論文セレクション

組織のリーダーとして成功を収めるには
EQ(こころの知能指数)が不可欠である

ダニエル・ゴールマン 心理学者

『Harvard Business Review』を支える豪華執筆陣の中で、特に注目すべき著者を毎月1人ずつ、首都大学東京名誉教授である森本博行氏と編集部が厳選して、ご紹介します。彼らはいかにして現在の思考にたどり着いたのか。それを体系的に学ぶ機会としてご活用ください。2018年7月の注目著者は、世界的ベストセラー『EQ こころの知能指数』の著者であり、心理学者のダニエル・ゴールマン氏です。

ニューヨーク・タイムズの元科学記者で
世界的ベストセラーを執筆した心理学者

 ダニエル・ゴールマン(Daniel Goleman)は、1946年、米国カリフォルニア州ストックトンで生まれた。当年72歳である。永年、EQ(Emotional Intelligence:こころの知能指数)を提唱してきた心理学者であり、ラトガーズ大学コンソーシアム・フォー・リサーチ・オン・エモーショナル・インテリジェンス・イン・オーガニゼーションズの共同会長を務める。

 ゴールマンは、アルフレッド・スローン財団の奨学金を得て、マサチューセッツ州の名門大学アマースト大学に進学した。同校は、同志社大学の創立者である新島襄が学んだ大学である。ゴールマンはそこで人類学を専攻し、1968年に優秀な成績(magna cum laude)で卒業した。その後、フォード財団の奨学金を得てハーバード大学の大学院に進学すると、心理学研究者として著名なデイビッド C. マクレランド教授のもとで臨床心理学を研究し、1974年にPh. D. を授与された。

 その間、ゴールマンはインドに滞在して、アジアの精神的修養である「瞑想」について研究した。Ph. D. 取得後もソーシャル・サイエンス・カウンシルのポスドク・プログラムでインドとスリランカに滞在して瞑想の研究を続けた。最初の著作となる、The Varieties of Meditative Experience, 1977.(republished in 1988 as “The Meditative Mind”)は、そのときの研究をもとに執筆したものであった。

 米国に帰国したゴールマンは、ハーバード大学の非常勤講師として教鞭を執る傍ら、マクレランドの推薦を得て、心理学の専門誌『Psychology Today(サイコロジー・トゥデイ)』誌のシニア・エディターを9年間務めた。その間の業績が認められたことでニューヨーク・タイムズからの誘いを受け、1984年より、同社科学部のジャーナリストとして行動心理学と脳神経科学に関する解説記事を担当した。1996年に退職するまでの12年間の記者生活の中で、ゴールマンは2度、ピューリッツァー賞の候補者となっている。

 ゴールマンはジャーナリストとして活躍しながら、1995年、Emotional Intelligence.(邦訳『EQ こころの知能指数』講談社、1996年)を上梓した。同書はその後、全世界で500万部、日本でも80万部の販売部数を記録する大ベストセラーとなった。

EQ(こころの知能指数)誕生のきっかけは
青少年の精神衛生への問題意識にあった

 ゴールマンの両親はともに、20世紀初頭にロシアや東欧からの移民の子孫である。父のアービン・ゴールマン(Irving Goleman)は、ミズーリ州カンザスシティに生まれ、イェール大学で言語学の学位を取得した。母のフェイ・ゴールマン(Fay Goleman)は、シカゴに生まれ、シカゴ大学を卒業後、全米屈指の名門女子大学であるスミス・カレッジで社会福祉の学位を取得した。

 イェール大学の大学院生だったアービンと同大学で働いていたフェイは1932年に結婚し、1935年からカリフォルニア州ストックトンにあるパシフィック大学に赴任した。同大学で、アービンは言語学、フェイは社会福祉と介護の教鞭をとった。しかし、アービンは、ゴールマンが15歳のときに亡くなっている。

 フェイは革新的な女性で、大学では人種差別の撤廃や男女機会均等を訴える積極的差別改善委員会(the Affirmative Action Committee)の委員長を務め、また、ストックトンの社会福祉問題の改善の活動を推進した。さらに、カリフォルニア州知事の諮問機関である青少年精神衛生委員会(the Governor’s Advisory Committees on Mental Health and on Children and Youth)の委員として、知事のアドバイザーを5代にわたり務めた。

 ゴールマンが青少年の精神衛生に問題意識を持ち、大学院で臨床心理学を専攻したのには、母の活動の影響があったことが大きい。

『EQ こころの知能指数』は『Harvard Business Review(ハーバード・ビジネス・レビュー)』(以下HBR)誌に掲載された、“What Makes a Leader?” HBR, November-December 1998.(邦訳「EQが高業績リーダーをつくる」DHBR2000年9月号)に代表されるように、組織社会でリーダーが成功を収めるために必要な要素として紹介されることが多い。しかし、同書の主題は、情動(emotion)を自己抑制するという精神衛生面に置かれていた。

