論文セレクション

カルチャー・マップで描いて見せた、
各国経済が相互依存する多文化社会

エリン・メイヤー INSEAD 客員教授

『Harvard Business Review』を支える豪華執筆陣の中で、特に注目すべき著者を毎月1人ずつ、首都大学東京名誉教授である森本博行氏と編集部が厳選して、ご紹介します。彼らはいかにして現在の思考にたどり着いたのか。それを体系的に学ぶ機会としてご活用ください。2017年11月の注目著者は、INSEADのエリン・メイヤー客員教授です。

異文化の生活に飛び込み、実体験から学ぶ

 エリン・メイヤー(Erin Burkett Meyer)は、INSEADの組織行動エリアの客員教授(Senior Affiliate Professor of Organizational Behavior)を務める。異文化マネジメント、多文化社会におけるリーダーシップを専門分野とし、「国際ビジネスのためのマネジメント・スキル」と「異文化マネジメント」の2つのエクゼクティブ・プログラムのディレクターを担当する傍ら、企業向けに海外赴任者研修や異文化マネジメントに関する講演を行っている。

 メイヤーは、ドイツや北欧からの移民が多くを占める米国ミネソタ州の出身であり、スリーエム(旧ミネソタ・マイニング・アンド・マニュファクチュアリング)の創業の地として有名なトゥーハーバーズで生まれ、ミネアポリスで育った。ミネアポリス市のサウス高校を卒業後、コロラド・スプリングにある名門私立大学のコロラド・カレッジに進学し、比較文学を専攻した。

 メイヤーは、大学時代から異文化に興味を持っていたため、米国の平和部隊に入って発展途上国に行きたいと考えていた。1993年5月に大学を卒業すると、ミネアポリスの平和部隊に入り、3ヵ月の赴任研修を受けたのち、1995年までの2年間にわたって、アフリカ南部の内陸国であるボツワナの高校で英語を教えることになった。彼女はそこで、いやが応にも異国での風習の違いを体験した。

 ボツワナからミネソタに戻っても、ボランティアとして、アジアからの難民であるモン(Hmong)族の生活支援活動に参加した。モン族は、かつてはベトナムからラオス、カンボジア一帯に住む山岳民族であったが、第一、第二次インドシナ戦争のときに米国の傭兵となったため、1975年のベトナム戦争終結後やラオスで共産主義政権誕生後に迫害を受け、難民としてタイを経て米国に逃れて来た民族であった。2010年のUS センサスによれば、モン族は米国に約26万人が住んでいるといわれ、ミネソタ州には米国でも最も多くのモン族が定住し、特にミネアポリス周辺地域には約6万人が住んでいた。

 その間、メイヤーは、フランス人であるエリック・メイヤーと知り合い、ミネソタ大学でフランス語を学んだのちにフランスに渡り、2000年に同国の景勝地であるサン・ノム・ラ・ブルテッシュで挙式し、パリに暮らすことになった。

カルチャー・マップで
異文化マネジメントの重要性を知る

 メイヤーは、パリで一時、北欧系のコンサルタント会社に勤め、さらに医薬品卸企業のマッケソン・フランスや、その子会社の医療システム企業のHBOCで人事関係の仕事に就いた。

 異文化マネジメントや異文化コミュニケーションのあり方を研究し、教えることになったのは、2003年にアペリアン・グローバルのフランス支社に入社したことによる。メイヤーは、2009年までの7年間在籍し、最終的には、フランス支社の代表者(Country Director)となった。同社は現在、世界21ヵ国で研修活動を行う世界最大の異文化マネジメント研修企業である。日本ではリクルートマネジメントソリューションズが同社と提携し、そのノウハウであるGlobeSmartによる研修業務を行っている。

 アペリアン・グローバルは、日本生まれのテッド・デール(Ted Dale)と、日本へ留学経験のあったアーネスト・ガンドリング(Ernest Gundling)の2人によって、1992年にサンフランシスコに設立された。創業の動機は、日本経済が隆盛を極めていた1980年代、脚光を浴びていた日本企業のマネジメントや日本人の考え方など学びたいという、多くの米国企業経営者のニーズがあるにもかかわらず、ほとんど知られていないことに問題意識を抱いたことにあった。同社は、異文化マネジメントとして、日本企業特有の企業文化や日本人とのコミュニケーションの仕方を教えることから始まった。

