論文セレクション

Speee・大塚英樹社長が選ぶ、
事業拡大の参考になった3つの論文

最新の事例や理論が求められるなか、時代を超えて読みつがれる理論がある。『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』(DHBR)の過去の論文には、そのように評価される作品が無数に存在します。ここでは、著名経営者や識者に、おすすめのDHBRの過去論文を紹介していただきます。第6回は、Speee代表取締役を務める大塚英樹氏により、ベンチャー企業の経営者という立場から、自社を成長させる際のヒントを得た論文が紹介されます。(構成/新田匡央、写真/鈴木愛子)

サッカーの道を断念し、
高校時代から経営者を目指す

 私が『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』(DHBR)を初めて手に取ったのは、たしか高校生のとき、経営者を目指すという決意が固まってからだったと思います。

 私はかつて、サッカーに真剣に取り組んでいました。中学時代は県選抜にも選ばれ、高校も埼玉県の強豪校に入学しています。ただ、中学生のときからすでに、自分が期待するほど成長できていない現状にも気づいていました。高校でサッカー部に入部して1年間は遅刻も欠席もせずにやり抜きましたが、そこで自分の才能に見切りをつけて、2年生になった時点で退部を決めました。私なりに納得のいく決断でした。そこが自分の居場所ではないということがわかったからです。

 実は、すでに将来として考えていた道がありました。それが、経営者になることです。父が経営者で身近だったこともあるかもしれませんが、子どもの頃からビジネスへの関心は非常に強く、自分はいつか経営者になるのだろうと思っていましたが、この時期を機に、経営者になりたい、どうしたら経営者になれるのかを真剣に考えるようになりました。

 私の父は、本であればいくらでも好きに買っていいという人でした。父は普段から本をよく読む人でした。父が若い頃はインターネットが一般的ではなく、知識や情報の不足を補うには本を読むしかありません。また、単純に読書への愛着も強かったと思います。そんな姿を見ていたので、経営者たる者は本を読むものだという考えが刷り込まれていたのかもしれません。

 私自身も読書が好きで、学生の頃から書店によく通っていました。DHBRの存在を知ったのも、そこで見かけていたからだと思います。また、実家では新聞を何紙も取っていたので、最新号の広告を眺めながら、何となく内容も把握できていました。そのときは実際に手に取るまでには至らず、直接のきっかけは、著名な経営者の愛読書に入っていることを知ってからです。あれほどの経営者が読んでいるならば自分も読まないといけないと考え、そこから読むようになりました。

 DHBRのようなビジネス書を読んで経営の勉強を始めると、自分のほうが父よりも詳しい領域が増えてきました。もちろん、特定の領域を深く勉強すれば、実務に必要な知識に専念した年配の経営者より詳しい領域が生まれるのは当然だと思います。でもそれは、当時の私にとって、とてもエキサイティングな経験でした。一定の時間と労力を費やした人間であれば、年齢や経験は関係なく勝負できる分野があると思わせてくれたからです。

 それから、経営の勉強をすることが、私にとってのアイデンティティの1つとなりました。当時の自分にとって、よい会社をつくり、よい経営者になる以外の道は見えていませんでした。そうして、多くの本を読んで学び続けるなかで、DHBRもそのツールの1つとなっていきました。

 私にとって、DHBRの論文が役立つと感じるポイントは4つあります。1つ目は、経営に関する事象が構造的に整理されていることです。2つ目は、実績ある学者や研究機関の方が書いていることで生まれる信頼性。3つ目は、ポジショントークが少ないことです。一般的な書籍の場合、著者が所属する組織やビジネスへの利益誘導がよく見られますが、DHBRに掲載されている論文はその傾向が低いと思います。4つ目が、ビジネス言語として翻訳されている点です。DHBRでは正確なビジネスの言葉で定義されているので、ビジネスのパートナーと議論したり、現場の技術者と話したりする際に利用する言葉の参考になります。

