論文セレクション

ロチェスターの二大企業の盛衰が
「競争優位の終焉」を唱えさせた

『Harvard Business Review』を支える豪華執筆陣の中で、特に注目すべき著者を毎月1人ずつ、首都大学東京名誉教授である森本博行氏と編集部が厳選して、ご紹介します。彼らはいかにして現在の思考にたどり着いたのか。それを体系的に学ぶ機会としてご活用ください。2017年9月の注目著者は、コロンビア大学ビジネススクールのリタ G. マグレイス教授です。

宿命に力強く生きた両親のもとで
大企業の盛衰を身近に感じる

 リタ G. マグレイス(Rita Gunther McGrath)は1959年生まれ、現在58歳。コロンビア大学ビジネススクールで教授を務め、不確実性の高い事業環境における経営戦略を研究する傍ら、米国の代表的企業に対するコンサルティングを行っている。

 マグレイスは、コロンビア大学で政治学を専攻し、卒業後、同大学公共政策大学院(The School of International and Public Affairs)に進学して公共政策を学ぶ。一方では、学生起業家として、キンコーズ(Kinko's)のようなドキュメント・サービスを提供するベンチャー企業の創業に挑戦した。1982年、MPA(公共経営修士)を取得すると米国ニューヨーク市庁に採用され、情報処理部門のディレクターとして、新たな購買システムの導入プロジェクトなどを担当した。

 マグレイスは、ニューヨーク市庁に在籍中の1988年、ペンシルベニア大学ウォートン・スクール(以下ウォートン)のPh.D.プログラムに進学した(そのときすでに、ジョン・マグレイス〈John P. McGrath〉と結婚していたため、リタ・ギュンターからリタ・ギュンター・マグレイスとなっていた)。

 軽い気持ちでPh.D.プログラムに進学しようとしていたマグレイスに、教育研究者の道を歩むことを勧めたのは、夫の一言であった。マグレイスが迷っていた際の心模様は、のちにベストセラーとなった The End of Competitive Advantage, 2013.(邦訳『競争優位の終焉』日本経済新聞出版社、2014年)の巻頭で次のように語られている。

「ニューヨーク市庁の役人として、ちょっとばかり偉そうな仕事について得意になっていた私に、あなたの言葉はショックでした。Ph.D.をとるなら(本気になって)トップ5の大学に行かなければ価値はない、と。二人は家庭を持ち、二人の愛したニューヨークを去り、友人たちと別れ、借金もした。生き方を変えるのはとても難しく、私はみじめな気持ちのままだった。しかし、とても素晴らしい何かを築き続けることができた。あなたと一緒に。ジョン、次のチャプターでも何か発見があるはず」(筆者訳)

 ここには、教育研究者となることを支えてくれた、夫・ジョンへの感謝の気持ちが表れている。

 マグレイスの両親は、ともに博士号を持つ研究者であった。旧ドイツ領(現在はポーランド)のシュテティーンに生まれ、第二次世界大戦後のドイツ人追放政策を受けて英国の大学で学び、そこで結婚した。1958年に結婚してまもなく、2人は米国に渡ると、1964年に米国の市民権を得た。1959年生まれのマグレイスは、両親の渡米直後に生まれたことになる。

 マグレイスの父であるヴォルフガング H. ギュンター(Wolfgang H. H. Gunther)は、イェール大学メディカル・スクール薬理学研究科のポスドクの研究員となり、母は同スクールのリサーチ・アソシエイトとなって生活を支えた。彼女の両親は、故郷を追われたドイツ人としての宿命に翻弄されながらも、新たな生き方を新天地の米国に見出したのである。

 ポスドクだった父が、1967年、普通紙複写機市場で独占的地位を確立して、その最盛期を謳歌していたゼロックスに採用されると、一家はニューヨーク州ロチェスターに移った。複写機事業には、1970年の特許の公開にともない、IBMやコダックが参入した。しかし、トナーやドラム交換や紙詰まり除去のために、全米で4万人のサービス担当者を配置したゼロックスの競争優位が揺らぐことはなく、IBMもコダックは最終的に複写機事業からの撤退を余儀なくされた。

