論文セレクション

産業コモンズによって
米国製造業の復活を唱える伝道者

ゲイリー P. ピサノ ハーバード・ビジネス・スクール 教授

『Harvard Business Review』を支える豪華執筆陣の中で、特に注目すべき著者を毎月1人ずつ、首都大学東京名誉教授である森本博行氏と編集部が厳選して、ご紹介します。彼らはいかにして現在の思考にたどり着いたのか。それを体系的に学ぶ機会としてご活用ください。2017年7月の注目著者は、ハーバード・ビジネス・スクールのゲイリー P. ピサノ教授です。

ピサノの人生を変えた二つの出会い

 ゲイリー P. ピサノ(Gary P. Pisano)は、現在55歳。ハーバード・ビジネス・スクールのハリー E. フィギー・ジュニア記念講座で教授を務める。ピサノの研究分野は、イノベーション経営論と技術戦略論であり、その研究領域は主にバイオテクノロジーの医薬分野である。また最近では、これまで得た知見に基づき、米国製造業の復活を唱えている。

 ピサノは、東部の名門イェール大学で経済学を専攻、優等生として卒業したのち、1983年にカリフォルニア大学バークレイのハース・ビジネススクール(以下、バークレイ)のPh.D.プログラムに進学し、1988年に経営管理のPh.D.を授与された。同年、ハーバード・ビジネス・スクールのアシスタント・プロフェッサーとして採用され、今日に至っている。

 東部の大学生が実践的な技術経営論を専攻するのであれば、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学に進学すべきだったのかもしれない。ピサノがバークレイへの進学を決断したのには、幸運とも言える二つの大きな出会いがあった。

 その一つは、その後の研究テーマとなる、バイオテクノロジーを活用した黎明期の創薬系バイオベンチャーと遭遇したことであった。もう一つは、1982年にスタンフォードからバークレイに異動してきたばかりの新鋭の研究者、デビッド J. ティース(David J. Teece)との出会いであった。

 そして、この二つの出会いが、ピサノの研究課題と人生そのものを決めることになった。

イノベーション経営の
根源的な問題とは何か

 ピサノがバークレイに在学していた1980年代のはじめ、カリフォルニアでは、ジェネンテック、アムジェン、ギリアドなど、今日、世界を代表する創薬系バイオベンチャーが次々と生まれていた。

 ピサノの著作 Science Business, 2006.(邦訳『サイエンス・ビジネスの挑戦』日経BP社、2008年)は、Ph.D.プログラムに在学して以来、20年間のバイオベンチャー研究の集大成である。また、“Can Science be a Business?” HBR, October 2006.(邦訳「バイオテクノロジーの幻想と挑戦」DHBR2008年5月号)では、新薬開発で期待されたほとんどは成功することなく、バイオベンチャーの大半が赤字のままであり、新薬開発において優れているという証拠がいっさいなかったことを検証し、その問題点を明らかにした。

 ピサノの問題意識は、第一に、イノベーションが生み出す価値を企業はどのようにして獲得すべきか、あるいは獲得できないのはなぜか。第二に、どのようなタイプのイノベーションが潜在的な顧客のための価値を生み出すのか。第三に、イノベーションを率いるリーダーシップはどのようにあるべきか、ということであった。

『Harvard Business Review(ハーバード・ビジネス・レビュー)』誌に掲載されたピサノの初期の論文である、“The New Logic of High Tech R&D,” HBR,  September-October 1995.(S. C. ホイールライトとの共著、邦訳「R&Dを支える製造プロセスの同時開発」DHBR1996年5月号)から、今日の”You Need an Innovation Strategy.” HBR, June 2015.(未訳)に代表されるように、ハーバード・ビジネス・スクールでは、一貫した問題意識を持って、イノベーション経営の問題点について検討し、提言を行ってきた。

 米国企業のイノベーションを妨げる根源的な問題の一つは、イノベーションを創発する仕組みを構造的に捉えていないことにある。ピサノはそのように主張する。

 たとえば、米国企業は製造部門をコストセンターとして位置づけ、製造プロセスがイノベーションに対する能力に影響を無視して、やみくもに海外移転(offshoring)や海外企業へ生産委託するアウトソーシング(outsourcing)をしてきた。“Does America Really Need Manufacturing?,” HBR, March 2012.(ウイリー・シンとの共著、邦訳「アメリカ製造業復権のシナリオ」DHBR 2012年6月号)において、ピサノは、製造プロセスの成熟度と製品のモジュラー化度によって、イノベーションと製造プロセスの関連を分類し、イノベーションと製造プロセスとが密接な関係にある産業の存在を示し、米国企業の復活が製品開発と製造プロセスとの融合にあることを唱えた(図1参照)。

