論文セレクション

組織にイノベーションを生み出す、
新たなリーダーシップとは何か

ロザベス・モス・カンター ハーバード・ビジネス・スクール 教授

『Harvard Business Review』を支える豪華執筆陣の中で、特に注目すべき著者を毎月1人ずつ、首都大学東京名誉教授である森本博行氏と編集部が厳選して、ご紹介します。彼らはいかにして現在の思考にたどり着いたのか。それを体系的に学ぶ機会としてご活用ください。2018年2月の注目著者は、ハーバード・ビジネス・スクール教授などを務める、ロザベス・モス・カンター氏です。

カンターの研究者人生は
ユートピア共同体の研究から始まった

 ロザベス・モス・カンター(Rosabeth Moss Kanter)は1943年生まれ、当年75歳である。ハーバード・ビジネス・スクール(以下HBS)の終身教授として、アーネスト L. アーバックル記念講座教授を務め、またハーバード大学アドバンスト・リーダーシップ・イニシアティブのディレクターも務めている。

 カンターは、オハイオ州クリーブランドに生まれ、父は弁護士であった。1960年にクリーブランド高校を卒業後、東部の名門女子大学であり、津田塾の創始者である津田梅子も学んだブリンマー・カレッジ(Bryn Mawr College)で心理学と社会学を専攻した。同大学3年生の時、ペンシルベニア大学の院生であったスチュアート・カンター(Stuart A. Kanter)と結婚した。

 カンターは1964年、同大学を優秀な成績(magna cum laude)で卒業すると、夫のスチュアートがミシガン大学の教員に採用されたことに伴い、ミシガンでの生活を始めた。その間、ミシガン大学で社会学のMAを取得し、1967年にはPh. D.を授与されている。

 カンターの博士論文のテーマは、「19世紀の米国のユートピア共同体」の研究[注1]であった。それは、18世紀後半から19世紀にかけて、ドイツなどの欧州からユートピア共同体の建設の夢を抱いて移り住んだシェーカー(Shakers)やアマナ(Amana)などの宗教集団について、共同体がどのような要因で今日まで継続(あるいは衰退)したかを論じる、いわばユートピア共同体の光と影の研究であった。

 カンターは以後、社会学者として培った視点で企業組織や産業界を眺めることになる。ミシガン大学大学院を修了した1967年、スチュアートが念願のハーバード大学の組織行動論の教授に就任するに伴い、二人はボストンに移った。またカンター自身も、同じマサチューセッツ州にあり、ユダヤ系として著名なブランダイス大学(Brandeis University)に社会学のアシスタント・プロフェッサーとして採用された。

 そこから二人の幸せな学究生活が始まったかのように思えたが、ボストンでの幸福に満ちた生活は長くは続かなかった。ボストンに移り住んでから2年後の1969年、スチュアートの死によって光は途絶えた。カンターはその後しばらく、精神的に苦しい影の生活を余儀なくされることとなった。

企業社会のユートピアを目指して

 カンターが再び光の世界に戻ったのは、1972年、コンサルタントのバリー・スタイン(Barry A. Stein)と再婚してからであった。すぐに、スタインとともにグッドメジャーを設立して、企業調査や企業のトップマネジメントへのコンサルティング活動を始めたが、同氏は以降も前夫のカンター姓を名乗り続けた。

 カンターは、1973年から1974年にかけて、一時ハーバード大学の研究員となったが、再びブランダイス大学に復帰したのち、1977年にイェール大学に異動した。イェール大学にはテニュア資格の社会学の教授として採用され、1986年にハーバード大学の1960年同窓会寄付講座の教授に就任するまで同大学に勤務した。

 その間、カンターは、社会学のアプローチで大企業組織におけるトークニズ(tokenism)の研究を行った。トークニズムとは、形式だけの平等や差別撤廃の建前主義を意味する。同氏は、大企業における権力構造、就業機会、管理者などに着目して、男性をドミナントとし、女性がトークン(形式的な存在)として扱われている実態を調査した。その研究成果は、Men and Women of the Corporation, 1977.(邦訳『企業のなかの男と女』生産性出版、1995年)として上梓した。

