論文セレクション

創造性を導くリーダーシップ、
その源泉を解き明かす

リンダ A. ヒル ハーバード・ビジネス・スクール 教授

『Harvard Business Review』を支える豪華執筆陣の中で、特に注目すべき著者を毎月1人ずつ、首都大学東京名誉教授である森本博行氏と編集部が厳選して、ご紹介します。彼らはいかにして現在の思考にたどり着いたのか。それを体系的に学ぶ機会としてご活用ください。2018年8月の注目著者は、ハーバード・ビジネス・スクール教授のリンダ A. ヒル氏です。

統率を重んじる
軍人の家庭に育つ

 リンダ A. ヒル(Linda Annette Hill)は1956年生まれ、当年62歳。ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)の組織行動ユニットに所属し、ウォレス・ブリッツ・ドーナム記念教授である。ヒルは、イノベーションを導くリーダーシップと人材マネジメントを専門分野とし、MBAプログラムや上級幹部研修プログラムのリーダーシップ講座、調査研究チームであるリーダーシップ・イニシアティブの主任を務めている。

 ヒルの父親であるクリフォード・ヒル・シニアは米軍医療部隊の幹部将校を務めており、父の異動に伴い、ヒル一家は米国国内各地や、米軍が駐留するドイツなどを転々とした。ヒル自身の変化を見ると、幼稚園はケンタッキー、小学校1年生はウエスト・バージニア、2年生はケンタッキーといったように、父の勤務地が変わるつど転校を余儀なくされたので、生活環境の変化に対する忍耐力や順応性が養われていった。

 ベトナム戦争時には父がタイに赴任することになると、家族とともにタイの基地内の官舎に住み、基地内のアメリカン・スクールに通った。タイは米国空軍機の発信基地であり、また、ベトナムの前線で活動する医療部隊の後方支援拠点でもあり、多くの傷病者を受け入れていた。

 その後、ヒルがアメリカン・スクール11年生のとき、東部の名門女子大学であるブリンマー・カレッジに入学を認められた。ブリンマー・カレッジは、津田塾の創設者である津田梅子が在籍した大学であり、HBSの教授として著名なロザベス・モス・カンターも同大学で心理学と社会学を学んだ。

 ヒルは、1977年からブリンマー・カレッジで心理学を専攻し、優秀な成績(summa cum laude)を収めて卒業したのち、シカゴ大学の修士課程に進学した。同大学では教育心理学を専攻し、さらに同大学博士課程で行動科学を研究すると、1982年にPh.D.を授与された。修了後は、HBSのポスドク・プログラムの研究員(Research Fellow)となり、1984年に同校の組織行動論および人的資源管理の助教授として採用された。

 当時、HBSのファカルティには182人の教員が在籍していたが、黒人の教員はヒルが6人目であり、女性の黒人教員としては2人目であった。そして、1991年に准教授、1995年には正教授に昇任し、1997年、ウォレス・ブリッツ・ドーナム記念経営管理講座教授に就任した。

ジョン P. コッターと出会いが
ヒルのリーダーシップ研究の原点に

 ヒルがリーダーシップに関する問題意識を持つことになったのには、ジョン P. コッターとの出会いがあった。

 ジョン P. コッターは1983年、アブラハム・ザレズニックの後任として、HBSの松下幸之助記念リーダーシップ講座の教授に就任した。コッターは、MBAプログラムで担当していた“Power and Influence”(権力と影響力)の講座に、心理学分野の教員を新たに巻き込むことで、その内容をさらに充実させたいと考えていた。

 ヒルは当時、HBSのポスドク・プログラムで行動科学の研究員を務めながら、母校のシカゴ大学でも行動科学の研究を続け、ボストンとシカゴを往復する研究生活を送っていた。そうしたなか、ヒルをコッターに推薦する人物がおり、二人は初めて顔を合わせることとなった。

 コッターはヒルとの初対面の印象ついて、“She did not have teaching experience that was close to what we do, but she had tremendous potential.” と振り返っている。彼女のはっきりとした物言い(assertiveness)と積極性があれば、教育経験は乏しくても、講座を必ず期待通り充実させることを予感したと、のちに述べている。

