論文セレクション

知的プロフェッショナルが成功する
生き方を提言する

ハーミニア・イバーラ ロンドン・ビジネス・スクール 教授

『Harvard Business Review』を支える豪華執筆陣の中で、特に注目すべき著者を毎月1人ずつ、首都大学東京名誉教授である森本博行氏と編集部が厳選して、ご紹介します。彼らはいかにして現在の思考にたどり着いたのか。それを体系的に学ぶ機会としてご活用ください。2018年10月の注目著者は、ハーバード・ビジネス・スクール、INSEADを経て、現在はロンドン・ビジネス・スクール教授を務めるハーミニア・イバーラ氏です。

幼少期にキューバから米国に渡り、
ハックマンの下で組織行動論の基礎を学ぶ

 ハーミニア・イバーラ(Herminia Ibarra)は1970年生まれ、当年48歳。ロンドン・ビジネス・スクール(LBS)のチャールズ・ハンディ記念講座教授として組織行動論を担当している。

 イバーラはキューバのハバナで生まれたが、幼少期に一家は米国に移住し、フロリダ州マイアミで育った。フロリダ州では、多くの大リーガーを輩出した野球の名門校として知られる、カトリック系のモンシニュール・エドワード・ペース高校を卒業し、その後、地元のマイアミ大学に進学した。高校の生徒のほとんどがキューバ人であったが、キューバ人女性が大学に進学することはまれであった。

 マイアミ大学では心理学を専攻し、1982年に優秀な成績(summa cum laude)で卒業した。イバーラは大学卒業を控えていたとき、学部長から大学院への進学を強く薦められると、アメリカ国立科学財団の奨学生(National Science Foundation Graduate Fellowship)として認められ、大学院に進学することを決めた。

 イバーラの大学院進学には、1つのエピソードがある。当初、社会学と心理学分野では全米大学院研究分野別ランキングで上位にあるミシガン大学[注]を希望していたが、同大学を訪問した際、ミシガン大学に滞在していたイェール大学の J. リチャード・ハックマン(のちハーバード大学心理学部教授)との偶然の出会いがあった。同教授に説得されたことで、イバーラはイェール大学に進学することになったという。

 イバーラはハックマンの下、イェール大学で組織行動論を専攻した。ハックマンは、チーム・ダイナミクスの分野における先駆的な研究者であり、同大学では、社会学、心理学、経済学、行動科学の研究者から成る学際的な研究チームを編成していた。

 ハックマンがハーバード大学に移籍してから、『Harvard Business Review(ハーバード・ビジネス・レビュー)』(以下HBR)誌に、“Why Teams Don’t Work.” HBR, May 2009.(邦訳「チームワークの嘘」DHBR2009年9月号)として、編集部によるインタビューが掲載されている。同インタビューでハックマンは、一般的な常識であるチームワークのよさを否定した。イバーラは、企業組織の現場では常識とされる通念を原点に戻って検討する姿勢を、ハックマンから学んだのではないか。

 イバーラは1984年の1年間、ベルギーのブリューセル自由大学で在外研究を続け、イェール大学ではM.Phil.とM.Aの2つの修士号を修得し、さらに1989年にはイェール大学からPh.D.を授与された。

 イバーラの博士論文のテーマは、“Centrality and Innovativeness: Effect of Social Network Position on Involvement(ソーシャル・ネットワークのポジションの求心性がイノベーションに関与する影響)”であった。今日、SNSがもたらす影響力は甚大である。1980年代においても、多様な人々がバーチャルにつながった非公式なネットワークは行政に影響を与えたが、技術革新に影響をもたらすことの意義に関する研究であった。

 イバーラはイェール大学を修了すると、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)の組織行動論の助教授に採用された。そして、1994年に准教授、さらに1998年には教授に昇任した。同氏は13年間のHBS生活を経て、2002年からフランスのINSEADに移籍し、2017年からLBSで現職に就いた。

