人を幸せにできるのは、人だけ

地域社会を育て、事業を育てる

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ラスベガスをカジノの街からエンタテインメントの街に変えたのが、スティーブ・ウィン氏である。ショービジネスや誰もが楽しめるエンタテインメント施設をつくり、「地域融合型リゾート」という独自の魅力ある街へと変えた。人を喜ばせる事業を成功させるには、何より働く人を大切にすることと主張する理念は、日本の伝統的な商人哲学にも通じる。2014年にはHBRが選ぶ「世界のベストCEO100」で17位に選出されたウィン氏に、統合型リゾート(IR)事業の要諦を聞いた。(聞き手/編集部、写真/Jacob Kepler)

モーメント・オブ・エクスペリエンス
すべてはそこから始まっている

編集部(以下色文字):あなたは、ラスベガスで自社の統合型リゾート(IR)を成功させたばかりではなく、ラスベガスという街そのものを繁栄させる大きな原動力となりました。IR事業でカギを握るポイントは何でしょうか。

スティーブ A. ウィン(Stephen A. Wynn)
ウィン・リゾーツ 会長兼CEO
1989年開業の「ミラージュ」をはじめ、「トレジャーアイランド」「ベラージオ」などを成功させ、統合型リゾート(IR)のコンセプトを確立。ラスベガスを全米随一の観光地に発展させた。2000年ウィン・リゾーツを設立、ラスベガスとマカオで4つのIR施設を運営する。

ウィン(以下略):この砂漠にある建物がウィン・ラスベガスだけだったら、私たちのビジネスはあっという間に行き詰まってしまうでしょう。

 米国でも、日本でも、あるいはアフリカでも、ビジネスは常に地域社会と深く関わっています。

 土壌が豊かならば、植物は健康に育ちます。健康な植物を育てたいと思うなら、まずは土壌が豊かであることが大事です。ビジネスと地域社会は、この植物と土壌の関係に似ています。

 ウィン・リゾーツはこの街で1万2000人を雇用しています。彼らはここに住み、子どもを育て、生活を営んでいます。私たちのビジネスと地域社会は、相互につながった一つのシステムなのです。

 私たちのビジネスは、ゲストと従業員が接するモーメント・オブ・エクスペリエンス(体験の瞬間)からすべてが始まります。観光、コンベンション、カジノ、ホテルなどで構成されるこのビジネスモデルでカギとなるのは、従業員とゲストが出会う瞬間です。

 ゲストの体験が素晴らしいものであれば、企業は成長し、繁栄します。そして、素晴らしい体験をつくり出しているのは一人ひとりの従業員であって、私ではありません。

 それゆえ、どうすれば従業員が素晴らしいサービスを提供できる状態でいられるか。そのことに、私は常に気を配っています。

 このリゾートでの働く環境、家族の状況、学校、行政。そのすべてが、従業員が素晴らしいサービスを提供できるかどうかを左右します。素晴らしいモーメント・オブ・エクスペリエンスを創造するためには、地域社会を含むシステム全体をよりよいものにすることが重要になるのです。

 ラスベガスでも、マカオでも、あなたは多くのゲストを喜ばせてきました。人を喜ばせる秘訣は何ですか。

 従業員が常にポジティブでいられるように、そしてゲストの体験が少しでもよくなるように、私たちは従業員を教育したり、さまざまな研修プログラムを行ったりしています。

 サービスの品質を維持するために、一人ひとりの従業員を監督するのに十分な数のスーパーバイザーを雇うことは現実的ではありません。リーダーシップが優れ、洗練された組織では、従業員一人ひとりが自分を監督している状態がゴールとなります。

 そこで新たな疑問が湧き上がります。「人間の行動を促す最もパワフルなツールは何か」という疑問です。

 それは、報酬でしょうか。報酬が公平に支払われることは重要ですが、公平に支払われている限りにおいて、それは最もパワフルなツールにはならないと思います。

 人を動かす一番の力は、強い自尊心です。個人の誇りを充実させること。それが最も強い力となるのです。

 従業員が鏡を見た時に、「私は自分に満足している」、彼らがそう言ってくれれば私の勝ちです。ウィン・リゾーツで働くことで、こうありたいと思う自分自身になれるなら、従業員たちは献身的にゲストに尽くし、ゲストが驚くほどの素晴らしいモーメント・オブ・エクスペリエンスをつくり出してくれるでしょう。

 そして、それがウィンの文化となり、ナンバーワンリゾートとしての地位を維持することにつながるのです。

 従業員の誇りを充実させ、彼らが最大限の力を発揮できるようにするために、どんな施策を講じていますか。

 まさにそこがウィン・リゾーツの成功のカギの一つです。例を挙げましょう。

 多くの企業が従業員の月間表彰、年間表彰の制度を実施しています。いわゆるスポットライトプログラムです。これはいいプログラムですが、弱点があります。

 会社がすべての従業員に目を配り、その人が最もいいパフォーマンスをした瞬間を見逃さないこと、それによってこのプログラムは公平なものになりますが、現実的にはほぼ不可能です。結果として、表彰されるかどうかは、かなり幸運に左右されることになります。それに、人間には好き嫌いがあります。上司が候補者を推薦する表彰制度の場合は、どうしても主観的な判断になりがちです。

