論文セレクション

平野正雄氏が選ぶ、
グローバル経営に示唆を与えてくれる2人の論考

最新の事例や理論が求められるなか、時代を超えて読みつがれる理論がある。『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』(DHBR)の過去の論文には、そのように評価される作品が無数に存在します。ここでは、著名経営者や識者に、おすすめのDHBRの過去論文を紹介していただきます。第3回は、マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、カーライル・ジャパン共同代表を経て、現在は早稲田大学ビジネススクール教授を務める平野正雄氏により、企業がグローバル経営を進めるうえで役立つ2人の論客による論文が選ばれました。(構成/新田匡央、写真/鈴木愛子)

 経営戦略は特定の局面に基づいて組み立てているため、当然、あるケースでは成立しても、別のケースでは成立しなくなることがほとんどです。それだけに、優れた論文のエッセンスと思考のフレームワークをよく理解し、現実の経営課題に当てはめて考えることは、思考の効率を高めて、効果的な戦略を生み出すうえで有効です。

 その観点から、グローバル経営ということでは、2人の論客による論文をおすすめします。

 グローバル化は、経営における重要なフロンティアの1つです。地球上には多様な国があり、多様な人々がいて、それぞれが多様な生活を営み、多様な経済が成立しています。その多様性を企業に取り込み、効果的な戦略を組み立てるという作業は挑戦的です。

 また、企業はいまや、社会や人々の暮らしに対して国家並みの影響力を持っていると言えます。たとえば、ネスレ、ゼネラル・エレクトリック、フェイスブックなど、各領域で世界をリードするグローバル企業群の活動は、人々の生活を変えているとともに、そこでの投資活動や利益配分は各国の経済に大きな影響を与えています。政治的にも、経済的にも、世界を代表するグローバル企業の意思決定は、国家と同等、ときには国家の決定以上に、人々の生活を左右するほどの力があるのです。

 グローバル経営について考えることは、すなわち、国ごとに異なる文化や経済、そして政治制度の問題までを含めて考えることです。これは複雑ではありますが、非常に魅力的なトピックではないでしょうか。

ゲマワットの論考から
普遍的な気づきを得る

 グローバル経営という視点で考えたとき、パンガジュ・ゲマワットによる一連の論考は参考になります。

 2000年代、トーマス・フリードマンが『フラット化する世界』を上梓しました。そこでフリードマンは、世界は統一化され、共通化され、ボーダーレス化しつつあると説きます。また、それより以前、1990年代初頭には、大前研一が『ボーダレス・ワールド』を書き上げ、グローバル化は地域や国家などの垣根を超えていくという世界観を提示しました。

 これに対してゲマワットは、「セミ・グローバリゼーション」という概念を示しました。世界は障壁が少なくなりつつも、厳然としてさまざまな地域格差が残るだろうと指摘したのです。

 たとえば、『海外市場のポートフォリオ分析』(2002年1月号)の中で、国家や地域による違いを、彼は4つの距離(distance)に分類しました。そして、グローバル前略とはこの距離を利用したり、克服したりすることだと定義したのです。4つの距離とはすなわち、「文化的な距離」(cultural distance)、「制度的な距離」(administrative distance)、「地理的な距離」(geographic distance)、「経済的な距離」(economic distance)です。

 また、『トリプルAのグローバル戦略』(2007年6月号)では、この距離を克服あるいは利用して、グローバル経済で企業が価値を創造するアプローチが3つあることを示しています。それが「トリプルA戦略」です。

 1つ目が「適応」(Adaptation)であり、簡潔に言えば、距離を受け入れてローカル化を徹底することです。ある新興市場を開拓するとき、徹底的に現地の事情に精通し、製品やサービスの提供のあり方をローカル化すると、その市場で受け入れられる商品をつくることができます。

 ただし、それを実践する場合、地域あるいは参入した市場の数だけアプローチが必要になります。製品の種類は増え、製造プロセスも複雑化し、その管理体制も煩雑になります。この戦略は、たしかに効果的ではありますが、そうした課題を無視することはできません。

 そこでゲマワットは、もう1つの戦略として、距離を克服するための「集約」(Aggregation)という概念を提示しました。これは要するに、標準化と集権化の推進であり、ある1つのものを世界に売っていくか、あるいは意思決定機関を1ヵ所に集中することで「適応」による複雑性の問題を解消できます。たとえば、アップルのiPhoneのような標準品を世界で販売できれば、少なくともプロダクトデザインは1つで済むことになり、圧倒的な生産プロセスは効率化が図れます。

 適応戦略と集約戦略は多くの場合トレードオフの関係にあります。地域を効果的に開拓するならば適応戦略が好ましいですが、コストがかかり、管理も複雑になる。一方、効率化を考えれば集約戦略が適当ですが、特定地域のマーケットの実態からは乖離してしまいます。このトレードオフをどのように克服するかが、経営の課題となるのです。

 3つ目のAとして、ゲマワットは「アービトラージ」(Arbitrage)を挙げていますが、これはほかの2つとやや性格が異なります。「アービトラージ」を日本語にすると「さや抜き」となり、これは地域間に存在する差をビジネスチャンスとして捉える発想です。

