私たちは「平均」に支配される社会に抗えるのか
――書評『平均思考は捨てなさい』

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ハーバード・ビジネス・レビュー編集部がおすすめの経営書を紹介する連載。第57回は心理学者のトッド・ローズによる『平均思考は捨てなさい』を紹介する。

社会は平均に支配されている

 私が高校1年生の時、とても難解な試験を課す日本史の教師がいた。いまでも、テストが始まった瞬間の衝撃を思い出すことができる。試験開始を告げるチャイムが鳴って問題をめくってみたはいいが、そもそも何を問われているのかわからない。ほぼすべてが難関大学受験レベルの論述で構成されたテストは、よくある単語の知識ではなく、歴史に対する本質的な理解が問われていた(いま思えば、とても良い先生だった。いま思えば、だが)。

 その結果、私のように付け焼き刃の準備で臨んだ多くの生徒にはペンを動かすチャンスすら与えられず、後日発表された試験の平均点は20点。お情けで8点と書かれた答案が返ってきた私は、見事に赤点だった。ただ、同じテストを受けた同級生に声をかけると、10点以下の“赤点仲間”が続出していた。その理由は単純で、私を含めた不勉強な怠け者と、勤勉な高得点者が多数を占めていたからだ。現実には、加算の「平均」として示された20点を獲得した生徒はほとんどいなかったのである。だが当然のように、その学期の評価は平均点を基準に行なわれた。

 本書は、邦訳のタイトルに象徴されるとおり、「平均」という評価基準に支配される社会へのアンチテーゼである。現実社会には「平均的な人間」など存在しないということを示すと同時に、それによって人々の個性が失われている現状に警鐘を鳴らしている。

 たとえば、「はじめに」で示されるエピソードは、平均への過剰な期待を表す典型例としてわかりやすい。20世紀に実施されたあるコンテストは、婦人科医の権威であるロバート L. ディッキンソンが1万5000人もの若い成人女性のデータを参照し、平均的かつ理想の女性像として導いた「ノーマ」の体型に、最も近い人物を選ぶために開かれた。だが、コンテストの結果を見ると、応募者3864人のうち、審査対象となる9つの部位すべてで平均の範囲内に収まる人物は一人もいなかった。わずか5つの部位に限定しても、それは40人未満にすぎなかったという。

 本書で特に興味深いのは、こうした具体例をていねいに紹介しながら、社会が「平均的な人間」という概念を歓迎するようになった背景と、それに抗う科学者の歴史が丹念に描かれている点である。そして、その最たる例であり、社会に大きな影響を与えた考え方として、本書では、経営学ではなじみ深いフレデリック・テイラーによる科学的管理法が挙げられている。

 テイラーが提唱し、労働者の個性を重視しない平均主義に基づいたその管理法は、組織から無駄を省き、徹底的な効率性を生み出した。当時の経営環境を考えれば、その功績は計り知れない。また、学問の世界がその発想に囚われることはなく、テイラー主義そのものは時代を経て見直され、経営学が着実な進歩を遂げていることも付け加えておきたい。一方で、「平均は理想の姿であり、個人はエラー」という基本的な考え方は現代社会にも根強く残っている旨の筆者の主張には、うなずく点も多い。

 たしかに、平均点、平均身長、平均年収、平均寿命など、世の中には「平均」を枕詞にした言葉で溢れている。自分がその範囲に収まることがある種の安心感を生み出すだけでなく、そこから外れている人が批判の対象になるケースは少なくない。そして、それは最終的に、個性が評価されない残念な社会につながっていることは事実ではないか。

 筆者は本書の中で、平均主義を抜け出し、個性を尊重するうえで必要な3つの原理を挙げている。そのどれもが言われてみると当然なのだが、普段は忘れがちな視点でもあり、一読する価値があった。

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