 そこで、私たちが始めたのが「ストーリーテリング」というプログラムです。ウィン・ラスベガスには1500人のスーパーバイザーがいますが、彼らはシフト(交代勤務)に入る前にスタッフとミーティングを行っています。レストランでも、カジノでも、ホテルでも、すべての部門で毎日、ミーティングを行っていますが、そのミーティングを単なる報告や指示の場でなく、まったく別のものに変えるために、すべてのスーパーバイザーを4カ月かけて訓練しました。

 スーパーバイザーたちは、ミーティングでスタッフたちに問いかけます。「昨日、ゲストとの間でどんなことが起きましたか。ストーリーがある人は何でもいいから話してください」と。

 たとえば、あるスタッフはこんなふうに語り始めます。「昨日、ランチに行こうとした時、カップルがリゾート内で迷っていたので、『行き先はどちらですか』と声をかけました。『ラフィートというコンベンションルームです』とおっしゃるので、『では、その場所までご案内します』と言うと、『いいえ、道順だけ教えてくれれば大丈夫』とのお返事でしたが、『また迷うといけませんから、どうぞ案内させてください』と、ご一緒しました」

 このカップルは、「ご親切に、どうもありがとう」とスタッフにお礼の言葉をかけてくれたそうです。まさにこれが、私たちが求めるモーメント・オブ・エクスペリエンスです。

 こうしたストーリーを聞いたら、スーパーバイザーたちは、その場で大いに称賛します。「ブラボー! その瞬間にあなたはこのホテルを偉大にしてくれた。あなたの親身なサービスをゲストはけっして忘れないし、それを誰かに話すだろう。そして、またきっとこのリゾートに帰ってきてくれるはずだ。ありがとう、素晴らしい仕事をしてくれたね」と。

従業員が文化を正しく理解していれば
私は常に正しい意思決定ができる

 一般的なスポットライトプログラムとストーリーテリングの違いは、上司の指名や推薦ではなく、従業員が自分の意思で自分自身のストーリーを語ることです。同僚が素晴らしいストーリーを語り、それが上司に称賛されているのを見れば、他の従業員たちも自分自身のストーリーを探すようになります。つまり、従業員一人ひとりが監督となって、自分のストーリーをつくるのです。

 これが従業員同士でモチベーションを高め合い、優れたサービスを共有するのにとてもうまく機能しています。そして、独自の企業文化を形づくることにつながっています。

 特に素晴らしいストーリーを聞いた時、スーパーバイザーたちはすぐにストーリーテリング担当オフィスに電話をかけます。すると、カメラとレコーダーを持った係員がやってきて、その従業員から直接話を聞き、写真を撮ります。写真は大きなパネルにしてスタッフ専用のカフェテリアの壁に飾り、どんなストーリーだったのかも掲示します。社内のイントラネットにも載せます。

 ウィン・リゾーツは『フォーブス』誌の五つ星を世界の独立系ホテルの中で最も多く獲得し、『フォーチュン』誌では9年連続で「世界で最も称賛される企業」リストに選出されています。こうした高い評価は、独自の企業文化によってもたらされたものです。

 先ほども申し上げたように、ゲストの素晴らしい体験をつくり出すのは、私ではなく、従業員です。

 彼らがウィン・リゾーツの企業文化を正しく理解していれば、後は自動的にうまくいきます。どうやればゲストに素晴らしい体験を提供できるのか、このリゾートをよりよい場所にするためにはどうすればいいのか、あるいは、お金をもっと節約できる方法は何か。すべて彼らが教えてくれます。

 この文化は、権威に基づくものではありません。上司が知識と権限を持ち、従業員に落雷のように指示を出す。そうやって権威を形づくる──。それは私の哲学ではありません。

 私は、賢明さは人々からもたらされるものだと思っています。従業員がゲストと毎日接しているのですから、もし彼らがゲストといいコミュニケーションができていれば、私は常に正しい意思決定をすることができます。

 普通の会社では、従業員は上司の指示に従うものですが、ウィン・リゾーツでは一人ひとりに裁量権を与え、自分の判断で仕事をするように促しているのでしょうか。

 それは少し違います。すべての従業員には果たすべき役割があり、その規律は守ってもらわなくてはなりません。私が従業員に感じてほしい自由とは、どうすればもっといい仕事ができるか、それを私たち経営陣に何でも言える自由です。

 その自由によって、ゲストの体験を素晴らしいものにする可能性を最大化したいのです。

 私はリーダーシップを次のようなシンプルな言葉で定義しています。「リーダーの仕事は、普通の人が普通でない結果を出すよう支援すること」

 それが、私が果たすべき役割だと思っています。

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