技術の進化が導く
経営戦略の未来

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なぜ、同じ「経営」をテーマとしながらも、経営の実務と学問としての経営戦略の間には、これほどまでに大きな隔たりが存在するのか。本連載では、長く実務の世界に身を置きながら、学問としての経営学を探究し続ける、慶應義塾大学准教授の琴坂将広氏が、実務と学問の橋渡しを目指す。最終回は、技術進化が経営戦略に何をもたらすかを議論する。まず、経営学の過去の知見を参照しながら、技術が与える一般的な影響を整理する。そのうえで、近未来において経営戦略がいかなる影響を受けるかの考察を加える。

 本連載の最終回では、技術進化が経営戦略にもたらす影響について考えたい。

 第3回では、経営戦略の起源を先史時代まで遡り、その源流を探った。先史時代の経営戦略も、現代の経営戦略も、人間の集団である組織がある一定の目標を持ち、特定の道筋を立てて行動するために編み出さていることは変わらない。ただし、それを形づくる前提は大きく異なる。

 現代は、人間一人ひとりの知的許容量と、その集団である組織が処理できる作業総量とが、情報の収集・伝達・処理を支援する仕組みや技術、そして体系化された教育と学習のプログラムの普及によって引き上げられている。同様に、研究、開発、生産、販売、保守といった事業活動の一連の流れを実行する際、過去には想像すらしえなかった大規模なオペレーションを、高い効率で実現できる各種の技術が提供されてもいる。

 このように、人間自身の許容量が異なり、また人間が用いる道具としての科学技術と、その結実である機械やシステムが異なるのであれば、それに基づく行動の形が大きく異なるのは当然であろう。

 未来予測は極めて難しい。また、長期的な技術動向を詳細に語るのは、経営戦略の議論から大きく外れるところでもある。そのため本稿では、これまで議論してきた経営戦略の諸概念を土台とし、技術が経営戦略の未来をどう変えうるかを考え、本連載の結びとしたい。

3つの経路から考える、
技術が経営戦略に与える影響

 技術は経営組織にいかなる影響を与えるのか。この問いを考えるとき、1988年、リネ・マーカスとダニエル・ロビーが『マネジメント・サイエンス』に寄稿した論文[注1]は参考になる。

 同論文では、情報技術は組織に対して、3つの経路から影響を与えると整理している。それは、(1)情報技術が直接的に影響する、(2)情報技術が間接的に影響する、(3)情報技術が偶発的に影響する、という3つである[注2]

(1)技術が直接的に影響する

 技術が直接的に影響する際の最も基本的な経路は、これまで困難であった活動を容易にすることである。その大きな影響は2つに分類できる。

 1. 投下費用に対して生み出せる成果を増加させる(効率性の向上)
 2. 期待した成果を期待通りに生み出す確率を改善する(不確実性の低減)

 効率性の向上の代表的な例は、紀元前4000年から3000年頃に生み出された車輪、西暦1700年から1800年頃に実用化が進んだ蒸気機関、1900年頃を境に急激に進化した内燃機関である。車輪によって数百キロの物資を限られた数の馬や人が運べるようになった。蒸気機関は安定的かつ大きな動力をもたらした。内燃機関は小型で取り扱いが容易であり、高出力化が進んだ。

 こうした技術によって、商取引の中核であるヒトとモノの移動の効率性が飛躍的に向上し、地理的により広い地域を組み合わせた事業展開が可能となった。取引相手を選択する際、より遠くの場所に存在する売り手や買い手も対象に入れることができ、組織が取りうる選択肢の幅が大きく広がった。また、物資を大量に輸送して、大きな動力を用いる生産設備を稼働でき、経営の効率性は大きく向上した。

 不確実性の低減も、技術が果たす大きな役割である。最もわかりやすいのは、情報の記録と伝達に関する手段の発展であろう。

 紀元前3400年から3200年頃までには、文字を記録する方法が体系化され、当初は石版など可搬性の低い媒体に記録されていた情報が、パピルスなど可搬性の高い媒体に記録されるようになった。同時期には伝書鳩による通信も実用化され、駅伝制の発展とともに、遠隔地の状況を確実かつ迅速に把握する手段が整った。18世紀には電信の実用化が進み、19世紀の終わりには海底通信ケーブルが世界中を結びつける世界的な通信網が完成した。

