論文セレクション

管理会計を経営戦略に結びつける
戦略経営を提唱

ロバート S. キャプラン

『Harvard Business Review』を支える豪華執筆陣の中で、特に注目すべき著者を毎月1人ずつ、首都大学東京名誉教授である森本博行氏と編集部が厳選して、ご紹介します。彼らはいかにして現在の思考にたどり着いたのか。それを体系的に学ぶ機会としてご活用ください。2017年10月の注目著者は、ハーバード・ビジネス・スクールのロバート S. キャプラン名誉教授です。

ABCとBSCの提唱者の一人、
ロバート S. キャプラン

 ロバート S. キャプラン(Robert Samuel Kaplan)は、現在77歳。ハーバード・ビジネス・スクール(以下HBS)のマービン・バウワー・リーダーシップ開発記念講座名誉教授およびシニア・フェローを務める[注1]。マネジメント・アカウンティングの分野では、ABC(Activity-Based Costing:活動基準原価計算)とBSC(Balanced Scorecard:バランス・スコアカード)の提唱者の一人であることは広く知られている。

 キャプランは、大学や大学院の教育課程で会計学を専攻したことはなかった。出身大学であるマサチューセッツ工科大学では、学部と修士課程を通じて電子工学を専攻した。またPh.D.プログラムは、オペレーションズ・リサーチ(以下OR)の教育研究分野では世界的に著名なコーネル大学ORIE(School of Operations Research and Information Engineering)に進学し、1968年、博士論文 “Optimal Policies for Inventory and Investment Decisions Over Time”(継続的な在庫と投資の意思決定のための最適な施策)で、ORのPh.D.を授与された。

 キャプランは同年、カーネギ・メロン大学GSIM(現テッパー・スクール・オブ・ビジネス、以下カーネギ・メロン)のアシスタント・プロフェッサーとして採用され、1977年から1983年までGSIMのDean(学部長)を務めた。その後、1984 年、HBSに異動した。

ユウジ・アイジリとの出会いが
キャプランの人生を変えた

 キャプランがカーネギ・メロンに採用される前年の1967年、ユウジ・アイジリ(Yuji Ijiri、井尻雄士)は32歳の若さで、会計学の正教授としてカーネギ・メロンにスタンフォード大学から招聘された。アイジリはカーネギ・メロンからPh.D.を授与されているので、「戻ってきた」という表現が正確かもしれない。

 カーネギ・メロンに採用されたキャプランは、『Accounting Review(アカウンティング・レビュー)』 や『Journal of Accounting Research Review(ジャーナル・オブ・アカウンティング・レビュー)』といった会計学のジャーナルに4つの論文を投稿したが、それらはアイジリとの共著(たとえば、”Probabilistic Depreciation and its Implications for Group Depreciation,” with Yuji Ijiri, Accounting Review, 44〔October 1969〕)であった。      

 アイジリは、会計学の分野で多数の栄誉を受け、のちに米国会計学会(AAA)の会長まで務める傑出した研究者であった。その人生はまさに伝説的であった。

 パン屋を営む家庭に生まれたアイジリは、幼くしてそろばん塾に通い、14歳のときにはお店の帳簿づけ行うようになり、簿記会計に興味を持つようになった。奈良商業高校在学中の1952 年、公認会計士一次試験に合格すると、翌1953年には同二次試験にも合格した。その後、京都の会計事務所で3年間の実務実習を経て、1956年、21歳の若さで公認会計士となった(今日まで、日本の公認会計士取得の最年少記録を保持している)。その間、働きながら、同志社大学短期大学部商経科、立命館大学法学部で学び、法学士の学位を得た。

 アイジリは大学卒業後、東京に出てプライス・ウォターハウスなどの会計事務所に勤めていたが、1959年に渡米するとミネソタ大学に進学し、1960年に修士号を取得した。さらに、1963年にはカーネギ・メロンでPh.D.を授与された。そして同年、スタンフォード大学のアシスタント・プロフェッサーと採用された。

 日本で出版されたアイジリの著作を見ると、カーネギ・メロンの博士論文である “Management Goals and Accounting for Control” を邦訳した『計数管理の基礎』(岩波書店、1970年)、『会計測定の基礎』(東洋経済新報社、1968年)、『会計測定の理論』(東洋経済新報社、1976年)がある。アイジリは、従来の会計学にはなかった数学的な「測定評価」という概念を持ち込み、会計学を科学にしたと言われており、日本の管理会計学の発展に多大の影響を与えた。

 アイジリは2012年にカーネギ・メロンを退職し、本年(2017年)1月に逝去(享年81歳)されたが、若きキャプランにとって、アイジリとの出会いは、その後の研究者として人生を変えることになった。キャプランは、次のように語っている。

