論文セレクション

鳩山玲人氏が選ぶ、
事業戦略のヒントを得た3つの論文

最新の事例や理論が求められるなか、時代を超えて読みつがれる理論がある。『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』(DHBR)の過去の論文には、そのように評価される作品が無数に存在します。ここでは、著名経営者や識者に、おすすめのDHBRの過去論文を紹介していただきます。第2回は、ハーバード・ビジネス・スクールの卒業生であり、過去にはサンリオ常務取締役としてハローキティを世界的ブランドに育て上げるなど同社の急成長を牽引し、現在はスタンフォード大学客員研究員などを務める鳩山玲人氏により、自身のビジネスにヒントを与えてくれた3本が選ばれました。(構成/新田匡央、写真/引地信彦)

 企業が戦略オプションを構築し、リソースを配分するとき、本来はMECEになるように分析しなければなりません。そのためには内部分析と外部分析が必要ですが、日本企業は内部分析のみに頼って思考する傾向があります。そうなると、「カイゼン」のような社内での活動に留まってしまい、大きな戦略を描けなくなってしまうでしょう。

 ただ、外部分析は容易ではありません。適切なフレームワークに適切な要素を代入し、欠けている部分を求める必要があります。ただランダムに要素を入れるだけでは、戦略の成否を精査することができないからです。

 マーケティングも同様です。マーケティングの4P(Product・Price・Promotion・Place)におけるプライシング一つとっても、一括支払いと分割支払いの違い、一見の顧客と会員制の顧客との違いなど、さまざまな変数が存在します。それを分解し、全体像を見て戦略を練り込まなければ、大きな成果を生むことはできません。

 しかし、そのときに戦略構築のフレームワークを持っていれば、勘や経験で判断するというリスクを避けることができます。私にとって『ハーバード・ビジネス・レビュー』(Harvard Business Review:HBR)の論文は、そうしたフレームワークを持つうえで非常に有効なツールになっています。

エンターテインメント・ビジネスで
勘と経験を超えた再現性を実現する

 1本目は、アニタ・エルバースの「ロング・テールの嘘」(DHBR 2008年12月号)です。この論文でアニタは、当時注目されていたロング・テール理論を否定し、ブロックバスター戦略の有効性を説いています。ロング・テール理論とは、大ヒット商品よりもニッチな商品のほうが儲かるとする理論です。一方のブロックバスター戦略は、少数のベストセラー候補にリソースを集中させる対照的な戦略を指します。

 私がハーバード・ビジネス・スクール(HBS)の2年生だった2007年、アニタの講義に参加し、この論文に書かれた内容を学びました。それまで、アニタのように、エンターテインメントをマネジメントやビジネスの視点から解釈することはそれほど行われていません。創業者をはじめクリエイティブのセンスがある人がトップに君臨するため、マネジメントやファイナンスなどの戦略ではなく、クリエイティブ一本で勝負しているケースが多いからです。

 しかし、欧米の超一流企業は違います。たとえばそれは、取締役の構成にも反映されています。ディズニーでは、Ph.D.やMBAなどを持つ人材がボードメンバーを務めます。エンターテインメント企業であろうと、経営のプロフェッショナルがフレームワークをもとにマネジメントや戦略を考え、それを遂行しているのです。

 ただ、そうした経営層とクリエイティブに橋を架けるような理論の研究はほとんどありませんでした。それを実証したのが、アニタの論文のユニークな点だと言えます。エンターテインメント業界で起こっている現象をマネジメントや戦略の観点から分析し直し、勘と経験による一度きりの成果ではなく、再現性を持たせる試みです。映画でも音楽でも、ヒットするかどうかは運次第という博打に近い発想に依存するのではなく、そこに戦略のフレームワークを取り入れる。それによって、エンターテインメント業界でも持続的成長を継続できる。その発想に強く惹かれたのです。

 サンリオ時代に私が抱えていた課題の一つは、ハローキティをどのようにブロックバスター戦略にシフトするかという点です。コンテンツ系企業の「性」の一つだと思いますが、コンテンツそれ自体のパワーが強力なため、どうしても魅力的なキャラクターをつくること、それを展開する売り場環境などばかりに目が向いてしまいます。でも実際には、生産から販売までの戦略をどのようなステップでつくっていけるかが、結果をまったく違うものにするのです。

 たとえば、海外のファッション業界では、ブランド価値が低下するとデザイナーを一新するのが通常です。ルイ・ヴィトンなど有名ブランドのチーフデザイナーの交替がニュースになるのは、よくあることです。しかし、日本企業は余程の事情がない限りそこが替わることはありません。キャラクター業界やクリエイティブ業界でも「このデザイナーが生んだキャラクター」という意識が強いので、伝統工芸に似た発想が抜けないのです。

 経営手法としては、本来、そういう「変数」にこそ手を加えなければなりません。ブランドアイデンティティを保ちつつ、まったく違うデザイナーを起用することは、戦略オプションとしてとても有効なのです。そうした点を理解するうえでも、エンターテインメントとビジネスの橋渡しをしているアニタの論文は、一読の価値があると思います。

