ESG投資が活発化する世界の深層
個人と企業に問われる未来への選択

早稲田大学名誉教授の西川潤氏に聞く

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欧米では企業や政府において、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字をとったESG投資が活発化している。国連が2015年総会で「持続可能な開発のための2030アジェンダ」を採択し、貧困や飢餓の撲滅、環境保全などの「持続可能な開発目標」(SDGs)を定めた影響が大きい。開発経済の研究を続ける早稲田大学名誉教授の西川潤氏が2030年 未来への選択(日本経済新聞出版社)を上梓したのを機に、こうした潮流の深層には何があるのか、日本企業の取るべき道は何か、などについてインタビューした。(構成/大坪亮、奥田由意)

不確実性の高い転換期
既存の未来論には欠陥がある

編集部(以下、色文字):ご著書でも書かれていますが、半世紀前のブーム再来かのように、近年、未来論の研究が増えています。今なぜ、未来論なのでしょうか。

西川 潤
経済学者。早稲田大学名誉教授。
1936年台湾台北市に生まれる。早稲田大学政治経済学部及びパリ大学高等学術研究院卒。早稲田大学政経学部で長年経済学史、開発経済学等の科目を担当。南北問題、開発援助、社会経済等の理論研究に取り組む。国連研修所(NY)の特別研究員を務め、パリ第一大学、北京大学等海外の大学で客員教授として教えた。97年には早稲田大学理事として、同大最初の独立大学院アジア太平洋研究科を立ち上げた。国際開発学会・日本平和学会等の理事・会長を歴任。主な著書に『新・世界経済入門』(岩波新書)、『人間のための経済学』(岩波書店、国際開発・大来佐武郎賞)、『グローバル化を超えて』(日本経済新聞出版社) 等がある。

西川潤(以下略):現代は先行きの見えない不確実性の高い時代、不安な時代であると、多くの人が感じています。

 日本経済はマスメディアや一部のエコノミストの間で「デフレの時代」と呼ばれ、いわゆるアベノミクスや異次元緩和といったインフレ政策を進めたものの、目標は達成できず、停滞感があります。そうした閉塞感を背景に、日本はすばらしい、日本の誇りを取り戻せという論調がもてはやされ、ヘイトスピーチに象徴されるようにマイノリティを排斥する偏狭なナショナリズムや日本第一主義が台頭しています。

 世界では、欧米のヘゲモニー(主導権)はすでに崩れています。米国にはかつてのように、先進国の先頭に立って世界を牽引していく力はありません。1990年代末以降、グローバリゼーションの進展の中で、アジア通貨危機、リーマンショック、世界的な格差拡大などの経済変調が続きました。2010年代以降には、EU諸国では排外主義的な極右政党の勢力が増し、英国はEU離脱を国民投票で決議し、米国では自国第一主義のトランプ政権が成立しました。欧米の先進国はこぞって自国の利益を優先し、自国を守ることに必死です。

 こうした中、いくつもの未来論が世に出ています。その論調をまとめると、地球環境と安全保障が危機にあるという関心が大きい。これらの未来論では、「私たちはいかに存続すべきか」を論じています。しかし、多くの場合、「私たち」は先進国の人々を指し、自分たちさえ助かればいいという考え方が目立っています。

 しかし、グローバリゼーションで世界の結び付きが強くなっている今日、世界人口が増え続け、資源が大量消費され、地球環境が大きく毀損していることは、グローバルな現象です。一部の国々や価値観だけで自らの存続を考えることは不可能です。もっとグローバルな見地に立たなければならない。近年の未来論、特に安全保障関心の未来論は、その拠って立つ基盤が先進国データに偏り、グローバル世界の歩みを見通すことができません。また、環境関心の未来論は、ややもすると規範的な議論に流れて、現実の社会的なダイナミズムの分析からどうしたら持続可能な世界が可能か、という見方を欠いているように思います。

 前提となる、現実の認識がおかしいのですね。

 そうした意味で、社会科学的な分析からの未来論が必要と考えるようになりました。何よりまず、自分たちがいる位置や地位からの発想であり、先進国が持っているデータからしか現状を見ていない。そして、その延長で未来を考えている点に、従来の未来論に疑問を感じて来ました。

 21世紀に入って、世界の大きな変化は、従来の先進国と発展途上国、つまり南北間の力関係の変化であり、多文化世界の台頭です。異文化を最初から異質なものと考えるのではなく、異なった文化の論理や倫理を理解することが大切でしょう。なぜなら、私たちは皆つながっている世界に生きており、「他者」の行動は、私たちが作り出している面があるからです。「彼ら」を知るということは、「私たち」を知るということでもあるのです。 

 また、未来論にはいくつかの方法がありますが、現在現れている未来論の多くは、今のトレンドが続くとどうなるかといった外挿法や「メガトレンド」の思い付き的な拾い上げ、あるいは、特定の技術的発見からすべてを説明する等の恣意的な方法をとっており、人びとのエモーションや危機感を不必要に煽る面があります。私としては賛同しかねます。

 むしろ、現在世界の変化を促進している萌芽的なトレンドをつかみ、それが私たち人類のコミュニティにどういう意味を持つかを分析することが、現実の進行を知る上で重要と考えています。

 本書ではまず、人口、食料、エネルギー、そして資源や土地などを指すコモンズの動きを検討しました。また、グローバリゼーションのもとでの資源分配の不平等、格差拡大、環境悪化、利潤と資本蓄積を最優先してきた近現代世界システムの危機を明らかにして、大国主導型ガバナンスから国際協調への転換を目指す方向性を示しました。偏狭なナショナリズムは破局への道につながるというのが、本書のメッセージでもあります。

 ナショナリズムに自分が流されない道、それは、個人の価値観、家族などの親密圏を含む地域コミュニティ、企業等の変化から始まります。これらのアクターは、近代国民国家から成る世界システムをつくり上げてきました。今日、国民国家体制が、グローバリゼーションの進行の下で揺らいでいるとき、近代システムの変化は、これを構成する諸アクターの変化から始まる、と考え、その可能性を検証しました。つまり、私たちは、近代世界の「終わりの始まり」に立ち会っていると考えます。

 こうした時点にあって、人々の価値観の変化は大きな近代世界の転換の要因です。本書では、個人が自立・自律することから、個人と集団の関わり合いが変わり、それが2030年代に至る世界の変化を推し進める要因となる、と考えています。

 自分がよく生きること、well-beingであることで、未来を変えていくことができる。未来はそこから作られる。そういう未来論を本書では世に問いました。

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