時代の当事者であり目撃者であった者として、
リアルな論考を書きたかった

マッキンゼー元日本支社長の平野正雄氏に聞く【後編】

マッキンゼーの日本支社長からカーライル・ジャパンの共同代表を経て、現在早稲田大学ビジネススクール教授を務める平野正雄氏。30年に亘って一貫して、企業経営を見てこられた。今回、初の著書経営の針路を刊行されたのを機に、執筆までの思いを聞く(構成/新田匡央、写真/和田佳久)。
前編はこちら。


編集部(以下色文字):マッキンゼーで日本支社長までやられたあとに、共同代表の一人としてカーライルに移られましたが、平野さんにとってどのような挑戦だったのですか。

平野 正雄(ひらの・まさお)
早稲田大学ビジネススクール教授
1998年から2006年まで、マッキンゼー・アンド・カンパニーのディレクターおよび日本支社長。マッキンゼーには1987年より20年間在籍し、情報通信および製造業から医薬品および金融までの幅広い産業分野において、企業の経営戦略、組織改革、グローバル化、M&Aなどのプロジェクトに従事。2007年からプライベートエクイティ大手のカーライル・ジャパンの共同代表として、複数の日本企業のマネジメント・バイアウト(MBO)投資に参画。2012年より現職。ビジネスモデル学会会長、工学博士(東京大学)

平野正雄氏(以下略):パーソナルな面とプロフェッショナルな面がありました。パーソナルな面は、マッキンゼー出身でベネッセの社長に就任された安達保さんが当時のカーライルのファンドヘッドで、パートナーを探していた彼に声をかけてもらったのです。私が積極的にプライベート・エクイティの仕事を物色していたとか、特に次はそれをやりたいと思っていたわけではなく、マッキンゼーに入ったのと同じように、実はほぼ偶然です。

 ただ、それまではコンサルタントとして内部から経営者と一緒に悩んで答えを出していく立場から、まったく違う新たな立場で企業経営に関わってみたいとは思っていました。それがプロフェッショナルの面です。プライベート・エクイティ(PE)は極めて先端的なビジネスですから、それ自体にも興味がありましたし。縁と言えば縁ですが、新たなチャンスだと思って行くことにしました。実際、極めてユニークで得難い経験をして、今の私にとってかなり役に立っています。

 少しさかのぼりますが、平野さんのキャリアはそれぞれ何年でしたか。

 マッキンゼーが20年、カーライルが5年、現在の早稲田大学教授が5年です。

 それぞれ経営に携わる仕事ですが、立場が微妙に異なります。経営に関する見方は変わってくるものでしょうか。

 コンサルタントは基本的にその企業の内側に入り、その企業の実態や内部論理を理解したうえで戦略や改革案をつくり、経営者をサポートする立場です。ところが、投資家は資本家の立場で、基本的に外から企業に対して改革を要望していきます。その立場で求めるものはシンプルで、業績であり株主価値を高めることです。その道筋を考えて、実行していくのは経営陣です。そういう立場です。

 しかし、コンサルタントは経営者を中から支援する立場なので、その道筋を考えて提言することが仕事になります。従って、コンサルティングとPE投資の仕事は、同じプロフェショナルな職業であっても、その立場や性格はまったく違うと言っていいと思います。

 似て非なるもの。

 いや、似てもいません。繰り返しになりますが、経営に対する関わり方はまったく違いますから。対比をすると、コンサルタントはあくまでも経営者に対するアドバイザーですが、PEのファンドマネージャは自ら投資の意思決定を行い、場合によっては経営判断にも介入するプリンシパルということなります。コンサルタントの仕事の成果は、提言の質であり、クライアントの業績改善への貢献ですが、プリンシパルの仕事は投資リターンにつきます。

 ただ、私は幸い両方を経験し、異なる立場から企業経営に関わることができた価値は大きく、いま学者になった立場では経営をより立体的に考えることができるようになったと思います。結局、企業経営者にも、人間集団である組織を束ねて業績を高めていく組織リーダーと言う役割と、株式会社である以上、投資家の負託に応えて株主価値を創造していくフィデューシャリーの役割の両面があるのですが、コンサルタントはどちらかと言えば前者の経営者を支える役割が高く、PE投資家は後者の経営者と対峙して経営を後押ししていく立場ですので、企業経営の両面を深く、かつ多くの企業や局面で知ることができたのです。大変に得難い体験だと思います。