 こうした情報の記録と伝達の手段が普及したことで、巨大な組織の運営が初めて可能となった。できる限り確実に、過去と現在の時間を超え、また地域間の距離を超えて、必要な情報を相互に伝達できたことにより、ローマ帝国やモンゴル帝国のような巨大国家の経営を実現したのである。

 このように、効率性を向上させ、不確実性を低減することで、技術は営利組織における活動の可能性を広げてきた。コンパス、六分儀、活版印刷、電気、無線通信、ジェットエンジン、コンピューター、インターネット……これら技術の積み重ねが、過去の経営戦略と現在の経営戦略の間に大きな差分をつくり出したのである。

(2)技術が間接的に影響する

 技術の進化が経営組織にもたらす影響のうち、直接的な変化、すなわち効率性の向上と不確実性の低減は目に見やすく、直感的にも理解しやすい。しかし、その影響が甚大である可能性があるのは間接的な変化、すなわち経営環境の変貌である。

 新たな技術が登場し、それが普及することは、競争の前提条件を構築する要素を変える。それによって、経営戦略を検討するプロセスも、その結果としての意思決定もおのずと変化するのである。

 技術がもたらす最も大きな変化は、競争優位の源泉となりうる資源・能力・知識の変化である。進化した技術の登場と普及は、特定の資源・能力・知識がもたらす競争優位を低減させる。同時に、その技術の活用を前提とする資源・能力・知識の価値は高まる。

 たとえば、プロパンガスが普及する前の調理は、薪や練炭による火加減の調整をいかに上手に行えるかが、極めて重要な調理の能力であった。しかし、プロパンガスという即時に着火可能で、かつ火力を自在に調整できる技術の登場によって、その重要性は大きく低下した。火加減で勝負していた料理人の多くが、その強みを失うこととなったのである。その一方で、火加減を自在に調整できる前提で調理技術を磨き込んだ料理人が、競争優位を保持する可能性が提示されたとも言える。

 自動車の生産工程においても、鉄板をプレス機で圧迫して成形するプロセスが普及するより以前には、鉄板を叩き、引っ張り、溶接するという板金技術の水準が極めて重要な差別化要因であった。だが、プレス機の価格が下がり、その性能が向上するにつれて、そうした技術に長けた熟練技術者の雇用が競争優位につながる時代は終わりを告げた。

 これによって、熟練技術者による職人芸に依存した自動車メーカーの多くは、その競争力を失った。一方で、プレス機の普及は自動車の製造コストを大幅に引き下げ、ベルトコンベア方式などの新しい生産方式や科学的管理法の普及と組み合わさり、大量生産・大量販売を実現する自動車会社に競争優位をもたらしたのである。

 このように、技術の発達によって、かつては花形とされた職業が消滅することはよく見られる。電話の交換手は人気職業であったが、自動交換機の登場でその職は失われた。エレベーターガールも同様である。安全性を確保できる自動エレベーターの普及により、その存在はほとんど見ることができない。ある時点では競争力の源泉となった要素も、技術進化によってその価値を失うのである。

 では、競争優位につながると見なされる要素が、技術の変遷とともに変化するのはなぜだろうか。第6回で紹介したVRIOフレームワークを例に挙げると、これは、“Variable(価値がある)” “Rare(希少性がある)” “Inimitable (模倣困難である)” “Organization (組織と適合性がある)”という4つの要素を持つ資源が、組織の競争優位に貢献するという考え方である。この考え方を用いれば、技術が進化することはすなわち、これらのすべてが変わることを意味するので、競争優位につながる要素が変化すると理解できる。

 たとえば、鉄の量産が実現したことで青銅の実用的な「価値」は大幅に低下した。中東のバーレーンではかつて天然の真珠が産出され、高価な装飾品としての輸出競争力を持っていたが、日本のミキモトが真珠の養殖技術を確立して以降、その「希少性」は下落した。従来は模倣困難であった日本の和牛の肉質は、一部の個人や企業が生体や遺伝子を海外に流出させた結果、日本国外における「模倣困難性」が低下し、世界中で“Wagyu”と名のつく牛肉が量産される事態を迎えた。

 また、新しい技術基盤を前提とした組織運用を採用する組織が増加すれば、「組織との適合性」を持つ経営資源も変化する。近年の例でいえば、在宅勤務が代表的であろう。ネットワーク回線の低価格化とビデオ会議システムの普及、パソコンを用いた業務プロセスが常識となり、電子データでビジネス文書がやり取りされる時代を迎えた結果、外出先からでも、自宅からでも、仕事に関係する業務の処理ができるようになった。こうして働き方が変化し、それに伴い組織構造が変化することで、経営戦略を検討するプロセスも、その結果としての意思決定も影響を受けるのは想像に難くない。