「コーネルのオペレーションズ・リサーチのPh.D.プログラムを修了後、多数の大学で(採用の)面接を受けた。カーネギ・メロンのDeanは私を評価してくれたが、カーネギ・メロンが必要としていたのは会計学の教員であった。カーネギ・メロンに来て会計学を教えられますか、と聞かれて、過去に会計学を1つしかとったことがないと答えた。すると、『それは問題ないよ。Yuji が教材を選ぶので、あなたはYujiと一緒になって教えて下さい』と。

 初年度、その教材の中に減価償却の会計処理について不備を見つけて、それについてYujiと共著で論文を書いた。一緒に教え始めた1年半で4つの論文を書き、いずれも(ジャーナルに)掲載された。そのうち統計的測定に関する論文が賞を得たと記憶している。実際に、私はオペレーションズ・リサーチから会計学分野にシフトしたが、それはすべてYujiと一緒に(カーネギ・メロンで)教えたことによる。彼は物事をいつも、通念とは異なる視点に立って考えた。言うまでもなく、その考え方が私の人生を変えた」
(“Master Mentor Accounting Giant: Yuji Ijiri,” Tepper School of Business, Tepper Magazine, Winter 2012.より)

マネジメント・アカウンティングの刷新を目指し、
ABC(活動基準原価計算)に取り組む

 キャプランが『Harvard Business Review(ハーバード・ビジネス・レビュー)』(以下HBR)に最初に寄稿した論文は、 “Yesterday’s Accounting Undermines Production,” HBR, July-August 1984.(未訳)である。

 ここでは、製造力の強化が世界的な競争優位の源泉となる競争環境にあり、企業は製造技術や製造プロセスの革新に取り組んできたのに対して、多くの企業の原価計算は、前世紀に開発された古い会計学の考え方や方法に基づいており、財務報告制度に基づいた会計情報は経営管理の役に立たず、企業の意思決定を誤らせる、と主張した。のちに、H. T. ジョンソンとともに著し、米国会計学会賞を受賞[注2]した、Relevance Lost, 1987.(邦訳『レレバンス・ロスト』白桃書房、1992年)の下敷きなった論文である。

 なお、共著者のジョンソンは、経済史のPh.D.でありながら公認会計士の資格を持ち、当時、オレゴン州のポートランド州立大学で会計学を教える教員であった。HBRに掲載されたキャプランの論文を読んだことが、同書を出版する契機となった。

 原価計算における製造間接費の配賦に関する議論は、HBRでは、キャプランの “One Cost System Isn’t Enough,” HBR, January-February 1988.(邦訳「管理者に有効なコスト情報をもたらす管理目的に応じたコストシステムの併用」DHBR1988年5月号) と、 “The Hidden Factory,” with Jeffrey G. Miller and Thomas E. Vollman, HBR, September 1988.(未訳)がある。

 キャプランはロビン・クーパーとともに、ABC(活動基準原価計算)に関する理論の精緻化を図った。クーパーは英国人であり、マンチャスター大学で化学を学び、HBSでMBAを、さらに1982年にはDBAを取得したのち、講師やコンサルタントの仕事に携わっていた。

 ABCでの製造間接費の配賦は、消費される資源の原価を把握し、その資源が消費される活動ごとに蓄積される「コストプール」となる区分ごとに、配賦基準(コスト・ドライバー・レート)を決定し、配賦を行うという考え方に基づいている。経営陣は、ABCを利用することで製品別・顧客別の収益性を認識し、業務プロセスや製造プロセスのどの部分を改善すればよいのか、経営の意思決定の精緻化をはかることができる。

 ABCに関する最初の共著論文は、“Measure Costs Right: Make the Right Decisions,” HBR, September 1988.(邦訳「戦略決定に有効なコスト情報をもたらす活動基準型原価システム」DHBR1989年5・6月号)であり、“Profit Priorities from Activity-Based Costing,” HBR, May-June 1991.(未訳)であった。

 ABCが普及するにつれて、課題も現れた。1つは、ERP(Enterprise Resource Planning:統合基幹業務)システムとの統合問題である。もう1つは、ABCのコストプールとコスト・ドライバー・レートに必要な情報の収集を、大規模かつ継続的に行う場合に多大な労力を要するという、モデル構築の複雑性の問題であった。

 ERPは、企業の経営資源の効率化や迅速な意思決定に必要なデータを、リアルタイムに提供することを目的している。1990年代に入ってABCの考え方が企業に普及するにつれて、ERPに組み込まれたオペレーショナル・コントロール・システムと統合されるようになった。

