDBAプログラムの主任教授を務めていた。その期間中の1990年、のちにハーバードを代表する教育研究者の一人となる、クレイトン M. クリステンセンがDBAプログラムに入学し、バウアーが研究指導することになった。

 クリステンセンはDBAプログラムの学生としては高齢であり、すでに38歳であった。クリステンセンの入学が遅くなったのは、彼の華麗な経歴にあった。

 クリステンセンはブリガム・ヤング大学で経済学を専攻し、1975年に最優秀(summa cum laude)の成績で卒業すると、ローズ奨学生としてオックスフォード大学に留学し、応用経済学の修士号(M.Phil.)を修得した。帰国した1977年にHBSのMBAプログラムに入学し、1979年にベイカー・スカラーでHBSを修了後、ボストン コンサルティング グループ(BCG)のボストン・オフィスに入社した。その後、1982年にBCGを休職し、ホワイトハウス・フェローに就任し、スタッフ運輸相のアシスタントとなる。

 クリステンセンは、1984年にBCGを退職すると、セラミック・プロセス・システムズ(CPS)を創業し、社長兼CEOとして企業経営にたずさわることになった。ただ、その間で教育研究者になることを考えるようになり、HBSのDBAプログラムへの入学を決意したのである。

 クリステンセンが1992年、審査委員会に提出した博士論文のタイトルは、“The Innovator’s challenge: Understanding the influence of market demand processes of technology development in the rigid disk drive industry.” であった。その内容を要約して、バウアーとクリステンセンの共著としてHBR誌に掲載した論文が、“Disruptive Technologies: Catching the Wave,” with Clayton M. Christensen, HBR, January-February 1995.(邦訳「イノベーションのジレンマ」DHBR1995年7・8月号、新訳DHBR2009年4月号)である。

 同論文では、驚異的な速度で技術革新が起こったハード・ディスク・ドライブ業界を事例に、技術革新を先行して市場を支配する優良企業が、後発企業が開発した新たな技術、すなわち破壊的技術に市場を奪われることが連続で発生した状況について、その原因を探求した。

「イノベーションのジレンマ」では、技術革新を推進するイノベーターであっても、革新的技術の取り込みを躊躇するのはなぜか、破壊的技術への対処するジレンマの存在を明らかにした。破壊的技術がもたらす変化を脅威と見るか、新たなチャンスの到来と見るかによって、経営者の対処法が異なる。

 バウアーは、“Disruptive Change: When Trying Harder is Part of the Problem,” with Clark Gilbert, HBR, May 2002.(邦訳「破壊的イノベーションを事業化させる法」DHBR2002年8月号)の中で、破壊的技術がもたらす変化を脅威として見た場合、経営者はどのような行動を選択すべきか、適切な経営資源を配置はいかにあるべきかという対処法を論じた。

 有能な経営者であれば、自社の事業を防御するために、過剰とも思える積極的な行動をとりがちである。たとえば、コダックの衰退は、デジタルカメラへの技術革新に対して、収益の高い銀塩フィルム事業にこだわったことによると一般的に考えられているが、論文ではまったく異なる見解を示している。

 モトローラで成功を収め、コダックの会長兼CEOに就任した著名な経営者であるジョージ・フィッシャーは、1996年、デジタル画像技術に20億ドル以上の積極的な研究開発投資を断行し、さらに1万店以上のフィルム取次店に写真印刷端末機である「デジタル・キオスク」を導入するといった、巨額の先行投資を行った。しかし、撮像素子の解像度や画像を記録する圧縮技術の向上、画像を記録するメモリーの大容量化の実現など、その後の技術革新や、PCや家庭用プリンターの普及によって、意図して先行投資したコダックの利益基盤とは異なる方向にライフスタイルが変化してしまった、という内容であった。すなわち、破壊的な技術は社会に多面的な変化をもたらすが、それを一元的にとらえてしまったために、経営資源の配置が適切ではなかったという指摘である。

 同論文では、破壊的技術への企業経営者の対処法として、(1)分離・独立する、(2)投資は段階的に実施する、(3)外部人材を活用する、(4)新規事業部門との組織間を調整する人材を置く、(5)業務をモジュール化して統合する、(6)企業買収を検討する、が挙げられている。なお、同様のテーマで記した書籍として、From Resource Allocation to Strategy, 2006.(未訳)を上梓した。

資本主義の未来をつくる
リーダーの条件とは

 1908年に創設されたHBSは、2008年に100周年記念行事を実施することを決めた。そして、当時の学長であったジェイ・ライト(Jay Light)の提案で、次の100年を考えるうえで社会的に重要な課題について、ビジネス・リーダーとなって活躍する世界の卒業生を母校に招き議論する「100周年記念グローバル・ビジネス・サミット(Harvard Business School’s 100th anniversary Global Business Summit)」を開催することとなった。