 これから紹介させていただく3つの論文についても、これらの条件を満たしていると思います。私が経営者としての判断を下すうえで、とても参考になった作品です。

経営の多角化を進めるうえで
背中を押してくれた2つの論文

 H. イゴール・アンゾフの多角化戦略の本質」(DHBR2008年4月号)と、森本博行さんによる「全体最適のグループ経営戦略」(DHBR2002年8月号)は、会社の将来を決める際の重要なヒントをもらいました。

 数年前、Speeeの事業を横展開して成長を加速させようと考え始めるなかで、どうすればよいのかと悩んでいました。特にインターネット関連のベンチャー企業の場合、従業員数万人規模の大企業での多角化とは文脈が異なります。1つひとつの事業に避ける人員は少ないため、簡単に言えば小ぶりになりがちです。それだけでなく、限られたリソースを分散させることにはなるので、短期的な急成長とは相容れない部分が出てきてしまいます。

 また、何ができるか以前に、より重大な過ちを犯すことも懸念していました。インターネット業界はすでに成熟して飽和しているため、その中で多角化して成長を求めるという判断そのものが間違っているかもしれないと思っていたのです。私はもともと、インターネットビジネスに固執しているわけではありません。変革率が高いテクノロジーの領域の中で、最もビジネスとの相性がいいのがインターネットであると考えていました。。しかし、これからは、インターネットの世界で多角化経営を進めること自体が、もしかしたら、大きく見誤っている可能性も十分に想定されます。

 そんなことを考える中で、どうすれば事業を横展開できるのかの方法論を検討する前の段階として、根本的に、1つの企業グループが複数の事業を展開することは社会的に価値を持つのか、たとえ社会的な意義があっても、それが生産性の高い行為だと言えるのだろうか。そんな疑問を抱えながらも、どうすればインパクトを生み出せる企業体になれるのかを突き詰めようとしたのですが、なかなか答えは出せませんでした。

 それと同時期には、Speeeの次の5年を考えるべきだという問題意識もありました。そこで社員を集めてチームをつくり、そうした疑問や課題も解決するプロジェクトを立ち上げました。そうした中で、チームのメンバーが見つけてきてくれたのが、この2つの論文です。

 アンゾフの論文を読んで背中を押してもらえたのは、冒頭で「企業の長期的成長には多角化が不可欠」だと断言していたことです。もちろん、その選択が常に正解かはわかりませんし、書籍や雑誌の情報を鵜呑みにするべきとも思いません。しかし、そこに明確な論理があっての言い切りによって、自分たちが進むべき道が間違っていないと、自信を持つことができました。さらに森本さんの論文を読んだことで、多角化がなぜ価値を持つのかを理解し、具体的にどんな方向性を検討すべきかのヒントも得ることができました。

 アンゾフの論文では、多角化によって経営の難易度も上がるという主張と理由も書かれています。私たちにとっては、ユーザーに質の高いサービスを届けられなくなることだけは、絶対に避けなければなりません。それを読んで、事業の成長性とサービスの質を存させる難易度の高い経営をする覚悟が必要であることも、あらためて感じました。

 アンゾフの論文には、特に意義があると感じる点が2つありました。1つは、多角化のパターンを類型化していることです。垂直的か、水平的か、集成的か。詳細は譲りますが、私たちの会社が目指すべき方向性は、少なくともディスカウントされるコングロマリットではなく、自分たちが持つテクノロジーを生かせる範囲での多角化展開であると考えました。既存事業と共通のテーマ性を持って事業を進めれば勝機はあると、次の戦略を検討する際のヒントになりました。

 もう1つは戦略を検証するための数式が載っていたことです。新しい事業を始める際、利害関係者が増えるので、そこには説得力のある説明が必要です。また、責任の所在も明確にしなければなりません。コーポレートファイナンスの発想だけではない指標があると気づけたことは、個人的にもとても興味深かったです。こうした指標の活用は、ベンチャー企業においては、実用的ではないかもしれませんが、利害関係者がさらに増える大企業の方にとって、より大きな価値を持つのかもしれません。