 あるテーマに対してコンサルタントはこういう見方をする、投資家はこういう見方をするというわかりやすい例はありますか。

 なかなか難しいですね。というのは、悪くするとそれぞれのプロフェッションをステレオタイプで切ってしまうことになるからです。でも、考えてみましょう。

 コンサルタントは、とにかく経営課題の解決ということに拘ります。課題の本質がどこにあって、その課題を解くためにはどうすればいいか。本質を突き詰めなければならないという意識が非常に強くなります。そう考えると、オペレーションの効率化よりもその前提となる市場攻略の戦略そのものを修正しなければ、持続的な成長や業績改善は望めないはずだというところに突き進んでいく。そう考えるように動機づけされています。

 一方の投資家は、とにかく結果を求めることに拘ります。本質はそうかもしれないけれど、そこにたどり着く時間、本当に到達できるかどうかの蓋然性を考えれば、本質であろうがなかろうが結果に重きを置きます。結果を出すことが経営者の自信になるとともに、従業員の安心感につながり、会社の勢いが上がっていくと考えるからです。もちろん、コンサルティングも結果に結びつかなければ意味がありませんが、数字と言う結果に対するこだわりは、当然投資家のほうが強くなります。

 ただ、誤解を恐れずに言えば、コンサルタントも昔に比べて、数字面での結果を強く意識するようになっていると思います。したがって、ビジョンや組織という、直ぐに結果の見えづらいプロジェクトより、コストダウンや業務改善など結果に直結するプロジェクトの割合は増えていると思います。これには、経営の側も以前より業績改善へのプレッシャーが増していることもあると考えられます。あと、海外企業買収に伴う統合支援や業績改善などのプロジェクトの割合が増えているのも、日本企業の体質の変化を如実に反映しています。

 結局、日本企業にも株主価値経営が浸透した結果、短期の業績改善に対する圧力も増したことや、海外事業展開を企業買収を通して一気に加速しなければならなくなったということでしょうが、先に述べた経営者の二つ役割の内、株主の負託を受けたフィデューシャリーの比重が日本企業でも高まってきたとも言えます。そうなるとコンサルティングの仕事においても、より結果指向が高まっていると解釈しても良いと思います。

 一方で、PE投資家は企業経営者に対してはプリンシパルの立場で結果を求める立場であり、従って経営者のアドバイザーであるコンサルタントと異なる立ち位置であると言いましたが、実はPE投資家自身も機関投資家などから資金を預かって運用しているフィデューシャリーという入れ子構造にありますから、彼らも投資家から結果を求めれていることも、コンサルタントとの決定的な相違点です。なんだかややこしくなってきましたが、結果が求められるPEファームもコンサルタントの重要なクライアントでもあるんですね(笑)。

 コンサルタントは「経営者のパートナー」というイメージですか。

 そうでなければなりませんが、残念ながら業者と思われていることもなくはないですね。その点、PE投資家は株主ですから、経営者にとっては自分の解雇権を有する強大な権限をもった存在なのです。前回、コンサルタントがいくら良い提言を行っても、経営者が決断して実行に移してくれなければ何の意味もないと言いましたが、PE投資家は株主として経営に改革の断行をレジティメートに迫ることができることも、圧倒的な立場の違いです。その実行を経営者が拒否したらならば、解雇されることになりますから。

 ただ、PEファンドもいきなりそんな乱暴なことはしません。ファンドのスタイルによって濃淡はありますが、PEファンドも経営陣と一緒になって企業価値を向上させることを大切にしています。実際、今のファンドは単に投資をしてモニタリングしているだけではなく、さまざまなサポートをオファーしています。そのための自前のコンサルティング部隊を持っているファンドがいくつもあるくらいです。つまり、一緒に「汗をかく」姿勢は、ファンドにも強くあるのです。