 ところが1980年代以降、キヤノンが開発した、トナーカートリッジ内蔵でサービス不要の小型複写機が普及することにより、ゼロックスの競争優位は希薄となり、衰退に追い込まれることになった。マグレイスの父は、研究者としての業績を評価されて、1980年、同じロチェスターに本拠を置くコダックに転職した。当時、銀塩フィルムの利益で最高益を誇るコダックの最盛期を経験することになった。その後、1994年、医薬品事業からの撤退によってスピン・オフしたイーストマン・ケミカルに転籍すると、そのまま定年まで勤め上げた(彼女の父の功績をグーグルで検索すると、いまでもゼロックスやコダック在籍時に取得した多数の特許を見ることができる)。

イアン C. マクミラン教授とともに
大企業の新規事業計画の問題点を指摘

 マグレイスは、ウォートン在学中にイアン C. マクミラン(Ian C. MacMillan)教授の研究指導を受け、「成熟企業組織における新たなコンピタンスの開発」の題目で博士論文を執筆した。1993年にPh.D.を授与されると、同年、コロンビア・ビジネススクールのアシスタント・プロフェッサーとして採用される。

 マクミランは、南アフリカ出身の元化学エンジニアであり、実務の世界からアカデミズムの世界に入った異色の経歴を持つ。1963年に大学卒業後、政府機関や化学会社などで勤務したのち、南アフリカ大学でMBA取得後に講師となった。その後、同大学でDBAを取得した1975年に渡米し、1976年にコロンビア大学の准教授に就任。ニューヨーク大学の起業家センター発足にともない同大学の教授となり、さらに1986年には、ウォートンから請われて、同大学の教授兼スナイダー起業家研究センターのディレクターとなった。

 1995年から2009年までの15年間に渡り、『Harvard Business Review(ハーバード・ビジネス・レビュー)』(以下HBR)に掲載されたマグレイスの論文は、すべてマクミランとの共著である。

 両者の問題意識は、変化が激しく不確実性の高い事業環境であるにもかかわらず、大企業には組織の惰性があり、起業家精神が欠如している、という点にあった。そして、大企業に起業家精神を発揮させるためには、どのような取り組みが必要か、という点が研究課題となっていた。

 マグレイスがマクミランとともにHBRに最初に寄稿した論文は、大企業の事業計画のあり方を問題にした、“Discovery-Driven Planning,” with I. C. MacMillan, HBR, July-August 1995.(邦訳「未知の分野を制覇する仮説のマネジメント」DHBR1995年11月号)であった。

 この論文では、大企業が、新規事業に進出したものの、巨額の損失を出すことが少なくないことを問題提起した。その原因は、第一に、新規事業に取り組む大企業の起業家精神の欠如であり、第二に、新規事業分野は不確実性が高いのにかかわらず、事業計画や製品計画の立て方に問題があるからとし、大企業が新規事業に取り組むための計画手法として「仮説指向型計画」を提唱した。論文において、花王のフロッピーディスク事業の参入計画を事例としている点は興味深い。

 同様の問題意識に基づく論文には、“Discover Your Products' Hidden Potential,” with I. C. MacMillan, HBR, May-June 1996.(邦訳「製品の潜在競争力を発見するACEマトリックス」DHBR1997年1月号)や、“Discovering New Points of Differentiation.” with I. C. MacMillan, HBR, July-August 1997.(未訳)がある。

 また以上の論文をまとめた著書として、同じくマクミランとの共著、The Entrepreneurial Mindset, 2000.(邦訳『アントレプレナーの戦略指向型』ダイヤモンド社、2002年)がある。2009年にはあらためて、Discovery-Driven Growth(未訳)を出版した。