図1:イノベーションと製造プロセス

 同様の主張は、“Beyond World-Class: The New Manufacturing Strategy,” With Robert H. Hayes, HBR, January-February 1994.(未訳)、さらに2009年のマッキンゼー賞受賞論文である、“Restoring America Competitiveness,” HBR, July-August 2009.(ウイリー・シンとの共著、邦訳「競争力の処方箋」DHBR 2011年10月号)、でも行っており、米国製造業の復活には、イノベーションを支える、ソフトウエア設計能力、高度なエンジニアリング能力、製造能力を融合した「産業コモンズ」の再活性化が必要であると主張する。ピサノのこうした主張は、米国企業のみならず、日本企業にも相通じる。

 ピサノはまた、イノベーションを率いるリーダーシップのあり方についても多数の論文を発表している。たとえば、“Speed Up Team Learning,” HBR, October 2001.(エイミー・エドモンドソン、リチャード・ボーマーとの共著、邦訳「チーム学習を左右するリーダーの条件」DHBR 2002年4月号)、“Why Leaders Don’t Learn from Success,” HBR, April 2001.(フランチェスカ・ジーノとの共著、邦訳「成功も厳しく検証せよ」DHBR2011年7月号)がある。

 特にリーダーが、ビジネス・エコシステムのようなコラボレーション・ネットワークへの参加にあたって考慮すべき点について、“Which Kind of Collaboration Is Right for You?” HBR, December 2008.(ロベルト・ベルガンティとの共著、邦訳「コラボレーションの原則」DHBR2009年4月号)では、自社にとっての最適なコラボレーション・ネットワークの選択肢(図2参照)を示している。

図2:コラボレーション・ネットワーク

ティースとの出会いが生んだ、
ダイナミック・ケイパビリティ理論

 ティースは、ニュージーランド出身であり、1975年にペンシルベニアから経済学のPh.D.を授与され、同年にスタンフォード・ビジネススクールにアシスタント・プロフェッサーとして採用された。その後、1982年にバークレイに異動し、現在はトーマス W. タッシャー国際経営記念教授を務める。

 ダイナミック・ケイパビリティの概念は、ピサノがPh.D.プログラムに在学中、ティースとの議論から生まれた。

 その後にまとめた論文が、“The Dynamic Capabilities of Firms: an Introduction,” Industrial and Corporation Change, Volume 3 Number 3, 1994である。さらに、Ph.D.プログラムの同窓のエイミー・シュエン(現在、中国・上海のビジネススクールである中欧国際工商学院CEIBS教授)が加わり、理論をより発展させた論文が “Dynamic Capabilities and Strategic Management,” with David J. Teece, Gary Pisano and Amy Shuen, Strategic Management Journal, 1997.である。同論文は、1997年の『ストラテジック・マネジメント・ソサエティ(Strategic Management Society)』の最優秀論文賞(Best Paper Award)を受賞するとともに、現在まで多数の引用を誇っている。ティースは、2009年にこれまでのダイナミック・ケイパビリティの論文をまとめて、Dynamic Capabilities and Strategic Management (邦訳『ダイナミック・ケイパビリティ戦略』ダイヤモンド社、2013年)を上梓している。

 一方、ピサノは、ワーキング・ペーパー[注]において、ダイナミック・ケイパビリティ理論がなぜ、実務の世界で企業戦略として受け入れられなかったのか、という趣旨で、その理論的な欠陥を指摘し、ダイナミック・ケイパビリティの定義に関する議論に終始した学界の問題を取り上げ、ダイナミック・ケイパビリティのフレームワークを新たに提言した。

 創薬系バイオベンチャーの研究から始まったピサノの研究の特徴は、それまで一般的な常識として認識されていた、いわば通念を打ち破ろうとする問題意識を持ち、現代社会の変化に合わせて、必要な分野に研究領域を拡大させていく点にある。それが、ピサノが研究者として培ってきたダイナミック・ケイパビリティなのかもしれない。

[注]“A Normative Theory of Dynamic Capabilities: Connecting Strategy, Know-How, and Competition.” Harvard Business School Working Paper, No.16-036, June 2015., “Toward a Prescriptive Theory of Dynamic Capabilities: Connecting Strategic Choice, Learning, and Competition.” Harvard Business School Working Paper, No.16-146, June 2016.
 
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