ワーキング・アイデンティティの確立と革新

 イバーラの研究分野は、組織行動論の中でも、リーダーシップ論やキャリア開発と呼ばれる分野である。同氏の研究者としての問題意識は、大きく3つに分けられる。第1は、組織社会の中でいかにリーダーとして成長すべきか、あるいは、リーダーはどのようにリーダーとなる人材を育成すべきか、第2は、キャリア転換をいかにして成功させるべきか、そして第3は、女性リーダーはなぜ少ないのか、女性リーダーの問題とは何か、女性がリーダーとなるための要件は何か、である。

 それらに共通したコンセプトは、「ワーキング・アイデンティティ」の確立と革新である。ワーキング・アイデンティティには2つの意味がある。それは、組織社会における自分の職能の活かし方であり、また、人生を通して職業人として生きるための生き方である。

 職業人としてキャリアを歩む中では、ワーキング・アイデンティティをどのように確立し、革新すべきかが課題となる。イバーラの論文では、課題についての丹念な実証的調査を踏まえて、HBR誌が対象とする知的プロフェッショナルに対して、キャリア開発の適切なアドバイスを試みる点に特徴がある。

 イバーラがHBR誌に最初に寄稿した論文は、“Making Partner: A Mentors Guide to the Psychological Journey,” HBR, March-April, 2000.(邦訳「プロフェッショナル組織のメンター養成講座」DHBR2001年3月号)であった。

 ITを主体とする脱工業化社会が到来して、知的プロフェッショナルの多くがドットコム・ベンチャーの経営を志向するようになると、従来はプロフェッショナル組織として重要視された経営コンサルタントや投資銀行家への志望者が少なくなり、優秀な知的人材の争奪戦が繰り広げられるようになった。

 それまでの経営コンサルタント業界では、パートナーには適者生存の法則が適用され、いずれパートナーになることを夢見て、10年間の辛い下積みに耐える徒弟制度の中から、脱落することなく秀でた人材が就任した。しかし今日、状況は変化し、適者生存の法則に依存していても優秀な人材は育たなくなった。プロフェッショナル組織は、若手人材に適切なワーキング・アイデンティティを示すロールモデルを見つけ出し、自己変革を促すメンターを養成しなければならないと、イバーラは同論文で主張した。

キャリア転換を成功させるために何をすべきか

 特にキャリア転換(transition)を実行する際には、ワーキング・アイデンティティの革新(reinventing)が求められる。イバーラは、“How to Stay Stuck in the Wrong Career,” HBR, December, 2002.(邦訳「計画しても『第二のキャリア』は成功しない」DHBR2003年5月号)の中で、キャリア転換の失敗事例を紹介し、新しいアイデンティティを試行して学修する心得を提示した。

 同論文では、キャリア転換するプロセスと、そこに働く心理を解明し、内省することよりも、行動して、学修することにより、ワーキング・アイデンティティを革新する重要性を説いている。書籍としては2003年に、Working Identity: Unconventional Strategies for Reinventing Your Career(邦訳『ハーバード流キャリア・チェンジ術』翔泳社、2003年)を上梓した。

 また、“What’s Your Story?” with L. K. Lineback, HBR, January 2005.(邦訳「キャリア転換を成功させるコミュニケーション術」DHBR2005年11月号)では、キャリア転換を成功させるために、自分のキャリアを見直し、職業人としての生き方であるワーキング・アイデンティティを1つのストーリーとして、これまで人格を形成してきた経験や挑戦、乗り越えてきた試練や転機となった出来事を通して、みずからの到達点を語れなければならないと説いた。同氏は、ストーリーは、キャリアを転換する際に自分自身を動機づけると同時に、他者の協力を得ることにもつながり、成功を導くという。

リーダーに転換するための条件

 キャリア転換には、組織内での地位や責任の転換も含まれる。イバーラはINSEADで、トップ・マネジメントを目指すエクゼクティブを対象とした「リーダーシップ・トランジッション」プログラムのディレクターを務めていた。“How Leaders Create and Use Networks,” with M. Hunter, HBR, January 2007.(邦訳「人脈の戦略」DHBR2007年3月号)では、リーダーへの転換を求められるエクゼクティブにとって、戦略的ネットワークの形成が、時間をかけて取り組まなければならない最も重要な仕事の1つであることを主張している。