 マグレイスとマクミランはさらに、成熟化した大企業における既存事業の競争優位性の喪失に対して、新規事業を着実に成功させるための成長戦略(図1参照)を早期に見出す必要性を提言した、“MarketBusting,” with I. C. MacMillan, HBR, March 2005.(邦訳「『脱』コモディティ化の成長戦略」DHBR2005年8月号、「成熟産業の成長方程式」DHBR2009年6月号)を発表。さらに書籍としては、MarketBusters, 2005.(邦訳『市場破壊戦略』ダイヤモンド社、2006年)を上梓した。

図1:不確実性の時代の成長戦略

 マクミランとの最後の共著論文となった、“How to Get Unstuck,” with I. C. MacMillan,” HBR, May 2009.(未訳)は、リーダーが変革に取り組むために何をすべきか、というメッセージである。それは、マクミランからマグレイスに対するメッセージだったのかもしれない。

アウトライヤー(長期的成長企業)の
持続的競争優位とは何か

 マグレイスはHBRのインタビュー、“When your Business Models is in Trouble: An Interview with Rita Gunther McGrath,” HBR, January-February 2011.(邦訳「よいビジネスモデル 悪いビジネスモデル」DHBR2011年8月号 )において、成功したビジネスモデルの前提条件を再検討するメカニズムを企業が持ち、それが衰退する前に、ビジネスモデル改革の推進する必要性を語った。

 このインタビュー以降、マグレイスの論文は単著となり、絶えず学習して、その時代に合った競争優位を創発的に獲得している成功企業に関する、経営の特徴を鮮明にした。

“Failing By Design,” HBR, April 2011.(邦訳「『知的失敗』の戦略」DHBR2011年7月号)では、成功企業は失敗の教訓から学習し、創発することで価値を創造しており、失敗から学ぶことの重要性を述べている。

 また、“How the Growth Outliers Do It,” HBR, January-February 2012.(邦訳「10年連続で高業績を続ける秘訣」DHBR2013年1月号)では、それが長期的に安定し、かつ持続的な成長を遂げた「異常値(アウトライヤー)」を示す企業の特徴だと述べている。注目すべきは、アウトライヤーと呼ばれる企業は、環境の変化に機敏に適応する一方で、企業文化や共通の価値観を重視するなどの保守的な側面があるとした点である。

 さらに、持続的な競争優位を維持するアウトライヤーはまれな存在である、という前提で書かれた論文が、“Transient Advantage,” HBR, June 2013.(邦訳「一時的競争優位こそ新たな常識」DHBR2013年11月号)である。

 組織には惰性があり、顧客と接する現場が、トップマネジメントに対して競争優位が失われつつあることを進言しても受け入れられることはなく、むしろ現状にこだわり、結果的に失敗の罠にはまる場合が少なくない。衰退しつつある競争優位性にこだわるのではなく、新たな競争優位性を構築することが必要であり、そのための企業戦略の重要性がいまだかってなく高まっているとした。

 なお、書籍として出版された『競争優位の終焉』は、これら単著論文の集大成でもある。同書の副題である、“How to Keep Your Strategy Moving As Fast As Your Business”が示す通り、競争優位が終わるのではなく、事業戦略を迅速に対応させることで、企業としての競争優位を継続させることを唱えた。

 マグレイスは、ドイツの敗戦にともない旧ドイツ領を追われて、米国に移住せざるをえなかった両親の人生模様と、父が勤め、ロチェスターに君臨した二大企業であるコダックとゼロックスの盛衰を目の当たりにしてきた。不確実性の時代にあって、個別事業の競争優位が一時的でしかないことは、マグレイスがあえて唱えずとも、実業界や学界ではこれまで常識ではあった。ただ、マグレイスは、それを実感した人物でもある。

 企業は、一時的な競争優位を獲得できても、それを持続させることは困難である。その前提に立ち、持続的な競争優位を獲得するために企業は何をすべきか、という視点でコア・コンピタンスやリーソース・ベースト・ビュー(RBV)、さらにダイナミック・ケイパビリティなどの戦略論が生まれてきた。

 マグレイスが問うように、企業はいかにして競争優位を持続させるのか。そして、そのための成長戦略はどうあるべきか。今日の経営課題として、それが持続的に問われていることは言うまでもない。

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