 コッターの調査研究手法は、論文執筆の事例調査に時間をかけることが特徴で、当事者のマネジャーだけでなく、その上司や部下に360度評価のようにインタビュー行うことから問題点を抽出し、解決策を見出していた。たとえば、ヒルが「権力と影響力」の講座で講義する際に影響を受けた論文の一つである、“Power, Dependence, and Management,” HBR, July 1977.(邦訳「権力と影響力」DHBR2008年2月号)は、コッター率いるHBSの調査チームによって、大企業、中小企業、さらには公営企業など26組織250人のマネジャーに対するインタビュー調査結果に基づき執筆された。

 ヒルはこれまでに多くの論文や書籍を書き上げているが、コッター同様、丹念に時間かけた調査研究手法を踏襲している。1992年、自身の処女作となる、 Becoming a Manager : Mastery of a New Identity. を上梓したが、同書の制作にはコッターの研究手法を取り入れ、時間をかけて多くのマネジャーにインタビュー調査を行った。そして、そこから得た知見に基づき、マネジャーが1年目に遭遇した苦労や試練を振り返り、マネジャーが率直に語り合うようなイメージで執筆したという。

 2003年には、第2版となる、Becoming a Manager: How New Manager Master the Challenges of Leadership. を上梓している。同書の執筆に当たっては、19人の新任マネジャーを1年間にわたり調査し、その間に得た経験をどのように考えるか、幻想と現実の違いを明らかにしたうえで、新任マネジャーが抱える課題にも言及した。その課題とは、組織内政治に対処しながら、同僚や上司への影響力をいかに発揮すべきか、変化の激しい事業環境の中でどのようにチームを率いていくべきか、そして、マネジャーとしてどのような人生を築いていくべきか、である。これらは、MBAプログラムのリーダーシップ講座で学生に考えさせる課題でもあった。

 ヒルが『Harvard Business Review(ハーバード・ビジネス・レビュー)』(以下HBR)誌に寄稿した“Becoming the Boss,” HBR, January 2011.(邦訳「新任マネジャーはなぜつまずいてしまうのか」DHBR2007年3月号)では、“Manager”(マネジャー)ではなくあえて“Boss”(ボス)と「権力者」をイメージさせる表現を用いている。その目的は「自分は権力者になった」という新任マネジャーにありがちな幻想と誤解を明らかにして、権限によって統制するという幻想を捨て、部下と相互依存関係であると自覚することで、チーム全体の調和をはかるように自己変革する必要性を提言するためであった。

 ちなみにコッターは、部下の立場でボスの影響力や関係をいかにコントロールするかという視点から“Boss Management” を提唱し、“Managing Your Boss,” HBR, July 1980.(邦訳「上司をマネジメントする」DHBR1980年6月号初出、DHBR2010年5月号新訳)を寄稿した。本稿は1980年度のマッキンゼー賞を受賞している。ヒルが論文タイトルで“Boss”を使用したのは、コッターの影響を受けたのではないか。

 ヒルはその後、実務経験者であるケント・ラインバックとの共著、Being the Boss, 2011.(邦訳『ハーバード流 ボス養成講座』日本経済新聞出版社、2012年)を上梓している。同書では、ある大手の出版社に勤務し、マネジャーとして新たな職務を与えられたジェイソン・ヘンダーソンという架空の人物を設定した。そして、彼の行動の問題点を指摘しながら、自己研鑽による変革プロセスの必要性を論じるため、マネジャーの要件である「自分自身のマネジメント」「人的ネットワークのマネジメント」「チームのマネジメント」という3つ課題を示した。

 さらにHBR誌に寄稿した、“Are You A Good Boss-Or a Great One?” HBR, January 2011.(邦訳「リーダーの成長が止まる時」DHBR2011年9月号)では、『ハーバード流 ボス養成講座』に登場したヘンダーソンが、仕事に抱いている漠とした不安を描くところからストーリーが始まる。彼に不安をもたらす原因は、マネジメントの熟練度が年を経て増したことで、現状に甘んじて自己研鑽を止めてしまったことによる。そこで、マネジャーの3つの課題に立ち帰って自己評価する必要があるとし、そのための自己評価シートを提示している。

不確実性の高い事業環境において
リーダーには何が求められるのか

 理想のリーダー像を論じるうえでは、リーダーとマネジャーを同一視すべきではないという主張がある。たとえば、1977年度のマッキンゼー賞を受賞したアブラハム・ザレズニックによる論文、“Managers and Leader: Are They Different?” HBR, January 1977.(邦訳「マネジャーとリーダー:その似て非なる役割」DHBR2008年2月号)では、仕事観、人とのつきあい方、人格の違いなどがあるにもかかわらず、期待される役割も育成方法も区別されていない問題点に関して、実証研究を通じて指摘している。

