生物の進化のように発想する「進化思考」

デザイン思考の限界を超えて

近年、発想法の一つとしてデザイン思考が注目されている。アイデアを発散的に出すにはよい方法であるが、実はスクリーニング機能が弱いために、最終的に実現可能なアイデアがどれぐらい残るかは疑問である。そこで本稿で提唱するのが、生物の進化プロセスにヒントを得た「進化思考」である。過酷な環境を生き延びてきた生物の世界には、系統(文脈を把握して適切な形態を選ぶ)、共生(生態系を把握し周囲と共生する)、淘汰圧(よいアイデアに絞り切るために捨てる)といったさまざまな知見がある。これらはアイデアを生成し、スクリーニングする思考プロセスに大いに活用できる。
『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2018年9月号より、1週間の期間限定で全文をお届けする。

デザイン思考に欠けている
スクリーニングの観点

 自然は40億年という長い年月をかけて3000万種類もの形態の生物を生み出し、生物は多様性のある環境を構築しながらそこに適応してきた。人間は、自身の体を進化させることができないが、代わりに道具の発明を通して環境に適応してきた。

 発明が人類にとって進化の代替行為だと考えれば、自然の形態進化のプロセスから学ぶことで、私たちは創造性を高めることができ、人間と社会の進化を加速できるのではないか。筆者はそんな仮説から、進化思考をデザインやビジネスの現場に活かすメソッドの開発に取り組んできた。

 進化思考をあらためて整理し、発表する必要があると感じた背景には、近年隆盛した「デザイン思考」の状況に対する問題意識もあった。形態は統合的な知の結晶であり、デザインから思考プロセスを学ぶというデザイン思考の基本的な視座は、一人のデザイナーとして深く共感する。ただ、現在のメソッドには、デザイナーとしてもデザイン研究者としても、本質的に欠けている点が数多く見受けられ、未完成品のように思えるのだ。

 読者の中には、高いコンサルティングフィーを払ってデザイン思考の手法を使っても質の高いアイデアが出ず、製品化につながらなかったという経験をした方も多いのではないだろうか。実際のところ、デザイン思考のワークショップから素晴らしいデザインができたという話を私もあまり聞いたことがない。

 おそらく、進化思考で言うところの「系統」(文脈を把握して適切な形態を選ぶ)、「共生」(生態系を把握し周囲と共生する)、「淘汰圧」(よいアイデアに絞り切るために捨てる)のような、アイデアをスクリーニングする思考プロセスが乏しく、反対に、多様なアイデアを生み出すための変異化の部分が強いのではないだろうか。

 つまり、アイデアを発散的に出すことはできるものの、スクリーニングが弱く、結果として最後まで生き残りうる優れたアイデアが生まれないのだろうと考察している。

 本稿で紹介する「進化思考」は、既存のデザイン思考から発展したものではない。しかし、デザイナーが考えた形態的な思考プロセスであることには間違いない。その意味では、生物学的視点を用いて、デザイン思考を根本から考え直したものととらえていただいてもいいだろう。

生物の進化をヒントに
発想力を磨き上げる

 進化思考とは、過酷な環境を生き延びてきた生物の進化のプロセスにヒントを得て、その悠久の時間をぐっと圧縮し、以下の3つの構成で発想を磨き上げていくものである。

 第1に、生物学的研究手法から関係性を学ぶ(relation)。対象となるものの進化形が生まれ、生き延びるための関係性を理解する。

 第2に、進化形の可能性に早く出会うため、生物の形態変異化から学ぶ(mutation)。突然変異を大量に生み出す発想の方法群である。

 第3に、生物の淘汰プロセスから学ぶ(selection)。過酷な環境下で生存可能性の高い種に絞り切る方法を探る。

 各プロセスの説明とともに、比較的短時間で実行可能なワークを紹介するので、実際に手を動かし、試しながら読み進んでほしい。

 まず、進化させる対象を定める

 3つのプロセスに入る前提として、まず、あなたが進化させたいと願うモノ「α」を定める必要がある。進化をより具体的に想像するためには、αは物質性のあるものが望ましい。椅子・車・家・服のような形を持った物体の場合は比較的容易に想像できるはずだ。また、学校・家族・会社のような、概念的ではあるが実際の形を伴うモノもαになりうる。

 一方、愛・美・意識・教育のような抽象度が高い概念は、形がなく定義も曖昧であるため、進化思考の対象としづらい。それでも取り上げてみたい場合は、その概念の中の具体的な要素を取り出すことを勧めている。