 この背景には、PEファンド業界の事情もあります。というのも、ファンドにとっても一番効率が良いのは、どの投資家にとってもそうですが、安く買って高く売るということにつきます。ただ、ファンド間の投資競争も激しく、加えて一般事業会社のM&A熱が高まっている現在、そのような都合の良い投資機会は滅多になく、買収を実現するためには相当の買収プレミアムを支払わなければなりません。となると、買収後に経営陣と一体となって、改革に取り組んで業績改善をしない限り、投資家としてもリターンが確保できないというのがファンド業界の実体です。だから、各PEファンドとも、投資先の事業改革の支援に力もいれていますし、そのためにコンサルタントも盛んに活用するようになっているのです。

 そして、PEファンドは投資家として最終的には買収会社を売却してリターンを確保します。これがエキジット(出口戦略)と呼ばれる行為です。このことだけを取り上げて、結局ファンドは金もうけのために企業を売り買いしているという批判をする向きがありますが、それはそれで事実なんですが(笑)、実際には期限を決めて改革を断行し、企業価値を高めるということは、経営に規律を与えて、会社の潜在的価値を顕在化させるという観点からは、それまでの経営では出来なかったことを短期にやり遂げることなのですから、大変に意義のある行為であるのです。

 そうやって異なる立場で経営に深く携わってきて平野さんが、これまで本を1冊も書いてこなかったのは不自然に感じます。なぜ書かれなかったのですか。

 うーん、私の勤勉でない性格ですかね。一つ言い訳すると、2000年から2001年にかけてDHBR(DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー)誌に連載された「ニューエコノミー時代の競争戦略」という連載を執筆させてもらっていて、それを書籍化する話を、当時の編集部の人としていました。ゲラ刷りまで進んだのですが、ちょうどその頃「9・11」が起こりました。世界経済の風向きは一気に変わり、ニューエコノミーという言葉そのものも表舞台から姿を消しました。私自身の気持ちも落ち込んでしまい、お蔵入りにしてもらったのです。当時の編集部の方々にはご迷惑をお掛けしました。

「マッキンゼー流○○」といった本の執筆依頼は多くありましたが、これは既に多くのマッキンゼー出身者が良い本をたくさん出されていましたし、私の仕事ではないなと自認していました。ところが、いま自分は曲がりなりにも教職の仕事についていますからね、しっかりと考えを世に問うていかなければならない、という気に遅ればせながらなりました。

 元同僚、元部下の人たちの本を嬉しそうに見ておられましたね。

 もちろん、嬉しいですよ。彼ら、彼女たちの個人的な活躍はもちろん素晴らしいし、みなさんシャープでユニークな考えを加えて、単にマッキンゼーの紹介をしている本ではないですし。

 今回、初めてご著書を執筆されました。この本は、これまでのキャリアの集大成のおつもりで出されるのですか。

 そのつもりで書いたわけではありませんが、今回の本に関しては長期的な企業経営の変遷について書いていますので、私のキャリアと重なるところは当然ありますし、内容についてはプロフェショナルとしての自己体験が反映されていることは間違いありません。

 ある意味、バブルの崩壊から今日までの企業経営が激変していく時代の当事者でもありましたが、同時に身近な目撃者でもありましたから、その記録と記憶が本の下敷きになっていることは確かです。

 なるほど。だとすると、本書に出てくる日本企業の30年の振り返り、苦悩は、平野さんの30年の振り返り、苦悩でもあり、これからの展望も平野さんの展望でもあるということなのですね。

 その通りです。間違ったことは書いていないつもりですが、とは言え生粋の学者ではありませんから、アカデミアの作法に従った実証的な論考と言うより、カッコ良く言えば、当事者もしくは目撃者としてのリアルな観察とオリジナルな考察と言えば良いでしょうか。私としては、そこがこの本のユニークなところだと自負しています。そういう視点を持っていただき、ぜひ手にとっていただきたいと思っています。

 

【著作紹介】

経営の針路
―――世界の転換期で日本企業はどこを目指すか

(平野正雄:著)

コンサルタント、投資家、そして経営学者として、30年以上にわたって多くの日本を代表する企業の経営に携わってきた著者が、この30年間で大きく変化した世界経済の様相を3つの切り口(グローバル、キャピタル、デジタル)から分析すると共に、変貌した世界で日本企業が弱体化した理由を説明する。そして、世界から取り残された日本企業が、いまやるべきことを示唆する。著者初の著書。蓄積された経験と思考が凝縮された珠玉の経営書。

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