 さらにイェール大学教授として、『Harvard Business Review(ハーバード・ビジネス・レビュー)』(以下HBR)誌に掲載された最初の論文、“Power Failure in Management Circuit,” HBR, July 1979.(邦訳「その病理と治療法」DHBR1980年10月号)を寄稿した。同論文では、「病理」というほどではないが、大企業組織において、経営者、スタッフ、現場監督者(もちろん女性管理者も含む)という立場にある人が、下位に対する影響力が働かずに権力喪失に陥る際の「兆候」を列挙して戒めたうえで、リーダーシップを発揮するための対処法を述べている。

 カンターの著作は一貫して、企業組織が変革し、ユートピアとなるため「エンパワメント」をどのように実現させるかという問題意識に基づいている。たとえば同氏は、The Change Masters, 1983.(邦訳『ザ チェンジマスターズ』二見書房、1984年)や、 When Giants Learn to Dance, 1989.(邦訳『巨大企業は復活できるか』ダイヤモンド社、1991年)を上梓したが、この問題意識に基づいている。

 カンターのこうした研究は、ピーター F. ドラッカ-による Concept of the Corporation, 1946.(邦訳『会社という概念』東洋経済新報社、1966年)と比較されることが多い。カンターは、ドラッカ-が経済社会に対する広範な観察から導く深遠な洞察について、HBR誌のドラッカ-特集に2つ論文、“Why Read Peter F. Drucker?” HBR, January–February 1980.(邦訳「なぜドラッカ-を読むのか」DHBR2003年11月号)と、“What Would Peter Say?” HBR, November 2009.(邦訳「ドラッカーに学ぶべきこと」DHBR2009年12月号)を寄稿した。

 カンターは1989年、HBSに籍を置いたままHBR誌の編集長に就任すると、1992年まで同職を務めた。編集長就任後、当時の企業社会の問題を意識しながら、編集長としてのインタビュー記事や、多岐にわたる論文やコラムを多数寄稿している。その実績をすべて紹介することはできないが、以降、邦訳されている代表的な論文を紹介したい。

組織文化を変革して
イノベーションを生み出す

 カンターは一貫して組織文化の変革を提言してきたが、“Collaborative Advantage: The Art of Alliance,” HBR, July-August 1994(邦訳「コラボレーションが創る新しい競争優位」DHBR1994年11月号)では、企業成長を自社単独では実現できない現状に対して、企業間で戦略的提携が盛んに行われていることを踏まえて、戦略的提携が無駄に終わることなく、新たな競争優位の創出という成果を生み出すための提言を行っている。カンターは、戦略的提携が新しい競争優位として着実に成果を生み出すためには、人的な側面と文化面での融合を促進するエンパワメントや組織学習が不可欠であると主張した。

“Ten Deadly Mistakes of Wanna-Dots,” HBR, January 2001.(邦訳「『ドットコム』に失敗する10の法則」DHBR2001年5月号)も注目に値する。米国経済は、1990年代末期から2000年にかけて、ドットコム企業が多数生まれ、資本市場は異常な高騰を見せたものの、2001年にバブルがはじける「ドットコムバブル」を経験した。カンターは、ドットコム企業とリアル・ワールド企業に関して、バブルがはじける直前の1999年11月から2000年7月にかけて調査した内容をもとに、ドットコム企業の成功要因を分析し、さらにリアル・ワールド企業がドットコム企業への転換を図る際に障害となる組織文化の変革の問題を挙げた。その調査の詳細は、Evolve! Succeeding in the Digital Culture of Tomorrow, 2001.(邦訳『企業文化のe改革』翔泳社、2001年)として上梓されている。

“Leadership and the Psychology of Turnaround,” HBR, June 2003.(邦訳「自信と信頼なくして企業再生なし」DHBR2003年12月号)では、業績低迷企業における組織の問題を提起した。業績低迷企業では財務と戦略が課題となる。カンターは「コスト削減は美徳でも正解でもない」と言い、それ以上の問題として、企業組織全体に働く力学が、「覇者の奢り」とは対称的な「凡夫の弱気」とも呼ばれる「学習性無力感(learned helplessness)」にあるとした。

 同氏は、業績低迷企業に陥る「負のスパイラル」を示した(下図参照)。負のスパイラルとは、会社の行く手に逆風が吹き始めると、組織内に秘密主義と非難が蔓延し、縄張り争いが生まれ、組織全体に無力感がはびこる状況をいう。そのうえで、正のスパイラルに転じて企業再生を実現する際に必要な、組織の自信と信頼の回復の方策を提言した。なお、同テーマは、Confidence, 2004.(邦訳『「確信力」の経営学』光文社、2009年)として上梓している。