 たとえば、テーマが「教育」だと抽象的すぎて進化を想像しづらいが、「教室」ならば具体的に考えやすいはずだ。結果的に見えてきた教室の進化像は、教育全体の進化を考えるうえで格好の気づきを与えてくれるだろう。

 そして何より、進化させたい対象に向ける心の奥底にある願いを明確にして、これから育てる自分の子どもを決めるぐらいの情熱と意志を持ってαを定めてほしい。

 αの進化を考えるに当たっては、変異化されたαを大量に生み出し、それらの可能性をふるいにかけ、徹底的な淘汰を繰り返し、最終的に生存可能な種を見出すといった、タフなプロセスが必要となる。

 言い換えればそれは、発想者であるあなたにとって、自己肯定と否定を繰り返すプロセスとなるはずだ。そこでは、αの進化を願う強さと、αを定めた自分自身を客観視して淘汰する視点の両方が求められる。利己性を超えてαの進化を願う気持ちがあればこそ、αの進化は加速しうる。

生物学的研究手法を参考に
関係性を把握する

(1)系統的思考:進化の系譜を系統樹として描く

 チャールズ・ダーウィンが提唱した進化と種の起源の概念は、エルンスト・ヘッケルの類稀な表現力によって世界中に広まった。

 進化系統樹というビジュアル的な思考方法は、生物学に留まらず、さまざまな領域に強い影響を与えた。マインドマップもそうだが、系統樹という仕組みそのものが我々の連想的な思考プロセスに即しており、分類・体系化するうえで非常に有効なツールといえる。

 この系統的思考を使って、現在に至るまでの、形態進化の歴史を遡ってみよう。あなたが進化させたい対象「α」は、どのような進化を遂げて現在の形になったのだろうか。時系列とカテゴリーをなるべく正確に分岐させ、系統樹を描いてみると、そこから今後の可能性が浮かび上がってくるだろう。

 近年、生物の系統樹はDNA解析による分子生物学によって、生物学的に見てさらに正確な系譜が書けるようになった。しかし以前は、形態の類似性の観察から、それぞれの系統に位置付けていくのが通例であった。

 人工物の場合、生物と違って直接的な祖先を定義するのが困難であり、本当の意味での正解はない。そこで系統樹を描くに当たっては、形態の類似性によって、どのモノとモノがつながっているかを恣意的に考えるとよい。正解か不正解かは脇に置いて、あなたが自然だと思うαの進化系統樹を描いてみよう。

 たとえば自動車をαとして考えるなら、裸足→靴→車輪→馬車→自動車のように、モビリティの進化のプロセスが描けるはずだ(図表1「乗り物の進化系統樹」を参照)。またそれは、オープンカーやバス、水陸両用車など、多様性を持った種に分岐しているだろう。それらを網羅的に記述し、その分岐がいつ起こったのかの時系列も明らかにしたい。

 さらに、それらの分岐がなぜ起きたのかの「理由」を思い付く限り記述してみてほしい。あらゆるモノには、時代を超えてそのモノに込められてきた本質的な「願い」や「欲望」がある。モビリティで言えば、車輪の発明から何千年もの間、さまざまな形を通じて具現化されてきた「より速く、より大きなものを、より快適に移動したい・させたい」という基本的な欲求が浮かび上がってくるはずだ。

 また、自然と人工物の進化系統樹を対比させると、興味深い違いが観察できる。生物と違って人工物の場合、たとえば船と自動車を掛け合わせた水陸両用車など、”異種交配”が盛んに起こる。系統の異なるモノが統合されて新しい発明が生まれる事象がイノベーションであり、ジョセフ・シュンペーターの言う新結合である。人工物の系統樹においては、これらがループ状の接続という形で出現してくるので留意してほしい。

 系統樹の作成を通して、αとして体現されている人間の根源的な欲求とその系譜が明確になる。それは、時代を超えた我々の本能的な願いの集積ともいえる。その願いに見合うかどうかが、発想を適切にスクリーニングする基準となり、また新しい発想の源ともなるはずだ。

 同時に、αの進化にとって未開の地がどこにあるのかが可視化される。この図に存在していないモノこそが、新しい種となるからだ。

 新しい発明は必ずしも最先端の分岐から起こるわけではなく、たとえば電気自動車の誕生は1835年に遡る。新規性のあるモノをつくるなら、系譜の根本に近い、本質に影響を与えるところを目指すとよい。