“The Promise -and Peril- of Integrated Cost Systems,” HBR, July-August 1998.(邦訳「ABCとオペレーショナル・コントロールの統合システム」DHBR1999年2・3月号)では、オペレーショナル・コントロール・システムは、事業単位ごとの効率性や収益性の情報を提供することを目的としており、ABCシステムで捉えられるコストは異なるので、システムの統合リスクを回避する配慮が必要であり、最適なシステムのあり方を提言した。書籍としては、Cost and Effect, 1998.(ロビン・クーパーとの共著。邦訳『コスト戦略と業績管理の統合システム』ダイヤモンド社、1998年)を上梓している。

 また、ABCモデル構築の複雑性に関する問題の解決策は、TDABC(Time-Driven Activity-Based Costing:時間主導型活動基準原価計算)として提案されている。HBRの論文としては、“Time-Driven Activity-Based Costing,” with Steven R. Anderson, HBR, November 2004.(邦訳「時間主導型ABCマネジメント」DHBR2005年6月号)があり、書籍としては、Time-Driven Activity-Based Costing, 2007.(邦訳『戦略的収益費用マネジメント』日本経済新聞出版社、2011年)がある。

 キャプランは、ABCからTDABC(時間主導型活動基準原価計算)へと理論の修正を図り、米国の増加する医療費について、マネジメント・アカウンティングの立場で解決を目指し、TDABCの研究に取り組んでいる。特に医療費削減の問題について、マイケル E. ポーターとの共著論文として、“How to Solve the Cost Crisis in Health Care,”  with Michael E. Porter, HBR, September 2011.(未訳)や、“How to Pay for Health Care,” HBR, July-August 2016.(未訳)がある。

デイビット P. ノートンとともに
バランス・スコアカード(BSC)を開発

 キャプランのBSCに関する著作は、すべてデイビット P. ノートン(David P. Norton)との共著である。アイジリ同様、ノートンとの出会いも、その後のキャプランの研究領域をさらに深めることになった。

 ノートンは、ほぼ同年齢(1941年生まれ)であり、修学経験もキャプランと類似していた。大学では電子工学を専攻し、フロリダ工科大学でORの修士号を得た。さらに、フロリダ州立大学でMBAを取得し、HBSのDBAプログラムに進学した。DBAプログラムでの専攻分野はORである。

 ノートンは、DBAを取得したのち、ITマネジメントの教授であったであったリチャード L. ノーラン(Richard L. Nolan)とともに、1975年、コンサルティング・ビジネスのノーラン・ノートン(Nolan, Norton & Co.)を設立した。ノーラン・ノートンはその後、世界四大会計事務所の1つであるKPMGに買収されて、KPMGの研究部門のノーラン・ノートン・インスティチュートとなった。

 キャプランとノートンとの出会いは、1990年、KPMGのノーラン・ノートン・インスティチュートが主催した、“Measuring Performance in the Organization of the Future”(将来の企業における業績評価)に関する研究プロジェクトであった。

 そのプロジェクトは、従来の財務的な業績評価指標だけで企業評価することが、将来的な企業価値を阻害するのではないか、財務と業務の両面をバランスさせる業績評価指標が必要ではないか、という問題意識に基づいていた。特に、顧客のブランド・ロイヤルティ、製品デザイン力や学習する組織文化などに関する企業固有の無形資産が、競争優位の源泉となっていたにもかかわらず、それが生み出す価値を既存の財務的な業績指標で評価するには限界があった。

 同プロジェクトは、前述の Relevance Lost が発足の起点となっていた。同書では、19世紀から現代に至る、米国大企業の発展過程におけるマネジメント・アカウンティングの進化を概観し、製造の国際化や製造技術の革新、製品事業の多角化の進んだ現代企業において、マネジメント・アカウンティングの新たな視点と方法の必要性が主張された。同書の著者の1人であり、HBSの会計学の教授であったキャプランが、プロジェクト・メンバーとして招聘されたのである。

 ノーランがリーダーに就任し、さまざまな業界から参加者を得て、同プロジェクトは月2回のペースで1年間続いた。BSCは、ビジョンと戦略について、財務、顧客、業務プロセス、学習と成長の可能性という4つの視点で具体的に、事業の成果を多面的に評価するためのフレームワークである。研究会では、いくつかの参加企業で試行的にプロトタイプを導入し、問題点を検討した。

 キャプランとノートンは、新たな業績評価システムとしてのBSCの導入可能性と、その成果を報告書にまとめた。

 彼らがHBRに寄稿した最初の共著論文は、“The Balanced Score-Measures that Drive Performance,” HBR, January-February 1992 .(邦訳「新しい経営モデル:バランス・スコアカード」DHBR1992年5・6月号、再掲DHBR2003年8月号)である。