最新技術を経営に取り入れる、
そのためのヒントを得た論文

 もう1つの論文は、マルコ・イアンシティとカリム R. ラカニーの「ブロックチェーンと企業戦略」(DHBR2017年8月号)です。これは、ブロックチェーンという新しいテクノロジーについて言及したものですが、その技術を自社の事業に活かす方法を模索していたときに手に取りました。

 自分たちがやろうとしている事業について、その価値をどうすれば理解してもらえるのか。社員に対して、それが革新的なものであり、末永く活用される可能性を持つことを伝える言葉はないか。そんなことを考えて、ブロックチェーンについて書かれた書籍や雑誌には、ひと通り目を通しましたが、その中の1つにこの論文がありました。

 先ほどの話にも通じますが、経営者は、自分と関わってくれる人たちに、なぜそれをやるのかを説明する必要があります。それは当然、社員に対しても同様です。ブロックチェーンは誰もが知っている言葉ですし、みんなが興味を持っている言葉でもありましたが、それがビジネスに何をもたらすのかまでは、なかなか理解が進んでいませんでした。そのため、彼らにどう説明すればよいか、そのためのヒントを探していました。

 私がこの論文を素晴らしいと思ったのは、ブロックチェーンを理解するうえで、テクノロジーのコアな部分への理解だけでなく、これまでに起きた技術革新の何に近いかを示していた点です。

 ブロックチェーンはインターネットの誕生と同様の衝撃があるとは言われていましたが、この論文では、インターネットという漠然とした比較ではなく、TCP/IPというキーワードを用いて、さらに1段階ブレイクダウンしてくれました。それはつまり、TCP/IPがどのように普及していったかを理解できれば、ブロックチェーンがもたらす影響を体系的に理解するヒントになるということです。

 また、ブロックチェーンがビジネスにもたらす革新性について触れたうえで、「ブロックチェーンの試用にまつわるリスクについても幹部は慎重に考慮すべき」と冷静さをうながしている点にも共感できました。私たちのように現場の前線にいる人間は、こうした新しい技術が登場すると熱狂しがちです。その熱量自体はとても大事ではありますが、事業を進めるうえで、そこで冷静さを失ってしまうことは危険でもあります。

 すぐに実用化が進む領域と、長い時間をかけてイノベーションが起きる領域はどこか。経営者は、あらゆる手法でそれを的確に見極める必要があります。この論文では、ブロックチェーンによって間違いなく革新は起こるけれども、そこにはコントラストやグラデーションがあるという事実が類型化されており、それまでに書籍や雑誌で蓄えた知識が整理されたような感覚を持つことができました。

 私は、DHBRの論文に事業アイデアを求めているわけではありません。根本的な理解を得るための手助けであり、情報が類型化されている点に、価値を見出しています。それは、長期的な視野に立ったとき、どちらに進んだほうがよいか、あるいは、さらにどんな理解を深めるべきなのか、それを判断するときのサポートになると信じています。

 それは、経営のアジェンダと言えるかもしれません。いまはディープな情報もインターネットに落ちていることが多いですし、ブロックチェーン・ビジネスのように更新され続ける情報については、インターネットのほうが有用だと思います。ただし、自分が必要とする知識にたどり着くのは簡単ではありません。そこで論文をアジェンダとして活用できれば、検索で入力するキーワードの質が変わり、得られる情報も変わってくると思います。

 私が理想とする経営者とは、たまたまチャンスに出合い、ラッキーパンチで成功した人ではありません。もちろん、偶然もあるので、それはまったく否定しません。ただ、経営者を目指すために勉強してきた自分は、たまたまのラッキーや時代の流行に乗るだけの人ではなく、みずから学習することで得た知識をベースにして判断し、それを具体的な行動に移すことで成功した人を尊敬したいという想いを強く持っています。

 理論に軸足を置きながらも、最後は直感や運が重要であることもわかります。しかし、その直感を手に入れるためには、必ず準備が必要です。理論でウォーミングアップしたうえで、最後はみずからの直感を信じる。私にとってDHBRの論文は、そのための有効なツールになっています。

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