(2)解剖的思考:要素を解剖し、各機能をとらえる

 自然の理解において、解剖は最も基本的な研究方法の一つである。医学は解剖によって人体のさまざまな器官を発見し、それぞれの機能や連関性についての理解を深め、今日のような科学的な医療行為が可能となった。リバースエンジニアリングもまさに解剖によって理解を進めるものである。

 あなたが設定したαを進化させるために、αを構成するものを一つひとつの要素に解剖し、記述してほしい。具体的な形を伴うモノであれば、部品まで解体してみる。徹底的に分解し、それぞれの要素の存在意義、役割を書き出してみると、各要素の中に、さらに細かい要素があることに気づくだろう。この作業を繰り返すことで、樹形状の分解図が描けるはずだ。

 こうして可視化された各要素の意味と関係性を観察すると、さまざまな気づきが得られる。いままで当然あるものと思っていた構成要素も、なくす方法があるかもしれない。

 また、各要素の目的を考察すれば、αを目的の集合としてとらえることもできる(図表2「スマートフォンに融合された要素」を参照)。その集合を理解することで、αへの洞察が急速に深まるはずだ。

(3)生態系思考:周囲を観察し、関連性を理解する

 自然界における食物連鎖や水の循環のように、すべてのモノは別の何かとつながっており、それらの関係性が複層的に連なって生態系を成している。生物は単体で生存できるわけではなく、この多様な生態系バランスの中で周囲の生物との共生関係を築いている。

 これは、役割分担と言い換えることもできる。たとえば、ミーアキャットはかわいらしい動物だが、穴掘り役・見張り役など、個々の個体が群れでの役割を持ち、まるで軍隊や会社のような規律に基づいて動く。役割を遂行できるよう、練習までするのだ。

 このような共生関係や協力関係は、人工物と人間環境の間でも見られる。たとえば製品には、開発者・製造者・販売者・ユーザー・アフターサポートなど多様なステークホルダーから成る生態系があり、それらの把握はαの進化に欠かせない。マイケル・ポーターが提唱したバリューチェーンや、エスノグラフィなどの調査手法、あるいはユーザードリブンのデザイン思考もまた、モノの周囲の生態系から考察する手法といえる。

 生態系に関わるステークホルダーそれぞれに、そのモノに関わる何らかの願いがあるため、特定のステークホルダーの願いだけを推し進めても共生関係を築くことはできない。ユーザーのためになる機能でも、付加するには製造現場に相当な負担がかかり、製品コストにはね返るなど、誰かが何か新しいことをやろうとすれば、どこかに影響が出てくる。

 生態系への理解なしに新しいモノをつくろうとしても、社会にうまく実装することはできない。その意味で、αの生態系をあらかじめ理解し、関わるステークホルダーの願いを擦り合わせておくことが重要となる。

 自社製品のことは熟知していると思っている企業でも、生態系を案外と把握していないことは多い。逆に言えば、その生態系の中で共生関係を持った製品を生み出すことができれば、その製品は長く存在できるだろう。

 では、あなたが進化させたいαの生態系を観察してみよう。想像できる限りそこにいるはずのステークホルダーを羅列し、それらの人々を矢印で結び、関連図を描いてみる。同時に、各ステークホルダーがどのような意図を持っているのかを忘れずに記述してもらいたい。イメージとしては、食物網の図やドラマの人物関係図などが参考になるだろう。

 少し時間を取れば、αのステークホルダーと、αに関わるそれぞれの願いを思い浮かべることができるはずだ。実際に話を聞きに行くなど、αとステークホルダーが交わる現場を踏まえて具体的に記述できるとよい。

生物の形態変異化になぞらえ
大量のアイデアを出す

 以上のプロセスを通じて、αの進化形を想定した時の生存可能性について、基本的な感覚を得られたはずだ。この感覚があって初めて、アイデアは機能する。

 次はαの進化形を無数に発想するフェーズとなる。進化思考においては、進化の過程のブレークスルーともいえる生物の突然変異に見られる現象を、発想の手法として応用する。短時間で進化の可能性を秘めた大量のアイデアを出すことができるようになるだろう。