 わかりやすいのは労賃の差です。たとえば、米国とメキシコでは労働者の賃金に大きな差があり、メキシコの安い労賃を使って安く組み立てたものを、米国では高価格で販売できれば、2国間の労賃の差を利用して利益を上げることができます。

 また、「文化的さや抜き」(cultural arbitrage)を活用し、ある地域の文化的優位性を利用することで他地域でのビジネスにつなげるケースもあります。たとえば、スターバックスコーヒーはその代表例と言えるでしょう。現会長のハワード・シュルツは、スターバックスを「サードプレイス」と位置づけ、単にコーヒーを売るだけでなく、カフェで少し高級なコーヒーを飲みながら会話をしたり、仕事に打ち込んだりするという米国流の文化を売り物にしました。そして、そのコンセプトに国家を超えた訴求力があったため、スターバックスはグローバル企業になれたのです。

 このように、ゲマワットのトリプルA理論には、4つの距離をどのように克服し、あるいはどのように活かすかという発想があります。これは企業経営に普遍的に活かせる考え方であり、また非常にわかりやすい考え方だと思っています。

『グローバル競争とリージョナル戦略』(2006年3月号)で示されているリージョナル戦略は、適応戦略が徹底的なローカル化、集約戦略がグローバルな標準化・集権化を提示するのに対して、その中間と言えるでしょう。ゲマワットがこの論文で強調しているのは、リージョナルが中間的組織という意味ではなく、リージョナルという単位で考えて行動すること自体に意味があるということです。そのうえで彼は、リージョナル戦略における5つの類型(「ホームベース戦略」「ポートフォリオ戦略」「ハブ戦略」「プラットフォーム戦略」「マンデート戦略」)を提示しています。

 ゲマワットの一連の論文が優れていると感じるのは、その理論が極めて普遍的でわかりやすいからです。ビジネスの現場でグローバル戦略を策定する際、それはたいていの場合、トリプルA戦略やリージョナル戦略など、彼が提示するフレームワークで説明できるでしょう。自社の大きな方向性を判断するうえで、ゲマワットの論文は示唆を与えてくれると思います。

ゴビンダラジャンの論考から
具体的なヒントを得る

 ビジャイ・ゴビンダラジャンの『リバース・イノベーション 実現への道』(2012年8月号)は、現場の経営にとって有益なヒントを与えてくれます。ゲマワットの論文は「概念的な整理」としては非常に優れたものですが、ゴビンダラジャンの論文には具体性があります。

 これまで地域の違いを活用するときには、先述のスターバックスの事例のように、先進国から新興国へという展開をベースに考えられてきました。ゴビンダラジャンはそうではなく、新興国だからこそ有効な事業展開を、先進国や成熟国に還流できると主張します。

 これはゲマワットが主張するアービトレージ戦略そのものですが、彼の論文との違いは、「具体的にどう考えればいいか」「具体的にどうすればいいか」がていねいに書かれている点です。トップマネジメントが先頭に立って改革を進めていくべきだ、ニュートラルなチームをつくり上げるべきだ、世界中のリソースを動員できるようにすべきだ、出島として勝手にやらせるのではなく全社の取り組みとすべきだ。こうした具体的な提案を知ることは、経営者の実際の意思決定に役立つでしょう。

 ただし、ゴビンダラジャンがこの論文でリバース・イノベーションの概念を整理した時点と比べると、新興国の位置づけそのものが変化している点には注意が必要です。市場や競争の環境はダイナミックに進化し、かつその速度は加速しています。新興国という言葉には、先進国にキャッチアップするというニュアンスが入っていますが、いまやその差は埋まりつつあり、新興国が先進国をリードする領域すらあるでしょう。

 たとえば、かつて中国はローコストな製造拠点として魅力がありましたが、いまは必ずしもコスト競争力があるわけではありません。練度が上がり、高度なエンジニアリング技術を持った人材が増え、世界最大規模の市場になったことで、アービトラージ戦略の前提そのものが変わってきていると言えます。

 企業経営者や企業の最前線でリードしている方々は、いま直面していることがそのまま最先端のケースです。そのため、過去のケースに基づいて書かれた論文が的外れだと感じることもあるでしょう。しかし、それは論文自体に価値がないということではありません。それが書かれた時点の世界経済の状況や構造を理解し、その本質を理解したうえで、自分なりに使える形でアップデートし、実際の経営に応用することが重要です。本質を抽出できれば、過去の論文をリアルな経営の現場に活かすことができるはずです。

 優れたコンサルタントの条件に「リソースフル」という資質があります。自分がすべてを知っている必要はなく、誰が知っているかを知っている、世の中にどういう考え方があるかを知っているということです。難しい課題に直面したときに、すぐにその解決策を思いつかなくても、そのヒントをくれて、論点を整理するのに役立つリソースを持っていることは、コンサルタントに限らず、優れたビジネスパーソンの重要な能力なのです。

『Harvard Business Review(ハーバード・ビジネス・レビュー)』の論文のように、よく考え抜かれ、体系化された知識や概念を知っていることは、まさにリソースフルな状態です。優れた論文を読むことは、自分のリソースフルネスを高めるための、極めて有効で効率的な手段と言えます。

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