 コッターは、“What Leaders Really Do,” HBR, May-June 1990.(邦訳「リーダーシップとマネジメントの違い」DHBR1990年9月号初出、DHBR2011年9月号新訳)において、マネジャーとリーダーの両方をこなせる人物はいないという前提に立ち、マネジメントの役割とは日常の複雑な状況に対処することであり、リーダーシップの役割は変化に対処することであるとした。

 これに対してヒルは、事業環境の急速な変化に向き合う21世紀のマネジャーは、リーダーとして変化に対処することも必要である、という立場に立ち、リーダーシップとマネジメントを区別していない。今後の半世紀でリーダーシップの性格がどのように変わるのか。ヒルが考える未来のリーダー像が語られたインタビューが、“Where Will Find Tomorrow’s Leaders?” HBR, January 2008.(邦訳「未来のリーダーシップ」DHBR2009年2月号)である。

 ヒルは、国によってリーダーに何を期待するかは異なるが、南アフリカやインドのような新興国では、先進国では思いつかないようなリーダーシップが生まれていると指摘した。また、これからのリーダーに必要な資質を論じており、すでに生じている変化として、組織間の相互依存性が高いビジネス・エコシステムのような組織の多様性を挙げたうえで、これからのリーダーは誰でも受け入れる協働的なスタイルを身につけ、「背後から指揮するリーダーシップ」が求められるという。

 さらに、不確実性の高い状況における変化への対処やイノベーションの創出に対して、一人の天才の出現に頼るのではなく、さまざまなグループに所属する創造的なリーダーの英知を集合的に活用するプロセスが必要であり、そのための「集合天才(Collective Genius)のリーダーシップ」が求められるとした。“Collective Genius,” with Greg Brandeau, Emily Truelove, and Kent Lineback, HBR, May 2014.(邦訳「グーグルを成功に導いた『集合天才』のリーダーシップ」DHBR2015年5月号)では、グーグルとフォルクス・ワーゲンの事例を紹介し、イノベーションを生み出すリーダーシップのあり方を具体的に説明している。

 イノベーションの創出に向けて、集合的に英知を結集させる集合天才のリーダーシップには共同体意識の醸成が必要であるとし、協働を引き出すための3つの発見主導型の仕組みとして、対話や議論を通じてアイデアを生み出す「創造的摩擦」、迅速に対応して実験的に進める「創造的敏捷性」、そして、ときに正反対のアイデアをも組み合わせる意思決定の能力である「創造的決断」が必要であると論じた(下図参照)。

図:集合天才のリーダーシップに必要な能力

 次世代のリーダーシップは、壮大なイノベーションのビジョンを掲げて、それに向けて変革を促し、組織メンバーを鼓舞しながら推進する役割ではなく、組織メンバーがイノベーションを起こす舞台となる環境をつくり出すことにある。その考え方をまとめた共著として、ヒルは、Collective Genius, 2014.(邦訳『ハーバード流 逆転のリーダーシップ』日本経済新聞出版社、2015年)を上梓した。

グローバル化が進む社会を勝ち抜く
リーダーの条件を探る

 国境を超えた激しい競争にさらされている現代、従来の競争構造を変革するようなビジネス・モデルを創出する人材が求められている。企業にとっては、ハイ・ポテンシャルを有する、有能なリーダーになる可能性を持つ人材をどう見極め、どのように育成すべきかという、人材戦略が課題であると言える。

 ヒルは、“Building a Game-Changing Talent Strategy,” HBR, January 2014.(邦訳「組織の一体感と個人の成長を両立させる法」DHBR2014年1月号)において、世界有数の資産運用会社であるブラックロックを事例に、企業の成長と社員の成長を実現する人材戦略の要諦を述べた。

 これは社員の視点で考えると、ハイ・ポテンシャル人材として人事部のファイルにリストアップされることが、将来的にマネジャーとして出世する可能性が広がることを意味する。すなわち、企業が一般的に、ハイ・ポテンシャル人材にどのような資質を求めているのかを知ることが重要である。

