論文セレクション

9歳で感じたグローバルな「距離」の意識が
通念を超える戦略論をもたらした

パンカジュ・ゲマワット ニューヨーク大学ビジネス・スクール 教授

『Harvard Business Review』を支える豪華執筆陣の中で、特に注目すべき著者を毎月1人ずつ、首都大学東京名誉教授である森本博行氏と編集部が厳選して、ご紹介します。彼らはいかにして現在の思考にたどり着いたのか。それを体系的に学ぶ機会としてご活用ください。2017年5月の注目著者は、IESEビジネス・スクールとニューヨーク大学ビジネス・スクールで教鞭を採る、バンカジュ・ゲマワット教授です。

9歳の少年が感じた世界の「距離」

 パンカジュ・ゲマワット(Pankaj Ghemawat)は、スペイン・バルセロナにあるIESEビジネス・スクールのアンセルモ・ルビラルタ記念講座教授であり、ニューヨーク大学レオナード N. スターン・ビジネス・スクール教授および教育経営国際化センターのディレクターを務めている。

 ゲマワットは、現在の世界の状況を文化的(Culture)、政治的(Administrative)、地理的(Geographic)、経済的(Economic)な距離が存在する「セミ・グローバリゼーション」(semiglobalization)であるとした。また同氏は、その状態を「ワールド3.0」と称し、多国籍企業は距離(distance)の認識に基づいてグローバル戦略を選択にすべきだという。

 彼がそうした距離を意識したのは、わずか9歳のときであった。

 ゲマワットは、1959年、インドのラージャスターン州ジョードプルで生を受けたのちは、神に祝福された“ギフテッド”として早熟な人生を歩んできた。同氏が5歳の時、大学教授である父が米国インディアナ州の名門・パデュー大学のPh.D.プログラムへ留学することになり、一家とともに渡米した。そして、9歳の時に再度故郷のジョードプルへと戻った。

 その後、ゲマワット少年の心の中では、はるか彼方の米国に対する憧れが日増しに強くなっていった。そうして、15歳のとき、ハーバード大学(Harvard College)に入学志願書を提出した。学力の高さは認められたものの、幼すぎるという理由で不合格になったが、16歳での入学を認められたことで、ふたたび米国行きが決まる。そして、渡米までの1年間のインドでの生活は、ゲマワットにとって距離の意識を一層深めることになった。

グローバルな距離はいまも存在し続ける

 ゲマワットは、ハーバード大学に入学すると応用数学と経済学を専攻し、3年間で学士を修得、19歳で同大学院のPh.D.プログラムに入り、1982年に22歳でビジネス・エコノミクスのPh.D.を授与された。

 その後一時、マッキンゼー・アンド・カンパニーのロンドン・オフィスに勤務した時期もあったが、マイケル E. ポーターからの誘いを受け、翌年よりハーバード・ビジネススクール(HBS)の教員を務める。そして、1983年から2008年の25年間をHBSで過ごした。その間、1991年、31歳のときに最年少の正教授に昇任している(それまでの最年少記録はポーターの34歳である)。

 また、2006年にはスペイン・バルセロナのIESEビジネス・スクールの教授も兼ねるようになり、2009年以降は専任、2014年からIESEとニューヨーク大学のレオナード N. スターン・ビジネス・スクール教授を兼任することになった。

 ビジネス・エコノミクスを専攻したゲマワットの研究分野は、初期において競争戦略論であり、Commitment, 1991.(未訳)、Games Businesses Play, 1997.(未訳)、Strategy and the Business Landscape, 1999.(邦訳『競争戦略論講義』東洋経済新報社、2002年)を著している。ちなみに、彼が国際経営分野を主に研究するようになったのは、それまでHBSで国際経営管理と経営戦略を担当していた吉野洋太郎(マイク・Y・ヨシノ)の後任となったことによる。

 ゲマワットは、“Distance Still Matters: The Hard Reality of Global Expansion.,” HBR, September 2001.(邦訳「海外市場のポートフォリオ分析」DHBR 2002年1月号)に代表されるように、2000年以降の毎年、距離の問題を意識した多国籍企業の戦略と管理に関する論文を『Harvard Business Review』(HBR)誌に発表してきた。