 ゴールマンは同書で、米国において、青少年が無差別に銃を乱射する犯罪が増加した点に言及している。巻頭では、「この本は、人間の非理性の世界を理解しようとする試みだ。私自身心理学者として、また最近10年間は『ニューヨーク・タイムズ』紙のジャーナリストとして、理性では割り切れない領域が科学的に解明される過程を見守ってきた」と述べ、心理学は、「暗黒大陸」のように未開のまま放置された情動の領域に足を踏み入れたとした。さらに、青少年の犯罪が増加する理由を「私たちが社会として一人ひとりの子供に怒りを処理する方法や紛争を建設的に解決する方法をきちんと教えてこなかったからだ」と指摘し、青少年に対する情動教育の必要性を強調している。

リーダーにとって
EQはIQ以上のコンピテンスである

 このように『EQ こころの知能指数』では、家庭や学校教育など社会一般の事例を挙げてEQを説明していたが、それをビジネスに応用する最初の試みが、前述の「EQが高業績リーダーをつくる」である。この論文は、ゴールマンの大学院の恩師であるマクレランドの影響を受けていることが伺える。

 マクレランドは1973年、米国務省の若手外交官を対象に「卓越した人材」のコンピテンス(資質能力)を調査研究した論文「知能ではなくコンピテンス測定のためのテスト法」を発表した。外交官は、緊張感を伴いながら刻々と変化する状況の中で、その動きを読み取り、対立から相互理解を導くことが求められる。ゴールマンも参加したこの調査プロジェクトで、マクレランドは、「卓越した人材」のコンピテンスは、学業成績や有名校の卒業証明書ではなく、個人の自己抑制、共感、率先行動などの具体的な能力の組み合わせにあり、それらコンピテンスを備えた人材こそ高い成功を収める可能性がある、とした。

 マクレランドは、企業の優れたリーダーについても同様の調査を行っており、HBR誌に “Power is the Great Motivator,” HBR, March-April 1976.(邦訳「モチベーショナル・リーダーの条件」DHBR2003年4月号)を寄稿した。同論文では、責任感、チームスピリット、組織の明確性などコンピテンスを構成する具体的な意識と売上高の増加率との関係を分析した。そして、「組織志向マネジャー」「親和志向マネジャー」「個人権力志向マネジャー」の三者を抽出して比較検討した結果、組織権力欲が強いが自己抑制力も高い「組織志向マネジャー」を優れたリーダーだとしている。マクレランドは、企業業績とリーダーの性格の関係が相関していることを明らかにしたのである。

 ゴールマンの論文は、マクレランドの主張と同様、企業社会における優れたリーダーのコンピタンスは、IQ(知能指数)ではなくEQ(こころの知能指数)であるという視点に立ち、コンピタンスの内容を明らかにする試みであった。

 ゴールマンは、EQを構成する5つの要素(自己認識、自己抑制、動機付け、共感性、ソーシャル・スキル)と事業部門の業績との関係を分析した(表1参照)。

表1:EQの5つの構成要素

 業績の優れた経営幹部と平均的な経営幹部とを比較すると、前者の場合、地位が高くなるほど、EQの構成要素がリーダーの資質の中心へと位置するようになり、能力差のほぼ9割はIQではなくEQにあることを確信した。同テーマを扱った書籍として、Working with Emotional Intelligence, 1998.(邦訳『ビジネスEQ』東洋経済新報社、2000年)を上梓している。

EQ(こころの知能指数)の概念を
SQ(社会性の知能指数)に拡張

 ゴールマンは、ヘイ・コンサルティングの調査に基づき、リーダーシップの種類を分類した。リーダーシップのスタイルには「強圧型」「権威主義型」「親和型」「民主主義型」「先導型」「コーチ型」の6種があり、それぞれ異なるEQの構成要素を基盤にしている(表2参照)。ただし、最高の成果を出しているリーダーは、特定のリーダーシップ・スタイル(emotion style)に依存しているわけではなく、状況の変化に応じてたえずリーダーシップのスタイルを変えていることが判明した。

表2:リーダーシップ・スタイル

 組織風土は当然、リーダーシップ・スタイルに影響を受ける。では、EQに基づくリーダーシップ・スタイルは、職場環境にどのような好影響を与えるのか。それを検討した論文が、“Leadership that Gets Results,” HBR, March-April 2000.(邦訳「EQリーダーシップ」DHBR2000年8・9月号)である。

 EQが高いレベルにあると、組織メンバーの情報共有、信頼感、組織学習が成果に結びつきやすくなり、また、戦略の実効性の高い環境が組織に生まれる。換言すれば、経営管理者が最善の組織環境の形成を求めるのであれば、EQに根ざしたリーダーシップへの自己変革が求められることになる。