 このように 、技術が進化することで競争のルールは変わる。技術は直接的に効率性を引き上げ、不確実性を低減させると同時に、経営組織の生き残りに必要な要件を大きく変化させるのである。もちろん、単一の技術が競争環境を一変することもあれば、次のように、同時並行的に進展する複数の技術進化が、複合的に競争環境のあり方を変化させることもある。

 たとえば、国家間の競争を見れば、かつては人口の多さと土地の広さが国力に直結した時代であった。しかし、産業革命とそれに続く急速な技術進化によって、人間一人が限られた面積で生み出せる付加価値の可能性が飛躍的に高まったことで、科学技術の蓄積と一人当たりの生産性が国力に直結する時代へと変化した。また、企業間競争に目を向けても、たとえば腕時計産業では、技術進化が一定水準を超えたことで、耐久性と正確性が優位をもたらした市場から、デザインやブランドが重要とされる市場へと変化した。近年はさらに、ウェアラブルデバイスが注目を浴びるようになり、デザインやブランドだけでなく、ネットワーク機能やソフトウェアが重要な時代へと変化しつつある。

 こうした複合的な技術要因の組み合わせで生じる競争のルールの変化は、日本企業による米国進出の事例を考えるとわかりやすい(第6回参照)。ある特定の市場構造、競争のルールを前提として戦略を構築していた米国企業に対して、日本企業は技術革新により、まったく別の競争のルールを持ち込むことで対抗した。なかでも、米国の自動車会社が、自動車は壊れるモノであるという前提で、手厚いサポートネットワークを競争優位の源泉にしていたのに対して、日本の自動車会社が、そもそも壊れないという製品の技術的優位で挑み、消費者の支持を得たのは有名な逸話である。

 このように、自社の経営戦略の未来を描くうえでより難しいのは、現在の延長線上に想起しやすい技術革新の直接的な影響ではなく、いっそうの劇的な変化につながりうる間接的な影響である。そして、その間接的な影響は、ときに組織の存亡までを左右する。

(3)技術が偶発的に影響する

 技術が進化する過程では、偶発的に生じる事象が大きな影響をもたらすこともある。その最たる例は、技術進化により急成長した企業の中で生まれた独特の行動様式や、技術進化を通して成長した個人の言行が、社会に変えるケースであろう。社会を変えるような技術が普及する背後には、それを成し遂げる組織や個人の存在がある。そうした組織や個人は時に偶像化され、彼らの実態が正しい、優れているといった評価を受けることで、それを多くの他者が暗黙的に認識するようになる。

 たとえば近年では、グーグルの組織運営法が世界中で模倣されたり、スティーブ・ジョブズやイーロン・マスクの生き方が世界中で礼賛されたりしている。これらは、彼らが大きな技術革新をもたらしたという功績が、組織や個人に対するそれ以外の要素の評価をも自動的に引き上げた事例だと言える。すなわち、ある特定の技術が進化する過程では、それに貢献し、着目を浴びた付随的な行動様式や考え方も、経営環境にも大きな変化をもたらすのである。これらは間接的な影響と捉えることができるが、それがどんな変化をもたらすのかが見えにくいため、偶発的な影響として理解するほうが適切であろう。

 世の中には優れた方法論が無数にあるため、それらの必然性を完全に否定することはない。だが、顕著な技術進化に付随した偶発的な要因があることも確かであり、それが意図せざる経路から、社会と経済に大きな影響を残してきた。そして、市場で行動する実務家や企業の行動にも大きな影響を与えてきたのもたしかなのだ。技術が社会に与える影響を考えるうえでは、論理的には予測することのできない要素が残るのである。

[注1]Markus, L. & Robey, D. 1988. Information Technology and Organizational Change: Causal Structure in Theory and Research. Management Science, 34(5): 583-98.
[注2]筆者は『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』の論考において、この考え方を応用し、IoTが組織にいかなる影響を与えるかを論じた。この分類は、極めてシンプルであるがゆえに、科学技術全般の発展が経営戦略にどんな影響を与えるかを考察するきっかけとして用いることができるだろう。琴坂将広. 2016. “IoTで組織の境界線は変わる”, DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー, Special Issue/January 2016. pp.106-110.
 
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