新興企業の経営戦略:
意図されない戦略を、どう意図的につくるか

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なぜ、同じ「経営」をテーマとしながらも、経営の実務と学問としての経営戦略の間には、これほどまでに大きな隔たりが存在するのか。本連載では、長く実務の世界に身を置きながら、学問としての経営学を探究し続ける、慶應義塾大学准教授の琴坂将広氏が、実務と学問の橋渡しを目指す。第11回は、これまで議論した経営戦略の定石を踏まえたうえで、新興企業の戦略を論じる。ゼロから立ち上がり、試行錯誤を重ねながら変化が求められ続ける企業は、どのように経営戦略を構築すればよいのだろうか。

 本連載ではこれまで、経営戦略をめぐる理論的な発展と、それを考える際に必要な要素を幅広く紹介してきた。

 まずは経営戦略の定義を議論し(第2回)、その原点を紀元前にまで遡り(第3回)、経営学の黎明期から戦略論の誕生までを理解した(第4回)。そして、古典的な戦略論が一斉を風靡した時代から、外部環境から考える道筋(第5回)と、内部環境から考える道筋(第6回)がどのような経緯と議論をたどって形成されたかを概観した。さらに、事業戦略(第7回)と全社戦略(第8回)、そして論理を軸とした実行(第9回)と感性を軸とした実行(第10回)を対比させ、現代の経営戦略の実務に必要な考え方の全体像を提示してきた。

 ここからは、これまで築いてきた各回の土台に基づき、3つの特殊な経営環境を考えてみたい。

 1つ目は、今回議論する新興企業の戦略である。ゼロから立ち上がり、試行錯誤を重ねながら成長する企業は、どのように戦略を考えていけばいいのだろうか。2つ目は、国際的な企業の戦略である。世界中の多様な特性を持つ事業環境にどのように適応し、それをどう活用すればよいのだろうか。3つ目は、第四次産業革命とも呼ばれる新たな技術革新である。人工知能、ロボティクス、センサー技術、ビックデータなど、今後の経営戦略を大きく変える可能性がある各種技術について、それが経営にもたらす影響を検討したい。

 いずれの特殊な状況にも、基本的には、これまでカバーしてきた内容のすべてが当てはまる。検討すべきことの根幹や、経営戦略の役割は変わらない。しかし、初期の事業立ち上げ、国際的な経営の推進、技術変革の取り込みにあたっては、通常とは異なる経営戦略の推進が必要になる場合がある。

 今回は特に、事業立ち上げ期の戦略のあり方について考えたい。実は、その時期は特に、起業家個人の趣向が色濃く反映される。私がこれまでインタビューしてきた数百人の起業家を見ても、その初期の経営戦略にはそれぞれに個性があり、哲学があり、多種多様なアプローチが取られていた。

 ここでの議論は、現在進行中の調査研究から得られたデータを根拠に組み立てており、「こうすべき」という絶対的な指針を提示するものではない。本連載で紹介してきた考え方や理論を思考の柱としながら、起業家がどのように経営戦略を推し進めるか、その大枠を解説するのが目的である 。

新興企業が成長可能な事業環境を考える

 新興企業と一言で表現しても、その状況は各社で異なる。

 創業当初から数百億円の予算を持つ事業もあるだろう。当初はまったく資金がなくとも、創業から2、3年で百億円以上の投資を受ける例も珍しくない。一方で、長期の潜伏期間、すなわち人もお金も不十分なままに事業のあり方を探し求める状態が続くこともある。

 その起業家がどのような事業環境に身を投じるかによって、戦略立案の方向性は変化する。これは第7回で解説した「戦略パレット」(The Strategy Palette)からも理解できる。

 戦略パレットは、事業環境の特性を「予測困難性」「可鍛性」(その状況を変質/変化させうるか)「生存困難性」の3つの要素から分類する(表1)。

表1:戦略の5つの特性と経営環境の関連

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出典:Reeves M, Haanaes K, Sinha J. 2015. Your Strategy Needs a Strategy. Harvard Business Review Press. を参考に著者作成(第7回表4を再掲)

 特に新興企業が存在する事業環境では、予測困難性、可鍛性、または生存可能性のいずれかが高い可能性が予見される。まず、その事業環境の特性を理解することが戦略立案の第一歩である。