 同論文では、リーダーへの転換期を迎えた30人に対する追跡調査に基づき、リーダーとして成功を収めた者は戦略的ネットワークを形成し、それを活用していることを明らかにした。ネットワークには、自分自身の成長を促す人間関係の個人的なネットワークと、業務のために必要な仕事上のネットワークがあるが、戦略的ネットワークとは、異なる価値観や動機を超えて、個人目標と組織目標を同時に実現する意図を持った人間関係や情報源であり、支援や資源を互助するコラボレーションの関係でもある。

 昨今、価値観を共有する新しい形のコラボレーションが、バーチャル・チームとしてSNSやテレビ会議など、人と人、情報と情報とを緊密に結びつける技術やシステムを通じて実現されている。“Are You a Collaborative Leader?” with M. Hansen, HBR, July-August 2011.(邦訳「部門横断的に巻き込み高業績を実現する力」DHBR2012年4月号)では、高業績を導く「コラボレーション・リーダー」の条件を実証調査によって明らかにした。

 リーダーシップには、伝統的なピラミッド型組織に君臨する「コマンド・アンド・コントロール・リーダーシップ」、組織の階層構造に対する意識が希薄であり、権限が比較的平等な文鎮型組織を束ねる「コンセンサス・リーダーシップ」、クロスファンクショナルな組織横断的ネットワークを活用して創造性を発揮させる「コラボレーション・リーダーシップ」がある。

 同氏の調査によって、高業績を実現したコラボレーション・リーダーシップ・スキルは、第1に、人と人とを結びつける「コネクター」の役割を果たせること、第2に、多様な価値観を持つ人材と関係をつけられること、第3に、コラボレーションの範を示せること、第4に、ネットワークが泥沼の論争に陥らないための強力な影響力を発揮できること、であることが判明した。

 イバーラは、リーダーシップの常識に疑問を呈している。“The Authenticity Paradox,” HBR, January- February, 2015.(邦訳「『自分らしさ』が仇になる時」DHBR2016年2月号)を通して、状況に適応させながら「自分らしさ(authenticity)」を発揮できるリーダーシップ・スタイルのあり方を論じた。

 従来は、リーダーシップ・スキルを発揮するには人との触れ合いが肝要であり、リーダーとして透明性と協調性を表す「自分らしさ」を組織メンバーにさらけ出して接することで、信頼を得ることができると確信されてきた。しかし、新たな権限と責任を与えられたリーダーの場合などは、それがかえって組織としての不安な状況をつくり出し、組織メンバーの信頼を失う場合も少なくないという。

女性リーダーが抱える課題と
その解決策を明らかにする

 イバーラはまた、女性リーダーに焦点を当てた研究も行っている。同氏は女性リーダーが抱える課題について、変革のための構想力(envisioning)が欠けているのかという問題意識のもとで調査を行い、精査を試みた。その結果をまとめた論文が、“Women and the ‘Vision Thing’,” with O. Obodaru, HBR, January 2009.(邦訳「女性リーダーに唯一欠けている力」DHBR2009年3月号)である。

 既存の殻を破り、変革することがリーダーの役割の本質であれば、構想力はリーダーになるための不可欠な要件である。INSEADのエクゼクティブ・プログラムへの参加者を対象とした調査によれば、女性リーダーの構想力への評価が低かった。しかし、評価者の評価を精査すると「同僚の男性」だけが低く評価し、それが評価の全体を低下させていた。

 なぜ、そのように結果になったのか。女性リーダーは、将来ビジョンを持っていてもそれを伝えられないのか、あるいは将来ビジョンへの期待感が希薄で重要視していない可能性が考えられる。

 調査結果を見ると、女性リーダーの強みとして特に認められたのは、組織メンバーに対する気配りや配慮を示す「周りの人たちに手を差し伸べる」の項目であった。女性リーダーには構想力があるものの、組織の変革に対しては消極的になることが、女性リーダーの課題ではないか。それがイバーラの結論であった。

 イバーラはまた、論文の原題を直訳すれば「依然として男性が女性よりも昇進するのはなぜか」となる、“Why Men Still Get More Promotion Than Women,” with C. Silva, HBR, September 2010.(邦訳「メンタリングでは女性リーダーは生まれない」DHBR2011年3月号)では、企業組織に依然として男女格差が存在し、女性社員が出世できない理由を論じている。