 さらに著書として、Redefining Global Strategy, 2007.(邦訳『コークの味は国ごとに違うべきか』文藝春秋、2009年)を著した。同書は、トーマス・フリードマンの著作である、The World is Flat, 2005.(邦訳『フラット化する世界 上・下』日本経済新聞社、2006年)に対して、これまでの距離の研究から世界はいまだフラットではなく、依然として距離の問題が残る「セミ・グローバリゼーション」の状況であると論じたものであった。

 ジャーナリストであるフリードマンは、インドを訪れた時の体験を通じて、グローバルな状況を調べてみると、地理的な距離ばかりでなく、情報、知識、資金、人材の交流に距離を意識しない世界が実現している「グローバリゼーション3.0」になっていると認識した。

 だが、研究者としてのゲマワットの認識はまったく異なっていた。同氏は、綿密な経済分析から生まれた「ルーティッド・マップ」や「DHL Global Connected Index」(図1参照)によって、文化的、政治的、地理的、経済的な距離が依然存在する世界を描いて見せた。

図1:情報だけが距離を超える

 さらに、“The Cosmopolitan Corporation.,” HBR, May 2011(邦訳「ワールド3.0の時代」DHBR2012年5月号)では、距離を意識した有効な多国籍企業に必要なグローバル戦略のあり方を提言した。

 そのうえでゲマワットは、距離の現実の認識を前提として、規模の経済をグローバルに適用する集約(Aggregation)、各国市場の差異への適応(Adaptation)、そして各国間の差異を活用したアービトラージ(Arbitrage)の3つの戦略のいずれかについて、業界構造の状況に応じて組み合わせることで競争優位を獲得する「トリプルA戦略」と、距離を地域に限って短縮させる「リージョナル戦略」を提言した(図2参照)。

図2:トリプルA戦略とリージョナル戦略

ゲマワットに影響を与えた知の巨人たち

 ゲマワットが提言する一連の戦略を見るとき、その影響をまず想起されるのが、セオドア・レビット、マイケル・ポーター、さらには、インドが生んだ著名な2人の研究者であるスマトラ・ゴシャールとC. K. プラハラッドである。

 1990年代以降、グローバリゼーションの通念は、誰も止めることのできない潮流のようであった。グローバリゼーションという言葉は、レビットの “The Globalization of Markets.,” HBS, May 1983.(邦訳「地球市場は同質化へ向かう」DHBR1983年9月号)に遡る。レビットは、9歳のときにドイツから米国に移住してきたが、同論文では、“Earth is Flat”という言葉を用いている。世界が同質化に向かうなか、多国籍企業の戦略は、各国の差異に適応させるのではなく、グローバル標準品に集約(aggregation)することよって規模の経済の獲得し、低コスト化により市場をグローバル拡大すべきだと唱えた。

 それまでの多国籍企業のグローバル戦略は、各国市場に適応すべきか、グローバル標準品を適用すべきか、組織構造はいかにあるべきか、それを検討することが基本的命題であった。

 たとえばポーターはそれに対して、Competition in Global Industries, 1986.(邦訳『グローバル企業の競争戦略』ダイヤモンド社、1989年)で問題提起をしている。またゴシャールは、クリストファー・バートレットとともに、Managing Across Borders, 1989.(邦訳『地球時代の経営戦略』日本経済新聞社、1990年)において、トレードオフの関係にある規模の経済の獲得と各国市場適応を同時に実現させる、「トランスナショナル戦略」を提唱した。

 プラハラッドは、“Strategic Choices in Diversified MNCs.,” HBR, July-August 1976.(邦訳「多角化多国籍企業:その戦略選択と管理」DHBR1976年10月号)以来、多数の著名論文をHBRに発表している。なかでも、BOP市場の可能性を唱えた“Cocreating Business’s New Social Concept.,” HBR, February 2007(邦訳「企業とNGOの共創モデル」2008年1月号)は代表と言えるだろう。

 同論文に加えて、大作である、The Fortune at the Bottom of the Pyramid, 2004(邦訳『ネクスト・マーケット』英治出版、2005年)は、以下に挙げるような、ゲマワットの近年の新興国市場や企業に関する論文に多大の影響を与えた。

 ワールド3.0のセミ・グローバリゼーションは、保護主義の動きが顕著になり、いま距離の問題は深刻になりつつある。だが、ゲマワットは楽観的に言う。コスモポリタンの意識で望めば大丈夫、と。

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