(1)擬態的思考:擬態となる対象を探し、観察する

 周囲の生物を真似することは、生物の生存戦略において基本的な方法だ。ダリウスフクロウチョウのサナギは、猛毒を持ったガボンアダーという蛇の顔にそっくりな模様で身を守っている。カメレオンやタツノオトシゴのように、背景色に合わせて皮膚の色を変える種もいる。蝶の種類が1万7000種以上も発見されているように、骨格や構造に比べ、模様などの表面的なデザインを変えることは相対的に進化コストが低いからだろう。

 擬態の概念は、人工物の発想に応用できる。アンドロイド(人型ロボット)、アップルウォッチ(時計型コンピュータ)など、○○型と呼ばれるような製品は数限りなく存在しており、固定観念の殻を破るのに大変便利な思考である。αのありたい姿が、別の何かかもしれないと想像することで、新しいα像を想像しやすくなる。新しい発想も擬態的思考によって無数に生まれるだろう。

 擬態は、言語学で言えばメタファーである。あなたが定義したαを進化させそうな因子を持つ別の概念、「β」というメタファーを探してみよう。「畑(β)のような家族(α)」など、「βのようなα」という例え話をたくさん探してみてほしい。この時にβとなるものは、あなたが「概念的にαを進化させそう」と感じたものすべてが対象となる。

 アイデアは偶発から生まれるものだ。だからβを探す時は、頭で考えるより五感を活かしてほしい。売り場や街に出て、自然の中を歩き、視界に映った気になる対象をすべて書き出そう。1時間もあれば、100以上の候補が出てくるはずだ。そこから「αとは一見遠そうだけれど、進化の因子として何か心に引っかかるもの」を選び、それをβとする。

 αのことはいったん完全に忘れてβに向き合い、βが持っている特徴の因子を観察しよう。そのうえで、αの進化につながりそうな因子がないかを見極めていく。これを何度も繰り返すと、「βのように進化したα」というイメージがはっきりと浮かんでくるだろう。

(2)変形的思考:要素を取り出し、パラメーターを変形して、固定観念を壊す

 ダーシー・トムソンは1917年の著書『生物のかたち』の中で、多くの魚の形態は、ただ伸ばしたり膨らましたりと単純なパラメーターを変形しただけで、構造の構成は基本的に同じであると指摘した。コウモリは実は猫や馬と近縁であり、骨格を見れば、コウモリの羽根は指を伸ばして変形したものであることがわかる。おそらく構造の構成を変えるよりも、大きさや長さといったパラメーターを変えるほうが進化コストが低いのだろう。

 パラメーターの変形による形態の多様性は、生物に限らず人工物でも頻繁に見られる。食卓用の椅子を変形させてみると、縦に伸びればプールの監視員の椅子になり、横に伸びればベンチになる。ベンチの形状が膨らみ、柔らかくなればソファになるし、奥行方向も引き延ばせばベッドになる。パラメーターの変形によって、役割や機能も変化しうるのだ。

 変形的思考は固定観念を外して発想するのに役立つ。早速、あなたのαにあるパラメーターを変形させてみよう。「バカでかいα」「超軽量のα」など、大きさ・長さ・重さ・形状・量など、単純なパラメーターなら何でもかまわないので、次々と書き出してみる。そうして無数に生まれた異形のαを眺めてみると、そこには別の生存戦略を持つαが隠れているかもしれない。

 極端に変形させたαをベースとして生存戦略を組み立てられれば、それはユニークで強度のあるものとなるだろう。

(3)融合的思考:対象に何かを融合し、新しい性質を備える

 真核生物の細胞に含まれるミトコンドリアは生物のエネルギーそのものに関わる重要な器官だが、その中には細胞核とは異なるDNAが入っている。このことから、かつてミトコンドリアは別の古代生物であり、その機能が体ごと細胞の中に取り込まれてしまったといわれている。このように、まったく別のモノ同士が融合するということが、進化の過程にはしばしば見られる。

 先述の系統的思考で触れた水陸両用車(船+自動車)のように、人工物にも融合的思考の例は多い。デザインや発明だけでなく、M&Aのような組織同士の融合もまた、融合的思考の一例といえる。

 基本的には自然も人間も、新しい機能を足そうとする時は、別々の要素を組み合わせ、両者の関係を共生的な状態に持っていくのが手っ取り早いのだろう。うまくいくことばかりではないが、素晴らしい組み合わせは足し算を超え、乗算的な価値を生み出すことがある。バックミンスター・フラーは、価値の創発を生む共生系をシナジーと呼んだ。