 欧米の大企業では一般に、有能な社員や中間管理職を選別し、メンターをつけて彼らの職務能力を高め、さらに高い段階の職務に就かせるメンタリング制度を持つ企業が少なくない。イバーラは、課題を与えて職務対応を促すメンタリングには、たしかに職務能力を引き上げる効果はあるが、それが女性社員や中間管理職の昇進と結びつかない点が問題であり、女性の昇進を経営陣に促すスポンサーシップが欠如しているからだ、と主張する。

 ただし、上司である先輩男性が後輩女性をスポンサーシップすることには、下手な誤解が生じやすい。そこで同論文では、制度として、一定期間後に昇進させること目的として、周囲が応援するスポンサーシップ制度を導入すべきである、とした。

CEOランキングから考える
MBA教育の問題

 イバーラはINSEADのプロジェクトとして、カリフォルニア大学バークレー校情報学部の M. T. ハンセンと協力し、独自の評価基準で世界のCEOランキングを作成した。その結果を、“The Best CEOs in the World.” with M. Hansen and U. Peyer, HBR, January-February 2010.(邦訳「世界のCEOベスト50」DHBR2010年5月号)と、 “The Best CEOs in the World.” with M. Hansen and U. Peyer, HBR, January-February 2013.(邦訳「世界のCEOベスト100」DHBR2013年3月号)と2度にわたり発表している。

 同ランキングは、1996年以後に就任したCEOを対象としており、そこでは時価総額の変化など3つの評価指標にしている。2度のランキングではいずれも、アップルのスティーブ・ジョブズが1位となったが、その中でCEOの業績とMBAホルダーであることの相関性を検証しており、CEOがMBAホルダーである企業の業績が相対的に高いという。

 またMBAをいつ修得したかという観点から、1999年以前と2000年以降に分けて比較分析を行った。その意図は、ビジネス・スクールによるMBA教育が、2000年を境にして、ビジネス界に精通した教員による、リーダーシップを持つジェネラリストのための教養としてのカリキュラムから、経営現場を知らない専門的な研究者による、分析重視のカリキュラムへ質的に変化したという問題意識があり、どちらのMBA教育が有効かを検証することにあった。

 ただし同研究は、ビジネス・スクールの教員やカリキュラム内容の変化と、CEOが在籍したビジネス・スクールのMBA教育とを厳密に分析したものではない。そのため、同氏らによる分析結果が必ずしも正しいは言えないのだが、その時点における一応の結論として、1999年以前にMBAを修得したCEOのほうが優位性がある、という結果が導かれている。

まず行動し、あとから点と点をつないで考える

 イバーラは2015年、INSEADでの講義内容を書籍化した、Act Like a Leader, Think Like a Leader(邦訳『誰もがリーダーになれる特別授業』翔泳社、2015年)を上梓した。同氏は前述の通りキューバ出身であるが、同書の最後章では、自分自身の転機としてHBS、INSEAD、世界経済フォーラム(World Economic Forum)など、組織行動論の研究者としての能力を超える期待と、重い責任を与えられる機会に直面してきたが、点をつないで考えたとき、まず行動し、学修して、変化する、という理念を実践できたことを振り反っている。

 さらに同書の巻末では、スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で行った有名なスピーチである「点をつなぐ(Connecting the Dots)」を引用している。

 ジョブズは大学を退学したが、彼は興味のある講義を受講していた。そして、彼がカリグラフィの授業で学んだ時点で、のちのアップルが生み出すPCの魅力の1つである、多様な書体を生み出すことに活用できると想定したわけではないはずだ、とした。すなわち、人生の転機を迎えた段階で、そのつど、行動して、変化することが大切であり、過去を振り反って、それらの点をつないだとき、その行動が正しかったと理解できるはずであると、イバーラはいう。

[注]全米大学院研究分野別ランキングである、US NEWS Graduate School Rankings 2019において、ミシガン大学の大学院は社会学で1位、心理学で3位である。
 
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