 ノートンはノーラン・ノートン・インスティチュートを辞め、BSCのコンサルティング会社を立ち上げた。その後、BSCの導入に関する課題については、“Putting the Balanced Scorecard to Work,” HBR, September-October 1993.(邦訳「バランス・スコアカードの導入インパクト」DHBR1994年1・2月号、再掲DHBR2003年8月号)を、BSCによる戦略経営への転換については、“Using the as a Strategic Management System,” HBR, January –February 1996.(邦訳「バランス・スコアカードによる戦略的マネジメントの構築」DHBR1997年1・2月号)をHBRに寄稿した。

 そして、これら3部作の書籍として、The Balanced Scorecard, 1996.(邦訳『バランス・スコアカード』生産性出版、1997年〔新訳版は2011年〕)と、The Strategy Focused Organization, 2000.(邦訳『戦略バランストスコアカード』東洋経済新報社、2000年)を上梓した。

 BSCは、競争優位の源泉として、無形資産が将来的な価値となる可能性を評価し、経営戦略の策定に際して具体的に組み入れることを可能にした。ただし、いくつかの導入企業を見ると、戦略の実効性に関する問題があった。

 そこで、戦略を実行する組織メンバーの個々の業務が、組織全体の目標にどのように結びついているのか、業務プロセスの優先順位はどうなっているのかなど、企業目標の達成に向けて組織メンバーを統合するツールである「戦略マップ」(Strategy Map)と「戦略テーマ」(Strategic Themes)、さらに戦略と業務の統合されたマネジメント・システムについて提言した。

図1:戦略マップの概要

 戦略マップについては、“Having Trouble with your Strategy? Then Map It,” HBR, September-October 2000.(邦訳「バランス・スコアカードの実践ツール:ストラテジー・マップ」DHBR2001年2月号)を、さらに、戦略マップを無形資産の評価に応用した “Measuring the Strategic Readiness of Intangible Assets,” HBR, February 2004.(邦訳「バランス・スコアカードによる無形資産の価値評価」DHBR2004年4月号)を寄稿した、また書籍として、Strategy Maps, 2004.(邦訳『戦略マップ』ランダムハウス講談社、2005年。復刻版は、東洋経済新報社、2014年)を上梓している。

 戦略テーマについては、“How to Implement a New Strategy Without Disrupting Your Organization,” HBR, March 2006.(邦訳「『戦略テーマ』:BSCの新ツール」2006年6月号)を、さらに、戦略マップと戦略テーマをマネジメント・プロセスとして循環させるマネジメント・システムを提言した論文が、“Mastering the Management System,” HBR, January 2008.(邦訳「戦略と業務の統合システム」DHBR2008年4月号)を寄稿した。

 また、BSCから生み出された戦略を継続的に管理して、実効性を高めるための組織としてOSM(Office of Strategy Management)が必要であることに気づいた。その提言を記したのが、“The Office of Strategy Management,” HBR, October 2005.(邦訳「戦略管理オフィスの活用法」DHBR2006年3月号)である。

 その後2人は、戦略の実効性を高める集大成の著作として、The Execution Premium, 2008.(未訳)を出版している。

 キャプランは、ABCやBSCの提唱者として有名である。そればかりでなく、マネジメント・アカウンティングの分野で多数の論文を寄稿している。HBRには共著を含めて26論文を、会計学のジャーナルを合わせると、その数は175論文にのぼる。

 それら論文のテーマや共著者を見ると、人との親交を深めるによって、新たな理論を生み出してきたことが推察できる。それは、キャプランがもともと、教育課程において会計学を専門として勉強したわけではないという点にあり、企業活動の現実を測定・評価し、経営戦略に反映させるためにいかにあるべきか、という柔軟な思考による。

 今日のように、著名な会計学者としてのキャプランの研究者人生となったのが、Yujiの愛称で呼ばれたアイジリこと、井尻雄士との出会いであった。そのとき井尻雄士は、33歳にしてカーネギ・メロンの会計学の正教授であり、キャプランは当時28歳で、会計学のいわば助教の立場のアシスタント・プロフェッサーであった。

 キャプラン自身が語ったように、彼がアイジリから学んだことは、既成理論や通念を超えて、現象に対する柔軟な思考を持つことなのである。

[注1]マービン・バウワーは、マキンゼーのマネージング・ダイレクターとしてリーダーシップを発揮して、今日的な経営コンサルタントのスタイルを築いた経営者の一人である。
[注2]the winner of the American Accounting Association's Deloitte Haskins and Sells/Wildman Award Medal.
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