 そこでヒルは、“Are You a High Potential?” HBR, June 2010.(邦訳「あなたは企業に選ばれた存在か」DHBR2010年12月号)で、世界45の企業を対象とした、ハイ・ポテンシャル人材をどのように特定し、育成するかに関する調査結果に基づき、その人材像を明らかにした。

 調査対象になった企業のほとんどは、意図的にハイ・ポテンシャル人材をリスト・アップしていた。その際の基本的な要素として、第1に、職場で周囲から信頼される方法で優れた業績を上げていること、第2に、新たな専門知識を身につけることを心がけていること、第3に、行動を重視していることの3つを挙げている。

 ただし、これら3要素の条件を満たすだけでは、きわめて優等生的な人材の恐れがあった。そこでヒルは「Xファクター」と呼ばれる要素が重要であると指摘した。Xファクターとは、勤務評価に現れない性格や意思であり、具体的には「人より秀でたいという欲求」「学習意欲とその実践力」「進取の気性」「状況を素早く読み解く感知力」である。

 また昨今、多くの企業が著しい成長を示す新興国市場に進出しているが、新興国市場の最適な人材確保が喫緊の課題となっている。その成功を左右する要因の一つは、リーダーとなる優秀な現地人材を獲得できるかどうかである。

 新興国市場の優秀な人材は、どのような企業を好むのか。この点に関して、ヒルは、“Winning the Race for Talent in Emerging Markets,” with Douglas A. Ready, and Jay A. Conger, HBR, November 2008.(邦訳「新興国の人材争奪戦に勝つ」DHBR2009年4月号)を寄稿し、新興国企業20余社の調査結果に基づき、新興国市場で好まれる企業の特徴を抽出した。

 ヒルの当初の調査目的は、企業にとって「新興国市場で成敗を分ける要因は何か」を突き止めることであった。その結果、優秀なマネジメント人材の確保こそが重要であるという結論を得るに至る。具体的には、新興国の優秀な現地人材は、卓越したブランド、企業成長の明確な目的、キャリア・パスを駆け上がることのできるチャンス、実力主義と透明性が保証された企業文化といった4項目の要素が備わった企業での勤務を望んでいるので、そのための人事制度を整えることが人材マネジメントのカギとなると指摘した。

 ヒルはさらに、 “The Board’s New Innovation Imperative,” HBR, October 2017.(邦訳「取締役会の新たな役割:イノベーションを統治する」DHBR2018年4月号)において、経営層のあるべきリーダーシップにも言及している。

 同論文では、取締役会に求められる役割の変化について、フォーチュン500企業のCEOと社外取締役に関する調査を行った。従来の取締役会の役割は、経営陣によるビジョンと戦略の売り込みに対して、堅実かつ慎重な立場から経営陣にリスクの低減を求めながら、それを追認することであった。だが、現代の取締役会には、企業の現状を打破するような、イノベ―ション創出の議論の場になることが求められている実態を報告し、そのために取締役会を改善するうえで4つのポイントを指摘した。

 4つの改善点とは、第1に、取締役に経営陣の専門知識を別な角度から補う多様なメンバーを選出すること、第2に、徹底的な議論をいとわない創造的摩擦にあえて取り組むこと、第3に、取締役会は経営陣とイノベーション戦略の責任を共有するパートナーシップを築くこと、第4に、イノベーションへの取り組みに対するリスクと挫折を受け入れる企業文化を醸成すること、である。取締役会が、イノベーション戦略のような経営陣の役割に介入することは容易ではないが、彼らの役割に変化が期待されていることは事実である。

 ヒルは、リーダーシップのあり方は父から学んだと振り返っている。前述の通り、ヒルは、幼少期から高校時代までを、東西冷戦やベトナム戦争が続くなかで緊張した雰囲気に包まれていた、米軍基地内で過ごした。父は中佐を最後に退役したが、軍病院の経営管理や医療部隊を率いた豊富な経験を持っていた。リーダーの役割の核心とは、統率すること以上に、部下に対する誠実さや心遣いを示すことである。それを教えてくれたのは父であると、『ハーバード流 ボス養成講座』の謝辞で述べている。

 コッターは、ポスドクの行動科学の研究者であったヒルに初めて会ったとき、その堅実な性格から、有能な教育研究者になることを予感した。そして、コッターが期待した通り、ヒルはリーダーシップ研究に新風を吹き込んだ。

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