いま、なぜディープテックが注目されるのか

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「ディープテック」という言葉をご存じだろうか。もしかしたら、初めて耳にする方も多いかもしれない。その意味は「最先端の研究成果」であるが、この言葉には、人工知能(AI)やロボット、通信、半導体、宇宙・航空工学や地上の移動体、ゲノム、ライフサイエンス、素材化学など、いま最も注目される研究領域の意味合いが含まれている。実は、欧米を中心にこのディープテックが脚光を浴びている。東芝の研究者からグローバルで投資するベンチャーキャピタリストになり、日本の「眠れる研究者」を起こそうと活動する、中島徹氏がそのディープテックとは何か、そしてその最前線を明らかにする。全5回連載の第1回。

技術開発で世界をリードしたが
ビジネス競争で完敗した日本

 無線LANには、使用する帯域と周波数やアクセス制御方式によっていくつかの国際規格がある。2000年代前半、その中のメイン規格である「IEEE802.11n」の標準化に、筆者は東芝の研究者という立場で取り組んでいた。

 国際会議であるIEEE802委員会には、そうそうたる企業が参加していた。シリコンバレーの半導体スタートアップから、誰もが知る欧米の半導体大手企業、そして国内大手メーカーなどだ。彼らが互いの技術を見せながら議論を交わし、どの企業の提案を主要技術として取り上げるかを決めていった。

 ここで決まった技術が世界を制する。そのため、筆者を含めて研究開発センターの多くのメンバーが、相当の覚悟を持って会議に臨んでいた。

 当時、東芝を含めて日本の技術力が世界に劣っているということはなかった。事実、東芝の特許を主要技術の一部として規格に入れ込むことに成功した。技術開発において、日本がリードしていたとも感じていた。

 だがその後、筆者は強く落胆する。技術では日本がリードしながらも、最終的な半導体の製品に仕上げ「システムLSI(システムを1チップ上に集積したもの)」として販売することにおいて、世界に劣っていたからだ。残念ながらビジネス面で「ボロ負け」と言っても過言ではなかったのだ。

 それでは何が違ったのだろうか。

日本企業の倍のスピードで
製品を世に出す海外勢

 それは一重にスピードだった。日本企業は非常に慎重で、規格の方向性が固まるまで本格的な開発に入らなかった。例えば、無線LANにおいては、前述したIEEE802委員会で規格の文章や文言がある程度確定するまで、本格的な開発に着手しなかった。開発の後戻りが発生するのを恐れていたからだ。

 もちろん、開発が始まった後も、規格にしっかり合っているのかと、その都度確認しながら作り上げていった。そのため、時間がかかった。また、規格の文章が変わるたびに開発仕様を修正し、後戻りも発生していた。

 一方で、海外の企業は、規格の文言が策定中でも、並行して開発をスタートしていた。そして、ドラフト案であってもその規格の製品対応として出荷までしていたのだ。見切り発車のために失敗すると思われるかもしれないが、実際はそうではない。

 海外企業は、開発スピードが速い分、世の中には先にその製品が出回ることになる。規格が違うとしても既にマーケットに製品があって、それが世の中で使われているとなれば、それに続く製品もこの規格に合わせようとなるのだ。

 筆者の関わった事例では、規格文章の策定に約2年間を費やした。海外のスタートアップや海外の大企業は、規格の策定のスタートとほぼ同時に開発に入り、約1年後には製品を世に送り出していた。

 しかも、開発の速度を上げるために、ポイントとなる技術の開発に人材を集中させ、それ以外は他社の設計データを購入するなど、業務を効率化していた。ある大企業は、アメリカ・ロシア・イスラエル・EUなど複数に拠点を持ち、拠点間で連携しながら24時間態勢で開発を行っていた。

 つまり、彼らは技術開発の規格をどう作るかというよりは、規格を基にしながらも完成した製品のデファクト・スタンダードをどう取っていくのかに注力していたのである。

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