経営戦略を実行する:
重要業績評価指標(KPI)の適切な運用

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なぜ、同じ「経営」をテーマとしながらも、経営の実務と学問としての経営戦略の間には、これほどまでに大きな隔たりが存在するのか。本連載では、長く実務の世界に身を置きながら、学問としての経営学を探究し続ける、慶應義塾大学准教授の琴坂将広氏が、実務と学問の橋渡しを目指す。第9回は、経営戦略を実行するうえで欠かせない、数値の管理に焦点を当てる。管理会計と経営戦略は異なる発展を遂げてきたが、その境界は次第に曖昧になりつつある。両者がどのように結びつき、経営の現場ではどのように運用されているのか。また、今後はいかなる発展を遂げる可能性があるのだろうか。

 本連載ではこれまで、紀元前から続く経営戦略の歴史、そこから生じた議論の系譜、そして、事業戦略と全社戦略をめぐる現代の理論までを俯瞰してきた。

 ここからはまず、現代における戦略立案および実行の要となる、非財務情報までを含む経営数値の活用を議論する。そのうえで、言語や慣習、属人的つながりを含む組織文化をどう活用すべきかに触れる。さらに、新興企業の戦略と国際的な事業環境について述べ、経営戦略の未来の可能性を概観する予定である。

 今回は「数値の管理」を軸とした系譜を概観しよう。これは、経営学の中でも管理会計という分野に位置付けられ、経営戦略とは別に発展してきた理論体系を元にしている。管理会計と経営戦略は、同時期に生まれ、別々の進化を辿ってきたものの、2000年前後を境に両者の境目は次第に見えづらくなっている。

 管理会計の潮流からは、非財務的な指標を取り込み、不確実性の高い環境下でより戦略的な意思決定に資するにはどうすればよいかという議論が進展した。一方、経営戦略の潮流からは、創発的な経営戦略を前進させるために、戦略意思決定の場に対して、いかに現場の最新の情報を構造的かつ効率的に届け続けるかが議論されている。これらを背景として、戦略管理会計(Strategic Management Accounting)という研究分野が生まれるなど、管理会計と経営戦略は密接に関連し始めている。

 管理会計の詳細な議論に関しては、専門書に譲りたい。本記事では、それが経営戦略との接合点に至るまでの簡単な流れと、現代の経営戦略立案と実行における「数値の管理」の役割について考察する。

経営戦略と管理会計は同時期に生まれた

 戦略の実行において、一つの骨組みとなるのが管理会計(Management Accounting)である。これは経営戦略という言葉が一般化するよりはるか以前から、組織運営において極めて重要な役割を果たしてきた。

 その体系化の契機となったのは、ロバート・アンソニーの1965年の著作である[注1]。これは、イゴール・アンゾフが経営戦略を体系化し、『Corporate Strategy(企業戦略論)』を出版したのと同じ年であった。

 アンソニーによる著作は、複雑化する組織の経営を背景として、アンゾフが戦略的意思決定を体系化した(第4回参照)のと同様に、会計情報の活用の側面から、分権化された組織の計画と統制を発展させた著作であった。だが、同氏により開拓された伝統的な管理会計の議論は、管理会計の役割とは、策定された戦略をいかに実行するかであると理解していた。戦略を実行して得られた数字をどう戦略の策定につなぎ直すかを体系的に議論することは、1990年代に至るまで明確には行われなかったのである[注2]

 戦略の実行から得られた各種の経営数値を経営の意思決定の場に提供し、それにより意思決定を促進させる管理会計の手法は、組織の複雑化に伴い持続的な発展を遂げていた。それは、経済成長に伴う企業の大規模化と国際化の流れと符合する。とはいえ、経営戦略との接合という観点から見れば、その発展は、「プラン」としての経営戦略(第2回参照)を支援する経営数字の提供であり、「パターン」としての経営戦略、すなわち創発的な戦略を充分に支援するものではなかった。より創発的な、経営システムを戦略の立案と実行に活用する経営の現場の現実は、経営戦略の領域においても、管理会計の領域においても未発達の状況が長らく続いていたのである[注3]

 当時は、貨幣価値により記録される売上や費用は、実際の経営の現場で発生した事実の遅行指標にすぎなかった。そのため、次なるプランを立案する参考情報とはなりえたが、現在進行形で実施されている戦略の方向性に対する意味合いを導き出すのは困難であった。

 だが、戦略的意思決定において経営者が最も必要とするのは、より定性的な情報であり、経営の現場において「いま」何が起きているのか、これから何が起きようとしているかを捉えるための先行指標である。さらに、複雑化し、そして変化の速度が早くなった事業環境を背景として、遅行指標とならざるを得ない会計数値ではなく、先行指標となり得る経営数値の有用性を指摘する声が高まっていった[注4]

 そうして、財務的指標に過度に依存した議論を展開する伝統的な管理会計の理論体系は、生産現場や業務遂行の助けとしての改善は着実に進んだものの、次第に経営戦略策定の議論においてその役割を失っていたのである。

 そこに一石を投じたのが、トマス・ジョンソンとロバート・キャプランである。彼らは、1992年、その著作である『Relevance Lost(レレバンス・ロスト)』[注5]において明確な問題提起を行なった。

戦略と数値をつなぎ合わせる

 トマス・ジョンソンとロバート・キャプランは、同じ問題意識を抱えながらも、その後は2つの異なる方向性を作り出していく[注6]