 サミットでは、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツがキーノート・スピーカーとして招かれ、パネル・ディスカッションにはゼネラル・エレクトリックのジェフ・イメルトやeBayのメグ・ホワイトマンが参加した。また、同じく100周年記念イベントとしてテーマ別に行われた研究会(Colloquim)で、バウアーは、「資本主義の未来」を議論する研究会のリーダー(Chair)を務めた。

 バウアーがHBR誌に寄稿した、“Global Capitalism at Risk: What Are You Doing About It?” with Herman B. Leonard and Lynn S. Paine, HBR, September 2011.(邦訳「企業こそ市場資本主義の救世主である」DHBR2012年5月号)は、次の100年に向けて、現代資本主義の根幹にある市場システムの生態系を破壊する要因を多面的に明らかにした。現代資本主義に存在するさまざまな脅威にどう対処すべきかについて、産業界や政府のリーダーが分野別に議論した内容をまとめたものである。

 同論文には、社会的課題に対処するために経営資源を再配置した企業として、政府の郵便制度よりもさらに奥深い地域の村落までコミュニケーション・システムを構築した中国移動(チャイナ・モバイル)と、発展途上国が抱えるエネルギー、医療、交通などのインフラ・ニーズに効率的に対応するスマート・プラネット構想を掲げたIBMの事例を紹介している。

 筆者らは、リーダー企業が社会的な課題に注目し、それを新たなチャンスとしてとらえて経営資源の再配置をすれば、多くの課題は解決できる可能性があると言う。言い換えれば、企業が率先して市場システムの生態系を破壊する脅威を軽減させる行動をとらなければ、自分たちが基盤とする市場システムを失うことになる、と主張した。

 サミットでの研究会で検討されたの詳細な内容は、Capitalism at Risk, 2011.(邦訳『ハーバードが教える生き残る会社、消える会社』徳間書店、2013年)として上梓されている。残念なことに日本語版の書名には違和感を覚えるのだが、同書の内容を正確に表現するならば『資本主義の未来―次の100年に向けた企業の役割を考える』などが適切であろう。

「経営者の役割は、企業の株主価値の最大化である」と言われるが、短期的な利益の獲得という視点からは、企業が社会的な課題の解決に向けて経営資源の再配置することが、株主価値の最大化とは矛盾する場合も少なくない。

 経営者の役割が株主価値の最大化でなければならないとする根拠は、企業の所有者は株主であり、経営者は所有者の代理人であるとする、「エージェンシー理論」にある。バウアーは、“The Error at the Heart of Corporate Leadership,” HBR, May-June 2017.(邦訳「健全な資本主義のためのコーポレートガバナンス」DHBR2017年12月号)に置いて、エージェンシー理論が掲げる極端な株主至上主義には欠陥があると論じた。経営者は有限責任しか持たない株主の代理人ではなく、経営者の責任とはむしろ企業のそのものを中心に据えたものでなければならない。当時79歳であったバウアーは、こう主張した。

 バウアーは、企業が一様にエージェンシー理論に沿って厳格に経営されたら、目先の利益向上の強圧によって研究開発投資や人材教育への投資が絞られ、イノベーションや社会的な発展が抑えられることになると指摘する。

 その前提に立ち、「企業とは何か」という企業としての命題を提示した。企業とは、社会経済システムに組み込まれた存在であり、システムの健全性を支える役割を持ち、社会においていくつもの機能を果たしており、企業の利害と株主の利害とはおのずと異なるものである。また、企業が長期的に繁栄するためには、複雑な組織体である企業を効果的に機能させる有能な経営者の存在が必要であり、学習と適応力によって自己革新を進め、企業のさまざまな利害関係者のために価値を創造しなければならない、と主張した。

 バウアーは、ハーバード大学の学生であった1958年、同じくハーバードの学生で2歳年下のナンシー・ミルエンダー(Nancy Milender)と結婚した。ナンシーは、同大学の経済学部でリサーチ・アシスタントを務めながら、バウアーの学究生活を支え続けた。

 ナンシーは2006年の秋に66歳で亡くなったのだが、彼女との50年近くにおよぶ結婚生活の中で、妻の死はこの上なく辛い出来事であったという。バウアーは当時、HBSの100周年記念事業「資本主義の未来」研究のリーダーを務めることになり、世界の産業界のビジネスリーダーや政府関係者へのヒアリング調査などで、非常に忙しい毎日を送っていた。

 バウアーはその後、ハーバード・ロー・スクール出身で弁護士のエリザベス・ポター(Elizabeth Potter)と再婚すると、研究の活力を取り戻して、正面から現代資本主義の問題と向き合った。再婚によって2つの家族が一緒になったために、バウアーには子どもが4人、孫が8人となった。高齢で一緒になった二人の趣味は、朝のジョギングと音楽である。

 バウアーは80歳を迎えたいまでも、精力的に活動を続けている。多くの企業のコンサルタントや社外取締役を務めるほか、1867年に創設された伝統ある音楽大学ニューイングランド音楽院の理事として、長年培った経営戦略の知識を活かして、同大学の成長戦略を描くことを楽しんでいる。

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