オープン・イノベーションの発想が
ライセンスビジネスに成功をもたらした

 HBSでは、2年生になると個別指導の科目を取ることができます。担当教授と一緒にプロジェクトをやるのですが、そのときの教授がカリム R. ラカニーでした。

 カリムとは、HBSの1年生の必修授業TOM(Technology and Operation Management)の担当教授として出会いました。その年の夏には、当時、カリムがアドバイザーをしていた会社のサマーインターンとして、ネット上でクラウドソーシングしたデザインを使ったプロジェクトの手伝いなどしていました。

 カリムは、HBSに来る前はマサチューセッツ工科大学に在籍していました。そこでは、オープン・イノベーションを提唱し、かつてはHBS、現在はUCバークレーにいるヘンリー・チェスブロウとも接点があったと聞いています。そのカリムが書いた論文「クラウドはビジネス・パートナーである」(DHBR 2013年9月号)は、彼に教わったことと、インターン時代での経験とも相まって、クラウドソーシングの重要性を考えるうえで、とても強い影響を受けました。

 プラットフォームにはオープンとクローズドがありますが、どちらが優れているというわけではありません。オープンプラットフォームのLinuxやAndroidと、クローズドプラットフォームのWindowsやiOSは、戦略オプションとしての違いがあるだけで、それぞれに優れた点があることは明白です。

 サンリオのハローキティは、長年クローズドの環境でやってきました。デザイナーは変えない、ライセンスを公開するより自社ですべてのことをまかなうという考え方です。もちろん、クローズドの環境で圧倒的なシェアがあり、競争優位性があればそれでも構いません。しかし、グローバルに進出してイノベーションを起こさなければならない環境においては、オープンにしてさまざまなリソースを活用したほうがイノベーションの確度は断然上がります。したがって、ハローキティの新たなビジネスモデルではオープン・イノベーションを取り入れ、その戦略を推し進めていく道を選択しました。

 そのベースとなったのが、クラウド(ネット上の不特定多数の群集)をどのように使っていくかという、4つの分類です(38ページ参照)。クラウドと言えば不特定多数の群集を競争させるコンテストを想起されるかもしれませんが、ハローキティではブランドとのコラボレーションやライセンシーを拡大することで、新しいものを生み出す試みを中心としました。

 クラウドソーシングといっても、すべてを丸投げするわけではなく、外部のリソースをうまく使うことが重要になります。H&Mのような巨大なアパレル企業にライセンスを提供したときは、ベビーからレディースまで、各ブロックのデザイナーやバイヤーが合計40人も50人も出てくるようなことがあります。こうしたケースでは、デザイナーという「クラウド」を使うことで、そこに関わる人や発想の数を増やし、イノベーションの確度を上げていくことができます。なぜなら、ハローキティというブランドのコアはサンリオがよく理解していますが、どのようなアイテムにすればアパレルの分野で顧客の心をつかめるかについては、明らかにアパレルのプロであるパートナーのほうが優れているからです。

 このように、ハローキティのライセンスにおいては、クローズドの環境でさまざまなクラウドとパートナーシップを組むことをイメージしてビジネスを進めました。カリムの発想を参考し、この戦略を採用したことが、ハローキティのビジネスモデルの成功につながったと思います。

マイケル・ポーターから学んだ、
企業の長期成長に欠かせない視点

 3つ目におすすめするのが、マイケル E. ポーターの「共通価値の戦略」(DHBR 20116月号)です。これは、有名な「Creating Shared Value(共通価値の創造、CSV)」という考え方が世に出るきっかけとなった論文です。

 この論文が発表された当時、カンボジアやエチオピアなどの途上国で横行している「児童労働(チャイルドレイバー)」が世界的なイシューになっていました。ところが、矢面に立たされる企業側は、その実態を簡単に把握することができません。たとえば、ネスレなどの大手食品企業が原材料を仕入れる際、特にアフリカのような食物市場は何重もの市場から成り、日本の農協のようにそれを中央で管理する存在がないため、売られている作物がどこから来たものかわからないのです。したがって、チャイルドレイバーを使っていないという保証ができないという問題に立たされました(いまでは、ホームページできちんと説明しているほど、透明性を確保しています)。

 サンリオを含む日本企業も例外ではありません。単に製造先を発注書で管理するだけでなく、あるいはライセンシー契約でパートナーにすべて任せるだけでなく、どこの国のどの工場でどのようにつくっているかを把握することが不可欠になります。万一、想定していないような事態が現場で起きたときに、企業としてどう対処すべきなのか。ポーターの論文によって、それが企業としての大きな課題になっていくことを、痛切に意識させられる契機になりました。

 ポーターは、いずれ社会は、経済的価値を創造しながら社会的価値を創造するアプローチをする企業を選ぶようになると言います。共通価値の戦略に向き合わない企業では、ブランド価値が下がり、商品を買ってくれる人がいなくなり、最終的には企業としての価値がなくなる。逆に言えば、共通価値に対応することが、中長期的に企業価値を高めていく。

 私は、この共通価値の創造という思想を好ましいと感じました。本来の企業の存在意義は、そこにあると考えているからです。

 HBS卒業後、サンリオで事業を担当しているときも、また現在行っている経営アドバイザーとしての仕事においても、HBRの論文から学んだ理論やフレームワーク、多くのケーススタディが参考になっています。ここでは3本しか挙げていませんが、HBRの論文から学ぶことは、ビジネスを遂行するうえで必ず役に立つ。私はそう思って読んでいます。

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