目的とは見つけるものでなく、
みずからつくるものである

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人生の目的はどうすれば見つかるのか。そんな悩みを抱えている人は多い。だが筆者は、それは問いそのものが間違っているという。目的とは、見つけるものではなく、みずからつくるものだ。また、目的は決して1つとは限らないし、歳を重ねるにつれて変わるものでもある。本記事では、目的に関する3つの誤解と、その理由が示される。


「どうすれば目的は見つかりますか」

 ダニエル・ガラッティ、オリバー・セゴビアとの共著書Passion & Purpose(未訳)を6年前に刊行して以来、 年齢を問わず幅広い層から、目的について何百もの質問を受けてきた。みんな、目的を探しているのだ。ほとんどの人は「目的は見つかっていない」か、「目的を見失ってしまった」か、あるいは「目的に達していない」と感じている。

 だが、この暗中模索の真っただ中にいる人たちは、私から見れば根本的な誤解をしている。それを端的に要約しているのが、私が最も頻繁に受ける質問だ。「どうすれば目的は見つかりますか」。こうした誤解を正すことで、目的についてより健全なビジョンを持てるようになるはずだ。

●誤解1:目的は見つけるもの

 ソーシャルメディアで、心に響く言葉として、マーク・トウェインのものとされる名言が引用されているのをよく目にする。「人生で最も重要な日を2つ挙げるなら、それは生まれた日と、その理由を見出した日だ」

 この引用句は、私に言わせれば、目的の「ハリウッド版」そのものだ。『マトリックス』のネオや、『スター・ウォーズ』のレイのように、日々暮らしながら、より高尚な使命が天から啓示されるその瞬間をひたすら待っている、というわけだ。

 誤解しないでいただきたい。そういうことも実際に起こりうる。私は最近、チャリティー・ウォーター創設者のスコット・ハリソンの講演を聞いた。いろいろな意味で、ハリソンの話は、放浪の期間を経て、いかにより価値の高い目的を見つけたかという内容だった。

 ただし、こうしたことは、多くの人が考えるよりずっと少ない。平均的な20歳の大学生や、達成感のあまりない仕事をしている40歳にとって、人生に意味を与える特効薬を探し求める努力は、実を結ぶ可能性よりも、失望に終わる可能性のほうがずっと高い。

 仕事の目的を達成するにあたり、私たちは仕事に意義を見出すのと同じくらい、仕事に意義を与えることに注力する必要がある。言い換えれば、目的はつくるものであり、見つけるものではない。

 ほとんどどんな仕事も、素晴らしい目的を持ちうる。スクールバスの運転手は、何十人もの子どもたちに気を配って守るという重大な責任を引き受けており、子どもたちがしかるべき教育を確実に受けられるようにするうえで不可欠な存在だ。看護師は、患者の治療においても、患者が人生で最も困難な時期をくぐり抜けるうえでも、重要な役割も果たしている。レジ係は、客に親しみのこもった気持ちのよいやり取り(何より必要なものだったりする)を提供することもできれば、いい加減な応対をしたり、残念な印象を残したりする可能性もある。

 だが、これらの例のいずれにおいても、仕事の何に意味や意義があるかを真剣に考え、その意味が高められ、注目されるような方法で実行に移すことで、目的が生まれる。もちろん、比較的自然に意義と結びついている仕事もあるだろうが、多くの場合は、仕事に望ましい目的を与えるには、少なくとも何らかの意図的な努力が必要だ。

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