 予測困難性も低く、可鍛性も低い場合は、経営戦略の立案は古典的(Classical)となる。たとえ新興企業が事業を行うとしても、事前の詳細な計画や、それに基づいた周到な準備が重要だ。事業環境は成熟かつ安定しているため、参入に際しては規模感のある資本、そして十分な知見と経験が求められる。多くの場合、それは新興企業の得意とするところではない。

 一方、予測困難性が高く、可鍛性が低い場合は、新興企業にも事業機会が存在する。予測困難性が高いということは、非連続的な変化が持続している環境でもある。こうした環境において、事業モデルの工夫や技術や仕組みの革新によって自社のみが先回りできれば、既存企業が対抗しえない競争優位を得ることができる。ただし、小規模な新興企業がそれを得るのは困難ではあり、多くの場合、適応的(Adaptive)な戦略を使いこなす既存プレイヤーに強みがある。新興企業が勝負をかけるならば、初期段階から十分な経営資源が必要となり、既存企業との合従連衡は欠かせない。

 これらに対して、予測困難性が低く、可鍛性が高い状況に産業構造が転換しつつあるときは、新興企業にとって事業成長の大きな機会である。こうした事業環境は、新技術や新サービスの展開、すなわち洞察的(Visionary)な戦略が事業環境の構造を変化させうる状態にあるからだ。

 たとえば、電力自由化と再生エネルギーへの政策的な誘導が行われているような状況では、エネルギー産業にも多様な新興企業が参入する余地がある。同様に、電化製品や自動車など多種多様な製品がそれぞれ独自の集積回路を必要とする時代が訪れたことにより、一部企業の寡占化が進んでいた半導体産業においても、ARMのような新興企業が大きくシェアを伸ばすこととなった。変化の方向性を理解できる起業家が適切な事業モデルを推進すれば、大きな成長可能性をもたらすのである。

 予測困難性も高く、可鍛性も高い事業環境や、既存のプレイヤーの生存困難性が高い事業環境は、当然、多種多様な新興企業による新たな市場創出の主戦場である。こうした環境下では、成形的(Shaping)な戦略や復興的(Renewal)な戦略が発揮するだろう。これまでの事業環境の常識に囚われない発想、すなわち、必ずしも現在の外部環境や自社が有するリソースに左右されない、新しい事業の方向性が求められる。ただし、それは自由度が高い反面、初期から確実性の高い計画を立案するのは不可能に等しいと言える。

 以上のように、新興企業が成長しうる環境は、不確実性が高く、状況が変化しやすい。そのため、こうした事業環境では、どちらかといえば洞察的、成形的あるいは復興的な戦略を取ることが求められる。そうした背景によって、新興企業の戦略立案は一般的な打ち手とは少し異なってくるのである。

新興企業の主戦場は
「シュンペーター型」の競争

 先進国を中心に経済が成熟し、かつ複雑化した現代、資源の限られる新興企業が比較的短期間で競争優位を得られる産業領域は限られている。これはジェイ・バーニーが1986年の論文[注1]で示した「競争の型」という概念からも説明できる。

 新興企業が特に成長する事業領域は、バーニーの議論を援用すれば、安定的な産業構造が企業間の競争を誘導する「IO型」でも、既存プレイヤー間の競争関係が事業環境を規定うる「チェンバレン型」でもなく、イノベーションが競争構造を組み替えうる「シュンペーター型」の競争が発生する事業領域であろう(表2参照)。

表2:バーニーが示した「競争の型」

写真を拡大出典: Barney, J. B. 1986. Types of Competition and the Theory of Strategy: Toward an Integrative Framework. Academy of Management Review, 11(4): 791-800., p. 797を元に作者作成.