 そこで、あなたのαに何か別のモノを融合してみよう。1分間で目に入ったものを20個挙げて、とりあえずくっつけてみるぐらいの気軽さで行うとよい。携帯電話を進化させたいのであれば、オフィスで目に入ったモノを片っ端から挙げて融合してみる。ソファ、ホワイトボード、テレビ、机と繰り返していくと、思いがけない携帯電話像が見えてくる気がしないだろうか。融合するはずがないと思っていたものとの間の交配から、αの新しい進化の可能性が生まれるはずだ。

(4)転移的思考:生存する環境を移し、別の生存戦略を取る

 生物は、自身の体をほとんど変えないまま、環境を変えて生き延びることがある。イチイヅタは観賞用水槽では一般的な美しい海藻だが、1980年代初頭、モナコの水族館のために遠方の国から運ばれてきた際、何かの拍子に廃水と一緒に海に流れ出てしまった。瞬く間に地中海に広がり、他の海藻を死滅させ、周囲の生態系に大打撃を与えたという。外来種の拡散について考えさせられる痛ましい例だが、イチイヅタの立場からすれば、生存環境を変えて大成功したことになる。

 人工物でも、別の場所に生息して生き残るような例は頻繁に起きている。たとえば、書道用筆の生産量で日本国内シェアの8割を誇る広島県の熊野筆は、毛筆を使う人口が日に日に減っていく中で、化粧用筆や洋画用筆への水平転用によって生き残った。いまやハリウッドのメイクアップアーティストがこぞって使用する、化粧筆のトップブランドだ。

 あなたのαを考える時、ぜひ試してほしいのが、転移先のイメージが浮かぶ造語を考えることだ。「青空教室」(青空の下に転移した教室)、「ビアガーデン」(庭に転移した居酒屋)のように、転移先の固有性を含んだ名称が頭に浮かべば、最終的なイメージにぐっと近づくだろう。現在の生息域ではない場所で、そのモノの可能性を花開かせることができないか、考えてみてほしい。

生物の淘汰プロセスから
スクリーニングを学ぶ

 無数にアイデアを出すと同時に必要なのは、そこで生まれる突然変異たちを淘汰する明確な基準である。生物と同じく過酷な環境での選択があってこそ、強度を持ったアイデアとなる。その意味では、最も重要なプロセスと言ってよい。

 筆者は常々思うのだが、ほとんどの人はプロセスを教えればアイデアを出すことはできる。ただ、多くの人が序盤で出したアイデアにこだわったり、可能性を秘めた候補を出し切らないうちに満足してしまったりする。また、市場など生存環境への理解が足りない、他人に意見を否定されることを恐れるなど、スクリーニングが甘いために結果として優れたアイデアとならないことも多い。

 一般的な感情として、自分の出したアイデアが他の人の意見によって淘汰されれば痛みを感じる。だからこそ、淘汰の基準やルールは明快でなければいけない。できれば、発想した本人の手で淘汰するのが望ましい。

 また、痛みが伴うからこそ、手遅れにならない序盤の段階で行う必要がある。数年かけたアイデアが商品化に失敗したとなれば、精神的な痛みだけでは済まないからだ。

 以下に淘汰の仕組みを紹介するが、理解するうえでカギとなるキーワードは、「美」と「共生」である。

(1)単純化:関係性をキープしたまま、形態的な要素を徹底的に削減する

 川の中の石が水流に洗われて丸くなるように、すべての生物の形態進化は、時間の流れの中でたえず、数を減らす負圧がかかり続けている。周囲の環境との良好な関係性を保てるよう、単純化、最適化する。生まれた時には約270個ある人間の骨も、成人する頃になると約206個に減っていく。

 なるべく少ない構成要素に絞り込み、構造を単純化することで、生物はより少ないエネルギーで動けるようになり、強い剛性を持つことができる。興味深いのは、負圧を与えられた後に残る徹底的に絞られた自然の形態と、我々の美に対する感覚が符合することである。無駄の多い形態を目にした時、なぜかそれを美しいとは思わないのだ。

 たとえば、多くの生物は対称性を持っている。放散虫のような単純生物であればかなり美しい純粋幾何学的な点対称をしている場合もあるし、人間のような複雑な生物になっても面対称を維持している。これもまた、少ない要素でいかに多くのことを成し遂げ、周囲との関係性を築くかという意味で、重要な役割を果たしているのだろう。

