英国のEU離脱で
最も痛手を被るのはどこか

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EU離脱後の英国にとって、自国を除くEU(27ヵ国)と英連邦(52ヵ国)はどちらが魅力的な市場なのか。グローバル化の権威ゲマワット教授が、「距離の法則」を基にブレグジットの影響を分析する。


 英国の首相テリーザ・メイが、欧州連合(EU)基本条約第50条を発動して2年後のEU離脱を宣言した現時点で、いくつかの事項が明らかになっている。この経済だけでなく強い感情も絡む交渉ゲームが、どのように展開するのか。それを予測するのは困難であるものの、何が起きるかについてある程度推測を示すことはできる。

 本記事での推測は主に、私が「距離の法則」と呼ぶ知見に基づいている。それは、「2国間の相互作用は国の規模(GDP)に比例し、両国の距離に反比例する」というものだ。この場合の距離(隔たり)とは、物理的な距離だけではなく、文化的な距離(両国の公用語は同種か否かなど)や、政治的(制度的)な距離(2国間における過去の植民地関係の有無など)も含まれる。

 距離の法則は、国際経済学における最も堅牢な研究結果のいくつかに関連づけられている。したがって、英国財務省が2016年4月に発表した英EU離脱の長期的な影響に関する分析(一般に高く評価されている)の裏づけにもなる。

●英国にとって最良の市場はどこか

 まず、英国独立党やその他のEU離脱支持者たちが繰り返し掲げている主張について考えてみよう。それは、「英国の商業政策にとって、英国の“真の友人たち”(英国独立党党首ナイジェル・ファラージの言葉)のほうが、EUよりもよい相手である」というものだ。

 あるいは、英国独立党の英連邦担当スポークスマンは、詩的にこう表現している。「EUの外の世界は我々にとって真珠貝であり、英連邦はその中で貴重な真珠であり続ける」(訳注:The world is our oysterは「世界は我々の思いのままになる」の意味もある)

 英国は、英連邦(カナダ、オーストラリア、インド、南アフリカなどかつて大英帝国に属した国々)との制約なき交渉によって、EUへのアクセスを失うことの損失よりも多くの利を得ることができる――。離脱支持者たちによるこの主張は、どれほど現実的なのだろうか。

 まず、下図の左の円に示されるように、英連邦の他の国々のGDPは、英国を除くEU諸国のGDPのわずか55%程度だということに留意されたい。この差は上記の主張とは相容れない。

 中央の円は、物理的な距離の影響を考慮して調整したものだ(EUの経済圏は英連邦よりも8.4倍近距離のため)。ここの青色の円は、距離の影響を控えめに見た場合の推定であり、破線はより保守的な推定(製品輸出に関する数百件の研究に依拠)を用いた場合である。保守的な尺度で予測すると、EUに対する英連邦の市場ポテンシャルはさらに小さく、2%未満にまで縮小する。

 もちろん我々は、英連邦が英国と本質的に近いと思われる文化的および政治的側面についても考慮する必要がある。英国は、英連邦の他の国々の91%(GDPで重み付け)と共通の公用語(英語)を有し、99%と過去の植民地関係を持つ。これに対し、英国以外のEU諸国で両方の要因を満たすのは、たった2%だ。

 私の推定によれば、貿易は通常、共通の言語によって2.2倍、過去の植民地関係によって2.5倍増大する。双方を掛け合わせた効果(5.5倍)は、英連邦の市場ポテンシャルを大幅に増大させる(上図右側の青い円)。

 それでもなお、英国以外のEU諸国の予測される市場機会は依然として数倍大きい(右側の円でも、破線はより保守的な推定を用いている)。

 EUのほうが市場として広く最適であるという結論をくつがえすには、共通言語と植民地関係を合わせた影響は5.5倍よりもはるかに――私が知る過去のどの研究よりも――大きくなければならない。これは商品貿易に限ったことではなく、サービス貿易や、さらには英国にとって特に重要である外国直接投資(FDI)についても当てはまる。

 この断片的な分析はまた、英連邦の他の52ヵ国と実際に行われる貿易協定交渉の力学も考慮に入れていない。現在、英国には貿易交渉の熟練者がわずかしかいないという(2016年7月時点では、英連邦国総数の約半分の人数)。

 英国は本当に、現在EUで享受しているよりも良好な関係を、英連邦諸国と単独で築く力があるのだろうか。

 英国はEUのGDPの16%を占めるにすぎない。「真の友人関係」に勝るものはないという希望に対し、悲観的な先行きが示される出来事があった。それは、2016年11月、メイ首相のインド訪問が概ね期待外れに終わったことだ。英国がより強力な貿易・投資の結びつきを求めたのに対し、インドのナレンドラ・モディ首相はそれを、英国で学びたいインド国民の英国入国条件の緩和に明示的に関連付けた。EUと同様にインドも、移民流入を厳格に管理するという英国の主張を問題視している。

 さらに、英国とEUの関係の先行きは良好ではない。自分たちは「一文も」支払わずに出て行けると言う英国側に対し、500億ポンド以上支払うべきとEU側は主張している。主要な交渉者の一部は闘争的な性格だ。さらに考慮に入れるべき点として、離脱がたとえ最大限の善意のもとで達成されたとしても、英・EU間貿易は純粋に手続き上の理由で打撃を被ることになる(取引上の手続きの煩雑化によるコスト増)。

 英国にとって最大・最適の市場との貿易関係が悪化するのは間違いなさそうであり、残る疑問は悪化がどの程度かだけであろう。

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