 IO型の競争が行われる事業環境は、比較的産業構造が安定的であることが多い。すでに確立された事業モデルを持つ既存企業が存在しており、長期間にわたり、その事業環境下の企業の戦略も変わらない。多くの場合は寡占化が進行しており、後発参入者である新興企業が事業を拡大しようとしても、既存の枠組みを打ち破ることが難しい。

 チェンバレン型の競争環境は、新興企業にもう少し可能性が残されている。それぞれの企業は各社の独自性をもとに事業を行うことが求められるが、既存企業との十分な差別化が可能であれば、新興企業にも十分に成長の可能性がある。とはいえ、比較的安定的な事業環境下で、すでに大きな事業規模を持ち、大きな経営資源を有する既存企業との競争に打ち勝つのは容易ではない。そのため、新興企業の中で一部の限られた企業のみが成長を実現することとなり、いわば例外的な事例である。

 シュンペーター型の競争環境は、一般に流通している言葉で言い換えれば、「破壊的イノベーション」や「創造的破壊」といわれるような、技術や事業モデルの抜本的な革新が芽生える事業環境である。これはまさに、戦略パレットにおける、予測困難性や可鍛性、生存困難性が高い状況である。それは産業構造が大きく変化しつつあるか、あるいは既存企業のイノベーションが停滞するときであり、こうした事業環境でこそ、無数の新興企業が生まれ、無数の試行が繰り返される。企業や事業の多産多死の状況でもあるが、だからこそ新興企業の事業拡大の主戦場となる。

戦略検討の定石だけでは
新興企業には不十分

 シュンペーター型の競争環境では、外部環境を理解し、内部環境を理解し、自社の競争優位を定めるという基本的な道筋だけでは、新興企業の現実に対応できない。すなわち、創業当初から正しい答えを導き出すのは極めて困難なのである。したがって、新興企業の戦略検討には、絶えず移り変わる外部環境の特性に柔軟に対応でき、同時に、自社の成長に伴い絶えず変化する内部環境の特性を逐一加味できるような、より創発的で柔軟な戦略検討の考え方が必要となる。

 本連載の第7回において、日米の一般的な経営戦略の教科書で解説される経営戦略の立案手法の定石について解説した。それは以下のようなものである。

 1.外部環境を理解する:ポーターのファイブ・フォース分析やPESTEL分析、シナリオ分析など、本連載の第5回で解説した手法を用いる。

 2.内部環境を理解する:資源ベース理論や知識ベース理論、ダイナミックケイパビリティなど、本連載の第6回で解説した概念を用いる。

 3.競争優位の源泉を決める:差別化、コスト優位、イノベーションの3つの主な方向性があり、特殊な競争環境では、競合との関係がカギとなる。

 新興企業の経営戦略を考えるにあたっても、この骨格は揺るがない。しかし、新興企業がその強みを発揮でき、急速に成長する可能性が高い市場領域は、必ずしも外部環境の構造が安定しているとは限らず、また、どのような自社資源や知識、能力が競争優位につながるかを特定することが難しい。

 こうした認識から、新興企業の戦略をめぐる議論は独特の発展を遂げている。これは第2回に解説した、ヘンリー・ミンツバーグらが1985年に発表した論文である「臨機応変な戦略形成(Strategy Formation in an Adhocracy)」の問題意識と同様である。

 ミンツバーグは、経営戦略が直線的な経緯をたどるという理解、すなわち外部環境の分析と内部環境の分析から競争優位の源泉を定め、それを粛々と実行するという理解に反証事例を提示した。彼は、経営戦略が日々の行動の実践から次第に生み出され、成功体験を積み重ねることで草の根から組織の各層に浸透し、それが経営戦略として認知される過程を示した。これは後に「創発的戦略」と呼ばれる、経営戦略が段階的に創出されるプロセスである。

 もちろん、新興企業には創業当初の戦略が必要ないというわけではない。

 新興企業の多数が興隆する事業環境は、予測困難性、可鍛性、生存困難性の少なくともいずれかが高い可能性があり、絶え間ない革新で競争優位を再定義し続けるシュンペーター型の競争にさらされていることが多い。こうした事業環境では、当初の戦略は指針にしかならないのである。

 だからこそ、新興企業は自身の行動を通じて、日々、みずからの事業の方向性を修正し、刻一刻と移り変わる事業環境の特性に即応し、絶えず戦略の舵を柔軟に動かし続ける必要がある。

[注1]Barney, J. B. 1986. Types of Competition and the Theory of Strategy: Toward an Integrative Framework. Academy of Management Review, 11(4): 791-800.
 
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