 また、人工物と自然物を見比べてみると、自然物のほうがはるかに形態的に洗練されていることがわかる(図表3「扇風機とオリーブの解剖」を参照)。

「人に風を送る」という単純な機能を持つ扇風機には100種類以上の部品があるのに対し、はるかに複雑な機能を持つオリーブの木には葉・幹枝・根・種の4つの要素しかなく、細胞という単位で見れば、ほぼ一種類の同じ部品の集合である。

 筆者はよいデザインについて、要素が少なく、かつ周囲との関係が多いものと定義している。新しい関係性を取り入れようとすると要素が増えてしまいがちだが、いかに少ない造形や要素で成立させるか、すなわち要素を淘汰する技術がデザインという仕事の肝である。よりシンプルな構成を追求していくと、モノはおのずと美しくなるからだ。

 あなたのアイデアは、十分に要素が絞り込まれているだろうか。最小限まで要素を減らすことはできないだろうか。先述の解剖的思考で分解した要素を確認しながら、減らせるものはないかを徹底的に考察しよう。

(2)競争:生態系の競争原理を理解し、淘汰圧に負けないものに磨き上げる

 生物はより生存可能性の高い種を残すために、同じ種の中にもかかわらず、より優勢な遺伝子を残すための競争がある。ただし、その競争原理は多種多様で、より上手に鳴くウグイスや、より美しい羽を持つ孔雀が選ばれるように、他の生物にとってはあまり意味のない価値軸が設定されることもある。

 生物に限らず、人工物もまた、常に市場やユーザーの判断という競争原理にさらされている。そして多くの場合、評価のポイントは理不尽なまでに単純化されている。同じ食材でできたラーメンでも、ある店では客が行列を成し、ある店では閑古鳥が鳴く。100円の腕時計が、1億円の腕時計より正確かつ軽量である場合もある。このように、差を生み出している価値軸が、不条理なほど実際の生存や用途と離れていることがある。

 なぜ、そのような違いが生じるのだろうか。人間は、微差を繰り返し比較することで、それを大差として認識するようになる。つまり、小さな差を分ける価値軸が何であるかを的確にとらえることが重要なのだ。さらに言えば、価値軸は「美」と深い関係があることが多い。

 そのためにはまず、勝者をしっかりと観察する必要がある。トップクオリティのモノと通常のモノを比較し、価値軸として認識されている因子をあらためて定義してみてほしい。それらを一つの要素当たり20文字以内で記述してみよう。競争を整理することで、まずルールを理解する。そのルールをハッキングできれば、世の中に望まれるモノを設計できるようになるだろう。

 あなたが考えたアイデアは、これから挑む競争環境の価値軸においてトップクオリティに勝てるだろうか。あるいは勝負できる環境に競争の舞台を移すことができるだろうか。

(3)新規性:既存の生態系で新しいポジションを築ける新種となれるかを判断する

 突然変異が生まれた時、その種が同じ環境に属する既存の生物と違う生存戦略を取れるかどうかが、生き残りのカギを握る。単純競争に巻き込まれると新種の勝ち目は薄い。だからこそ生存戦略の新規性が重要になる。

 あなたが考える対象にすでに競合がいる場合、単純競争に打ち勝てる価値を提供すべきである。それが難しい場合には、転移的思考を応用して別の競争環境に移行し、そこで新規性を獲得できないかどうかを考えてみてほしい。

 競争を逃れるために環境を変えることは、恥ずかしいことでも何でもない。かつて灰色オオカミとコヨーテが森の生態系の中で争った時、より強い灰色オオカミが森を支配し、コヨーテは追い出された。しかしコヨーテは適応力を高め、草原で生きるようになった。その後、人間が森を破壊し、灰色オオカミは絶滅の危機にさらされたが、コヨーテは人里近くで繁殖し、たくましく生き残っている。

 W. チャン・キムとレネ・モボルニュの提唱するブルー・オーシャン戦略はまさに海の生態系をメタファーとしており、進化思考の観点から見ても適切な例えだと思う。製品も生物同様、レッド・オーシャンを避け、新規性を獲得できるブルー・オーシャンを見出せるかどうかが成否を左右するからだ。

 あなたのアイデアもまた、競争環境において十分な新規性を持っているかどうかが問われる。このプロセスでは、系統的思考で考察した現在までの系譜がヒントとなる。作成した系統図の中で、十分な新規性がある場所を探してみるとよいだろう。

