多国籍企業の経営戦略:
国境を超越する経営に、どう戦略的に取り組むか

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なぜ、同じ「経営」をテーマとしながらも、経営の実務と学問としての経営戦略の間には、これほどまでに大きな隔たりが存在するのか。本連載では、長く実務の世界に身を置きながら、学問としての経営学を探究し続ける、慶應義塾大学准教授の琴坂将広氏が、実務と学問の橋渡しを目指す。第12回は、2つ以上の国や地域をまたぐ国際的な事業環境において、いかなる戦略を立案し、それを実行すべきかを議論する。そこにはいかなる困難があり、また可能性があるのだろうか。

 前回は、新興企業の経営戦略の特性について概観した。

 ゼロから事業と組織を立ち上げ、試行錯誤を重ねながら成長していく新興企業には、より創発的な経営戦略立案のアプローチが必要である。事業を走らせながら戦略仮説を検証し、さらに磨き込む。こうした考え方に求められる基本を提示した。

 今回は、国際的な事業環境について議論を進める。

 国際的な事業環境に対しても、新興企業と同様に、これまでの議論を適用できる。検討すべきことの骨格や、経営戦略の基本的な役割は変わらない。もちろん、それが新興企業の場合であれば、前回の議論を加味することが必要である。

 その一方、国際的な事業環境、すなわち2つ以上の国や地域をまたいで事業を行う状況では、単一の国や地域で事業を行う場合は検討する必要がないさまざまな要因こそ、競争優位の直接的な源泉となり、差別化の最重要項目になる。

 以降、国際的な事業活動を推進するための経営戦略がどう異なるのか、そこにどんな困難や可能性があるかについて、掘り下げて議論する。

現代はセミ・グローバリゼーションの時代

 現代は、第二次グローバル経済の最中にある[注1]

 最初のグローバル化の波は、金本位制の普及が始まる1880年から1929年の世界恐慌までの時代であった。それが戦争と、それがもたらした分断の時代を挟み、中国の改革開放政策が始まる1979年以降、「グローバリゼーション」とも呼ばれる第二次グローバル経済につながる[注2]

 大前研一による1990年の著作『The Borderless World(ボーダレス・ワールド)』[注3]が描写する「相互連結経済圏(Interlinked Economy)」や、2005年にトーマス・フリードマンが出版した『The World is Flat(フラット化する世界)』[注4]で描かれる「フラット化した世界」は、旧植民地の独立、冷戦の終結、中国の経済開放、そして第三世界の発展という、新たな国際協調体制と自由貿易推進の流れがつくり出した経営の新たな常識となった。

 こうした変化の背景には、1970年代の中頃以降に急速に進んだ、4つの経営環境の変化が存在している[注5](表1参照)。

表1:グローバリゼーションを牽引した4つの要因

写真を拡大出典:筆者作成

 まず、情報通信とメディアが急成長した。テレックス、国際電話、国際ファックスの導入が進み、特に1990年代以降は、インターネットが世界の情報網を急速につなげた。もちろん、こうした通信サービスの裏側に存在する、海底通信ケーブルと衛星通信網の急速な大容量化、低価格化が進んだことも忘れてはならない。

 また、人とモノの移動が、ジェット旅客機の大衆化とコンテナ船の普及、それらに伴う空港港湾の標準化と大規模化によって様変わりした。これにより定期的に、確実に、さらに迅速に、安価に人とモノを世界中でやり取りすることが可能となった。

 さらに、これは見過ごされがちな要因でもあるが、生産活動における情報交換を円滑化する、人工言語の整備と普及が進んだ。ISOやIEEEなどの国際標準、さらにはプログラミング言語などにより、知らない人間が、知らない場所で作成した部材や製品であっても、一定の基準を満たしていると信頼できる仕組みが整った。

 加えて、第4の要因として、第二次世界大戦から冷戦を経て、一定の緊張状態が持続した期間や数々の地域紛争があったものの、国際貿易が振興され、国際法規が整備され統一される方向性が継続されたことも挙げられる。これは少なくとも現時点までは、グローバル化を推し進める要因であった。

