産業資本主義からデジタル資本主義へ
経営者の思考転換が求められる

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デジタル技術の進展は、企業や経営だけでなく、資本主義システムそのものにも多大な影響を与えている。野村総合研究所(NRI)では、デジタル化によって生まれつつある新たな資本主義システムを多面的に調査・分析し、書籍『デジタル資本主義』としてまとめた。同書監修者の此本臣吾NRI社長に、タイトルに付けたデジタル資本主義の意味、それが今後どのように発展していくのか、について話を聞いた(聞き手:大坪亮・DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集長、構成:奥田由意・フリーランスライター、撮影:嶺竜一)。

消費者余剰の増加、生産者余剰の縮小

――本書を著した動機は何ですか。

此本 臣吾(このもと・しんご)
野村総合研究所(NRI)代表取締役社長。1985年東京大学大学院工学系研究科機械工学科修了、同年NRI入社。グローバル製造業の戦略コンサルティングに従事。2000年産業コンサルティング部長、2004年執行役員コンサルティング第三事業本部長、2010年常務執行役員コンサルティング事業本部長、2015年代表取締役専務執行役員ビジネス部門担当。2016年より現職。

 マクロ経済の数値を見ているときに感じる、違和感がもとになっています。

 従来のGDP(国内総生産)成長率など、マクロ経済を計測する数値は、デジタル化が進行している今日の実体経済の動きを決定的に取りこぼしているのではないか、と思ったのです。

 実質GDP成長率の推移を過去数十年のスパンで見ると、中国は2000年代まで上昇しているものの、世界全体や米国、日本は低下傾向にあります。とりわけ日本の成長率は低い。リーマン・ショック前の2000~08年の平均で、世界全体のGDP成長率は3.2%、米国2.1%、中国10.7%で、日本は1.0%です。リーマン・ショック後の2008~17年の平均はさらに落ち込み、世界全体は2.5%、米国1.6%、中国8.1%で、日本は0.7%です。元米国務長官ローレンス・サマーズ氏が言うように、「長期停滞の時代に突入した」のです。

 日本では賃金の伸びも止まっています。1997年の所定内賃金水準を100とすると、アベノミクスの効果で若干の伸びが見られますが、トレンドとしては長期的に下降し、97年の水準を取り戻してはいません。ここまでは、周知のことかと思います。

 ところが、3年ごとに、NRIで実施してきた「生活者1万人アンケート」での「世間一般から見た自分の生活のレベルに対する意識」という設問では、「自分の生活レベルを中の中、中の上」と答えている人の割合が2009年以降、一貫して増え続けているのです。

 この調査はインターネット形式ではなく全数留置き形式で行っていますのでバイアスがかかっていないデータになっています。また、別の調査によれば、「インターネット上の無料のサービスで生活が便利になった」、「インターネットを使うことでお得情報を集めたり賢い消費をしたりできるようになった」、「ポイントやマイレージをためて生活の工夫をする機会が広がった」と考える人が増えており、インターネットの利用が生活の満足度を高めていることがわかりました。

 GDPなどの経済指標からみる低迷とは異なり、消費者は生活の豊かさを享受している、という調査結果なのです。国の経済はあまり成長していない、賃金も伸びない、にもかかわらず、生活レベルの実感として、低くなったとは感じていない。これはどういうことなのか。デジタル化によって、経済活動でこれまでと違った動きが拡大しているのではないか、と考えました。そこで立てた仮説が、「生産者余剰や消費者余剰の増減にヒントがあるのではないか」というものです。

――どういうことですか。

 生産者余剰や消費者余剰は、経済学で、需給曲線と供給曲線との関連で、図1のように考えられています。赤い三角形が消費者余剰、青い三角形が生産者余剰です。

 ある商品について、消費者が購入してもよいと考える価格と数量の関係を示したのが需要曲線で、生産者がつくってもよいと考える価格と数量の関係を示したのが供給曲線です。2つの線が交わった点で、市場価格と取引数量が決まります。その価格と数量の積で囲われた四角形が総取引額となりますが、そこから実際にかかった総コストを引いた青い三角形が粗利益です。こうして求める粗利益の、すべての商取引の総和がGDPとなります。

 一方、赤い三角形の消費者余剰は、消費者の主観による数値と言え、GDPには計測されません。

――この生産者余剰と消費者余剰の変化が、実体経済と人々の感覚との乖離を説明するということですか。

 デジタル化によって、消費者はインターネットで価格を比較して、もっとも安い価格でサービスや商品を購入できるようになりました。また、音楽や動画などデジタルコンテンツの複製コストは大幅に下がりました。消費者はeコマースにより、中間流通マージンを搾取されることもなくなりました。

 図2で示した通り、デジタル化で価格とコストが低下し、消費者余剰の拡大に繋がっています。この消費者余剰をNRIが計算してみると2010年以降拡大しており、GDPの8%を占めると推計されます。ただし、これは前述の通り、GDPには計上されません。

 こうしたことから、デジタル化の進展が著しい分野では、消費者余剰を考慮して経済活動を測らなければ、消費の実態を捕捉したり、豊かさを測ったりできないのではないかと思うのです。

――図2を見ると、デジタル化は、消費者の便益を増加させていますが、生産者余剰は圧迫されています。

 生産者余剰が減少すると、企業利潤を圧迫し、雇用者所得も減ります。設備投資も抑制されて、成長が鈍化するなどの副作用も大きくなります。この状態が続くと、資本主義そのものが成り立たなくなる可能性もあります。文明評論家のジェレミー・リフキンは、『限界費用ゼロ社会』で、そう主張しています。

 今日、第4次産業革命などと言われていますが、それはあくまでこれまでどおりの経済活動によって、資本主義の枠組みが維持されていると考えた上でのことです。ここまで述べてきたような構造転換が起こっているとすると、資本主義のあり方をいままでと同じと考えることに無理があるのではないでしょうか。この事態は、従来の産業革命とは次元の異なる、第1次デジタル産業革命と言うべきではないかと考えるのです。

――それがデジタル資本主義という書名の由来なのですね。

 経済活動は大きなパラダイム・シフトを迎えていると思います。これまでは生産に経済の中心がありました。それは労働力を価値の源泉として産業資本主義を成立させ、生産性の向上を図りながら、生産者の利潤を最大化するものでした。しかし、今後は、アマゾン・ドットコムやグーグル、スポーティファイといったデジタルプラットフォーマーが、リアルタイムでサービスを供給する、デジタル化された情報が価値を創造するデジタル資本主義の世界に変わるのです。

 この世界では、情報をインプットして、いかに付加価値をもたらすかという知識生産性が重要となり、利用者の満足度や効用の最大化が目指されます。

 たとえば、自動車でいうと、これまでは車を作って売るところまでが産業でしたが、今後は中国の配車サービス会社、滴滴出行などのように、モビリティサービス(交通)として考えるところが中心になってきます。そこでは自動車はサービスのための一つの手段に過ぎず、自動車というモノそのものの価値ではなく、リアルタイムで需要と供給をマッチングするサービスや、ヒストリデータを分析した交通需要の発生を予測したサービスなど、利用者に提供されるサービスの価値の方が大きな意味を持ってきます。

 つまり、製造業は、いわばアズ・ア・サービス(as a Service)へ業態を転換せざるを得ないというのがNRIの見立てです。

 同時に、経済活動は、これまでのように産業側から見るのではなく、サービスを受ける側や利用者側から見なければ、正しく捉えられなくなります。

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