 アペリアン・グローバルのGlobeSmartは、異文化の違いを5つのディメンション(独立・相互依存、平等主義・階層主義、リスク志向・リスク回避、直接的・間接的、タスク重視・人間関係重視)で構成されており、10ヵ国を調査して、1999年にオリジナル・バージョンが開発された。そして、世界各国のアペリアン・グローバルでの異文化マネジメントと異文化コミュニケーション研修に使われるようになった。

 GlobalSmartは、エドワード T. ホールやヘールト・ホフステードなど異文化研究者の多くの調査研究に依拠している。これは、メイヤーが2014年に『Harvard Business Review(ハーバード・ビジネス・レビュー)』(以下HBR)誌に寄稿した論文、“Navigating the Cultural Minefield,” HBR, May 2014.(邦訳「カルチャー・マップ:世界を8つの指標で理解する」DHBR 2015年2月号)の原型とも言える。

 メイヤーが描いた「カルチャー・マップ」の8つの指標とは、第1は、「コミュニケーション」である。ホールによれば、コミュニケーションには、より多くの言語によるものと非言語的な「沈黙のことば」によるものがあるとしている( Edoward T. Hall, “Silent Langage in Overseas Business,” HBR, May 1960.)。指標としての「コミュニケーション」は、「異文化間コミュニケーション(intercultural communication)」という用語の提唱者であったホールの、コンテクスト程度の違いによる文化的差異の研究に依拠している。

 第2は、批判する場合が直接的か、間接的かという「評価」の表現の方法である。第3は、「説得」の論理が包括的か分解的か、である。第4は、組織が平等主義か、階層主義かという組織の「統率」における権力格差を問題にしている。ホフステードによれば、権力格差とは、組織において権力の弱いメンバーが、権力が不平等に分布している状態を受け入れている程度であるとするが、「統率」は同氏の「権力格差」の調査をベースにした指標である。第5は、「意思決定」プロセスがトップダウンか、組織の合意形成を重視するか、である。第6は、「信頼」の形成が心情的か認知的かである。第7は、「意見の対立」をどこまで許すかという許容度である。そして第8は、日程管理を厳格に行うか、柔軟かという「スケジューリング」の問題である。[注1]

異文化マネジメントの伝道者となる

 メイヤーがINSEADと関わりを持つことになったのは、2004年に組織行動エリアの教授であるチャールズ・ギャルニック(Charles Galunic)と、INSEADのケース教材である“Managing Across Culture(A):Core Goes to Hungary,” INSEAD, 2005.を共同執筆したことによる。同ケースでは、フランスの中堅スーパーであるCOREが、フランス・スタイルの店舗をハンガリーに進出させ、異文化マネジメントの課題に直面するという問題を取り扱っている。ギャルニックは、INSEADのMBAプログラムやエクゼクティブプログラムを開発したパイオニアであった。[注2]

 メイヤーは2010年から、INSEADの客員教授として異文化マネジメントの教育研究者の道を歩むことになった。そのきっかけは、彼女が中心となり、丹念な調査に基づいて執筆したケース教材の3部作である、“Leading Across Culture at Michelin(A),(B),(C)”with Sapna Gupta, INSEAD, 2009.に対する高い評価によるものであった。[注3]

 同ケースでは、ミシュラン本社から米国ミシュランに着任したエリート社員のシャロン(Chalon)が主人公である。

 フランスの中央高地に位置するクレモン・フェラン市は、ミシュランの城下町である。ミシュラン本社には約1万4000人の従業員が働いており、従業員はフランス特有のモノカルチャーの企業文化を体現していた。一方、米国ミシュランのあるサウスカロライナ州は、黒人やメキシコなどのスパニッシュが多く、3万3000人の従業員を擁する米国ミシュランは、サウスカロライナ州では最大の企業であった。シャロンは、米国ミシュランのマネジャーとして多文化社会に直面し、部下からの建設的なフィードバックを引き出し、マネジメントとは何か、成功を導くために何をすべきかについて、異文化でのリーダーシップのあり方を問われることになった。

 なお、本ケースと直接は関係ないが、1989年、前任のブラジル・ミシュランのCOOとして成功を収めたカルロス・ゴーンが、35歳の若さで米国ミシュランの会長・社長兼CEOとして着任している。ゴーンが着任して直後、米国企業のユニロイヤル・グッドリッチの買収・組織統合があり、フランスと米国の異なる企業文化との融合に直面することになったが、日本でも日産改革で取り入れた「クロスファンクショナル・チーム」を組織化して問題を洗い出し、解決をはかったことが、同氏によって語られている。