(4)代謝:適切な自浄作用を働かせ、老廃物を排出し、新しい生を享受する

 すべての生物は、生まれたらいつか必ず死に至る。遺伝子を未来永劫に残したいのであれば、寿命は限りなく長いほうがよいように思えるが、そうなっていないのは、代謝という能力もまた進化に必要なものだからであろう。個体の代謝に並行するように、群れのリーダーも定期的に更新されるよう設計されている。こういった代謝作用は、ミクロで見れば細胞単位でも常に起きている。

 人間の競争環境においても代謝の必要性は変わらない。どんなにうまくいっている仕組みでも寿命や耐用年数はあり、適切に更新を繰り返す自浄作用がなければいつか崩壊する。変わり続ける環境に適応するためには、形態やステークホルダーが適切なタイミングで代謝されなければならない。

 あなたが生み出すモノ、あるいは進化させようとしているモノには、適切な代謝能力が備わっているだろうか。もし、代謝能力が弱い場合は、どのような仕組みによって自浄作用を発揮できるようになるだろうか。

(5)共生:αの永続がその生態系の維持に役立つ共生性を備える

 自然界の適者生存のシステムにおいては、ある種があまりにも強く繁殖した場合、その種に対する寄生者が出現して数を抑制したり、あるいはその種が捕食対象を食らい尽くして絶滅したりすることがある。もちろん弱すぎては生き残れないが、強すぎても生存可能な環境を自分で破壊してしまうのだ。

 結局のところ、長い時間で見れば、その環境の他の生物や、環境の多様性に貢献する共生関係を築いた生物が生き残る。逆に、このような共生関係を築けない生物は、時間をかけて淘汰されていく。人間は間違いなく現代最強の生物だが、十分な共生関係を築けているとはとうていいえない。このことが大きなリスクとなる日は、もうそこまで来ているのかもしれない。

 最も観察しやすい共生のあり方は、一個体と一個体同士の共生である。『ファインディング・ニモ』でもお馴染みのクマノミとイソギンチャクのように、クマノミは毒性のあるイソギンチャクの中に隠れることで捕食者の攻撃をかわし、イソギンチャクはクマノミに天敵である寄生虫を食べてもらうという、Win-Winの関係性である。

 さらに大きな視点でとらえれば、食物連鎖に属しているすべての生物が、複雑に絡み合った生態系を築き、共生関係を築いている。多様性を持つことによって、環境が変化したとしても、個体差のバランスを変えながら全体が守られるようになっているのだ。単純なWin-Winを超えた関係性である。

 事業やアイデア、あるいはデザインもまた、その発想が利己的であるだけでなく、共生関係を設計できるかどうかによって求心力が変わってくる。周囲からの支援が得られるほど、その発想の継続性も高まることになる。

 日本は世界の中でも企業寿命が長いといわれている。たとえば宮大工の金剛組は、世界最古の企業として有名だ。三方良しという言葉があるように、自分と取引先だけでなく、周囲の環境や社会全体に思いを致す哲学があるからだろう。近年は、SDGs(国連の持続可能な開発目標)などによって社会共生的なミッションを取り入れた企業経営の必要性が訴えられているが、このような動きは企業の永続性を高めるものになると考えられる。

 あなたの考えるモノは、社会との共生を考慮しているだろうか。このプロセスを判断するためには、生態系思考でまとめたステークホルダーの関係図をぜひ活かしてほしい。いったいその発想が、誰の役に立つのか。どんなステークホルダーと共生できるものなのか。最低でも2種類以上のステークホルダーとの共生関係が想像できるかどうかを、一つの基準として考えてみてほしい。

*   *   *

 以上のプロセスを繰り返すことで、生物の進化で長い時間をかけて起きた淘汰と選択を短時間のうちに起こし、アイデアを鍛えることができる。

 進化思考の一部分を切り出してみれば、既存の哲学や思考法と相通じるものがあるだろう。人が何かを発想し、社会に伝播していく背景には、種の進化を生み出す本能的なプロセスが暗黙的に、あるいは集合知的に働いているはずだからだ。ただ、一連のプロセスが形式知化されることで、これまで天才の技と思われていた発想の知が、多くの人にとって実現可能な技術となれば幸いである。

 何より、進化思考のベースとなる他者との共生を俯瞰し関係性を把握する生態系思考のプロセスや、過去の系譜を理解し未来を描こうとする系統的思考のプロセスは、持続可能な技術や発明を生み出すはずだ。それが人と地球の共生に役立つと信じている。

 

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