「少なくとも現時点まで」という条件付きなのは、現在において完全にグローバル化した世界経済が存在しているわけではないという重要な事実である。世界経済をつなげようとする要因が、企業の国際化を力強く進行させている。しかし同時に、世界各地の独自性が消え果てたわけではない。世界の多様性を保ちつづけようとする力も、依然として力強く存在する。

 たとえば、世界各国の市場経済の特性を分析する指標としてしばしば引用される「経済自由度指標(Index of World Economic Freedom)」は、依然として大きな差異が残る、各国の市場の特性を概観できる資料である。

 この指標は、「法の支配(Rule of law)」「政府の規模(Government size)」「規制の効率性(Regulatory efficiency)」「市場の公開度(Market openness)」という4つのカテゴリーに分類できる12の指標から構成される。そのうえで、その国の経済自由度について100を最大値、0を最小値として算出し、市場経済の特性を表している。

 この尺度をもとに世界地図を塗り分けたものが図1である。

図1:経済における世界の多様性はいまも残る

写真を拡大
出典:The Heritage Foundation, 2017 the Index of Economic Freedom, http://www.heritage.org/index/heatmapを参照して作成

 この図を見ると、世界の市場にはいまだ大きな多様性が残っていることがわかる。経済格差、人々の生活水準、健康水準、文化の差異だけでなく、企業が活動する際に重要となる市場の統制の度合いを見ても、世界が単一の市場となりつつあるとは到底言えない。

 同様の傾向は、世界銀行の「世界ガバナンス指標(World Governance Indicators)」[注6]や、非営利組織トランスペアレンシー・インターナショナルの「腐敗認識指標(Corruption Perception Index)」[注7]からも確認できる。こうした指標の数値は、我々が常識と考えている商習慣や取引の前提が成り立たない市場が、依然として世界には数多く存在することを示唆している。

 特に最近では、欧州連合からの英国の脱退を意味するブリグジット(Brexit)や、国粋主義的かつ保護貿易的な政策を支持する米国のトランプ政権の誕生など、世界の市場統合の流れに対する揺り戻しが目立つ。日本の経済自由度も、残念ながらここ数年は、医療費などの政府支出と負債の増大、相対的に重い租税負担により徐々に低下しつつある。

 一方の流れとして、技術進歩と世界経済の発展が世界各地を密接に接続しようとしている。他方では、世界各地に残る社会と経済の多様性は消え去ることはなく、現時点でも明確に存在し続けているのである[注8]

 この世界市場の状態を、パンカジュ・ゲマワットは2003年の論文[注9]で「セミ・グローバリゼーション」と名付けた。グローバリゼーションが進行しつつも、それが完全には世界を一つの市場にしていない状態である。これが、国境を越えて事業を展開する企業が直面する、世界市場の異質性である。

[注1]以下を参照されたい。琴坂将広、ところで、グローバリゼーションって何?:「世界的な価値の連鎖」の始まりはいつ?、日経ビジネスオンライン、http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20141022/272888/
[注2]Jones, Geoffrey. 2005. Multinationals and Global Capitalism. Oxford University Press.(邦訳は『国際経営講義』安室憲一・梅野巨利訳、有斐閣、2007年)
[注3]Ohmae, K. 1990. The Borderless World. HarperCollins Publishers.(邦訳は『ボーダレス・ワールド』田口統吾訳、プレジデント社、1990年)
[注4]Friedman, T. L. 2005. The Wworld is Flat. Allen Lane.(邦訳は『フラット化する世界 上・下』伏見威蕃訳、日本経済新聞社 、2006年)
[注5]以下を参照されたい。琴坂将広、「世界はグローバル化などしていない」に反論する:データで知る、世界経済を取り巻く環境変化のリアルな姿、日経ビジネスオンライン、http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20141125/274207/
[注6]以下を参照されたい。http://info.worldbank.org/governance/wgi/
[注7]以下を参照されたい。 https://www.transparency.org/news/feature/corruption_perceptions_index_2016
[注8]以下を参照されたい。琴坂将広、なぜ「本当はグローバル化など進んでいない」と言われるのか、日経ビジネスオンライン、http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20141215/275147/
[注9]Ghemawat, Pankaj. 2003. “Semiglobalization and international business strategy.” Journal of International Business Studies, 34(2): 138-152.
 
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