 その問題意識に基づき、ゴールマンは、“Primal Leadership: The Hidden Driver of Great Performance,” with R. Boyatzis, A. McKee, HBR, January-February 2001.(邦訳「EQの高いリーダーが生み出す組織活力」DHBR2002年3月号)を寄稿した。そこでは、リーダーの5段階からなる自己変革のプロセスが提唱されている。

 ゴールマンがHBR誌に寄稿した論文のほとんどは、リーダーシップにおけるEQの重要性と、リーダーがEQを高めるための自己変革プロセスを提言した内容である。ただし、それ自体は有用な提言であったものの、優れたリーダーシップはどのようにつくられるのか、という命題に対する完璧な答えとはいえなかった。

 そこでゴールマンは、“Social Intelligence and the Biology of Leadership,” HBR, September 2008.(邦訳「EQを超えて:SQリーダーシップ」DHBR2009年2月号)において、脳神経科学の知見から、優れたリーダーの才能とは何かを検討した。そして、優れたリーダーとは、多数の人との関わりから、みずからの行動を通じた脳の相互作用を最大限に生かして、「SQ(Social Intelligence Quotient:社会性の知能指数)」を形成していることを示した。

 SQとは、組織メンバーの意欲や能力を引き出すものであり、対人関係や社会性に関わる神経回路や内分泌系に支えられている。SQの高いリーダーと低いリーダーとを比較すると、その業績には大きな開きがあった。それは、優れたリーダーはSQが発達していることを意味しており、ゴールマンは、EQの概念をSQとして拡張することに成功した。

 SQが高いということは、対人関係や社会に対する集中力が高いことに他ならない。優れたリーダーは、ある1つのことだけに集中力を発揮するのではなく、常に内省しながら、他者や外界に対する集中力を自由に操り、いち早く対応することができる。

“The Focused Leader,” HBR, December 2013.(邦訳「リーダーは集中力を操る」DHBR2014年5月号)では、リーダーが備えなければならないEQとして、自分をたえず見つめ直しながら、建設的な姿勢で他者や社会に関心を向ける集中力の重要性を提唱した。ゴールマンは本論文の功績が認められ、2013年度のマッキンゼー賞を受賞した。

 集中力とは、リーダーのみならず、誰にとっても有益な能力である。書籍として上梓された、FOCUS, 2013.(邦訳『フォーカス』日本経済新聞出版社、2015年)では、社会のさまざまな問題を事例として、心理学や脳神経科学の研究成果を引用しながら、集中力の意義について述べている。

 ゴールマンはまた、優れたリーダーの条件を探る経験を通して、優秀であるからゆえの葛藤を抱え、押しつぶされてしまう人たちの姿も目にしてきた。その問題意識に基づき執筆したのが、“Reawakening Your Passion for Work,” with R. Boyatzis, A. McKee, HBR, April 2002.(邦訳「『燃え尽き症候群』を回避する自己管理術」DHBR2002年7月号)である。

 長い職業人生を送る中で誰しも、「自分は自分の人生でやりたいことをやっているのだろうか」と、人生の意義を自問する瞬間が訪れるものである。ゴールマンは同論文において、自分の人生を棚卸しするタイミングが訪れたことを知らせる兆候と、その兆候に対処する5つ処方箋を紹介している。

 その処方箋とは、(1)小休止する(Call a time-out)、(2)大学院のエクゼクティブ・プログラムに通うなどプログラムへの参加(Find a program)、(3)仕事から離れて内省する習慣を持つ(Create “reflective structures” )、(4)第三者の視点でカウンセリングを受ける(Work with a coach)、(5)現在の身近な環境の中で自分の新たな価値を見出す(Find new meaning in familiar territory)である。

 ゴールマンは多くの著作の中で、今日の社会が直面する多様な問題を取り上げている。たとえば、誰もが無言のままスマートフォンのメールやゲームに熱中して、下を向いたままの頭だけが見える青少年の一団と出くわした時、デジタル機器を見るが、人間同士を見合うことがなくなっている事実を問題視した。脳の情動的回路や社会的回路は、日常で出会うあらゆる人間との接触や会話を通じて発達するため、人間同士の直接的な接触や関わりが少なくなると、脳の回路が上手く育たなくなる恐れがあるからだ。

 いまや、置かれている立場や国籍を問わず、「やりたいことをやれているのか」と孤独と絶望感の中で自問しながら、自分の人生に幕を下ろす目的で、青少年が無差別な銃の乱射や殺傷事件を引き起こすことが問題化している。ゴールマンは、その問題の根源の多くが精神衛生を支配する情動(emotion)にあるとし、青少年に対する情動教育の必要性を提唱している。

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