カルチャー・マップを
ビジネスでいかに活用すべきか

 メイヤーがHBR誌に寄稿した最初の論文は、“China Myth, China Facts.” with Elisabeth Yi Shen, HBR, January-February 2010.(未訳)である。同論文では、中国企業の企業文化について、集団主義であり、意思決定や行動は悠長であり、しかもリスク回避の傾向があるという欧米の通念に対して、むしろ利己的ともいえる個人主義的であり、行動は素早く、リスクを許容する傾向にあることを明らかにした。

 その後、2014年に執筆した「カルチャー・マップ」の研究成果の実践的な応用編として、3つの論文をHBR誌に寄稿した。

 第1は、企業文化の問題である。“When Culture Doesn’t Translate,” HBR, October 2015.(未訳)では、企業が永年かけて築き上げた健全な企業文化は、従業員に活力を与え、市場での競争優位の源泉になることに対して、一方では各国の社会的規範やビジネスプロセスの習慣と相容れない部分も存在し、異文化コミュニケーションの障害となることを問題としている。本国の企業文化を各国に適用すべきか、各国に合わせて適応すべきか、が問題となるが、本稿では、グローバルの企業文化を創造するための5つの方法を提言している。

 第2は、ことば以外の異文化コミュニケーションの問題である。“Getting to Si, Oui, Hai, and Da,” HBR, December 2015.(邦訳『異文化交渉力:5つの原則』(DHBR2016年5月号)では、コミュニケーションのシグナルとなる感情表現の強弱や信頼性の構築など、異国企業間のビジネス交渉に成功するためのルールを提言した。

 第3は、異文化マネジメントにおけるリーダーシップの問題である。“Being the Boss in Brussels, Boston, and Beijing,” HBR, July-August 2017.(邦訳「異文化適応のリーダーシップ」DHBR2017年10月号)は、リーダーシップは、経営戦略を決断する意思決定と、それを遂行して統率を可能にする組織内の権力格差がもたらす権威の2つの側面から成り立っているが、リーダーシップの形態には、各国間に文化的な差異が存在することを示した(下図参照)。

図:リーダーシップの異文化間差異

 組織内の権威は、階層を重視することになる。意思決定は、組織のトップによって一方的にトップダウンで行われる場合と、組織メンバーのコンセンサスを得て行われる場合がある。前者は、市場の変化のスピードが早く、迅速な意思決定が必要な場合に有効であり、後者は、意思決定に時間がかかるが、いったん決まれば高い実効性をもたらす。メイヤーは、リーダーが異文化マネジメントに成功するためには、どの形態が最も有効であるかを知ったうえで、柔軟に選択する適応力が求められる、と主張する。

 エリン・メイヤーは、コロラド・スプリングでの穏やかな学生生活から、平和部隊に入り、一転して異文化の生活に飛び込んでいった。しかし、メイヤーは、異文化マネジメントや異文化コミュニケーションの研究者になることを意図した訳ではなかった。ボツワナでの体験、ミネアポリスでのアジア難民との交流、フランスでの異文化研修企業で得た知識と経験、そしてINSEADでの各国からやって来た留学生との交流や意見交換を通して、体験的に教育者として、さらに研究者として地位を確立した。その間、もちろん異文化研究に関する先行研究についても学習しているが、学界の研究者と異なり体験的であるが故に、同氏が執筆する論文や講演には事例が豊富で説得力がある。

 メイヤーの人生は、遭遇した機会に前向きに、向学心を持って取り組むことによって、学生時代には想像したこともなかった、今日の地位を確立することになったように思われる。

[注1]カルチャー・マップは、The Culture Map, 2014.(邦訳『異文化理解力』英治出版、2015年)として書籍が出版されている。
[注2]ギャルニックは、スタンフォードで組織行動を専攻したPh.D.であり、2005年度にはINSEAD Excellence Award in Executive Educationを受賞した。
[注3]メイヤーによるミシュランの異文化マネジメントに関するケースは、欧州のケース・センターであるECCH(European Case Clearing House)の権威ある、2010年度ヒューマン・リソース部門の欧州ケース賞を受賞し、ハーバード・ビジネス・スクールのケースとしても登録されることになった。
 
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