老化に意味があるとしたら、どういうことか
――書評『若返るクラゲ 老いないネズミ 老化する人間』

ハーバード・ビジネス・レビュー編集部がおすすめの経営書を紹介する連載。第93回は理論生物学者ジョシュ・ミッテルドルフ氏、生物学者ドリオン・セーガン氏の共著『若返るクラゲ 老いないネズミ 老化する人間』を紹介する。


 人類の夢、というと、何を思い浮かべるだろう? タイムトラベルや瞬間移動はまだできないものの、宇宙旅行や会話できるロボットは既に実現の域に来ている。となると、残るは不老不死だろうか。

 グーグル創業者のラリー・ペイジ、フェースブックのマーク・ザッカーバーグ、ペイパルマフィアのピーター・ティールら、錚々たる人々がこぞって投資しているのが、エイジング研究である。老化防止研究のスタートアップを対象としたファンドがいくつも立ち上がり、また昨今注目されている「マインドフルネス」が脳の若さを保つという研究も出てくるなど、この領域に対する注目はますます高まっている。

 そもそも人はなぜ老いるのか、老いを遅らせることはできるのか。単に寿命を延ばすのではなく、単に見た目を若くキープするのではなく、心身ともに快活でいられる期間をどれぐらい延ばせるのか。

 本書は老化を「年を追うごとに死亡率が増加すること」と定義し、老化の研究の歴史をひもときながら、老いに対する疑問に立ち向かっていく。その過程で、これまで常識とされていたことが覆されていく面白さがある。

 とりわけ特徴的なのが、老化を「個体」ではなく「集団」の選択だとする点である。個体にとって老化などという不利なプログラムがなぜ未だに残されているのか。著者らは「集団にはそれ自体の生命がある」というが、その考え方は、ネオダーヴィニズムの薫陶を受けた主流派の進化論者たちからすれば、なかなか認めがたいもののようである。著者たちからすれば、彼らが個体に執着するのは、自身の属する個人競争文化による先入観が大きいのではないか、ということだが……(こうした論争の背後を窺い知れるような見解が挟みこまれてくるところも興味深い)。

 個体にとって明らかにマイナスである老化。しかし、それが人間のみならず多様な生物に見受けられるということは、老化には何かプラスの面があるということだ。たしかに、老いずなかなか死なずに滞留していけば、地球上は生物で溢れ返ってしまう。種の中で新陳代謝が促されることで、死亡率を平均化し、一度に絶滅してしまうようなリスクを低減することができるし、食物連鎖ひいては生態系を安定させることにもつながる。

 このように、老化は進化のプログラムの欠陥ではなく、コミュニティ全体にとって利益があるからこそ選択されてきた設計特性である、という指摘については、ビジネスパーソンにとっては、なぜだか実感として腹落ちするところがあるのではないか。まさに組織がそうだからだ。

 その一方で、こうした自然界の死のプログラムを打ち負かし、より長く健康的な人生を手に入れることができる可能性についても否定していない。その矛盾を認め、抱えながら、そこから生まれる問いかけもなされている。人間の寿命が延びればさらに人口が増え、地球の生態系を破壊するに至るのか。そもそも人間は特別な存在なのか。

 最後に著者は、死から逃れることはできないが、恐怖からは逃れられるだろうと述べている。恐怖は知性を持つがゆえに我々にかけられた“呪い”であり、死を意識することで崇高な努力が促されることはあっても、恐怖に追い立てられて生きることは、身体を麻痺させるだけであると。恐怖から逃れる方法は、老化の意味を考えることである。アンチエイジング薬が個の寿命を延ばすメリットがあるとして、一方で集団が生き残るために家族構成から地球環境にいたるまで、着手できるだろうことは多数ある。

 人生100年時代を迎え、高齢化社会が著しく進行する日本。個人としては、キャリアの構築や働き方を含め、いかに健康で充実した時間を過ごしていくかを考える機会が増えている。そしてそれは、組織や集団や社会にどのような影響を及ぼし、またどのようなメリットを提供しうるのだろうか。本書は今後を考える際のよいきっかけとなるだろう。

Special Topics PR
DHBRおススメ経営書」の最新記事 » Backnumber
今月のDIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー
世界のエグゼクティブが注目する話題の新シリーズEI Emotional Intelligence  知識から感情的知性の時代へ 待望の日本版創刊
定期購読
論文セレクション
DHBR2019年4月号『シニア人材を競争力に変える』発売!
  • facebook
  • Twitter
  • RSS
アクセスランキング

 

スペシャルコンテンツ