図:業績低迷企業の負のスパイラル

 カンターの著作には、組織変革について、イノベーションの観点から書かれているものも多い。前述の『ザ チェンジマスターズ』や『巨大企業は復活できるか』、あるいは、Innovation, With J. Kao and F. Wiersema, eds., 1997.(邦訳『イノベーション経営』日経BP社、1998年)は、イノベーションを生み出す組織管理のあり方について論じられている。また、“Innovation: The Classic Traps,” HBR, November 2006.(邦訳「イノベーションの罠」DHBR2007年8月号)では、イノベーション・チームが陥る罠について、戦略、組織、プロセス、スキルの各面での過ちを列挙し、イノベーションを成功させる処方箋を提言した。同論文は、SuperCorp, 2009.(未訳)として上梓している。

 カンターは、企業組織の変革について体系的に研究するなかで、経営者を見ると、その思考パターンには「ズーム・イン型」と「ズーム・アウト型」があることに気がついた。

 ズーム・イン型は、短期的な利益を求め、細かな問題の解決策として思いついたアイデアについて、手当たり次第に実行の意思決定を下す。これは実行力ではよい面もあるが、物事の全体像を見えづらくして、問題の本質を見落としてしまう可能性もある。ズーム・アウト型は、事象を一般的なパターンとして捉え、長期的な全体の流れの中で意思決定を下す。これには原則を重視するよさがあるが、新たに発生する脅威やチャンスを見失う恐れもある。

“Managing Yourself: Zoom In, Zoom Out,” HBR, March 2011.(邦訳「ズーム型思考のすすめ」DHBR2011年9月号)では、ズーム・インとズーム・アウトを状況に応じて使い分けるダイナミックな能力が、経営者にとって不可欠な要素であることを提言している。

現代資本主義における
企業の役割を再考する

 現代資本主義の危機が叫ばれるなか、企業の事業活動は、社会問題、環境問題、経済問題の元凶であり、公共の利益を犯しているといった非難を浴びるようになった。

 こうした状況を踏まえて、2011年、HBR誌の2つの論文が脚光を浴び、マッキンゼー賞を受賞した。1つは、マイケル E. ポーターが寄稿した、“Creating Shared Value,” With M.R. Kramer, HBR, January-February 2011.(邦訳「共通価値の戦略」DHBR2011年6月号)である。同論文は、企業は共通価値の追求を通して、持続的成長を可能にする社会の実現に対して責を負うという、企業の社会的責任論を再燃させた。

 もう1つは、ポーターとときを同じくしてカンターがHBR誌に寄稿した、“How Great Companies Think Differently,” HBR, November 2011.(邦訳「グレート・カンパニーの経営論」DHBR2012年3月号)である。カンターは同論文の中で、「制度の論理(institutional logic)」を展開した。制度の論理とは、社会からの評価が高く、好業績を長期にわたって続けるグレート・カンパニーに共通する経営理念である。企業は、制度の論理では、利益の最大化だけが目的ではなく、経済学でいうところ「外部性」と呼ばれる社会的な問題の解決を目的として内部化し、その解決をはかる一方で、企業活動を従業員の有意義な生活を実現する手段と考える。

 ただし、企業の単独の力だけでは、社会的な目的を実現することはできない。カンターは、“Enriching the Ecosystem,” HBR, March 2012.(邦訳「競争優位のビジネス生態系」DHBR2012年6月号)において、教育機関や研究機関、金融機関、他の企業などの基盤となる組織や機関をネットワーク化し、知識、財務資産、人的資本を速やかに供給する仕組みとなるビジネス生態系をつくることが、経営者の取り組むべき課題となると主張した。ビジネス生態系とは、研究拠点などの知識創造と事業化する企業との連携、小規模企業や新興企業と大企業との連携、教育と雇用機会の一致、政治経済を構成するリーダーが連携した共同体である。

 カンターは75歳に至るまで、社会学者として、ユートピア社会を実現するという視点に立ち、企業組織や産業界を眺めてきた。ユートピア社会を実現する答えは、いまだ確立されたものはないかもしれない。だが、それを達成するためには、多くの企業が制度の論理で活動し、ビジネス生態系の形成することが、ユートピア社会への道筋となりうる。カンターは、それを見出したのかもしれない。

[注1]同論文は1972年、Commitment and Community: Communes and Utopias in Sociological Perspective, Harvard University Press にチャプターとして掲載された。
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