 ジョンソンは、経営活動における適切な間接経費の配賦を実現すべく、活動原価計算(ABC: Activity Based Cost)を開発した。これは、より適切な原価管理を推し進めることにより、管理会計の本流を前進させようとする潮流である。一方、キャプランは、管理会計をより戦略的な議論として捉え、管理会計の知見と経営戦略策の知見を融合させるべく、バランスト・スコアカード(BSC: Balanced Scorecard)を提唱した[注7]

 BSCは、競争戦略が、マネジメント・コントロール・システムにどのように影響するかを検討する理論体系である[注8]。BSCを代表とするマネジメント・コントロール・システムと経営戦略の結節点にある近年の研究は、生産や販売の現場における非財務的な情報をより重視し、それを組織の戦略策定の中心に位置付けることを志向している。これは、投資利益率(ROI)や経済的付加価値(EVA)に代表される財務指標が過去の短期的な業績を強調するのに対して、将来の業績の先行指標となる非財務的な指標をよりバランスよく、客観的に把握すべきであるという理解が根底にある。

 もちろん、経営の現場における非財務的な情報は、それまでも戦略的意思決定の中核に存在していた。しかし、それは経営幹部の直感や暗黙知に昇華されたうえで反映されたにすぎなかったと言える。組織の大規模化と国際化の進行は、そうした直感や暗黙の知識による非財務的情報の把握と管理を次第に困難にした。加えて、財務的な情報に反映されにくい無形資産、知識や技能といった要素が、企業価値の重要な部分を占めるようになってもいた。その結果、戦略的意思決定に資する情報や事実を構造的かつ客観的に取得することが、実務家の間でも強い要請となったのである。

 その要請を受け、1990年代半ばからのBSCや統合報告書(Integrated Reporting)を代表とする業績評価、利益計画、組織統制のシステム化の潮流[注9]は、経営と組織を「事実」に基づいて理解し、その「事実」に基づいた経営を目指していた。そして、経営に関する「事実」を多面的に提供することで投資意思決定や利害調整への会計情報有用性を引き上げていこうとする試みは、2000年代に入ってさらに多くの企業が導入を進めている。

 なお、ここでいう「事実」とは、第三者からも客観的に評価可能な構造化されたデータであり、金銭的価値に変換された財務的なデータのみならず、金銭価値に変換しにくい、非財務的指標を含むデータであった(表1参照)。

表1:財務的・非財務的指標の例

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出典:出典:ロバート・サイモンズ『戦略評価の経営学』(ダイヤモンド社、2003年、p.77)より。原著最新版はこちら。Simons, R. 2014. Performance Measurement and Control: Systems for Implementing Strategy. Pearson Education.

 特にBSCは、財務、顧客、業務プロセス、学習と組織の視点に注目し、その作成の過程を通じて戦略目標の周知連携を行い、経営の上層から下層へと戦略を伝達する「コミュニケーション」を重視した考え方と言える[注10]。北米の管理会計の潮流が、ゲーム理論や契約理論を用いた企業内のエージェンシー問題の分析に焦点を移しつつある一方、BSCはより戦略策定、そして戦略の実行に焦点を移すことで、特に経営戦略の領域において実務家を中心にその応用事例を広げていった。

[注1] Anthony, R. N. 1965. Planning and Control Systems: A Framework for Analysis. Boston: Division of Research, Graduate School of Buiness Administration, Harvard University.
[注2]櫻井道晴『管理会計 第6版』(同文館出版、2015、p. 560-610)、または浅田孝幸・ 伊藤嘉博編『戦略管理会計』(中央経済社、2011年、p.31)を参照のこと。
[注3]経営戦略と管理会計の関係性を示す初期の研究として、以下が参考になる。Simons, R. 1994. How New Top Managers Use Control Systems As Levers Of Strategic Renewal. Strategic Management Journal, 15(3): 169-89.
[注4]たとえば、 Eisenhardt, K. M. 1999. Strategy as Strategic Decision Making. Sloan Management Review, 40(3): 65-72.  は、不確定性が高い現代の市場では、会計数値ではなく、経営数値を用いて戦略を決定するべきであると主張した。
[注5]Johnson, H. T. & Kaplan, R. S. 1988. Relevance Lost: The Rise and Fall of Management Accounting. Harvard Business School Press.(邦訳は『レレバンス・ロスト』〔鳥居宏史訳、白桃書房、1992年〕)
[注6]小菅正伸, 1997, 戦略会計手法としてのバランスト・スコアカード, 商学論究, (45)1: 13-45., p.17.
[注7] 欧米において広く研究が進んだBSCであったが、日本では独自の管理会計体系の発展もあり、その応用は限定的であったという。以下を参考。加登豊「我が国における欧米発管理会計システムの受容・変容・進化」(廣本敏郎・加登豊・岡野浩編『日本企業の管理会計システム』〔中央経済社、2012年、pp. 215-238.〕)。
[注8] Shields, M. D. 2015. Established Management Accounting Knowledge. Journal of Management Accounting Research, 27(1): 123-32., p.127.
[注9]同時並行的に、減損や資産除去、退職給付などの将来予測を含んだ財務的な指標の開発と応用も進んだ。そのため、「レレバンス・ロスト」が叫ばれた時代と比較すると、現代では貨幣価値で記録されているからといっても、必ずしも遅行指標とは言えない状況となっている。
[注10]  Malina, M. A. & Selto, F. H. 2001. Communicating and Controlling Strategy: An Empirical Study of the Effectiveness of the Balanced Scorecard. Journal of Management Accounting Research, 13: 47-90.
 
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